第三十四話 魔王の降臨
〜天使達の昇天〜



 まだ年端もない少女が駆け上がっている山道は、大人でも息を切らすような傾斜があった。山頂に子供の遊び場があるわけでもなく、大人が立ち寄るようなこともない場所である。当然、小学生の女の子がこんなところに一人で来ていることが知られれば、両親から怒られるのは間違いない。
 だから、クレアは学校の帰りにいつもここに寄っていることを秘密にしていた。
「おじちゃん、こんにちはー!」
 少女に呼ばれた男は、大樹の下で座禅をしたまま顔だけを向けた。
 おかしな風体の男だった。今や漫画の中でしか見られないような衣服に、漫画の中からも消えたような顔。クレアは侍のおじちゃんと呼んでいたが、それ以外に表現のしようのない格好である。
「おお。今日も来たか、お嬢ちゃん」
 男はのっそりと腰をあげ、木の実拾いとそれを食べること以外には日々の全てを費やしている瞑想を中断した。彼にとっても、この人懐っこい子供との時間は、絶え間なく続く修行の中で心に潤いを感じる時間でもあった。
「おじちゃん、いつも座ってなにしてるの? 寝るときは布団に入らないと、風邪ひいちゃうよ?」
 少女に分かる言葉を選ぶ苦労も、侍姿の男にはいい息抜きだった。明鏡止水という言葉は小学生には難しいだろうし、自分を倒した宿敵のことを語るのも、自分のことを世界で一番強いと思っている少女の夢を壊すようで、口に出すことははばかっていた。
「考え事をしておったのじゃよ。もっと強くなれる方法を、な」
「そんなー? おじちゃん、すっごく強いじゃない! ねえ、今日もあれ見せてよぉ、あれ〜」
 クレアは、その男の剣舞が大好きだった。毎日来るたびにせがんだものだ。男は苦笑すると、言い出したら聞かない少女に背を向けて巨木に正対した。危ないから下がっていろと言うのだが、あまり聞いてくれないのが困りものだ。
「さぁ……行くぞ!」
 腰の刀を大上段に構える。少女の期待に満ちた眼差しを背に受けて、走り込みながら白刃を巨木に振り下ろす。
「秘剣、つばめ返しぃぃぃ!!」
 流星一底、巨木に一直線に裂け目が入る。そこから、ゆっくりと地響きを立てて巨木は大地に転がる。少女の無邪気な歓声と拍手も、今の彼には少し空しく響いた。この剣では勝てない、勝てなかったのだから。
「……のう、お嬢ちゃんや。大きくなったら、ワシのようになりたいか?」
「ううん?」
 少女は首を横に振った。それを見た男は、内心安堵していた。
「パパが、戦艦の艦長さんなの。だから、私はパイロットになるの!」
 戦士になるという点では、パイロットもファイターも似たようなものだ。だがこの子の場合は、本気で考えているのではなく、父親と一緒にいたいだけのことだろう。子供らしいと侍の男は笑い、ふと言葉を漏らした。
「おぬしがファイターになるというなら、シュウジの弟子と競わせることもできたろうにのう……」
 その独り言をよく理解できずに首を傾げる少女に、戯れ言よと断りを入れた。そもそも、一身の修行だけでも精一杯なのだから。
 そして、突然周りの風景が変わった。
 そこはクレアの故郷の山中ではなく、宇宙戦艦マザー・バンガード内に与えられた一室である。クレアはあくびをしながらベッドから体を起こすと、今見ていたものが夢だったと理解した。
「なんで今ごろ、師匠の夢を見るかなぁ……。 あ、そっか……!」
 クレアはその原因に思い至ると、ベッドから起き出して無重力の部屋に体を浮かべた。そして彼女にしては珍しく、今日の下着をどれにするかに時間を費やした。

「おはよーっ! みんな、いい夢見たぁ?」
 クレアがブリッジにやってきたときには、隣の艦にいる子供たちを含めて全員が集まっていた。ニキ姉ってば起こしてくれればいいのに、と心の中で悪態をついてみたが、ニキに冷たい視線を投げかけられて顔をそらせてしまう。
 クレアはいつもの調子だが、他の面々はあまり機嫌の良い顔はしていない。特にレイチェルとシェイドは、ブリッジの空気を押し潰すかのような沈黙を周囲に放っていた。
 さすがに、クレアも笑顔をなくした。
「……ごめん。ひょっとして、ロザミアの夢とかだった?」
「あいつは夢でまで俺たちを苦しめたりしねえよ……!」
 シェイドの語気はいつにも増して鋭い。だが、それはクレアの無神経さへの怒りではなかった。
 いつもブリッジの一番後ろにいるエルンストが煙草の煙を吐き出す。それがブリーフィングの合図になっていた。
「……皆、それぞれに今日という日を心して迎えたと思う。知っている者も多いだろうが、厳しい戦いとなるだろう。
 だが……今度こそは全員が無事に帰還することを願っている」
 ゼノン・ティーゲル少将は言葉を選びながら、願うところを語った。彼らは以前にこの戦いに挑んだとき、壊滅的な打撃を被ったのである。兵器の損傷は修復可能な程度にすぎない。幸いにも、戦死者は一人もいなかった。そして戦いには無事に勝利したのである。
 にもかかわらず、彼らの旅はここで終わった。そのことは誰も忘れてはいない。
 作戦を伝えるニキ・テイラーの表情も硬い。なぜなら、その根本的な原因を解消する方法は、結局発見できなかったのだから。戦えなくなったマークたちの代わりにカチュアとシスを戦線に投入したものの、予想される結果は前回の二の舞でしかない。
 そして、シャクティの放つ波動から逃れることができないことは、皆今朝に見た夢で思い知らされていたのである。
 自分の最も心安らかに生きていた頃…… 戦争の中で生きることなど想像もしていなかった時代の思い出。それは、人から戦う意志を奪うのに最も適した空気である。しかし、それに己を委ねることは、現実の放棄に他ならない。過去に心を閉ざしてしまえば、人は成長することができなくなる。ゆっくりと老衰死を待つだけの存在になってしまうのである。
「皆さんも知っての通り…… エンジェル・ハイロウから放出されるサイコウェーブの影響下においては、ニュータイプパイロット達は完全に戦意を喪失してしまいます。
 シャクティ・カリンと個人的に面識のあるウッソ・エヴィンはそれにある程度の耐性を持ち、またこの時代には他に強力なニュータイプは存在しませんでした。そのために、前回の戦いでは認識不足であったことは否めません。
 しかし、今度はそれをはっきり認識しています。それが私たちの勝機となります」
 それは自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。サイコウェーブを止めることができる兵装を用意できていれば、状況確認を唯一の拠り所にするような事にはならなかったはずだ。
 沈みがちな気分を押さえて、戦場の地図をスクリーンに投影する。
「エンジェル・ハイロウ攻略の方法ですが……。
 この距離であれば、ペーネロペーが全速力で突撃すれば、戦闘開始後2ターンでエンジェル・ハイロウを攻撃範囲に捕捉できます」
 クレアは思い切り噴き出した。ブリッジの誰もが顔色を変えた。だが、ニキの表情は真剣である。
「ニ、ニキ姉、ひょっとして……バレてたぁ?」
「クレア、あなたの考えることはとっくにお見通しです。
 1ターン目の時点で敵が警戒し、エンジェル・ハイロウの起動を早めるだけでしょう。指揮範囲外で行動不能になれば間違いなくペーネロペーは墜とされます。従って、この方法は使ってはいけません。いいですね?」
「あ、それは大丈夫。エンジェル・ハイロウに向けてまっすぐ飛んでいけば、寝ててもキールームに直撃するよ」
 明るく、真顔でクレアは答えた。ニキは努めて冷静な表情を作ると、鼻の頭がぶつかりそうな距離までクレアに歩み寄る。
「……昨日あれだけお仕置きしたのにまだ分かっていないようですね。あなたが死んだら悲しむ人がいるんですよ」
「そ、それは……。分かってるけど……」
 クレアはうつむいて、何も言えなくなった。それを確認すると、ニキは安心したように言葉を続けた。
「エンジェル・ハイロウは、サイコウェーブの第一波を送れば地球に移動します。そうなれば宇宙ではエンジェル・ハイロウの影響は消え、戦闘の継続は可能になります。地球に降下したエンジェル・ハイロウはウッソ・エヴィンのV2に任せておけるでしょう。
 問題は、それまでをどうやって耐えるかです」
 腕を組んで、黙って聞いていたエルンストが再び煙を吐いた。
「それまで俺たちゃガーダーの後ろに隠れてるってのはどうだい? 敵さんはソーラ・レイを持ってるわけじゃない。自動操縦のガーダーならサイコウェーブは関係ない。そうだろ?」
 彼の言葉は、誰もが一度は考えたことだった。だが、誰も逃げ腰の発言をしたくはない。エルンストは仲間を代弁しながら、格好は悪いが被害は最小に押さえられる手段を場に持ちだしたのである。
「連邦とリガ・ミリティアだけでは、エンジェル・ハイロウ艦隊の攻撃を乗り切ることは不可能です。私たちが前線に出なければならないでしょう。第一部隊はクロスボーン・ガンダムX3、X2、サザビーが前衛に出ます。パーフェクト・ガンダムとゴッドガンダムは後方で待機していてください。
 第二部隊にはペーネロペーが移動し、νガンダム、ザンスパインと組んで敵の先陣を撃破してください」
「俺たちが動くのは、ニュータイプたちが動けなくなってからかい?」
「そうです。戦機は少佐にお任せします。
 ユリウスはモビルファイターたちの指揮を執ってください。
 ……作戦は、以上です。理想的には侵攻してくる敵部隊を撃破し、モビルスーツ隊が帰艦してからエンジェル・ハイロウのサイコウェーブを受ける展開になります。
 サイコウェーブの効果はあくまで一時的なものです。タイミングさえ間違えなければ無事にやり過ごすことができるはずです」

 会議はそれで終わった。椅子にもたれていたレイチェルは、うつむいたまま顔を上げようともしなかった。
「レイチェル……ごめんね、変なこと言い出して……」
 クレアを非難しているわけではないのだが、それでも心の痛みは感じてしまう。こんなときだけは、クレアはどうしていいのか分からなかった。
「あんなこと言っちゃったけどさ、私は絶対帰ってくるから。心配しないでよ、ねっ?」
「私…… 怖い……」
 レイチェルは小さくつぶやいた。誰もがそう思っていた。そして、皆その死を覚悟していた。レイチェル一人が例外ではない。
「大丈夫だ。お前は、俺が守ってやるさ」
 シェイドの言葉に、レイチェルはビクッと震えた。
「シェイド…… そのために……ここに来たんでしょう?」
「……レイチェル?」
 顔を上げた彼女は泣いていた。シェイドの目を見据えたレイチェルは、堰を切ったように言葉を続けた。
「ニュータイプの力が強ければ強いほど、エンジェル・ハイロウには抵抗できなくなるから……。だから、再強化は受けずにここまで来て……Iフィールドやコアファイターがある機体に乗ってるのだって、そうなんでしょう?
 私が動けなくなったら、私を守りに飛び出すつもりなんでしょ……!?」
 ブリッジの空気は凍り付いた。
 サイコウェーブで夢の世界を見せられてから、誰もが頭から離れなかった言葉である。
 誰が、誰を守って、敵弾の前に身を投げ出すのか。
 戦士たちが心の底から怖れ、意図して思考の外に追いやっていたのは、まさにその一点だった。

 ショウやカチュアは、まだエンジェル・ハイロウの本当の恐怖は知らなかった。
 怯えがないことは利点であるが、敵の力を把握していないことは決して利点ではない。知識としては知っていたユリウスは、自分がカチュアを守ることができない場所にいることが辛かった。
 シスとミンミが乗る二機のドラゴンガンダムは、シャッフル・クラブという謎のモビルファイターになっている。スペード、ダイヤ、ジョーカーの各機の開発が可能だということ以外は、特にこの機体から得られる情報はなかった。
 目の前の戦いが厳しいものである以上、謎のシャッフル同盟に向けられる視線は少ない。しかもシャッフル・クラブには、宇宙世紀153年の戦場に投入して、戦局を一変させるような力はない。全機の力を結集して放つ最強の必殺技、シャッフル・フラッシュも現状では発動することさえかなわないのである。
 そんな状態だから、彼女らの指揮をするユリウスは半ば戦場の外に置かれることになった。ショウやクレア達ニュータイプは戦場を切り開き、エルンストらオールドタイプはそのフォローに回る。彼らが優勢な戦況を作り出すまで、モビルファイターは後方で待機しているだけなのである。
「ミンミ……。シスが反応しなくなったら、連れて艦に戻ってください。シスもエンジェル・ハイロウの影響で動けなくなる可能性は大いにありますから」
「大佐は、どうするのでありますか?」
 ユリウスの瞳にも、皆と同じ決意の光が……しかし、他の誰とも違う考えを秘めたものが宿っていた。
「僕の機体は確定していませんからね……。戦力として期待されているわけでもないし、自分で選んでもいいでしょう」
 見上げる眼差しの先に、ザンスパインの設計に使われた後は放置されていたザンネックがあった。
「……最悪の場合、ザンネックキャノンでエンジェル・ハイロウのキールームを狙撃します。シャクティ・カリンを殺せばサイコウェーブの放射は止まります」
 カイラスギリーやゾディ・アックが手元にない今、それができる機体はひとつしかなかった。しかし、それはやはり特攻である。ペーネロペーよりは安全に帰還できる可能性が高いとは言え、それも生還を期した作戦とは言えないだろう。
 ニキ先生は、怒るだろうな。
 そう思ってはみても、やはり可能性を手放すことはできそうにない。その意味では、ユリウスもやはり子供なのである。
 彼は常に指揮官の視点で思考することを義務としていた。自分の命よりも価値があるものは守るべきだが、そうでないものは自分の盾にしなければならないのだ。
 “ブラック・ジェネレーションズ”の目的を考えれば、カチュアの命は自分より軽い。ショウは予定外の参加者にすぎない。
 しかし、だからと言って、彼らを見捨てて後方にいることは、今のユリウスにはあまりにも辛い選択である。
 心の中でニキに謝りながら、彼の頭にもうひとつの考えが浮かんだ。
「ショウはエルピー・プルを救い、僕はシャクティを殺そうと考えている……。これが僕とあいつの違いなのか……?」
 隣にいたミンミにも聞こえない声で、ユリウスはつぶやいていた。

「とうとう、ここまで来てしまったな……」
「そうね……」
 戦闘の光芒を、マークはどこか遠くのことのように眺めていた。
 戦況は、今のところ優勢である。クレアやショウ、シェイドとレイチェルたちはザンスカールの前衛を猛然と押し返している。戦えなくなる前に少しでも多くの敵を倒さなければならないという事態が、普段以上の力を発揮させていた。
 そんな中、マークの脳裏に浮かぶのは悔恨と焦燥だけであり、思考はいつ撤退するかだけに絞られていた。
 これだけの戦力で本当によかったのか。ノイエ・ジールUあたりを持ってくるべきではなかったか?
 だが、それに乗るのは結局ニュータイプなのだろう。人と触れ合う力が強ければ強いほど、エンジェル・ハイロウには抵抗できなくなってしまう。
 ユリウスが考えたように、カイラスギリーでエンジェル・ハイロウを消滅させた方が安全ではなかったか。
 しかし、それではなんの意味もないのだ。それでこの場を乗り切ったとしても、彼らが受けた心の傷は一生残ったままだろう。
「クレア、前に出過ぎているぞ! その距離では戻れなくなる!」
 通信が届く距離よりも、熱核ギガブースターの移動距離の方がはるかに遠い。そんなことも忘れていた。
『でもさぁ、私が前に出てないと、ショウたち危ないって!』
 エリスは親友の言葉に、背筋が凍り付いた。やはりクレアも……この戦いに参加した、誰もがそうであるように……自分が犠牲になるつもりなのだろう。かつてのエリス自身がそうだったように。
「クレア! やめて、死んだらだめ! 絶対帰って来て! でないと……私……!」
 エリスは悲鳴のような声で絶叫した。それに、クレアはいつもと変わらない笑顔を返した。
『大丈夫大丈夫〜。エリスにそう言ってもらえたから、きっと帰れるよ!』
 エリスは、その元気な顔を見ることだけでも拷問のようだった。
 もう、この笑顔を見ることが二度とないかもしれない。それを焚きつけてしまったのは、自分の一言だったかもしれない。
『私には、まだ帰れるところがあるんだ……。こんなに嬉しいことはない!』
 ペーネロペーのバーニアが全開で敵陣に飛び込んでいく。νガンダムもザンスパインもその後を追う。その様子を見つめながら、エリスはうわごとのように彼らの名を呼び続けた。

 シャクティ・カリンは、純粋である。戦場を覆う感情のうねりは、彼女の元にも届いていた。
 怯え。恐怖。悲しみ。苦しみ……
 心を通じ合う力を持った人たちが、それを戦いのためだけに使っている。それはあまりにも悲しいことだ。
「リングの中央で祈ればよいのですね?」
「はい。そうすれば、リング・サイコミュが姫様の祈りを拡大して、戦場を覆う戦いの気を打ち消しましょう」
 確信を込めて言うフォンセ・カガチは、平和主義者である。
 平和主義者は往々にして、戦争の悲惨さから目を背けてはならないと言う。多くの人は惨劇の圧倒的な光景に、目を閉じてしまいがちなものだ。それは正しい姿勢とは言えず、だから平和主義者の言うことは正当化される。
 しかし同じ惨劇の光景を見て、その圧倒的な事実に魂を奪われ、その一部分しか見えなくなってしまった事に気がつかない人もいる。彼らは口々に平和を叫び、自分たちの主張が現実離れしていくことにも無関心になった。
 カガチはそんな人たちを集めて、ガチ党を作った。そこにギロチンがあるのは必然だった。現実離れした者たちの統治は、いつも粛正から始まるのだから。
 しかし、シャクティはあくまでも純真無垢な少女であった。
「争い、血を流す人々よ。そのような一時の憎しみと怒りを忘れるのです。
 人々よ、争いをやめ、待つ人たちのいる故郷へと帰りましょう……」

 ショウが自分の部屋に戻ると、シャワーの音が聞こえてきた。
 水を出したままで部屋を出た覚えはないが、とにかく宇宙船の中で資源の無駄遣いは良いことではない。
 急いで止めようとして、シャワールームのドアを開けたショウは目を丸くした。あまり広くはない浴室の中に、二人の屈託ない笑顔が待っていたのだ。
 気持ちよさそうにシャワーを浴びるエルピー・プルとプルツーの素肌を覆っているのは、うっすらとした湯気だけしかない。ショウは桜色に染まった二人の肌に、完全に目を奪われてしまった。
「あ、ショウも一緒に入る〜?」
 プルは普段と少しも変わらない笑顔を浮かべるが、ショウはかえって慌ててしまう。赤面してうつむき加減になると、二人の体の自分と違う部分が目に飛び込んでくる。視線がそこに釘付けになって、胸の鼓動が大きく激しくなっていく。
「もう…… ノックくらいしてよ、ショウってば……」
 シャワーのノズルを持つプルツーは、プルの背中に右手を回して抱くような仕草で、少し照れたように微笑んでいた。あまり下ばかり見ていてはいけない気がして顔を上げると、少しだけ大人になった部分がショウを魅了する。
「いいよ、入ってきても」
 プルツーは動揺もせずにそう言った。口調は冷静だが、その顔はもはや戦う機械のものではない。今まで知らなかった魅力を目の前で見せられたショウは、プルやカチュアに抱いているのと同じ思いを、プルツーに対しても感じ始めていた。
「分かるよ、ショウ。今胸がキュンキュンしてるでしょ? だったら、いっしょに入ろうよ!」
 プルは照れも羞恥も見せず、心のときめきに素直に従っている。
 シャワーのお湯で濡れたプルの体はキラキラと輝いて、それがプル自身の心の輝きのようにさえ思えた。
「えっ、い、いや、えっと……! そ、そのっ……!?」
 ショウはそんな二人に真っ赤になって慌てながら、取り込まれるように夢見心地になっていった。

「エンジェル・ハイロウのサイコウェーブが起動を開始したようですね」
 前線のニュータイプたちの動きが突然止まった。ニキの表情は冷静そのものだが、頭では誰から先に助けるか、誰をあきらめなければならないかを思索するのに必死であった。
「前に出た矢先にか……。まずいな」
 ゼノン・ティーゲルのつぶやきはうめき声に近い。助けにくい状況の者から切り捨てようと考えれば、ほぼ全員を見捨てる事になる。それでは艦を守るモビルスーツがいなくなってしまうし、今後の作戦の継続は不可能になる。助けやすい者から順に助けようとするだけでも、今や特攻をかけなければ不可能だった。護衛を守るために母艦を危険に晒すのは本末転倒である。
「ミノフスキー粒子散布急げ!対空砲火準備!」
 エルンスト、アキラは前進!本艦の防御は考えなくていいぞ!」
『あいよ!』
『おう!行くぞ、ゴッドガンダム!!』
 二人の機影が視認できる範囲からなくなると、マザー・バンガードの防衛のためのモビルスーツはついに一機もなくなってしまった。
 だが、ゼノンはこの程度は甘受する覚悟を決めていた。
「艦を前進はさせないのですか?」
「この場を離れないだけで特攻だよ。今、ここでギュンター君やリィス君に万一のことがあれば御大将に申し訳が立たんしな……」
「御配慮、感謝します……」
 話題になったことでユリウスの事が気になり、ニキはモニターを確認した。
 ユリウスは前に出ようとしていた。シスはやはり動けなくなったのか、ミンミが抱きかかえて艦に退避しようとしているところだ。教え子の乗機が何かを知ると、ニキはすぐに何をしようとしているのか察した。
 だが、それは無理だ。二人を護衛に連れて行き、捨て駒にする覚悟でもなければ。
「いけません、すぐにやめさせなければ……!」
「うむ、出ていたモビルスーツ隊は帰艦しろ! エルンストとアキラが支えている間に、安全な距離まで……」
 言いかけて、ゼノンは愕然とした。オペレーターのジュナスが倒れていたのである。
「いかん、ジュナスは…… 最悪の場合、退行現象を起こしかねんぞ!」
「私が代わります!」
 ニキが走るのを見たのは、ゼノンは初めてだった。
「ユーリィ、すぐに帰艦しなさい! 一人で先行してはいけません!」
『でも、今僕が行かなかったら誰が行くんです!』
「ザンネック一機だけではどうにもなりません!誰も助けられないまま死んでもいいんですか!」
 ユリウスがこれほどに口惜しそうな表情をするのも見たことがない。いつも誰かを小馬鹿にしたような表情をした、頭は切れるが友達のいない子だったはずだ。同年代の子供たちとの日々がユリウスをどのように成長させたのか、顔を見るだけでも分かる。
 あの子供たちに、戦死という運命があってはならない。あの歳で、友達が目の前で死んでいくのを見せていいはずがない。
 だが、どうすればいいのか、これからどうなるのか、ゼノンにさえ結論は見えなかった。

 動かなくなったサザビーを守るように、クロスボーン・ガンダムX3が左腕のIフィールドを展開して前に出る。
 レイチェルが予感し、怖れていた光景である。やはりそれは現実のものになった。
「畜生……!レイチェル、起きろ!動いてくれ!」
 少しでも動くことができるなら、シェイドは周囲の敵を倒しに行くことができる。14本のビームサーベルを連結させた驚異の兵器、ムラマサブラスターは敵を間合いに掴めないまま、一度も起動することなく携行されたままだ。
「ロザミィ……まだいるなら、レイチェルを守ってやってくれ……!」
 歴史上、ロザミア・バダムが死亡してから数十年の時が流れている。ひょっとしたら、もう成仏してしまったのかもしれないとシェイドは思った。かつて聞こえたはずの声が、今は全く聞こえてこないからだ。
 そのおかげで、彼だけはエンジェル・ハイロウから響く歌声を聞かずに済んでいる。
 だが、彼の仲間たちはそうではなかった。シェイドがレイチェルを守っている間、サエン・コジマの乗るX2は無防備に宇宙を漂っていた。機体を守るアンチビームコーティングマントはすでに焼け落ち、ビームシールドも光を失っている。
 シェイドもそれを知らないわけではない。だが、二人を同時に助けられるような状況ではなかった。X2がビームストリングスに絡め取られるのを目の当たりにしても、彼には叫びをあげることしかできない。
 縛られたまま何発もビームを浴びるX2に閃光が走る。シェイドの脳裏に、ロザミアの最後の光景が浮かんだ。
「サエン……!」
「見たか、俺の華麗な脱出劇!」
 上擦る声に返事が届き、黒いコアファイターが飛び去るところがモニターに映る。
「……馬鹿野郎、一回死んでこい!」
「反応はそれかよ!? ……ったく、お前は死ぬんじゃないぞ!」
 サエンの言葉は決して冗談ごとではない。コアファイターが退却すれば、敵の攻撃は全てシェイドとレイチェルに集中してしまう。両腕のIフィールドを使い切った瞬間に、タイヤをまとった敵機が突っ込んでくる。
「避けたらレイチェルに当たるってわけか…… そんなことでッ!」
 シェイドはムラマサブラスターの刃を発動させた。その威容にゲドラフのパイロットは目を剥いたが、今や避けることのできない距離に近づいていた。
 圧倒的な出力に押し切られ、ビームシールドで守られたタイヤが引き裂かれていく。二度目の斬撃で機体が吹き飛び、群がる敵軍の数が一機だけ減少する。
 だがムラマサブラスターを振り下ろした瞬間、ほぼ真上からサザビーに向かって次のタイヤが飛び込んでくる。シェイドの呼吸が一瞬止まった。
「……サザビーのコックピットは、頭にあるんだぞ!」
 木星の重力をものともしないX3のバーニアを最大出力で噴かせて、サザビーとの間に割り込んでいく。その瞬間、シェイドは自らの死の可能性を完全に忘れていた。
 その時、助けの手が飛び込んだ。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!!友を救えと轟き叫ぶ!!」
 正面からタイヤの突進を受け止め、ゴッドフィンガーで焼き払う。中から飛び出した本体にパーフェクト・ガンダムの連装ビーム砲が襲いかかる。
「お前ら……」
「ここは俺たちに任せておけッ! 必ず全員で行くと誓った、ドモン達の待つ未来世紀にな!」
 アキラは大軍の中に臆せず飛び込み、その闘志は押されかけた空気を変えていく。
 エンジェル・ハイロウによって奪われたのはニュータイプの行動力だけではなく、戦場に満ちていた戦意そのものでもあった。それがザンスカールの兵士たちに向けられていないことは、偽善である。
「ガンダムが墜ちれば、相手は勢いづいちまうぜ。まあ、たまには俺たちの戦いを見ていてくれよ」
 エルンストはそう言ったが、ザンスカールの兵士たちが怖れている“ガンダム”も、シェイドが乗っているクロスボーン・ガンダムX3も、彼にとっては誇張された何かでしかなかった。
 親子のように、本当はそれ以上に歳の離れた敵味方のパイロットたちに言い聞かせるように、エルンストは叫ぶ。
「お前達も、ガキの頃アニメで見ただろう! こいつがあのガンダムって奴だ!」
 エルンストの声を聞く相手がどれほどいるのか、モニターの中からは想像もできない。目の前にいる戦艦が三隻、視界が届く範囲にもう二隻。さらに、後続部隊が次々に現れる。
 それにサイコミュもビームシールドもなく立ち向かう二人もまた、生還を考えることのできない状況だった。

 裸だったはずのショウは、突然νガンダムのコックピットに引き戻された。
「えっ……!?」
 目の前に敵がいる。ビームライフルを構えた相手に対して、完全に無防備でいた。今まで何をしていたのか、何をしていいのか完全に見失い、頭の中が空白になってしまっていた。
 そのままでいたなら、その攻撃で死んでいただろう。そのビームの前に、あまりにも見慣れた機影が飛び込むのが見えた。白銀の怪獣と呼び怖れられた神速のシルエットが光に包まれ、爆発の中に消えていく。
「クレアさぁぁん!」
「おっ、おはようショウ!」
 明るい声が響き、フライトユニットを外した機体がνガンダムを守るように前に出る。
「クレアさん、それ……?」
「ハゲジジイが妙なもん作ったんだけどね。何とか役に立ったみたいだよ。
 それより、カチュアちゃんを連れて早く帰って!」
 カチュアの名を出されて、ショウは今まで見ていた夢を思い出して真っ赤になってしまう。やはり動かなくなっているザンスパインを抱きかかえ、両機を守るようにフィン・ファンネルの盾を形成する。
「クレアさんは、どうするの!?」
「……誰よりも戦い抜いてみせる、この地球の誰よりも!!」
 クレアの乗る機体、オデュッセウス・ガンダムの持つ武器は、今はビームサーベルしかなくなっていた。フライトユニットと共に熱核ギガブースターも残骸になってしまっている。
 それに加えて、それはガンダムF90が世に出る直前の機体である。全ての敵機が小型モビルスーツになっているのに対して、オデュッセウス・ガンダムはモビルスーツの大型化の時代の最後に当たるのだ。
「まあ、これだけでかいのが思い切り振り回せば邪魔にはなるよね」
 後退するνガンダムを確認すると、クレアは深呼吸して敵陣に斬り込んでいった。
 だが、大型機というハンデを補うIフィールドもサイコミュ兵器も、今のオデュッセウス・ガンダムには装備されていない。大勢の敵にビームストリングスで包まれると、ビームサーベルだけでは限界がある。
「と……刻が見えちゃう、かも……?」
 そして、その言葉の続きが放たれることは、なかったのである。

「……やはりこうなってしまったのかッ……!!」
 飛びかける意識を必死に現実に繋ぎ留め、マーク・ギルダーは悪化する戦場に両手を震わせていた。
 シャクティの意志が心の中に忍び寄り、戦いの現実を見ないようにさせようとするのが感じられる。もはや残っていないと思っていた戦士たちの魂が抜け出ていくのが分かる。
「今度は誰が犠牲になるんだ……? 俺が出ていけないために……!」
 レイチェルやショウ、カチュアは完全に動けなくなっている。エルンストたちも動いているが、あまりにも敵の数は多すぎる。だが、もはや出せるパイロットは誰もいないのだ。
「マーク…… やっぱり、私があんなことを言わなければ……」
 エリスが震える手を重ねてくる。後悔と、自責と、絶望が混じった表情。そんな顔をするエリスを見たくはない。エリスは、そうあるべきではないのだ。
「そんな事は……間違っているんだ……! 誰かがこれを変えなければ……!!」
 マークはこの戦いが始まってから、一度として離れることのなかった艦長の椅子から立ち上がった。そして弾かれるようにブリッジから飛び出し、誰よりも知る道を再び辿り始める。
「マーク!どうするつもりなの!?」
「俺は……奪われたものを取り戻す!!」
 エリスに言い放つと、モビルスーツデッキへの通路を飛ぶように駆ける。残っていた中で最強の機体に乗り込み、震える両手を押さえつけるようにして動かしていく。
「艦長っ!? いいの、モビルスーツ乗ってぇ?」
「正直、まだ動かせるとは思っていないがな……!」
 驚くケイに答えたとき、一人で飛び出そうとするユリウスをニキが止めようとする会話が聞こえてきた。
「ユリウス…… 残念だが、お前では無理だろう……
 だが、お前の作ってくれた力、頼らせてもらうぞ……! 俺に本当の力が戻るまではッ!!」
 マークはその機体に搭載された、バーサーカーシステムUのスイッチを入れた。失われたニュータイプの感覚の代わりに、異常なまでの戦意が体を通して吹き荒れていく。
「マーク・ギルダー!V2アサルトバスター出るぞッ!!」
 かつて最強の戦士だった男は、自らを失った空間に再びその身を躍らせた。

 ミノフスキードライブの光の翼は、機体が放つ真紅の輝きに彩られ、悪魔の持つ羽根のようにも見えた。
 そしてその前に、すでに支えきれなくなった戦線を超えて雪崩れ込んだザンスカールのモビルスーツ隊が急襲してきていた。
 理論的には亜光速まで加速が可能な機体の前に、ビームストリングスが何重にも張り巡らされる。クレアのペーネロペーを止めた戦術である。だが、マークはクレアとは違った。光の翼を盾にするようにして突き進み、包囲を破った瞬間に翼を左右に羽ばたかせる。その一瞬の自然な動作で、5機のゾロアットが閃光と化した。
 次に目の前に現れたゲドラフは、タイヤのスピードに任せて突撃して来た。マークはメガビームシールドを構え、両機が激突した衝撃を合図にいったん出力を解放させる。メガビームシールドの余波だけでアインラッドが粉砕され、次の瞬間内部の本体がビームサーベルで両断される。バーサーカーシステムUによって高められた出力は、もはや戦艦すら一撃で撃沈しかねない状態になっていた。
 戦艦の対空砲火もメガ粒子砲も、ことごとくがメガビームシールドとIフィールドに受け止められ、ビームストリングスは光の翼で薙ぎ払われていく。そして戦艦のブリッジを狙ったビームサーベルが、そのまま艦を真っ二つに両断する。
 その間、マークは声にならない雄叫びをあげ続けていた。しかし悪魔と見紛う光の翼は、エンジェル・ハイロウのもたらす穏和な波動を引き裂き、背後の空間を戦場に引き戻していく。
 ザンスカールの兵士たちも、徐々に異変に気付いていった。それは、最初は小さなささやき声でしかなかった。
 しかし友軍が撃破される報告が広がるにつれて、さざ波のように広がっていった。そして一瞬前までは己の隣にいた僚機の爆発と共に、悲鳴となって戦場全てに響き渡った。
 マーク・ギルダーが帰ってきた!!白い悪魔たちを率いる戦場の魔王が!!
 その報にリガ・ミリティアは奮い立ち、ザンスカールの兵士は騒然とした。そして、エンジェル・ハイロウは地球への降下を始めたのである。
 戦場を切り開いていくマークは、視界に仲間たちの機影を捉えられる距離まで近づいていた。
 サエンの乗っていたX2が撃墜され、コアファイターが帰艦していく。ペーネロペーがフライトユニットを分離させてνガンダムの盾に使い、そのために苦戦に陥っている。そして、大型の機体にビームストリングスが絡みつく。
「と……刻が見えちゃう、かも……?」
 クレアがそう意識した瞬間、ヴェスバーの閃光がビームストリングスを吹き飛ばした。
「この俺がそうはさせんッ!誰一人死なせるものか!!」
「たっ、隊長ーっ!?」
 クレアは、かつての役職でマークを呼んだ。今のマークは、戦艦の艦長をしていた彼とは別人のようだったからだ。
「モビルスーツ、動かせたのぉ!?」
「バーサーカーシステムUのエネルギーがある間はな!お前は、これで身を守りながら逃げろ!」
 オデュッセウス・ガンダムにメガビームシールドを渡すと、マークはさらに突撃を続ける。V2アサルトバスターを境目に、天使に抱かれた世界と悪魔の咆吼が轟く世界が分断されるようだった。
 それを追ってこれる機体は一機だけだった。ウッソ・エヴィンの乗る同じ機体だけは、マークの開いた戦線の切れ目に飛び込んでいる。
「すみません、シャクティがこんなことになって……!」
「俺たちにも責任があるのさ……!平和が何よりも尊く、戦いの全てが邪悪だと断じていた俺たちには!」
 禍々しい真紅の光の翼と、清らかな天使の翼の両機は、祈りの輪が浮かぶ地球へと降りていく。彼らの去った場所は、光を失い暗黒の宇宙空間に戻った。そこは、やはり戦場である。

 シャクティは今もまだ、己の祈りが人々に福音をもたらすと信じ切っていた。
「大地の精霊たちが、私たちの祈りをより強いものに変えています。
 そして、この力を、冷え切った戦士たちに投げ与えましょう……」
 空を見上げると、天空の高みより戦士たちが降り立つのが見えた。
 一人はよく知っている。自分と同じく純粋な心を持つ、青い翼のガンダム。
「ウッソ……」
 そして、狂気に近い波動を全身から噴き上げ、平和への祈りを拒絶する戦場の魔王。
「シャクティ!今すぐエンジェル・ハイロウを止めるんだ!」
「あなたは……」
 シャクティは、目の前に機体を止めたマークの心を感じ取った。そして、彼に相応しい言葉で表現した。
「……悲しい人です。
 どうして、辛い記憶を超えて、機械に心を任せてまで戦うのですか?」
「同じ過ちをしている者に、はっきりと分からせるためだ!」
「同じ……?」
 シャクティは不思議そうに言った。
 理解しづらいのも無理からぬ事だ。マークの言う相手は、シャクティ一人だけではないのだから。
「戦いの全てを否定し、なかったことにしようとすれば、それは人が人の営みを捨てるのと同じ事だ。
 生きようとすることも、平和を掴み取ろうとすることも、それは全て戦いと同じ事なんだ!
 シャクティ! 人は、戦うことを捨ててはいけない!!
 もしもエンジェル・ハイロウの力で世界を平和にできたとしても、それは奇跡の捏造だ!!」
「しかし、戦いは悲しい人を生みます。それは良くないことではないのですか?」
「ウッソ・エヴィンが戦っていることが分かるか? ウッソは今も、お前をエンジェル・ハイロウから助け出すために戦っている。
 今までの事を考え直してみろ! 彼を戦いに引き込み、辛い戦いを強いてきたのは、お前が平和だけしか考えなかったからだ!
 もう、ウッソが戦うことを否定するな! ウッソ・エヴィンは、お前のために戦っているんだぞ!」
「ウッソが……!」
 シャクティの脳裏に、戦士たちの姿が映る。クロノクルを倒し、仲間たちを失い、今カテジナの乗るゴトラタンと刃を交えていた。
 ウッソのV2アサルトバスターは動きに精彩を欠いていた。カテジナを倒したくない、戦いたくないのがはっきりと分かった。だが、カテジナはもはや狂気である。メガビームキャノンの照準をウッソに合わせ、引き金を引く手に力を込める。
「ウッソを……!ウッソを守ってください!」
 シャクティは叫んだ。
 ウッソの勝利を願うことは、カテジナの敗北と同義である。それは公平ではないと言える。
 戦いの有利な展開を願うことは、全ての戦いを否定することではない。それは平和ではないと言える。
 話し合いによる決着ではなく、戦いでの決着を想起することは、相互理解を願うものではない。それは友愛ではないと言える。
 だが、恋人の勝利を願ったその瞬間、シャクティは全ての偽善から解放された。
 V2アサルトバスターの光の翼がメガビームキャノンの奔流を防ぐ。それを合図にしたように、エンジェル・ハイロウは瓦解し、再び宇宙に向けて浮き上がっていく。
 それが戦いの終幕であった。本当の意味で、彼らは勝利をその手に掴んだのである。
「シャクティ……やったな……!」
「マークさん、私は……」
 どうすればいいのですか、という問いには、ウッソが答えてくれた。カサレリアに帰ろう。その単純な答えこそが、長い長い過ちの道からシャクティを正道に引き戻した。
 そして、もはやバーサーカーシステムUの力はマークには必要なくなっていた。
 エンジェル・ハイロウの破片と共に宇宙に戻ったマークに、平和を願う人々の意志が見えた。戦い、倒してきた者たちの魂が心の中にあるのを感じ取れた。
「俺は……!」
 完全に大気圏から離脱すると、マークは機体を戻るべき場所に向かわせた。
「俺は戻ってきたぞ!アムロが、シャアが、多くの戦士たちが戦ってきたこの宇宙に!!」
 生還を喜ぶエリスの泣き顔が見える。彼の力を初めて目の当たりにするショウやユリウスの尊敬の眼差しも見える。
 そして、“ブラック・ジェネレーションズ”は、新たなる戦いの歴史への旅に向かうのである。


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