第二十話 悲しみの渦の向こうへ
〜宇宙を駆ける〜



 サザビーと、νガンダムがアーガマに着艦する。まさに夢のようなコンビだが、今日の戦場はそれだけで終わりではなかった。
 シャア、ハマーン、シロッコ、そしてカミーユ…… これだけのエースパイロットを揃えての戦いは、宇宙世紀の中でも最初で最後であろう。しかし実力伯仲の熱戦を楽しむ余裕など誰にもあるはずがない。誰よりも思いを強くするレイチェルは、モビルスーツデッキで待つラナロウ・シェイドの元に駆け寄った。
「どう……?」
「ああ、こっちの事が分かったみたいだ。なんとかしてやるぜ、今度は……」
 二人は決意を新たに、固く抱きしめ合う。
 邪魔しないように配慮したのか、はたまたただの趣味なのか、νガンダムを降りたクレアはアーガマのモビルスーツを見物した。パーフェクトガンダムとゴッドガンダムは健在だ。ギャプラン、ハンブラビなどこれまで逃してきたモビルスーツがいろいろ揃っている。さらに、まさに決戦兵器と呼ばれるにふさわしい怪物の姿も、そこには並べられていた。
「オッス、ハゲジジイ!調子どう?生きてる?」
 クレアは老技師ダイス・ロックリーに笑顔を向けた。
「おまえこそ生きとるとは思っとらんかったわい」
「ひどいなぁ。私隊長だよ?」
「世も末じゃ」
「も〜、素直じゃないなぁ。嬉しいならそう言ってよね〜」
「なんでそうなるんじゃ?」
 ダイスは呆れたように言うが、孫ほども歳の離れたこの少女を決して嫌ってはいないことは表情から見て取れた。
「それより、どうじゃこの大型プロペラントタンクは。これでエネルギー効率は50%アップじゃぞ」
「ちょっと……コレのエネルギー消費が50%ぉ!?いいのか、それ〜?」
 ダイスはその反応を待っていたように会心の笑みを浮かべた。クレアを驚愕させた怪物は、その名をGP−03Dデンドロビウムと言う。

 クワトロの演説は地球圏を動かす事に成功した。
 ティターンズの政治勢力は大きく後退し、彼らはコロニーへの毒ガス攻撃という暴挙に出た。
 指導者ジャミトフはパプティマス・シロッコの手により謀殺。アクシズとの同盟関係も崩壊し、大局的にはティターンズの勝利の可能性は潰えたと言ってよかった。
 しかし、ティターンズの戦力そのものがなくなったわけではない。もともと手段を選ばぬ性質の者たちが自暴自棄になり、強大な戦力を握っている。状況は悪化しているとも言えた。そして悪い予想のとおり、ティターンズは最終兵器コロニーレーザーを擁して地球圏に全面降伏を迫ったのである。
 ショウたちが地球にいる間に、ゼノン少将の率いるアーガマらはコロニーレーザーを奪取。アクシズも参戦の機運を明らかにし、地球圏の覇権をかけての最後の決戦は近づきつつあった。
 シェイドに連れられて、クレアとレイチェルがブリッジルームに足を踏み入れると、懐かしい雰囲気が待っていた。兵力配置図に鋭い視線を投げるニキ。腕立て伏せに精を出すアキラ。作戦前の一服をくゆらせるエルンストの周りには嫌煙空間ができている。そして艦長の椅子で泰然自若に構えるゼノン。そこにいない人たちはモニターの一部を占めている、アルビオンのブリッジ内の映像の中にいる。ジュナスがオペレーターの席にいることを除けば、過去の時間が帰ってきたかのようだった。
 だが、それを味わう余裕などないことがモニターに映し出されていた。コロニーレーザーとガチャベースを中心に、渦を巻くように敵艦隊の包囲網が押し寄せる様が表示され、味方の艦船はアーガマ、ラーディッシュ他わずかである。戦いが数だとするのなら、もはやこの状況を変える手段はないかのように見えた。
 それを跳ね返す機体の性能とニュータイプの能力。そして、奇跡を信じる者たちの信念はその苦境にも闘志を失うことはない。それを居ながらにして感じ取ると、ゼノン少将は立ち上がった。
「今回の作戦は、四方から押し寄せる敵軍からの本拠地防衛。さらにコロニーレーザーの死守が目的となる。ニキ中佐、細部の説明を頼む」
「はっ。敵軍は大きく分けて四隊に別れています」
 モニターに表示されている、敵軍を示す駒が色分けされる。
「ガチャベースを中心にして、12時方向の敵は当アーガマが叩き、6時方向の敵はアルビオン隊に一任します」
『了解だ』
 マークの声が返ってくる。
 戦力のバランスを取るためにクレアとレイチェルがアーガマに移り、残りは子供たちだけだ。それでも彼らは戦わなければならない。この日に人生の照準を合わせて生きてきた者が、少なくとも二人いるのだ。
「10時方向には敵旗艦ドゴス・ギアが布陣しています。クレア中尉とサエン少尉はラーディッシュと迎え撃ってください」
「おっけ〜。……二人で大丈夫ぅ?」
「安心しなって。俺様がついてりゃ大船に乗った気で大丈夫さ」
 サエンがクレアにウィンクを送る。特に反応らしいものは帰って来なかったが、それでめげるサエンではない。
「ごめんね、クレア……。無茶な任務になっちゃって……」
「ま、大丈夫でしょ。νガンダムは伊達じゃないってば」
 レイチェルはすまなさそうな表情をしたが、今日という日は替えられるものではない。そのことはクレアもよく分かっていた。
「次に2時方向です。こちらは目下最大の敵である、サイコガンダムMk−Uを中心とした部隊です」
 ニキの言葉に息を飲んだのは二人だけではなかった。
「ラナロウ・シェイド中尉。レイチェル・ランサム少尉……。あなたたちは、ロザミア・バダムの説得に全力を尽くしてください。事態が収束した後は速やかに帰艦し、その後の休息を認めます」
「ありがてぇ……」
「やってみせるわ……何が何でも!」
 シェイドとレイチェルは、一際大きく輝く敵のサインに視線を集中した。そこに目指すサイコガンダムがあるのだ。
「エルンスト少佐とアキラは、二人の援護をお願いします。さしたる強敵はいませんから、早期に殲滅してください」
「了解だぜ」
「任せておけっ!」
「それでは、マーク大佐。続いて指令をお願いします」
『ああ……。ユリウス、シス、カチュア、ミンミ。7時方向にアクシズ艦隊がいるが、彼らは本気で戦おうとは考えていない。クワトロ大尉とハマーンの戦いに決着がつくまでに可能な限り叩け。おまえたちは最強の戦力だ。一撃で終わらせて帰艦し、そのとき手薄になっているところの援護に向かう。
 最後に、ショウ……。カミーユとシロッコの最後の戦いを見届けて来い。作戦は以上だ!』
 満を持してゼノンは立ち上がり、最後の指令を下す。
「この旅に参加してくれた各員、様々な思いがあるだろう。私が言えることはただひとつだ……総員の生還を心より願っている。
 それでは作戦を開始する!総員第一戦闘配備、モビルスーツ隊は順次出撃せよ!」

 リ・ガズィの中で、ユリウスはいつにない胸の鼓動を感じていた。
 大戦の規模ならア・バオア・クーで経験している。不利な戦況をくぐりぬけた事も一度や二度ではない。
 何が違うのか考え、ショウやクレアがいないのだと気がついた。普段は邪魔のように思っていた仲間たち。いつも予定外の行動を勝手に始めて、自分がヒーローのように振舞っている…… 慣れてはきたが、許容できるわけではない。
 しかし、彼らがいなくなってしまえば頼りにできるのは自分の計算だけだ。フォローしてくれる計算外の戦力はない。
「僕は今までずっとそうしていたんだ……。なんで今さら、こんな……」
 リ・ガズィの操縦桿やシートが体に合わない大きさなのに戸惑いながら、カタパルトに機体を移動させていく。その途中で、今座っているシートに普段クレアの尻が乗っていることに気づいて、ユリウスは動揺した。
「な……何だって言うんだ?どうして僕が……」
 心の中に、なにかもやもやした感覚が湧きあがって治まらない。
「僕はそんな弱い人間じゃない……!ユリウス、リ・ガズィ、出ます!」

 ユリウスが己の昂ぶりを必死に鎮めているころ、クレアは呑気に笑っていた。
「な〜んだ、機体こいつかぁ」
 νガンダムに先行する巨大な真紅のモビルアーマー。怪物デンドロビウムを上回る、総合戦闘力は史上最強とも言われるノイエ・ジールUがサエンの乗機である。
「機体の性能だけじゃないって、すぐ見せてやるよ」
「それはありがたいねっ!」
 νガンダムのバーニアを吹かせて、大決戦の戦端を開くクレア。その前にヤザン隊のハンブラビが3機とジェリドのバウンドドッグが姿を見せた。
「捉えたっ……!行けっ、フィン・ファンネルっ!!」
 サイコフレームが光を放ち、クレアの意思を乗せたファンネルが飛ぶ。サエンの放ったファンネルと共に脇にいたハンブラビの周囲を駆け回り、色鮮やかな爆発の乱舞を巻き起こした。部下を失ったヤザンは野獣のように吼えた。
「ダンケル!てめえぇっ!」
 ハンブラビから放たれるビームは避けられる距離だったが、νガンダムは動かずに身構えた。
「戻れっ、フィン・ファンネル!」
 号令と共にピラミッド状のバリアーが張られ、襲いかかるビームを弾き返す。
「……なぁ、武器の名前を呼ぶのが流行りなのかい?」
「だって、これはただのファンネルじゃないんだよ?今言わないと損じゃない!」
 サエンは仲間たちと女の子の話をした時、皆一致してクレアだけはやめとけと言っていたのを思い出していた。

「お兄ちゃん…… 私のお兄ちゃんはどこよ!?」
 ロザミアは叫ぶ。それを受け止めてくれる人を求めて。
 痛ましい精神の発露であったが、それを具現化したサイコガンダムMk−Uの放つ閃光は、さらに大きな破壊と死を宇宙に押し広げていく。立ち向かう者はことごとくその光に飲まれて消えて行った。
 だが、そこに飛び込んでいく者たちがいる。デンドロビウムの巨体の側にサザビーが控え、魂の叫びと共に。
「ロザミィッ!分かるか、俺だ!ラナロウ・シェイドだッ!」
「誰……?お兄ちゃん?」
「聞こえているか!サイコガンダムを降りろ!その中にいたらいけないんだッ!」
 その言葉は、ロザミアの癇に触った。彼女を支配しているサイコミュに、という方が近いのかもしれない。
「おまえは……私のお兄ちゃんじゃない!」

 戦場の反対側で、もうひとつのサイコガンダムが猛威を振るっていた。
 ロザミアのようにシスは苦しんではいないが、ほとばしる力は変わらない。40メートル級のサイコガンダムを格闘戦仕様にするという無茶な設計思想の産物。拡散メガ粒子砲を斉射する黒い巨体はまさしくサイコガンダムそのものだが、恐るべきはそのビームの奔流よりも、その体躯から無造作に放たれるパンチの破壊力が上回るという空前絶後の怪物である。
 サイコガンダムMk−V。
 この日投入されたモビルスーツの中でも、まぎれもなく最強の破壊兵器である。
 とてもガザCでは歯の立つ相手ではない。一瞬にして数十の命が散り、ムサイ改が業火に包まれていく。それは虐殺に近い光景であった。もともとアクシズは戦力を温存するつもりで、本気で戦おうとしていたわけではなかったのである。それを見越して最強の戦力を投入し、いち早く戦線の一方面を無力化する。戦略的には正しい行動だが、それを眺めているユリウスにさえ背筋に冷たいものを感じさせるに余りある光景だった。
 仕方がないんだ。ユリウスはそう思った。
 リ・ガズィには乗りなれていなくて、操縦席は乗りにくい。どこか体調もおかしい。
 カチュアのタイタニアはハマーンと戦っている。なんとかクワトロ大尉とぶつかるまでの時間稼ぎをしなければならない。それも押され気味だ。ハマーンのニュータイプ能力はモビルスーツの性能差などものともしない。
 ミンミは開発のために百式改のフルアーマーを解除していた。以前ほどの安心感はなくなっている。
 あらゆる情報を総合して、サイコガンダムMk−Vがこの戦場を支配しなければならないのは確実だった。だが……これほどの事をしなくても、ハマーンとクワトロの戦いが終われば彼らは撤退するはずではないか?

 Zガンダムの動きがおかしいと気づいたのは、まだジュピトリスの軍勢が近づいてくる前のことだった。ショウは、それは幸運だと、このときはまだそう思っていた。
「カミーユ、どうしたの!敵が来るよ!」
「みんな…… みんな、死んだんだぞ……。こんな死に方……嬉しいのかよ……!満足なのかよ……!!」
 コクピットの中で、カミーユは肩を震わせていた。
 人々の死が流れ込んでくる。誰かが止めなければ。この戦いの元凶を生み出した憎悪の根源を。
「……カミーユ?」
 誰だ…… 人々を苦しめる原因は誰だ……
 そいつを倒すために、みんな力を俺にくれ…… 俺の体を使ってくれ……
 ショウは、初めて出会ったときに感じたカミーユへの恐怖を、より大きな形で思い出していた。あの時感じた悲劇の予兆が目の前に迫っている事を確信して……。

 リフレクタービットが射出され、拡散メガ粒子砲が宇宙を閃光に染める。Iフィールドに守られたデンドロビウムはひるまず、サザビーのファンネルがビットを一つ一つ落としていく。
「アウッ!アア……!」
 頭を駆け巡る痛みに混乱したロザミアは、迫り来る敵にサイコミュ式ビームソードを振り回した。
「そこから出してやるぞ、ロザミィッ!」
 シェイドはひるまなかった。犠牲も惜しまなかった。
 Iフィールド発生器にサイコガンダムのビームソードが突き刺さる。だが痛手と引き換えに、デンドロビウムの大型ビームサーベルが悪魔のガンダムに直撃した。
「ああ…… お兄ちゃん……!?」
「脱出しろよーっ!」
 サイコガンダムMk−Uの巨体が二つに絶ち割られていく。閃光と大爆発の中、頭部の脱出ポッドが離脱するのが見えた。

「駄目だっ!」
 オペレーターをしていたジュナス・リアムが絶叫した。
「クレア!サエン!なにやってるの、早くあいつを落としてっ!」
 だが、二人はアーガマの中にいるのだ。まだ補給が終わっておらず、出撃しても弾がない。
『ちょっと、ジュナスどういうこと?あとちょっと待てない?』
「駄目だ…… すぐ行かないと!」
 自分が飛びだして行こうとして、ジュナスは愕然とした。
 体が動かない。手が震えて物が持てない。ニュータイプの最大の力と言える、他人の心が自分を素通りして逃げていく。
「僕は……僕は……!」
 力を抜いて、少年は椅子に体重を預けた。その間、数秒に満たないだろう。
 ジュナスは発病したかのように汗で顔を濡らし、それを隠すように涙を流していた。

 ジュピトリスの先頭には、シロッコのジ・オ自らが立っていた。続いてパラス・アテネとボリノーク・サマーンが近づいて来た。
「来たよ、カミーユ!」
 Zガンダムと、ショウのZZは二手に別れた。まず敵の数を減らしてからジ・オを叩く作戦だ。
「そのモビルスーツなら、接近戦はっ!」
 ショウはパラス・アテネに斬りかかった。一対一なら確実に勝てる相手だった。
 ドガアァァァン……!
 目の前の閃光、そして爆音。パラス・アテネの機影は失われていた。
「……えっ?」
 Zガンダムのビームライフルが向けられていた。そのZはボリノーク・サマーンに突撃する最中であり、体の向きはパラス・アテネをほとんど無視する形になっていた。
「カミーユ、あなた……?」
 敵機に乗るサラは呆然とカミーユを迎えた。ビームサーベルの柄がボリノーク・サマーンのコクピットに押し当てられる。そして、ビームの刃が形成される。
「……俗人がぁっ!Z、落ちろーっ!!」
 シロッコはビームライフルでZを撃った。避けようとしないカミーユに向かって、光の線が一直線に突き進んだ。

「何だ、あれはッ!」
 ティターンズ旗艦ドゴス・ギアのブリッジに、バスク・オムの怒号が響き渡る。
 サイコガンダムMk−Uを撃破したモビルアーマーは、彼にとって抹殺したはずの屈辱の過去の再来だった。
「GP−03だと……!なぜあれが今ここにあるッ!
 撃てッ!主砲発射だ!奴をこの世から消し去ってしまえーっ!!」
 激怒したバスクの命は絶対である。
 ドゴス・ギアの照準はデンドロビウムに向けられ、その射撃命令を待った。

「ロザミィ、聞こえるか!大丈夫かっ!」
 宇宙に浮かぶ紫の頭部に向かって、シェイドは叫び続けた。強化処理が解けて、相手の意思を感知できない自分がもどかしかった。
「あ……う……? 誰……?」
「俺だっ! ラナロウ・シェイドだっ!分かるか、シェイドだ!」
「シェイド……?そこにいるの、レイチェルも……?」
 奇跡が起こった。
 ロザミアは二人の名を呼び、求めたのである。
「ロザミィ!」
「来て……一緒に帰ろう。私たちといれば、何も心配しなくていいから……」
「レイチェル……」
 ロザミアを抱きしめようとしたレイチェルが、急に悪寒に襲われた。
 サザビーのバーニアを吹かせる。危険から遠ざかる。だが、強化人間でないシェイドはその一歩が遅れてしまっていた。
「危ない!シェイド、逃げてぇーっ!」
 その声に弾かれるようにデンドロビウムのバーニアが火を吹いた。ドゴス・ギアからの砲撃が駆け抜けたのはその直後だった。
 デンドロビウムの主砲が、避け切れずに溶けて消えた。Iフィールドを失った今、直撃を受けていたらさしもの怪物も持ちこたえる事はできなかっただろう。
 そしてその悪意が通り過ぎた後には、二人には何も残されてはいなかった。
 サイコガンダムの頭部も、ロザミアの意思も、もうそこにはなかった。事態を把握するまでに数秒の時間が過ぎた。
「えっ……!?」
「……野郎ッ! ……やってくれたなァァ!!!」
 シェイドの全身から凄まじい波動が吹きあがった。デンドロビウムを全力で飛ばし、ドゴス・ギアに向かって特攻する。
 バスクが驚愕の悲鳴をあげたが、シェイドの耳には何も聞こえてはいなかった。
 激突が避けられなくなった直後、デンドロビウムからステイメンが脱出する。巨大な質量そのものを砲弾にした恨みの一撃が宇宙に最後の破壊を残して散った。
「畜生……!畜生ッ……!!」
 ステイメンの中で、シェイドは力任せにコンソールパネルを叩き続けた。レイチェルは呆然自失しながら、ただ涙を流していた。

 Zガンダムの目前で、ジ・オの放ったビームは虚しく拡散した。カミーユの心が真紅の輝きとなって、Zガンダムを守っていた。
「シロッコ……!消えてなくなれ……この宇宙から!」
 カミーユはビームライフルを放り捨てた。もはやそんなものは必要ない。また、この戦いにふさわしい結末をもたらすには、そんな武器ではいけないのだとさえ思えた。
「ハマーンは可哀想な女性だッ!シャアも正義のために戦っている!お前は脇から見て笑っているだけだ!
 シロッコ!今日という日に、お前だけはいてはならないんだ!」
 激情のままに叫ぶカミーユの意思を、側にいるショウは圧倒されながら受け続けた。
「俺の体をみんなに貸すぞーッ!!」
 その絶叫に応える様に、Zガンダムの周囲に人魂のような光が漂い始め、そして吸い込まれていく。あたかも、傷つき、打ち砕かれたカミーユの心のひび割れを埋めていくかのように。
「なんだ……Zが、どうしたんだ!?私の知らない武器が、内蔵されていると言うのか?」
「分かるまい!戦争を遊びとしているシロッコには、俺のこの体を通して出る力は!!」
 それを見ていたショウには、カミーユに今何が起こっているのか正確に理解ができた。そしてそれができないシロッコは、どれだけの力があろうとも真のニュータイプではありえないと感じた。
「体を通して出る力……?そんなものが、モビルスーツを倒せるものかッ!」
(カミーユは、その力を表現してくれるマシーンに乗っている……)
 フォウ・ムラサメの声をショウは聞いた。涙が止まらなくなっていた。
 シロッコの乗る機体がその動きを止めていく。搭載されたサイコミュが主人への助力を拒んでいるように。
「動け!ジ・オ、なぜ動かんッ!?」
「……まだ、抵抗するのなら!」
 宇宙に散っていった人々の魂を乗せて、ウェーブライダーが最期の突撃をかけていく。
「うおおおお───っ!!ここからいなくなれ─────ッ!!!」
 ジ・オの装甲を貫通し、怒りと哀しみを結集した一撃がシロッコ自身にまで直撃する。それは肉体に致命傷を与え、その精神すら葬り去ろうとする巨大な意思の塊だった。
 だが、カミーユは純粋だった。史上無類の力を集めながら、それを激情のままに叩きつけるという方法を選んでしまったのは失敗だったのである。それが人の心を焼き尽くす力と知ったとき、シロッコは同じ呪いをカミーユに向けて放ったのだった。
「私一人死ぬのではない……!貴様の心も、一緒に連れて行く……!カミーユ・ビダン……!!」
 全ての力が、意思が、魂が、カミーユの元から消えていく。シロッコも、カミーユ自身も共に。
「これで終わったのか……?光だけが、広がっていく……」
 その圧倒的な光景を、ショウは、またなすすべもなく見ているしかできなかった。

 宇宙を包む心の流れは、百式から脱出したクワトロの元にも届いていた。そして、彼は無惨な結末を知った。
「カミーユ……!?」
 クワトロの中で、何かが変わっていった。
 それは今までのクワトロとは明らかに違う……大きな夢を失った男の孤独な姿であった。
「いくら希望を見出しても、地球の重力に魂を引かれた者達のエゴに押しつぶされ、結局はこんな悲しみだけが繰り返されてゆく……。
 ……ならば!!」
 あまりにも犠牲の大きすぎた戦い。人々はこれ以上の惨禍が降りかからない事を祈り、そして信じた。
 だが、人類にとって最大の犠牲とは、この時シャア・アズナブルにある決断をさせてしまった事だったと思い知るまでには、まだ数年の時間が必要だった。


進む
戻る
Gジェネトップに戻る