第二十五話 夢と現実、プルとプルツーの狭間で
〜落ちてきた空〜
自分の名を呼ばれて、眠っていた少女はゆっくりと瞳を開いた。
いい気分だとは言えなかった。自分が目覚めるという事は、戦争はまだ終わっていないという証明なのだから。そしてその力が必要なほど、陣営は窮地に立たされているというわけだ。
とはいえ、そうでなければ永久に眠ったままなのだ。彼女は体を起こして、嫌味が混じった口調でつぶやいた。
「……アーガマを落とせばいいのだろう?」
もしもショウがその場にいたら顔を赤らめてうろたえながら、その姿に驚愕した事だろう。現れた少女の幼い肢体は、先日見てしまったエルピー・プルの裸身と同じふくらみを備えていたのだから。
だが、その表情は暗く冷たかった。
体慣らしにはちょうどいい、そう吐き捨てると鏡写しのプルは一糸まとわぬ姿のまま部屋の外に出て行った。
部屋の外には宇宙があった。多くのモビルスーツが飛び交う戦場だ。
「なんだ……!?」
少女はその宇宙に浮いていた。何かの幻覚だとは分かる。だがそれが何なのか、いつのことなのかは分からなかった。
正面から激突する二つの陣営の大軍。そのぶつかり合う最前線を真一文字に駆け抜ける、赤いガンダムを彼女は追っていた。いや、そのガンダムから放たれるファンネルを操っているのは、まぎれもなく彼女本人なのだ。
「知らないぞ、こんなガンダムは……!」
ガンダムだというのは、そんな顔をしているから思っただけだ。両軍の激突を止めるように中央で戦い続けるその機体は、彼女の知っているどのガンダムタイプの機体とも違うデザインをしていた。
両手にビームサーベルが握られているが、腕の前後には巨大なブースターユニットがある。確かに加速力はたいしたものだろうが、剣を振りまわすのには非常に邪魔だった。どう見ても格闘戦は苦手そうだが、パイロットは器用に敵機と斬り結んでいく。並の腕ではこんな事は出来ないのだから、これでは欠陥機に近い。第一、モビルスーツ形態で戦う時はそのブースターは使われていないのだ。
さすがにまずいと判断されたのか、ブースターユニットには合計4門のメガビームキャノンが装備されている。それも目を見張る威力なのは間違いないのだが、にも関わらず、それは機体そのものが異常な高性能ゆえの結果であって、砲撃戦用の機体だからだとは思わなかった。無尽蔵に湧き出るかのようなファンネルでさえ、とりあえず装備してみたという以上の印象はない。
ならば、この機体はどんな戦い方を主眼として開発されたのだろう。戦士としての知識は素直に疑問を抱いた。
だがその答えを得る機会はないままに幻影は終わった。周囲の風景が廊下に戻ったことで、ほっとしたように息をつく。
「グレミー……今のが新しいモビルスーツなのか?」
彼女は保護者が作って見せたセレモニー用の映像なのかと思った。そうとでも考えなければおかしいのだ。振りまわしにくいビームサーベルと、取って付けたようなビームキャノンとファンネルで大軍の激突を押し返してしまうガンダム……夢の中ならともかく、我に返ってみればそんな性能の機体など考えられない。
しかし返事は、彼女が見たものは夢だったと判断せざるを得ないものだった。
「新しいモビルスーツ?何の事だ?」
「い…… いや、なんでもないよ……」
適当にその場を取り繕うと、少女は自分の任務へと歩き出した。
マーク・ギルダー大佐が激昂する事は珍しい。モニターの向こうのゼノンに激しい感情をぶつけるが、相手はその態度も予想済みのようだった。
「我々に死ねと言っているんですかッ!」
そして、かつてそうだった時は、強力なモビルスーツとニュータイプ能力を駆使して逆境を打破したものだった。もはやその力は失われて久しい。それも感情の爆発の一因かもしれなかった。
『そういうわけではない、君たちには生きて帰ってもらわなければ困る』
ゼノン・ティーゲル少将もあまりいい表情ではない。実際彼らの部隊でも反対論をなだめるのに苦労したのだ。
「ですが……!」
『同じ事だよ、大佐……そうではないのかね?』
「ならば我々は何のために戦っているんです!」
『それについて語り合うのはまた別の機会にしよう。指令は以上だ。貴官らの幸運を祈っている』
通信はそれで終わった。ゼノンにとってもあまり続けたい話ではないらしく、逃げるようにモニターの光が消える。
「同じ、同じか……!それであっていいはずがないというのにッ!」
マークは通信機を叩きつけた。
それは彼らの行動の本質の問題だった。いくら奇跡を起こしても、悲劇を食い止めても、歴史を飛べばそれはなかったことになってしまう。正しい歴史で起こった愚行は、それを止めるのではなく黙視するのが正しい事なのだ。その論理に素直に従うことができるニュータイプは恐らく一人もいないだろう。
しかも、彼らがここに来るのはこれで三度目なのだ。一度目と二度目は止める事ができた……少なくとも、彼らの目の前では。
結局マークが冷静さを取り戻すのは、呼び集められたパイロットたちの表情を見た後だった。
ショウが機体のチェックに来た時、黒いキュベレイがあるのに気がついた。
「あれ、プルちゃん来てるの?」
突然背後から、なにか硬い物で殴られた。幼いがゆえに手加減などない強烈な一撃だった。
「痛ぁ……!!」
「言うと思ったわよ、ショウの馬鹿ぁ!」
後頭部にできたたんこぶを押さえてうずくまるショウにカチュアの怒った声が追撃をかける。だんだんと床を蹴るような足音が遠ざかっていき、次に聞こえたのは、ユリウスの自業自得ですというつぶやきだった。
「もうそろそろカチュアちゃんをたぶらかすのは止めたらどうです?」
「そんなんじゃないよぉ…… い、痛いよ……」
ようやく顔を上げたショウの目には涙さえ浮かんでいた。ユリウスはそれを哀れむ様子もなく、あれはシスの乗機だと説明する。
前回活躍した友軍の機体のデータを手に入れて、こちらで生産する事は今までいくらでもあった。最初のガンダムからしてそうなのだ。それを忘れていたのだから自業自得と言えなくもないが、それでもこの痛みは強烈すぎると思った。
「じゃ、今日はサイコロなし?」
「それが世のため人のためです」
ユリウスがため息をついたとき、マークの声がモビルスーツデッキに轟く。
『モビルスーツ隊は集合!5分だ、遅れるな!』
子供たちはびくっと姿勢を固くして、互いに怪訝な表情を向け合った。だがブリッジで怒りの内容を知らされると、さらに硬直する事になる。
「ネオ・ジオン軍がダブリンにコロニーを落着させる。その脱出を助けるのが今回の任務だ」
短く、重い言葉だった。子供たちの間にざわめきが起こる。
それでもクレアは今日も楽天的だ。
「レイチェルたちは?前みたいに宇宙で止めるんでしょ?まあ、問題はその後に来るわけで……」
「……来ない」
「来ないって? え、来るでしょ、サイコガンダムMk−U」
勘違いしているクレアに、マークは沈痛な表情で伝えた。
「ゼノン少将らの艦は援軍には来ない。だからコロニーの落下を止めるのは不可能だ」
「……なぬぅ!?」
ようやく事態を認識したクレアも狼狽した。
一応コロニーが視界に入ってからの撃墜を試みる事もできるが、それにはサイコロガンダムが複数あっても難しい。
「じゃあ、ダブリンの人たち見殺しにするのぉ!?」
「そんな事ができるかッ!
いいか、脱出する輸送機は全機守り通せ!一機でも落とされたらそこで作戦は失敗だと思え!」
「了解だよっ!」
クレアは気持ちを切り替えるのは早い。図上の敵侵攻路を読み取ると、すぐに作戦を考えた。
「ショウ、右側のをアーガマと一緒に守って。あっちはSFSを用意してないからあまり当てにできないよ。
ユーリィ、シス、カチュアちゃんは左側を。アレはもっと当てにならんから自力で頑張ってね。
私は正面に突っ込むよ。たぶん一番やばいから、艦長援護よろしくね〜」
「一人で大丈夫か?」
「さあ? まあ、私が誘いこんでる間に両側をやっつけて、それから挟み撃ちにすればいいんじゃないかな」
「考えるよりは時間が大切だな。よし、総員出撃だ!」
駆け出すパイロットたちの気合いはいつにも増して高まっていた。
出撃した機体は全てコロニー落着時の余波を避けるためにフライングアーマーに乗るか、自力で飛行できるものばかりだった。
敵もそうだが、アーガマ隊はそうではない。だから落下直前になったらモビルスーツはいったん戦艦に戻って上空に退避する必要があり、その間は防御が手薄になってしまう。
「あ、ショウだぁ」
今度はプルの乗ったキュベレイMk−Uが近づいてくる。カチュアに殴られた頭がまだずきずきすると言ったら、プルもちょっと沈んだ顔を見せた。
「ジュドーに怒られちゃった……。誰も、リィナの代わりはできないって……」
「でも、プルちゃんはプルちゃんだから……」
ショウにはそんなわだかまりはなかった。ただ、素直にプルへの好意を口にするだけでよかった。だからこそカチュアは怒るのだが。
「あの子は怒ってるよね〜?」
「いきなり殴るんだもん……」
プルはそれを聞いて、くすっと笑った。初めて会ったときと同じ嫌味のない微笑みにはなんとなく文句も出なくなってしまう。
そしてあっけないほど簡単に、二人の思いは通じ合った。
「……私ね、ショウのこと、好きだよ」
「僕も…… 好き、だよ……」
二人ははにかんだ微笑を交わして、少し照れた感情を共有した。
クレアはもう敵陣に突っ込んで、その雄叫びが聞こえてきている。だがこちらに敵機が来るまでのほんのわずかな時間を、二人は永遠のように感じていた。
「ねぇ…… これから先、ずーっとショウと一緒にいられる気がするの。なんでだろ……?」
「わかんないけど……僕も、そんな気がするよ……プルちゃん……」
モビルスーツに乗っていなければ、抱き合ってキスができたかもしれない。そんな二人に遠くの敵機が見えてきた。だが、本題のコロニーはまだ来ていない。そして、その後に来る者の存在も、まだ二人は感知できていなかった。
クスィーガンダムは10機以上の敵機の中に斬り込んでいた。数を見たネオ・ジオンは勝利を確信するが、すぐにSFSとミノフスキークラフトの違いを思い知る事になった。
「……馬鹿は来る!」
ビームライフルが足下のベース・ジャバーを貫通し、ドライセンが落下する。それで終わりだ。
落下しただけで死ぬわけではない。白旗を揚げれば回収してもらえるだろう。だがその後の運命を思い、ドライセンのパイロットは発狂しかけていた。コロニーが落下する場所に、脱出できない状態で捨てられたのだから。
残酷な殺し方だと思った。エリスに怒られるかもしれない。だが、クレア・ヒースローは理知的な人間ではない。今は怒りの方が優先だった。そのコロニーを落とそうというのは彼らネオ・ジオンなのだから。
その怒りの波動を、ドライセン隊を率いるラカンはまともに受けていた。
彼はもともと、目の前にいる少女を嫌っていた。生粋のジオン軍人であるラカンは、若く緊張感に欠ける自軍の将校、マシュマー・セロやキャラ・スーンの不真面目な態度やそれを容認するハマーンが好きではなかった。そしてそんな人物は敵であるエゥーゴにも在籍していた。それがクレア・ヒースローだったのである。
しかし、今日のクレアは軽い気持ちではなかった。
今度のコロニー落としは重要拠点の破壊の意図や、追い詰められた者の最後の願いは込められてはいない。だがそこにあるのはただの恫喝である。軍事作戦による死者への一片の哀悼も、人類全てが宇宙に住むべきだとの理想も存在しない。にもかかわらず、犠牲者の多さという帳簿上の数字を水増しするためだけに軍隊を派遣する者たちがいる。
シャア・アズナブルはこんな作戦を立案などしないだろう。アナベル・ガトーが生きていたらこの暴挙をなんと言うだろう。
スペースノイドの独立を求めて立ち上がったジオンはザビ家の私物とされ、今では理想もない殺人狂の集団になり果てている。それがクレアには許せなかった。彼らは敵であるのと同時に、歴史上の英雄なのだから。
叩き付けたい言葉はいくらでも浮かんできた。ニュータイプの思考はそれらを一瞬で駆け飛ばし、最後の一節だけを言い放つ。
「だからおまえは、アホなのだ───っ!!」
ファンネルミサイルが放たれるより先に、クレアの強烈な意志はラカンにプレッシャーとして襲いかかる。クレアが本当にぶつけたいものはミサイルではなくその衝動なのだから。だが、それがラカンの命を救った。強烈な波動から逃げるように反射的に機体を上昇させると、間一髪でミサイルがそれていく。
「何だ!?この飛躍……おのれッ!」
退いたラカンは、天を見上げて恐怖に押された屈辱のいくらかを晴らした。空を割りながら巨大な物体が押し寄せてくる。作戦の正否以前に、この時点での撤退は決まっていた。撤退する敵機を眺めながら、クスィーガンダムも安全圏への避難を開始しようとした。だが、すぐに今いる場所は直撃を受けることはないとコンピュータが答えを出す。
だから地上に落下させたドライセンも助かるのだが、撃墜数マニアのクレアも今日はとどめを刺す気にはなれなかった。
「止められなかったよ……レイチェル……」
ふと親友の名をつぶやいたが、そこに感慨があるわけではなかった。
だが、どんな事態が起ころうと、やはりクレアはクレアである。コロニーの姿を見ていた彼女は突然とんでもないことを思いついた。
コロニー運搬用の核パルスエンジンを小型化してモビルスーツに付けたらどうなるだろう!
後に熱核ギガブースターと呼ばれる狂気の発明を胸に秘め、クレアは目を輝かせてコロニーの落下を見つめていた。
スペリオルガンダムのモニターに見慣れない文字が浮かぶ。
「ALICE……? なに、これ……」
ショウの操作を無視して、ガンダムは変形して上空に飛び立っていく。まだ目の前に敵はいたが、それすらも取り残して。
置いてきぼりにされたバウはショウを追い、異常事態でもないと理解した。コロニーの落下はこの付近なのだ。相手のガンダムの動きが俊敏だったのだ。バウのパイロットはそう考えたが、スペリオルガンダムは勝手に動き出していたのだ。ミサイルまで放ってバウを撃墜する自分の機体にショウは驚愕していた。
「ど、どうなってるの!?」
モニターにもう一度文字が浮かび、機械の声が返ってくる。
『コロニー接近中…… 危険、待避スル……』
「君は……ガンダムなの?」
『私ハALICE…… 貴方ニ多クノコトヲ教ワッタ……』
モニターは落下するコロニーや、地表でアーガマに退却するZZやキュベレイの姿を映していく。
『彼ラヲ守ルコト…… 愛シ合ウコト…… 貴方ノ強サ……』
落着するコロニーの轟音が後の会話を消した。そしてその直後に、ショウの心に凄まじい悲鳴が轟いた。
ソーラ・レイの衝撃を上回る死者の魂たち……そのどれもが恐怖と混乱に包まれていた。一年戦争においてのそれは、悲劇ではあるがそれは戦士たちのものだった。死を覚悟して戦場に赴き、そして死の瞬間すら悟らずに一瞬で消滅していった。ある意味幸運な死であったと言えよう。だが、今ショウの心を埋め尽くす絶叫はそうではない。平和しか知らない人々の恐怖に逃げまどい、落ちてくるコロニーを見上げる絶望と悲嘆……それらはたとえ戦場であろうと存在するべきであろうはずがない。
「こ…… こんな……ことって……!」
『負ケナイ…… モウ、弱虫ジャナイ……』
ガンダムの声は、押し潰されそうなショウを抱きしめ勇気づけるように続いた。
『プル…… 守ル、絶対…… 好キダカラ……』
その名前を聞いて、ショウはハッとした。時を同じくして、同じ波動を感じたプルから通信が入る。
「嫌なものが来る……!」
かつて命があった巨大な廃墟に立つプルツーは、40メートルはあろうかという巨大な機体の視点から敵軍を見下ろしていた。
「これじゃ遊びだよ……!」
気分がいいとは言えない。何か敵の中にプレッシャーをかけてくる奴がいる。
見慣れた機体。黒いキュベレイがそれだ。だが、このときはまだプルツーもキュベレイのパイロットが誰なのかは分からなかった。
「裏切り者のキュベレイはあとで遊んでやる。まずはZZだ……」
ZZガンダムはキュベレイを守るかのようにサイコガンダムMk−Uの前面に立つ。プルツーは馬鹿にされているように感じて、唇の端をゆがめた。そして、例の赤いガンダムだ。両腕の前後にメガビームキャノンを兼ねた大型のブースターユニットが……
「……なんだって!?」
プルツーはぎょっとして目を瞬かせた。正気に戻ってみれば、やはりそれはあの機体ではない。サイコガンダムの中にデータはないが、青と白で彩られた、ごく普通のガンダムにすぎない。安堵の溜息を洩らして、プルツーは敵と正対した。
なにかおかしいのかもしれない。冷静になれば、こんな三機くらいサイコガンダムの敵ではないはずなんだ。
だがプルツーが気を取り直す一瞬の間に、ZZのハイメガキャノンがサイコガンダムの巨体を揺るがした。椅子に叩き付けられたプルツーは、何かに迷わされていた思考を怒りで満たしていった。
「賢しいね!死にたいなら殺してやるよ!」
ZZのジュドーは動かない機体に焦りを感じていた。全出力を使ったハイメガキャノンの後はしばらく行動不能になってしまい、動けるようになっても戦うだけのエネルギーはない。
もう一機のガンダムとキュベレイを拡散ビーム砲で後退させると、有線式の巨大なビームサーベルをZZに向ける。それで、戦いは終わるはずだった。
「ちょっと、やばくない!?」
アルビオンに合流したクレアは戦場の様子を再確認して難しい顔をした。特製バーニアの話をするどころではない。
サイコガンダムMk−Uはすでにアーガマ隊に接触してしまっている。それは当然起こってしかるべき事なのだが、そこにはショウが行ったまま、まだ帰ってきていない。
サイコガンダムは確かに強敵だが、心配しているのは敗北の可能性ではない。むしろその逆のことだった。
『ここから援護に行くには遠すぎるが……』
マークはクレアの言いたいことが分かったようだ。そして彼の瞳には、普段クレアが抱いているような妖しい輝きを一瞬見せた。
「ユーリィ、ALICEは何か言ってた?」
「必殺技とかGガンダムとか言ってましたよ。何を教え込んだんですか、クレア中尉?」
私は知らないよ、とのぼやきに、そんな事を吹き込むのは中尉だけですと返って来る。それはともかくとして、クレアは本題を切り出した。
「どうするの?これから……」
『やらなければならない事をするまでだ!』
マークはアルビオンをサイコガンダムの巨大なシルエットに向けた。エリスはそれを見ながら、複雑な表情を見せた。いつものあきれた視線や、悲しみに沈んだ気持ちではないにしろ……それは決して笑顔ではなかった。
ビームの嵐を避けて後退したキュベレイを今度は前進させ、プルはキュベレイのビームサーベルを抜いた。サイコガンダムまでにはまだかなり距離があるが、ニュータイプの本能はそれが適切な武器だと教えていた。
「ジュドー!!」
ZZの前に飛び出した瞬間、サイコガンダムMk−Uのビームサーベルが迫ってくる。あらかじめ抜いておいたビームサーベルがかろうじて受け止めた。分かっていなければできない動きである。
「なんだ、あいつは……!」
プルツーはリフレクタービットを放ち、ビームの嵐でサイコガンダムMk−Uを守った。
「な……!」
自分の行動に驚いていた。ビームで攻撃するのではなく、守ったのである。プルのファンネルから撃ち出されたビームを、異常なほど正確に相殺していた。しかも、それはキュベレイからファンネルが飛び出すより前に始めていた動きなのだ。
プルツーもプルも、どうして相手の攻撃が関知できるのか分からずにいた。スペリオルガンダムからのビームが何度か命中するが、サイコガンダムMk−UのIフィールドはそのほとんどを吸収してしまう。完全に無効化しているわけではないが、プルツーは無視してキュベレイに集中した。
そして、彼女は信じられない光景を見た。……あの赤いガンダムのそばにあいつがいる!
「おまえは……!」
「あなたは……!」
プルとプルツーは、全く同時にお互いの存在を悟った。それは自分自身にとって認められない、相容れない認識だった。
「どうしておまえがあいつの横にいるんだッ!」
怒りに任せてサイコガンダムMk−Uの砲門を開き、コロニーに砕かれた大地をさらに破壊するプルツー。その根底にあるものが嫉妬である事は、10歳の少女には自制の理由にはならなかった。
「プルちゃんっ!」
スペリオルガンダムが倒れたキュベレイを抱き起こす。その姿もまた、プルツーの怒りを大きくしていく。
「ショウ…… あのパイロット……私にそっくりなんだ……」
「プルちゃんにそっくり……?」
起きあがったキュベレイがスペリオルガンダムを抱き返し、バーニアを吹かせてその場を離脱する。その直後にビームの奔流があたりを薙ぎ払い、瓦礫となった大地を溶かしていく。
「そいつから離れろっ!」
そのガンダムの隣にいるのは本当なら自分のはずなのに。プルツーは逃げ回るキュベレイをリフレクタービットで囲み、ビームを放って追いつめていく。いくつかのビームが命中し、黒い機体は噴煙を上げ始めた。パイロットがたとえ互角であろうと、キュベレイとサイコガンダムMk−Uの間には埋めようのない戦力差があるのだ。
「不愉快な奴……消えちゃえーっ!」
最後のビームを放とうとした時、突然頭の中に声が響いた。
「当たり前だよ、不愉快なのは……」
「……なにっ!?」
自分の声だ。それは確かにキュベレイのコックピットから聞こえてきているのに。
「人はね、自分を見るのが嫌なのよ……怖いのよ……。
でも、自分自身をやめることも、殺すこともできないのよ!」
「何を言ってるんだ、おまえ……?」
プルツーは恐怖におびえ、たじろいだ。拒絶する思考とは裏腹に、彼女の意志はプルの真意を読みとっていたのだ。
キュベレイが閃光に包まれていく。その力が増大するごとに、自分自身の力が吸い取られていくのをどうすることもできない。
「私は!エルピー・プル!!」
「私はプルツーだッ!エルピー・プルなんかじゃない!!」
プルツーは恐怖を振り払うために、拡散メガ粒子砲のスイッチを入れた。凄まじい光の奔流が空間を走り、しかしプルに押し戻されるようにキュベレイの脇を逸れていく。少しは当たっているはずなのに、キュベレイを包む魂の光に呑み込まれてしまっていた。
だがプルがカミーユを超える力を放っていても、半壊したキュベレイがそれに応えるのは不可能だ。それを悟ったプルは、その短すぎる人生の全てを込めて、もう一人の自分に突撃した。
「私よ、死ねぇ──っ!!」
プルツーは目の前が暗くなり、あの未来に辿り着けなくなるのだと悟った。プルは自らの死を覚悟していた。
光に包まれようとする二人の間に、もう一つの意志が割り込んでくる。
ALICEシステムが機体を動かすより前に、スペリオルガンダムはキュベレイを抱き締めるように動きを止めていた。
「プルちゃん!いけないよ、それはッ……!」
「……ショウ?」
力が抜けていく感覚を、今度はプルが感じていた。だがそれは不思議なほど心地よいものだった。無理な負担から解放されて、心に安らぎが広がっていく。
そして、プルが飛躍させた魂は、スペリオルガンダムが受け取り、右手に凄まじい閃光となって結集していた。
ショウはその右手を掲げて、サイコガンダムMk−Uに向き直る。
「……君も!降りるんだ、そんなマシーンから!」
「おまえは……私の敵なのか?」
プルツーはそれが信じられなかった。撃墜を目標に出発し、ついさっきまで戦い、殺意すら向けた相手なのに。
ショウが自分に輝く右手を向けるのが悲しくてならない。本当はプルと同じに、優しく抱いてくれるはずの右手が……。
「そんなモビルスーツに乗っているからっ……!」
ショウにとっては、それは助けられなかった人たちの墓標に近い存在だった。フォウもロザミアも、サイコガンダムのパイロットたちは誰もが悲劇の犠牲者なのだから。プルの言うとおり、相手がプルと同じであるなら、それは助けなければならないのだ。
輝く右手がビームサーベルを構え、その出力を異常に増大させる。サイコガンダムの巨体を遙かに超えて、真上に光の柱のような巨大な刀身が伸びていく。
「な……なんで…… そんなことができるんだっ!?」
「僕にだって……守りたいものがあるから!」
ショウは魂の輝きの剣を下ろして、真横に向かって一気に薙ぎ払った。コロニーの落着よりも目映く激しい閃光が通り過ぎた後は、ただ静寂だけが残されていた。
プルツーの乗る頭部を残して、サイコガンダムMk−Uは文字通り消滅していた。核融合炉の爆発が起こる間さえなかった。
「こ…… こんな……ことが…… あるはずがないんだっ!」
プルツーは異常な不安に包まれた。そう、決して起こらない、起こってはいけない事実に直面したという直感である。
頭部だけで撤退するプルツーに、誰も追撃を加えようとはしなかった。プルも内心ではプルツーと同じ、言いようのない感覚に囚われていた。
だが……ショウと一緒にいれば安心できる。それだけで、いい。
安心しきったのか、力を全て出し尽くしたのか…… プルはコックピットの中で目を閉じて、静かに寝息を立てていった。
「やったか……!」
ショウの成し遂げた結末を見て、マークは快哉を叫んでいた。
「マーク、あなた本気で……!」
「やれるところまでやるだけさ……!」
同じであっていいはずがない、そのマークの呟きはブリッジの隅々にまで届いていた。
そして、マークはアーガマに向けて通信回線を開く。
「ブライト大佐!こちらはアルビオンの艦長マーク・ギルダー大佐だ。
破損したキュベレイはこちらで回収する。こちらには同型機がある。予備の部品で修理できるだろう」
それは今までになかったことではない。活躍した機体のデータを収集し、それを元に作ってしまう事は今までにも行われていた。
プルのキュベレイはアクシズから逃亡したときのままで、修理の部品がアーガマにあるわけではない。この状態からレストアするのはアーガマでは無理だった。ほどなくしてプルのキュベレイはアルビオンのモビルスーツデッキに収納される。
「せめて……奇跡の一つも起こしてやるさ……!」
マークの眼差しにはもう無力感は見られなかった。かつて最強のニュータイプだったころの瞳の光が、そこに戻っていた。
これからの運命が定められた軌道から外れてしまったことも知らずに、プルは嬉しそうに夢の中を泳いでいた。
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