第三十一話 勇士と少年
〜戦略衛星を叩け〜
「ショウのジェガン改がグスタフ・カールになって終了、ミンミのジェガン重装型がスターク・ジェガンになって終了、カチュアちゃんのGDストライカーがGDキャノンになって戻してバージムに……」
“ブラック・ジェネレーションズ”の最終目的は、戦争に勝ち抜くことではない。
史上最強の伝説巨神“ギガンティス”の戦闘能力の入手と、黒歴史文明の最終折り返し点“フェニックス”に秘められた謎の解明。それらを筆頭に、黒歴史のあらゆる機体データの収集……。それこそが彼らに求められた最重要課題であった。
だからこそ、こうしてユリウスは戦力を求めるだけなら必要性のない機体の一覧表を前に、早口言葉みたいなことをしなければならないのだ。
「まだ半分くらい残ってますね……。ビクトリーにたどりつくために、この苦労をしたんですよね、昔は……」
開発系統図のコピーに朱線を引きながら、ユリウスは頭痛を覚えてきた。
「バージムって確か設計できませんでしたっけ? あとでバーザムを作るときに、ついでに……」
ぱらぱらとマニュアルのページを送りながら、ふと思いついた。最終的に図鑑が埋まればそれでいいのであって、弱い方から順にやらなくてもいいのだ。
「確か…… そろそろ、向こうはクロスボーン・バンガードの機体は持ってますよね……」
ユリウスは、彼だけに用意された本部への特別回線を開いた。少しだけ表情は明るくなっていたが、疲労の色が濃いことは間違いなかった。
宇宙に戦いの場を移したラー・カイラムは、資源衛星ハイランドの付近にあるガチャベースで補給を待っていた。
いくつか開発が終わった量産機があり、それを解体して新たな量産型を受領するのだ。新しい機体が来るといっても例によって量産型なのは分かっているので、ショウたちも嬉しそうな顔はしていなかった。
「ビクトリーとジャベリンと、あと一機なにか来るそうです」
Vガンダムが来るというのは朗報のはずだが、ユリウスはまるで嬉しそうではない。
「あと一機というのは?」
「たぶん……ガンダムMk−Uだと思います」
「Mk−U? なぜ今頃そんなものを?」
「バーザムを開発してバージムを設計するんです」
椅子に座っているマークは深くため息をつきながら、眠そうなユリウスに席を譲ろうかとも考えた。
体調の管理ができていないのは良くないことだが、今すぐに敵襲という事態でもなかった。今はリガ・ミリティアも戦力を集め、攻撃態勢を整えている段階なのだ。
「とにかく…… カイラスギリー艦隊が動き出す前には、できる限り戦力を整えなければな……」
「カイラス、ギリ……? ……そうか、最初のカイラスギリーを建造しているのは、今なんですよね!」
ユリウスの表情がわずかに明るくなった。頭の中にある“歴史”と現実が体験として繋がったことに対する新鮮な感激は、ユリウスもまだ純真な一面を残す少年だという証でもあった。
「カイラスギリー……って?」
「ユリウスの玩具よ」
質問したショウには、カチュアの言った意味がよく分からなかった。
「あれが見つかってから、大人もおいてきぼりで一人で改造してるんだもん」
カチュアのつぶやきを誉め言葉に感じたのか、ユリウスは得意げに笑みを浮かべた。
「今作業中のザンスカールの技術陣より、僕の方がカイラスギリーに詳しい自信がありますよ?
あれさえあれば戦争を簡単に終わらせられますよ。それこそ量産型モビルスーツなんて必要ないんです。
今後の作戦は、当然カイラスギリーが主体になるんでしょう?」
嬉しそうに瞳を輝かせる少年の姿に、エリスは少し嫌悪感を感じた。子供が自分の作ったもので大人の世界を動かすのは確かに嬉しいことだろう。それが戦略級破壊兵器だということの重みなど、ユリウスの才気にかかれば軽く吹き飛ばしてしまうほどの価値があるのかもしれない。
カイラスギリー。サイコロガンダム。サイコフレーム改、バーサーカーシステムU、熱核ギガブースター……。
今後この少年はどれほどの兵器を作り出し、それはどんな結果を導き出すのだろう? 彼の最高傑作とも言える強化人間、シス・ミットヴィルは今も沈黙を通している。
ショウと出会ったことでの彼女の変化と、その変化に対してユリウスはむしろ好印象を持っているらしいことは、エリスにとっては救いだった。いつか戦争が終わることがあるなら、そのときはユリウスの才能も平和のために使われるかもしれないのだから。
「確かに、建造中のカイラスギリーを無傷で奪取し、ザンスカール本国の艦隊に向けて使用する予定だ。
実際のところ、そうでもしなければ彼我の戦力差は縮まりそうにないからな……」
「簡単ですよ、ザンスカールのコロニー群に向けて撃てばいいじゃありませんか」
さも当然という感じでさらりと言ってのけたユリウスに全員の視線が集まる。
「だって、そうでしょう? 前時代的な宗教国家なんて教祖を失えば脆いものです」
なんでこんな簡単なことが、という表情の周りは険悪な雰囲気に変わっていった。
「復讐戦を行えるだけの戦力を統率者なしでゲリラ化させれば泥沼の掃討戦になってしまうぞ。それを行える戦力は連邦にもリガ・ミリティアにもない。あくまで艦隊決戦に持ち込むしかないんだ」
「コロニーの中には戦争には関係ない人だっているのよ?それじゃジオンやティターンズのやり方と何も変わらないわ!」
「そんなことを言っても、今の戦力で打開するにはそれが一番手っ取り早いでしょう!ザンスカールの国民なんて、どうせ変な宗教にかぶれてる狂人じゃないですか!」
緊迫した空気がブリッジに流れた。マークは手をあげてでも、間違っていると教えなければならないとさえ考えた。
だが、物資搬入の報告がその雰囲気を変えた。
「外まで聞こえていますよ? 何をやっているんですか……」
ニキ・テイラーは険悪なムードの会話に参加するより前に、涼しげな顔でユリウスを抱き上げた。そして耳元で短くささやくと、強張っていた表情を満面の笑みに変えてみせた。
「これでいいわね、ユーリィ?」
「はい、先生!」
下ろされたユリウスは、今日もニキを尊敬の眼差しで見上げた。
あまりの豹変ぶりにニュータイプたちもしばし呆然としてしまったが、パイロットは機体を見に行きなさいというニキの言葉で気を取り戻して、子供たちはブリッジから出ていった。
「ユリウスに……何と言ったんです?」
「Vガンダムにはオーバーハングパックを追加して来たの。それから、最後の機体はνガンダムよって」
ニキは逆に、普段に増して鋭い視線でマークを見据えた。
「あの子、いつもモビルスーツが弱すぎるって悩んでいたのよ。ビームストリングスにどうやって対抗すればいいのかって……。
そんなときにカイラスギリーの名前を出せば、あの子はモビルスーツ戦の危険を冒さなくてもすむと考えるのは自然なことだわ。ジェガン級の機体しかないのならカイラスギリーが最善手なのは間違いないのですから。目標をどこに設定するにしろ、ね?
大量虐殺の愚かさくらい、言われなくてももうあの子は知っているのよ。そうせざるを得ないところまで追い込まれていただけの話。それなら、いい機体を用意してあげれば、すぐに別のことを考えるようになるわ」
有無を言わさぬ語気でマークを圧倒すると、ニキはエリスにも顔を向けた。
「ニュータイプが子供に一人で悩みを抱えさせていたらいけないでしょう?それでなくても、周りで自分だけがニュータイプでないって思ってるんだから……。またクレアに変なことをされていないでしょうね?」
エリスは何も言えないまま、首を何度も横に振った。ニキは軽く溜息をすると、搬入中のモビルスーツが映っているモニターへと移動していった。
緊張感から解放され、マークとエリスは肩の力をようやく抜くことができた。
だが、ニキの後ろ姿からは冷たい心は感じられなかった。強い口調は愛情の現れであることも、二人にはよく分かっていた。
「人の心の繋がりは、ニュータイプの力だけではできないんだな……」
ニキの胸に抱かれたときのユリウスの嬉しそうな顔を思い出し、マークは長嘆した。
「なんだ、νガンダムって言っても量産型じゃないですか」
「しょうがないわよ、予算がないんだから」
ラビニア・クォーツは、ケイのように子供たちの非難ではひるまない。もっとも、あのときほど強烈な視線が投げかけられているわけではなかったが。
ブリッジのニキから、これをヘビーウェポンシステム装備型にまで開発を進めるのだという指令が届いた。
「なるほど。Hiνガンダムの方を作ってしまいましたからね」
「で、クスィーでペーネロペーだもんね。絶対、存在を忘れちゃうよね〜」
クレアはおかしそうに笑った。その機体に自分が乗っているのだから気楽なものである。
ラビニアはそれを捕まえて、壁に押しつけるようにして尋問を始めた。
「ちょっと、アタシのガンダムデスサイズはどこよ? いつになったらできるのよ?」
「さ、さぁ!? 私は知らないよ〜」
「シャイニングガンダムができてからずいぶん経つんだけど、これはいったいどういう事なのよ?」
「ぶ、V2アサルトバスターができてないからじゃないかな? あはははっ」
「なんでモビルファイターはどんどんできるのに、あの手の機体はまだ一機も……」
会話が進むたびに顔が近づいてくるラビニアから逃げようと後ずさりしてみるが、クレアの背後には壁がある。そのままずるずると壁に沿って下がっていくが、ラビニアも一緒にしゃがんでいく。
それを横目で見ながら、ユリウスは機体の編成に頭を悩ませるということが幸せなことだと感じていた。
「Vダッシュはミンミにやってもらいましょうか」
「自分がこんないい機体をでありますか?」
ミンミはてっきり、ただひとつガンダムではないジャベリンを担当すると思っていた。それだけに感激を示したのだが、ユリウスは少しすまなさそうに頭をかいた。
「実は…… これは、普通とは逆にしていくんです。Vダッシュからガンブラスターにして、ガンイージになったら終了です」
「強いのは今だけでありますか」
「そのときにはシスのがV2になってるだろうし、他の機体も強くなっていると思いますけど……。
ショウ、君はジャベリンに乗ってください。ミノフスキークラフトのおかげで宇宙での運動性は他の量産機以上です。
二人はビームストリングスの届かない遠距離から、オーバーハングキャノンとショットランサーで射撃してください。あれならビームシールドで守られても打撃を与えることができます」
ショウはうなずいたが、言葉は返ってこなかった。先日のことがまだ尾を引いているのは明らかだ。
だからこそ、ユリウスは運動性こそ高まったものの、機動性はそう変わらないジャベリンを持ってきたのである。いつものように高機動型の機体でどんどん前進してしまうようなことは、やろうとしてもできないからだ。
「ねえねえ、それじゃνガンダムが私?」
カチュアが目を輝かせてユリウスを見上げたのは、これが初めてかもしれない。
ニュータイプ用の機体が回ってくる優先度が一番低かったカチュアは、今度もどうせνガンダムはショウが乗るだろうと思っていたところだった。そして、シスに張り合えるだけの機体が手に入ることは、彼女の長年の望みだったのである。
「嬉しいな〜★ でさぁ、ユリウスはぁ?」
「ジェガンAタイプがヘビーガンになったので、それをヘビーガン・マケドニア仕様にします」
「そ……そう、頑張ってね……」
ララァに襲われた連邦軍のようだと、マークは同情を覚えた。あの時よりひどいのかもしれないが、その後よりひどくはないだろう。特に、マークのようにニュータイプと呼ばれる者たちにとって。
ザンスカール軍は戦闘直前に混乱をきたしていた。体調不良を訴える兵士が続出し、戦闘配備もままならない。
ハイランドのマイクロウェーブがカイラスギリー艦隊に向けて放たれたのである。これで敵軍を消耗させてから戦闘に入るという作戦は、実は事前に決まっていたものではない。とりあえず戦力を集めなければカイラスギリー艦隊に立ち向かうことができず、集結地点がたまたまハイランドになっていて、結局まともに対抗するだけの数が集まらず、苦し紛れの思いつきでやってみた事なのだ。
こんな行き当たりばったりの作戦だと知ったらユリウスはさぞや怒るだろう。それこそカイラスギリーでも使いたくなるに違いない。
この作戦を思いついたのが技術畑の人間や参謀司令部ではなく、ウッソ・エヴィンだということもそれに一役買うことになるだろう。数を集めてもどうしようもなく、作戦があるわけでもなく、結局事態を決めるのはニュータイプの少年なのだ。
しかし、経緯はどうあれ、圧倒的不利の戦況が少しずつ変化してきた。業を煮やしたか、ザンスカールの艦隊が侵攻してきたという報告が入る。防衛戦で、機体の戦力も整い、敵のカイラスギリーはまだ建造中……これだけ聞けば完全に有利だとさえ思えてしまう。あとはいつもの通り、高性能の機体とニュータイプたちが押し切るだけだ。
だが、これからの戦いはそうとも言い切れない。ビームストリングスは装甲を無視して内部にダメージを与えてくるのだ。モビルスーツが電子機器の塊である以上、内部を直接痛めつけられたら手も足も出ない。
「俺のクィン・マンサが量産型に落とされかけるとは思わなかったな」
「古き良き思い出みたいに言わないでよ。死にかけたのよ、あなたは?」
まだ頭部だけで脱出できたさ、と言おうと思ったのだが、さすがにこれはエリスの方が正しいだろう。
発進していくモビルスーツ隊に注意を呼びかけるが、クレアの返事はあくまで脳天気だった。
「よし、それじゃビームストリングス相手の戦い方を見せてあげるからね。簡単に近づいちゃダメだよ。
……まずはファンネルで遠距離から叩くっ!」
左右に広げられたペーネロペーの両腕から大量のミサイルが噴き出される。サザビーの赤いファンネルがその後を追う。先頭の数機を蹴散らして、崩れた陣形の穴から敵艦への道が開かれた。
「そしておもむろに母艦を撃沈っ!」
クレアはいつものようにペーネロペーを発進させた。飛竜の形態でビームサーベルを抜き、意志すらも超えた速さでアマルテア級戦艦に向かって一直線に突撃する。
「さぁ行くよっ! 秘剣つばめぎゃぁぁぁぁっ!?」
そして、そのまま何重にも張られたビームストリングスの束の中に突っ込んだ。
ザンスカール軍ももちろん馬鹿ではない。突撃してくると分かっているのだから、事前に網を張っておけばいいのである。しかも、一機だけではどうしようもないので、残った5機全てがそれに参加していたのだ。
だが、危機は一瞬で終わった。ペーネロペーは常識外の推力でビームストリングスを引きちぎり、機体の各部から白煙を噴きながら直進を続ける。
「もう、よくもやったなぁ!?」
アマルテアを通り過ぎて、反転して帰ってきたクレアは五機のゾロアットを一瞬で薙ぎ倒し、そのままラー・カイラムに帰艦する。
「レイチェルぅ、あとはよろしく〜」
機体がボロボロだから無理もないが、まだ本格的に戦闘が始まって一分も経っていない。あまりの展開の早さに頭を痛めつつ、レイチェルはゆっくりと口を開いた。
「と……とにかく、クレアの真似だけはしちゃ駄目よ……」
レイチェルはこの困った親友になんと言って注意すれば反省してくれるのかほとほと困り果てたが、エリスが言ってくれるだろうと考えて戦闘に意識を向けた。
今にも大爆発を起こしそうなペーネロペーから飛び降りたクレアは、待っていたケイと力一杯に抱き合った。
「すごいよクレア、機体損傷率97%だって! ここまで綺麗に全身くまなくズタボロにされて、平気で生きて帰ってくるパイロットなんて、どう考えてもクレアしかいないって!」
「それで機体のどこも故障しないで完璧に動くんだもん、やっぱりケイの整備した機体って最高だよ!」
互いの実力を認め合い、かけがえのない存在であることを確かめ合う二人…… そこに、怒り心頭に発したエリスの声が響く。
『すごく楽しそうね、二人とも……』
「ひぃっ!」
「はうっ!」
抱き合ったまま恐怖で硬直する二人に、ニキの冷静な口調が追い打ちをかける。
『ケイ軍曹、ペーネロペーのフライトユニットを戦闘中に分離できるように改造しなさい。捨て難い戦力ですが、あまりクレアを調子に乗せるのもよくありませんからね』
二人は抱き合ったまま、がっくりと肩を落とすのだった。
クレアが撃破した敵艦一隻で攻撃が終わったわけではない。スクィード級二隻から次々と出撃してくるゾロアットの小隊は、今し方全滅した先陣の倍以上の数がある。
「ショウとミンミは後方から援護、シスは誰かが危なくなったら戦艦を落として戦況を変えてください。
あと…… ビームストリングスはバーニアを噴かせても切ることはできません。絡まったらビームサーベルを使いましょう」
分かってるよー、とカチュアの明るい返事が返ってくる。そもそもクレアの真似をしようという者などいるはずがない。
「ねえ、インコム使ったらからまっちゃうかな?」
「そうですね、その可能性はありますね」
「それじゃ、斬りにいっちゃうよー★」
ビームシールドが標準装備のこの時代では、ビームライフルでの撃ち合いは牽制にしかならない。ビームストリングスの射程を考えれば、一気に接近できるならやってしまった方がよかった。
ユリウスは自分だけが突撃して三人が援護射撃という状況は少し怖かったし、カチュアは機嫌良く戦いに赴いていた。ひさしぶりにいい機体で、いつもいいところを持っていくクレアがいないからだ。シスは待機中だし、ショウは後方で援護役である。今日という今日は戦場の主役はカチュアなのだ。
目の前に張り巡らされたビームストリングスを簡単にビームサーベルで斬り開き、ゾロアットの集団の中に割り込んでいく。ビームサーベルを使うような距離なら、さすがの新兵器も使ってこないだろう。
「こんなの、私には全部お見通しなんだから★」
後ろでショウがショットランサーを放つのが分かる。ショウも無意味にふさぎこんでいたわけではない。
もう誰も目の前で死なせない。それがカチュアちゃんならなおのことだ。
その意識を受け取ると、カチュアのやる気は一段と強くなった。できればいつかのように、光り輝く右手を見せて欲しいのだが。
ショットランサーが突き刺さった装甲の傷をビームサーベルで引き裂き、最初の一機を閃光に変える。
戦況を確認して、すぐにユリウスは動いた。
「シス、行きなさい!」
「ええっ、もぉ〜?」
カチュアは怒った顔をするが、シスは彼女とは別の方向に向かった。さらにもう一隻のスクィードがモビルスーツ隊を吐き出し、その後からもザンスカールの艦艇が次々に押し寄せてくるのが見えた。
「ミンミはシスを援護!戦艦だけを狙えばいいです!カチュアちゃん、僕たちはそのまま前を撃ちますよ!」
ユリウスの指示が届くと同時に、左右から交差するようにビームストリングスが降り注ぐ。それを後退しながら回避しつつ、カチュアはインコムを空間に飛ばせた。
「あれを出したすぐ後なら、もう一回出すのはできないよね……!」
ビームストリングスはインコムのように自在に操作できるわけではない。宇宙空間に漂う障害物の間をくぐらせ、ゾロアットの背後にインコムを届かせる。
「それぇ、いっちゃえっ★」
正面から斬りかかるユリウスは、相手が背後からビームを浴びて押し流されるゾロアットを逃さなかった。ゾロアットを斬り落としながら、敵艦がシスの巨大なビームサーベルで両断されるのを確認する。
その時、ユリウスの横を青いモビルアーマーが飛び去っていった。
「……いけない!」
別方向の敵と戦うことによって、カチュアとユリウス、シスとミンミの間は大きく空いてしまっていた。例によってクレアはあっという間にいなくなっているので、艦を守るのはレイチェルしかいない。
「レイチェル少尉なら…… 一対一なら大丈夫でしょうけど……」
だが、ザンスカールのモビルアーマー・アビゴルの前には中央に残っていたジャベリンがあった。アビゴルはモビルスーツ形態に変形すると、ビームカタールの巨大な刃を振りかざす。
「戦いたくないのに…… どうしてお前らは仕掛けてくるんだよっ!」
ショウは一度ビームサーベルを合わせただけで、バーニアを噴かせて距離を取る。出力に押されて正面切って勝負はできないと判断したこともあるが、そこには確固とした別の意志が込められていた。
「子供がパイロットをやっているだと……!?」
ゴッドワルド・ハインは躊躇しなかった。アビゴルの武器をビームサイズに持ち替え、光の刃を投げつけるようにして襲いかかる。「子供だからって……手加減はしないんだろ!」
「その通りだッ!」
ショウは、子供だと思いやるような口振りを示しながら攻撃の手は緩めないアビゴルのパイロットに憤りを感じた。しかし、すぐにそれは戦士の信念の発露なのだと知った。
「坊主! 宇宙で戦う戦士の鉄則を教えてやるッ!」
相手はニュータイプではない。心の中を見通しながら戦う感覚はゴッドワルドからは感じない。だが、彼の闘志や信念はショウの心を強く揺さぶった。しかしそれは共感と呼べるものではない。
子供相手にも油断はしないというのは、戦場では正しいことだ。だが、その大人の論理に素直に従える歳では、ショウはなかった。
「戦士の道を選んだ以上、死の運命であっても受け入れるんだな!」
アビゴルの攻撃を避けながら、ショウはビームライフルを構えて叫び返した。
「戦場だから人が死ぬのが当たり前なんて…… そんな考えになりたくないんだよッ!」
「子供が我が儘を!」
我が儘であることは間違いない。ショウは武器を構えて牽制しただけで、実際に攻撃しようとはしなかったからだ。
それを悟ると、ゴッドワルドはアビゴルを肉薄させる。ショウはビームライフルを投げ捨てるが、もうアビゴルの攻撃に対してビームサーベルを構える時間はなくなっていた。
「油断や同情が己の死を招く! 自分が死ねば仲間も守れなくなる!
そうなりたくなければ、全力で敵を倒せーッ!!」
「僕は……違う! みんなを守りたいのはそうでも、おじさんを殺したくなんかない!!」
「なにッ……!? これは……!!」
斬りかかるゴッドワルドの目に閃光が映った。ビームライフルでもサーベルでもない、ショウの乗る機体そのものが発した魂の光。
出力で遙かに上回るアビゴルのビームカタールが、ジャベリンの右手に止められていた。武器もビームシールドもない、輝く機体そのままの手で。
「おじさんを落とすことが大人のやることだって言うなら……僕は我が儘を押し通してみせる!!
それが子供っていうものでしょう!!」
「馬鹿な、ただの量産型が……! シャイニング……フィンガーだとッ!!」
左腕が光の指に握り潰され、爆発の勢いでアビゴルは跳ね飛ばされるように後退する。間髪を入れず撃ち込まれたショットランサーが残った右腕に突き刺さった。
「これで……! もう、戦えないだろ……!」
「まだまだァ! これしきのことでッ……!」
その時、浮遊するアビゴルに、母艦ダルマシアン撤退の報告が入った。今のシスに狙われてはどんな戦艦も太刀打ちはできない。
武装はなく、帰るべき艦はない。状況に歯噛みしたゴッドワルドは、しばし時をおいて少年に感嘆の言葉を送った。
「やったな…… 坊主……」
アビゴルに投降の意を示す白旗が掲げられる。ラー・カイラムから誘導の光が引かれ、ゴッドワルドはジャベリンに抱かれるようにして安全な場所まで運ばれていく。
「だが……なぜだ……? その腕なら、今のでコックピットを狙うこともできただろう……。
もし俺が投降しなかったら、どうするつもりだった……?」
「あきらめてくれるまで戦うよ……。おじさんは悪い人じゃないみたいだから……」
「悪い人じゃない……だと……?」
ゴッドワルドは少年の言葉に、深く溜息をついた。肩に入っていた力が抜けていく気分が心地よいようにも思えた。
少年に向けて投げかけたい言葉はいくつもあった。何から言えばいいのか分からないほどだった。
「坊主、やっぱりお前は…… 我が儘な子だ……」
ラー・カイラム艦内に固定されたアビゴルの中で、ゴッドワルドは大きく息を吐いた。
戦闘が終わり、ザンスカール軍が撤退するまで、ゴッドワルドはアビゴルのコックピットの中にいた。そして少年が兵士として戦場に立つことの意味をもう一度考え続けていた。
悲劇には違いない。目指すべき状況ではないだろう。だが現実にそれが起こり得る以上、最大の悪はそこから目を背けることだ。
少年に武器を持たせるなど、という意見もあるだろう。しかし戦える者がいなければ、無抵抗に殺されることを選ぶ者だけではない。それに、己の命で他の誰かが助かるならと考える人は、物語の中にしかいないわけではないのだから。それは大人であろうと少年であろうと変わることなどない。
しかし……そうであっても、やはりあんな子供が、人が命を散らす場所にいることは、大人として否定しなければならないことなのだ。それを偽善だと言うならば、人は文明を持つ価値などない。
漠然と考えを巡らせながら、戦場の雰囲気が解けていくのを察して、ゴッドワルドはコックピットを降りた。
そこで彼が見たものは、軍隊と言うにはあまりに異質な光景だった。
30メートル級の巨体を誇る“白銀の怪獣”の周りで嬉しそうに手柄話をするエースパイロットは、まだ二十歳にもならないボーイッシュな少女だ。その相手をしている金髪の整備兵も、油まみれになるよりそろそろ化粧を覚えた方がいい年頃にしか見えなかった。かつてのジオン系の風貌を残す赤い機体から、黒い肌の同年代の少女が二人を叱りとばす。しっかりしているようだが、学級委員長が戦争の指揮を執れるはずがない。
いかにも標準的な量産機からも、小学生くらいの少年が二人。自分を落としたのは、二人のうち年下に見える方だった。
それぞれに違う三機のガンダムからは、さらに幼く見える女の子たちが降りてきた。
「な……なんだこれは……! 女子供ばかりの艦だと……!」
女だけの部隊というものはあり得ない話ではない。
人員を揃えてみたところ、偶然そうなることだってあるだろう。女性だけ一所に集めてしまった方が待遇を揃えるのに楽だという面もある。現に、少数ではあるが、リガ・ミリティアにもザンスカールにも存在はするのだ。
だが、子供を戦闘員としてガンダムに乗せるなど聞いたことがない。伝説のエースパイロット……ニュータイプと呼ばれる戦士たちはおおむね若かったそうだが、それでも小学生が動かしていたことなどなかったはずだ。
他にも捕虜になったザンスカール兵は何人かいる。全員で力を合わせれば、子供たちを人質にしてこの艦を制圧することさえできそうだった。だが、ゴッドワルドからはそんな考えは吹き飛んでいた。子供を前面に押し出して盾にするようなこの艦のやり方に憤りさえ感じていた。
そして、捕虜の検分に現れた艦長の姿を確認すると、彼の感情は爆発した。
「マーク・ギルダー! お前がなぜ子供を戦場に送り込む!」
彼こそニュータイプと呼ばれる戦士たちの代表例だったはずだ。“戦場の魔王”と畏怖された男が椅子に座って、子供たちに命を賭けさせていることなど信じられなかった。
「ショウに言っていたことと違うじゃないか。子供にも手加減はしないのだろう……?」
マークは唇に笑いを浮かべた。それは、どこか自嘲めいてさえいた。
「矛盾を笑うというのか!子供を盾にしておきながら……!」
「いや、そうじゃない……」
マークは今さらながら自責の念を強めた。ニュータイプ部隊が最強であろうと、才能のあるパイロットであろうと、やはり彼らは子供たちなのだから。自分自身が戦えれば、こんなことはしていないのだ。
「どんな理屈を並べても、本当はみんな知っているのさ。俺たち大人のしていることは、本当は間違っているんだとな……」
ゴッドワルドが相手の心を知る力を持っていたら、この時マークが何を考えていたか分かったかもしれない。
だが、戦士ではない人たちは…… エリスもショウも、マークの真意までは悟ることができなかった。
「ゴッドワルドさん……」
「おまえが……さっきの坊主か……」
自分を見上げるおどおどした視線に、ゴッドワルドは狼狽した。ここまで子供だとは思っていなかったのだ。抱いていた憤りも悲しみも、何か別の感情に混じっていく。
そして、戦士の手が、少年の肩に優しく置かれた。彼は無言のまま、規約に定められたとおり帰還用のランチに向かっていく。他のザンスカール兵もゴッドワルドに従い、荒事もなく戦後処理は進んでいった。
「僕は……悪いことをしてるのかな……」
遠くなっていくランチを見つめながら、ショウは小さくつぶやいた。
「戦争が悪いことだというなら、それはそうでしょう。教条的になりがちな思想ですけどね」
ユリウスはあっさりと言ってのけた。マークとゴッドワルドのやりとりも、彼はあきれ顔で眺めていたものだ。
「物事を大局的に見ないで些末なことにばかりこだわる人の話ばかり聞いていたら、最終的にはもっと悲惨なことになりますよ。
戦争反対を唱えた結果、戦争の規模を大きくしてしまった例など歴史にいくらでもあります。しかし、人はそういうものは無視したがるんですよ。特に、戦争反対と言いたい人は」
「それ……ちょっと、冷たくない……? ユリウス……」
「だから人は、拡大した認識力が必要になっていく…… それは僕ではなく君です、ショウ」
コーヒーを口に入れながら、少年は自分にとって過去と未来を繋ぐ絆であるもの……カイラスギリーの威力に思いを馳せていた。
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