第三十六話 激闘マスターアジア!! 黒歴史最強の戦士
〜最強最悪! デビルガンダム現る〜



 地平線からゆっくりと浮かび上がる太陽の光が、廃墟と化した新宿の街を照らし出していく。
 無事に生き残った最も高い建物の屋上に立つ男は、その光を自分自身に宿らせていくかのように、大きく息を臓腑に溜める。
 体重を片足に乗せ、静かな動作で両手を広げ、全身に精気を漲らせていく。
 深く肺腑に溜め込んだ空気を震脚に合わせて一瞬で吐き、気合いを込めて片手を押し出す。再び静かに空気を吸い、両手を自然な位置に戻していく。
 その流麗さは小川のせせらぎを思わせ、踏みしめる足は大地の如き安定感に満ちている。
 微風をたたえた面持ちは嵐の激しさを奥に秘め、拳は夜の帳を払う陽光の強さと温かさを併せ持つ。
 ──流派東方不敗は王者の風よ
   全新系列 天破侠乱
   見よ、東方は赤く燃えている──
 その漢詩に詠われる通り、彼こそは世に比類なき最強の武術家であった。
 毎朝の日課にすぎないこの演舞すら、見守る者は見惚れさせ、仇為す者には力量の差を思い知らせる威風を備えている。
 第12回ガンダムファイトの優勝者であり、シャッフルの紋章を受け継ぐ戦士の一人である彼の真の名は、庶人が口にすることさえはばかられた。そして拳を志す全ての若者たちの畏敬の証として、彼は常に尊称で呼び表されていた。
 その名は、東方不敗マスターアジア!!
 新宿の廃墟に一人立つ彼は、破壊の犠牲となった人々を悼む心も、心に秘めた野望も押し殺し、ただひたすら拳に意識を集中させる。目を閉じて心を研ぎ澄ませ、そして見開き、油断なく周囲の気を探る。その時、彼を取り巻く光景は一変していた。
 彼は宇宙に浮かんでいた。数多くのモビルスーツが武器を構えて、二軍に分かれて争っていく。この時代にはもはやあるはずのない、戦争という場の情景である。そこには拳を交える者への敬意も生命の尊重もなく、ただ敵意と憎悪、そして無数の死が止まることなく増え続けていく。純粋な武術家にとって、それはまさに地獄絵図に他ならなかった。
「なんたる惨状じゃ……!なんとか、なんとかこれは止めなければ……!」
 東方不敗は気を焦らせるが、彼の存在はそこでは幻のようなものだった。二軍が激突する中央に浮遊し、被害は受けないものの為す術もない。だが、はるか宇宙の彼方から、東方不敗の意志を継ぐ機体が近づいてきた。
 それは彼が初めて見る機体である。ガンダムの頭部であるものの、全体の形は人よりも鳥のような印象を受けた。全身から放つ闘気は炎のごとく、舞い散る羽毛さえが閃光を放って敵を蹴散らしていく。そのガンダムに乗っているのは、彼の幼い弟子なのだ。熱き魂と力量こそあるものの、まだ危うさを残す子供である。それが、この戦いを生み出した元凶に向かって、光の羽ばたきを繰り返す。
「よいかぁッ!己の魂を極限まで高め、一撃のもとに爆熱させるのじゃぁッ!!」
 東方不敗は思わず叫んだ。返事が来たような気もしたが、幻聴であったかもしれない。それは、もはや彼にも分からないことだった。周囲の幻影は、すでに消え去っていたのである。
 そして朝日の輝きの中、宇宙から軍艦らしき影が降りてくるのが見えた。東方不敗は不吉とも吉兆ともつかない運命めいた何かを感じ、背筋の冷たさに息を飲んだ。
「師匠、師匠ーっ!」
 階段を駆け上がってくる若者の声。それは彼の愛弟子であり、いまやキング・オブ・ハートの称号を継承するドモン・カッシュのものである。師弟はそれぞれの理由でこの新宿に集まり、デビルガンダムの脅威に備えていた。
「ドモンか。あれはなんじゃ?」
 東方不敗が厳しい眼差しを向ける影に、ドモンは希望を見るような視線を送る。
「ネオジャパンが、救援物資や防衛用のモビルスーツを送ってくれたそうなんです。きっとあれですよ」
「モビルスーツもか……」
 東方不敗はさらに表情を硬くした。彼らの用いるモビルファイターとは異なり、モビルスーツはただの機械である。ファイターとしての誇りが高まるほどに、それに向けられる蔑視は度合いを強くする。今やしなくてもよくなったはずの戦争のために、武器を構えて命を狙うための機械。直前に見た幻影の惨状が嫌悪の情をさらに色濃くしていた。
 だが、デビルガンダムに狙われている現状を鑑みれば、それは当然送られてしかるべき物である。そう納得する分別は、東方不敗にはある。
「はい。俺の知り合いがいるんですよ、そこには」
 ドモンの話に相槌を打ちながら、東方不敗は救助隊に会うため階段を下りていった。幻影のことは自分一人の胸にしまったまま。

 “ブラック・ジェネレーションズ”の志気は高い。荒れ果てた都市、傷つき疲れ果てた住民の姿を見ても、より精力を注いで支援物資の配給を進めていく。食料や毛布を届けられた人々の顔に明るさが戻り、街の周囲に配置されたモビルスーツが安心感を広げていく。
 これまで彼らは出番らしい出番がまるでない状態だった。この時代の戦いの舞台であるガンダムファイトは国家の代表が一騎打ちを行うため、彼らが介在する余地はない。
 旅先でドモン・カッシュが頻繁に行方知れずになるものの、ドラゴンガンダムのサイ・サイシー戦、ボルトガンダムのアルゴ・ガルスキー戦での危機は、ドモンが一人で解決してきた。ジョンブルガンダムとの戦いの折に、敵ファイター側が援護のモビルスーツを配置していたために出撃したことはあったが、それとてデビルガンダムとは関係のないただのアクシデントである。
 そうして力と時間を持て余していたところに、ついにデビルガンダム発見の報告が入った。
 ネオジャパンの地上での領土、日本列島の新宿に出現したデビルガンダムは瞬く間に甚大な被害を及ぼし、多くの住民がDG細胞に寄生された怪物……ゾンビ兵に変貌してしまったと言う。わずかに生き残った住民は都庁ビルに集合し、偶然その場に居合わせた他国のガンダムファイターを中心に防衛陣を築いている。しかし戦力は乏しく、補給の宛てもなく、全滅は時間の問題と思われた。
 ここに至って、ネオジャパンコロニーから援助物資を届け、生存者の安全を確保するという、ガンダムファイターではできない任務がやってきたのだ。
 新宿に到着したマークはまず配給の段取りを決めると、デビルガンダムとの決戦に備えるべく、防衛の指揮を執っている責任者を捜した。だが、都庁に残っている公職者に軍事に長けた人物はおらず、代わって采配を振るっていたガンダムファイターを紹介された。
 前大会の優勝者であり、実力は折り紙付きである。戦術にも長けた老練な戦士であり、偶然ながらドモン・カッシュの格闘技の師としてネオジャパンと疎遠な人物ではないという。
「“ブラック・ジェネレーションズ”のマーク・ギルダー大佐です」
「ワシは東方不敗マスターアジア。ネオホンコンのガンダムファイターじゃ」
 自己の流派の名で呼ばれるその人物は、初対面のマークに対してわずかに顔色を変えた。ニュータイプの知覚が相手の嫌悪感を察知する。しかし、それも無理からぬ事なのだと、これまでの経験でマークは悟っていた。
 4年に一度都市を破壊して回るガンダムファイターが一般市民から好まれているとは言い難い。しかし、それ以上に軍人は誰からも忌み嫌われているのだ。戦争のなくなった時代の人として、それは当然の反応である。
 人々の対応に拳を振り上げても意味はない。マークは、なすべき事を粛然と遂行することだけを心がけた。
「我々は物資の配給が終了次第、デビルガンダム捜索のために出撃を予定しています」
「なんじゃと、すぐにか?」
「運び込んだ食料にも燃料にも限りはあります。自己増殖機能を持つ相手に、消極的な消耗戦を選択するのは愚策です。
 敵の中核を発見し、速戦即決より方法はないでしょう」
「いかん、それはまずいぞ……」
 東方不敗は少し考え込んだ。マークにはそれが、まず否定しておいてから、後で理由を思いつこうとしているように見えた。
「……デビルガンダムの動きは神出鬼没じゃ。探そうとして見つかるものでもないし、ここを離れている間に無防備な市民が襲われるやも知れぬ。ここは固く守り、奴が姿を現すのを待つ方が得策というもの」
 だが、それではデビルガンダム側が果てしなくデスアーミーだけを出し続けてきたら、戦えば戦うほど不利になっていくだけだ。
 マークはそう考えたものの、敵の出方を体験しているのは東方不敗である。デビルガンダム軍団との戦いがどのようなものであるか知るために、まずは彼の言葉に従うことに決めた。
 それでも疑問は残る。東方不敗が指揮能力を欠いているのなら、新宿の街は今まで持ちこたえることさえできなかったはずだ。
 そこまで考えたマークであったが、さすがの彼も東方不敗がデビルガンダムを倒されてはならないと考えているとは夢にも思わなかったのである。

 マーク・ギルダーはいったん引き下がったものの、モビルスーツを配置してデビルガンダム軍団の襲撃に備えている。その陣容を視察に回った東方不敗は、さらに愕然とすることになった。
「ガンダムじゃと……!奴ら、ガンダムを軍用機に使っておるのか!?」
 ガンダムファイトに使用されるモビルファイターが皆ガンダムという名を持っているのは、かつて大規模な戦争で活躍した伝説の名機にあやかったためである。当然かつてはガンダムも軍用機であったはずだが、今やその認識は失われて久しい。東方不敗にとっては、それは高性能機を軍事転用しただけの発想に見え、ガンダムファイトへの冒涜とも受け取れた。
「奴らは一体何を考えておるのだ…… まさか再び宇宙戦争などやるわけでもあるまいに。
 火力を増し装甲を固くすれば、それが強さだと勘違いしておる。こんな者共に……」
 ワシのデビルガンダムを倒させてなるものか。
 その一言は思考の奥に留めたまま、東方不敗は無意識のうちに幻覚に見た鳥のようなガンダムを探して歩いていた。そして、一機のガンダムタイプのモビルスーツの足下で立ち止まった。
 白と青で彩られた機影は、ある種の高貴ささえ漂わせている。東方不敗は腕を組み、しばしそのガンダムの持つ雰囲気を味わった。
「この風格、この気品、さぞや名のあるガンダムであろう。これが戦争のための機械とはのう……」
 感慨にひたる彼に、まだ幼い声がかけられた。
「おじいちゃん、そんな近くにいたら危ないよ?」
 振り返ってみると、救援軍の制服らしい姿の少年が走ってきた。軍人として扱うにはあまりにも幼く、戦闘ではなく何かの手伝いをしているだけだと思ったほどである。
 だが、そんな冷静な思考より前に、東方不敗は反射的に目を見開いてしまっていた。
「ド、ドモンか!?」
「えっ……?」
 戸惑う少年は、もちろん別人である。
 ドモン・カッシュは20歳の青年であり、彼とは年齢がまるで違う。本当のドモンとは今朝会ったばかりだ。どちらが本物なのか迷うことはない。しかし……東方不敗に弟子入りし始めた頃の幼いドモン・カッシュと、目の前の少年はあまりにも似すぎていた。東方不敗はその姿に、戦いのこともデビルガンダムのことも忘れて、どこか懐かしい安らぎを感じていた。
「ち、違うよ、僕は……」
「そうじゃろうな。すまんな、他人の空似であったわ」
 そう認めはしたものの、既視感はつのるばかりである。少年の方から話しかけてくるのに至っては、もはや顔が緩むのが止まらない。
「僕……そんなにドモンさんに似てるの?他の人にもそう言われたんだ……」
「ほう? 確かに、よう似ておるわ。ドモンの奴も、昔はこんなじゃった……」
 目を閉じて思い出しながら、修業時代のことを言って聞かせていく。辛かったことや苦しかったことも多いが、それも今となっては楽しい思い出である。次第に話は修行の内容から、流派東方不敗の奥義に至り、少年がガンダムファイターになるつもりがないと語れば、真の格闘家の心構えを教え諭していく。その話は少年の好奇心をくすぐり、興味深そうに耳を傾けてくれた。いつしか思い出話は身振り手振りを交えた講義となり、無邪気な弟子の分身を手に入れた東方不敗は浮き世を忘れて没頭していた。
 楽しい時間は飛ぶように過ぎ、談笑していた二人に声が飛ぶ。
「ショウー!もう、そんなとこでさぼってちゃだめでしょ〜!」
 名を呼ばれた少年と同じくらいの歳の少女が腰に手を当てて怒っていた。
「へんなのが攻めてくるかもしれないって、艦長さんが言ってたでしょ〜!」
「なぁに、心配することなどないわ。いざとなればこのワシが守ってやる」
 東方不敗は自信に満ちた笑みを浮かべた。子供たちに自分の力を見せてやる機会が欲しいとさえ思っていた。
「おじいちゃんが?」
「そうとも。ワシはこう見えても、ネオホンコン代表のガンダムファイター。東方不敗マスターアジアぞ」
 女の子はヘンな名前とツッコミを入れるが、今の彼は軽く聞き流す心の余裕がある。
「それじゃあ、おじいちゃんが前の大会で優勝した人なの?」
「そうじゃ。あのころはガンダムファイトも武器に頼っておったが、それをこのワシが見事ひっくり返してやった」
 自慢げに顔を上げ、リーンホースJr.を見やる。
 ワシの石破天驚拳は無敵だ。あんな宇宙戦艦の五十や百、石破天驚拳で宇宙の藻屑にしてくれるわ。
 それの乗組員である子供たちに言いはしなかったが、東方不敗は子供たちとの触れ合いで不思議と充実していくのを感じていた。

 デスアーミー出現の報にも、東方不敗は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
 ネオジャパンの警備兵たちは、圧倒的物量差の前に戦意を喪失しかかっている。協力者の存在がなければ、とうに瓦解していてもおかしくはない。また、それを責められない戦況であることも、否めない事実であった。
 宇宙よりの援軍“ブラック・ジェネレーションズ”のマーク大佐は、冷静に戦力配置図を睨んでいる。彼らの軍備のおかげで、戦場図の正確さは格段に向上していた。だが、これをどうするのかは、今は一歩引いた位置で考えている。デビルガンダム軍団は人間の敵将とは違う。どのような動きを見せるのかは、いまだ未知数である。
 そうなれば、軍議の場では、東方不敗の言葉が最も重みを持つ。その主導権を、戦争の視点で見る者たちに明け渡さないためにも、作戦の失敗は許されない。東方不敗は、自分だけが持つ情報を最大限に利用する考えである。
「ここは奴等の習性を利用するのです。まず、念のため防衛用モビルスーツを都庁エリアの全方位に配置…… ここで重要なのは、側をうろつくデスアーミー共を相手にしないこと」
 マーク・ギルダーの表情を目の端で見やりながら、説明を続ける。
「何故なら、奴等は自分への敵意に対して異常に敏感です。
 そこで私の一隊が攻撃をしつつ奴等を逆の方向に誘い出し、海へと沈めてしまう……
 つまりはっ、ハメルンの笛吹き!!」
 ネオジャパンの部隊からは、どよめきと歓声が起こる。要するに自分たちは戦わなくてもいいのだ。援軍頼みの者たちにとっては、これがなによりの朗報である。
 マークはさすがに怪訝な顔をしていた。しかし、常識外の作戦ではあるが、今のマークは自分の常識が通用しないことを過大に考えてしまっていた。東方不敗が自分より敵に慣れていることを過信し、謎のデビルガンダム軍団についての重大な情報を、東方不敗はどこから入手したのかという疑問は追求しなかった。
 だが軍議の場を収めた東方不敗も、マークが何かを悟ったことは感じていた。人と心を繋がらせるニュータイプの知覚が、東方不敗の心に秘められた黒い部分を、イメージとして感じていたのである。

 手はず通りに事は進み、デスアーミーは次々に海中に没していく。戦意に乏しいネオジャパン軍だけでなく、“ブラック・ジェネレーションズ”も動かずに推移を見守っている。戦いをしに来た者たちが、武器を抑えて身を潜める統率された動きには、東方不敗も一目置かざるを得なかった。だが、それにより、ますます東方不敗の決意は固まっていく。
「よいかドモン、奴らにガンダムファイターの力を見せつける時ぞ。我らが魂の拳が、兵器の威力だけの奴らに遅れを取ってはならぬ」
「はいっ、師匠!」
 鋭く凛々しいドモンの声。それはもはや幼く気弱だった少年時代のものではない。東方不敗の心も、ショウとの語らいにふけった過去の思い出から、現代の戦いに戻っていた。
「一機一機に構っていてもしょうがない。うむ、あれをやるかッ!」
 師弟は揃って流派東方不敗の奥義の構えを取り、体内の気を燃え上がらせる。戦場の趨勢だけではなく、そこには武術家の意地までも込められていた。
「……超級ッ!!」
 東方不敗の操る機体、クーロンガンダムが回転を始めていく。大渦が周囲のものを引き込むように、無尽蔵の気流がクーロンガンダムに集まっていく。
「……覇王ッ!!」
 剛弓を構える射手のごとく、ドモンのシャイニングガンダムが師の機体を抱え上げる。単独で放つことも可能な技ではあるが、師弟の力がひとつとなるとき、それは宇宙世紀の大量破壊兵器をはるかに超えた威力を発揮するのだ。
「「電!影!だぁぁぁぁぁ──────んッ!!」」
 首から下を超高速で回転させたクーロンガンダムがデスアーミーの大軍に向けて放たれる。
 それは弓矢や砲弾というより、全てを押し流す洪水の姿であった。敵であり、もはや命すら持たぬデスアーミーに憐憫の情さえ感じるほどの、あまりにも圧倒的な破壊の嵐。しかも、それは流派東方不敗の最強の必殺技には、まだ遠いのである。
 市街防衛の任に当たり、遠くでその様子を見ていたアキラ・ホンゴウは驚き、震え、畏れ、燃えた。
 幼き日より、心の中で何度も繰り返したあの言葉が沸き上がる。
“流派東方不敗は王者の風よ”
 どれほど、それを夢見たか。近づきたいと念じたことか。
 宇宙世紀の激戦を乗り越え、わずかでもそれに迫ったかと願っていたものの、真の力の果てしない様には感涙すら溢れ出す。
「これが……これが本物の、流派東方不敗……ッ!!」
 もはや、戦いは終わってしまったかのような雰囲気である。しかしデスアーミーの数は、それでも半数を残しているのだ。
 敵の半ばを一撃で蹴散らし、そして残りは“ブラック・ジェネレーションズ”のお手並み拝見……読み通りに動く戦局に、東方不敗は自信に満ちた笑みをうかべる。
 だが、それが砕け散るのは一瞬だった。
 デスアーミーの放つビームを事も無げに受け止めるビームシールド。
 はるかな遠距離から避けようのない攻撃を続けざまに浴びせるフィン・ファンネル。
 飛行機の姿をしてもいないモビルスーツが光の翼で天を舞い、デスアーミーを一刀のもとに切り裂いていく。
 大型機の両腕から放たれたミサイルは、乱射しているとは思えない正確さでデスアーミーを捉え、接近することすら許さず壊滅させていく。
 ドモンと親しげに語らっていた若者のガンダムもなかなかの動きを見せ、友の成長を嬉しそうにドモンが褒めていたが、それすら耳に入る余裕を持たなかった。
「なんたる事じゃ……! まさか、これほどの戦力を集めおったとはッ!!
 いかん、いかんぞ……かくなるうえは、必ずや……!」
 必ずや、弟子たるドモン・カッシュは味方につけておかなければ。
 子供たちに思い出を語る好々爺の笑顔も、ドモンにとっての偉大なる師の背中も、ガンダムファイト優勝者の勇姿も、今の東方不敗からは消え失せていた。そこにあるのは、計画のほころびに業を煮やす、邪悪な陰謀家の姿であった。

 東方不敗にとっては、まさに誤算に次ぐ誤算であった。
 かつての戦友であるシャッフル同盟の登場はまだ予期していた事態である。彼らの力で、手中にしていた若きファイターたちが解放されてしまったのも、さして痛手だとは思っていない。東方不敗の目から見れば、まだまだ未熟なファイターたちでは脅威とまでは成り得ないからだ。旧友の突然すぎる死を悲しむ余裕は、今の東方不敗にはなかった。
 だが、目の前にいるドモン・カッシュをどうしたらいいか。これだけは、迷いながらも次善の手を選び、そして失敗続きになってしまっていた。
 そもそも、ドモンがこの新宿にいること自体が計算外のことだった。キング・オブ・ハートの称号を授け、自分の元を離れた弟子は、ネオジャパンのコロニーで家族と平和に暮らしていると思っていたのである。
 だからこそ、東方不敗は行動を起こすことができたとも言える。もともと、弟子を戦火に巻き込むつもりもなければ、ネオジャパンコロニーを討つ考えもなかった。目的はあくまで地球の制圧なのだから。
 ネオジャパンのガンダムファイターとなった弟子と再会したのは、もはや後戻りのできない一歩を踏み出した直後のことだった。事態を説いて協力を願おうにも、ドモンはデビルガンダム打倒に父親の命がかかっているのである。とても言い出せる状況ではなかった。
 進退窮まった東方不敗は、他の戦士たちと同じように、ドモンを催眠術で操り配下に引き入れる手を打った。ドモン自身の意志には反していたが、もはやこれより他に方法がなかったのである。だが、それすらもパートナーであるレイン・ミカムラに暴かれ、失敗に終わってしまった。そしてドモンとの仲は修復しようのないほどに冷え込み、いまや一触即発になってしまった。ドモンにとっては、デビルガンダムとそれに乗るキョウジ・カッシュは、断じて許すべからざる敵なのである。
 デビルガンダムがその姿を現し、東方不敗の乗機もクーロンガンダムの偽装を取り払い、漆黒の武神マスターガンダムとなって対決の姿勢を明らかにする。もはや双方、内心では戦いを望んでいないとは言い出すことのできない事態を招いてしまったのである。
 戦争屋たちがここぞと動き出す。ガンダムファイターたちをデビルガンダム打倒に向かわせ、マスターガンダムを足止めするべくモビルスーツを出撃させる。
 無論、それに手を打たない東方不敗ではなかった。デスアーミーを二手に分けて回り込ませ、新宿の街を襲わせる。“ブラック・ジェネレーションズ”はそちらと戦わなければならなくなるはずだ。彼らは母艦を中心に、通信が届く距離までしか進撃しない。攻撃の手がデビルガンダムにまで届くことは抑えられる。
 あとは、自らの手で向かってくる者たちを倒していくだけだ。ドモンとの対決を避けられたうえ、相手が兵器を構えた軍人たちであることに、東方不敗の戦意は昂揚した。公然と叩きのめすことができるのはむしろ幸いですらあった。
「徒に破壊の具を玩び、平和のなんたるかも心得ぬ馬鹿者ども!真の戦いとはどんなものか、今お前たちに見せてやる!!」
 構える東方不敗の前に最初に飛び出したのは、しかし正規の軍人ではなかった。
 GF13−017NJ2……つまり近い将来ドモンの愛機としてネオジャパン代表機となるはずのモビルファイター、ゴッドガンダムが誰よりも早く東方不敗に挑みかかった。モビルトレースシステムの中で、アキラ・ホンゴウはドモンに勝るとも劣らぬ闘志と、そして激情をもって叫び返す。
「東方不敗ッ!なぜあなたがこんな事を……!!
 俺はあなたを尊敬していた!あなたのように強くなりたいと、ずっと思っていたのに!!
 こんな形であなたに拳を向けるとは思わなかったぞッ!!」
 ゴッドガンダムの拳は、無論ドモンのそれよりも鈍く軽い。だがそこに込められた熱き思いは、受け止める東方不敗の心も揺り動かした。
 アキラのことはドモンから聞かされ、東方不敗も知識として知ってはいた。一度ドモンと拳を交え、以来記憶や映像を頼りに同じ技を練習し続けた青年。たったそれだけのことでここまで同じ動きをしてくるとは、正直東方不敗も思っていなかった。
 修行の一歩は型を真似ることである。たとえ人真似であっても、それをそうと認識し、明日への土台にするのであれば、それは自主性の放棄とは明らかに異なる。純粋な憧れが込められた拳を受け止めながら、東方不敗は敵であるこの青年に対して、弟子に実戦組み手を行う師匠の気分を感じていた。もちろんドモンに対してそうであったように、手加減が入った甘いものではない。
「少しはできるな小僧ッ!ならば流派東方不敗の力、見せてくれるわ!!」
 アキラの拳が空を切る。一瞬前までそこにいたマスターガンダムは、いつそうしたのか分からないほどの速さでゴッドガンダムの背後に回っていた。
 それが冗談や目の錯覚ではないと思い知る速さで連続の蹴りが背後から叩きつけられる。前方に倒れるようにバランスを失うゴッドガンダムの眼前に、今度はマスターガンダムの突きが現れる。
「未熟!!未熟!!未熟千万ッ!! だからお前はアホなのだぁぁぁッ!!!」
 為す術もなく叩きのめされるアキラを呆然と眺めるニュータイプたちは、東方不敗の意志が一つであることは感知できた。素早く背後に回り、蹴りを浴びせて、さらに前に戻って突きを放ち、後ろに戻って繰り返す。ただそれだけのことでしかない。
 しかしモニターに映る光景も、レーダーに示されるマスターガンダムの位置も、肉眼では二人の東方不敗が交代で攻撃しているようにしか見えないのである。
 とどめの跳び蹴りを背と鳩尾に受けて、アキラはようやく地に倒れることを許された。その攻撃は、完全に二機のマスターガンダムが挟み撃ちをしたようにしか見えなかった。
「……質量を持った残像だというのかッ!」
 クレアは驚きと興奮の中に、どこか喜びが混じるのを抑えられなかった。あの異常な光景を見せられても、スピードでペーネロペーが負けるとは思っていない。東方不敗の前に、今度は他のガンダムより背の高い、重武装の機体が降り立った。これこそ東方不敗が敵視してやまない、戦争の象徴のようなシルエットである。
「フン、重武装をしたとてどれほどの役に立つ!ワシはいまだ負けを知らぬは、東方不敗よッ!!」
「どれくらいかやってみるのが楽しいんじゃない!白銀の怪獣ペーネロペー、行くわよっ!」
 ペーネロペーの胸部と頭上にはセンサー部が長く突き出している。得意の必殺技ダークネスフィンガーを狙うには、背の高さもあってかなり邪魔になる場所にあった。そのため腰に巻いていた布を抜き取り、それに気を込めて鋼の剣のように直立させる。気を込めている間は刃であり、力を緩めれば鞭に変化する。千変万化の闘具をモビルトレースシステムで再現したマスタークロスを構えると、敵の出方を今や遅しとうかがった。
「ガンダムペーネロペーと申すか? よいわッ、来ぉぉ───いッ!!」
「じゃあ行くよぉー? 秘剣つばめ返しぃぃ───!!」
 目の前の大型機が突然飛竜に化身するのを目の当たりにし、さすがの東方不敗も目を見張った。
 正面から飛び込んでくる怪獣が頭上すれすれを通過するのを見ると、背後から急襲される前に身を翻す。その直後、マスターガンダムのいた位置を巨大な光の剣が駆け抜けていく。
「ウソ!今のハメ技なのに!?」
 シャア・アズナブルに破られて以来、ひさしぶりの結果にクレアも驚いた。シャアには事前に攻撃の方向を悟られてしまったのだが、攻撃を見てから回避したのは東方不敗が初めてである。地に伏せるようにして上空からの斬撃をかわした東方不敗は、手にしたマスタークロスをペーネロペーの進路に向けて放った。
「ハメ技などに頼るな馬鹿者がッ!その性根を叩き直してくれるッ!!
 そんな機体ごとき、地に叩き伏せてくれるわ───ッ!」
 常識外の突進速度を見事捉えて、飛竜をビームの縄で絡め取る。だが、事態は東方不敗の予期しない方向に動いた。熱核ギガブースターの途方もない推力は、東方不敗の膂力やマスターガンダムの重量さえ、いとも簡単に宙に舞いあげてしまったのである。
「ぬぅおおおおお───っ!!?」
「きゃあああああ〜〜〜っ!!?」
 マスターガンダムはバランスを失い、ペーネロペーはマスタークロスを巻き付けられてモビルスーツ形態に戻れないまま無茶な速度で飛び続ける。これでは仲間たちも手の出しようがなかった。何か方法があったとしても、あの速度ではとうてい追いつけない。
 しばらく空中を引きずられ続けた東方不敗は、握ったままのマスタークロスから手を離せばいいことに気がついた。地面に降り立ち、半ばコントロールを失い混乱したまま飛び続ける敵機に向けて、一撃で勝負を決するべく拳に気を溜める。
「石破ぁ!! ……ぬうっ!?」
 東方不敗は愕然とした。捕らえたと思ったペーネロペーは、マスタークロスに絡まれたまま、あっという間に最終奥義の射程距離からいなくなり、さらに戦闘地域さえ外れてはるか彼方に飛び去ってしまう。
「な、なんたる神速じゃ?あれでは風雲再起がおっても追いつけそうにないわ……」
 強敵との決着が意外な形で訪れたが、東方不敗には息を吐く間も与えられることはなかった。一瞬の殺気を感じて振り返ると、持ち手のいないビームサーベルが空を舞うようにして襲いかかってくる。それも、4本が同時に、別々の動きをしながら完璧な連携で包囲陣を形成して来るのである。
 マスタークロスで打ち払いながら、操っている透明の機体でもいるのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。一見そうとは思えないほど遠くにいる、ガンダムではない機体が指示を出しているらしい。ファラ・グリフォンをこの方法で倒したときと同様、ザンスパインに乗るカチュアは安全な距離から近づくつもりはなかった。
「やっかいな武器を作りおって……!
 ならばぁぁッ! 行けぇいッ、十二王方牌!大車輪───ッ!!」
 マスターガンダムの掌から合計12の麻雀牌が放たれ、それが次々と小さなマスターガンダムの姿に変身して襲いかかっていく。
 しかしティンクル・ビットに分身の拳が届く前に、また別の形をした飛行体が駆けつけ、ビームの幕を張って攻撃を弾き返した。Hiνガンダムのフィン・ファンネルである。
「飛剣に……盾か? 小癪な武器ばかり揃えおって!!」
 東方不敗は分身たちを引き戻すと、次なる攻撃に移るべく構えを取り直した。それはあたかも華麗なる演舞のようであり、しかし動に移る前の静でしかない。心を静め、気を整える。そして攻撃に移る一瞬の動作は、常に変われど目には留まらぬ大自然の風雅をも備えているのだ。
「酔舞!再現江湖デッドリーウェーブ!!」
 東方不敗が飛び出した瞬間、ニュータイプたちの思考からもその姿が消えた。彼らが気がついたときには、すでに東方不敗はザンスパインの背後にまで跳躍し終えていた。
 クレアの必殺技と同じく、ニュータイプの感知能力を超越した瞬殺の秘技。東方不敗は全身の気を放つように構えを取り直す。
「い、いつの間に……?」
「ウ、ウソぉ……?」
 呆然とするショウとカチュアに、東方不敗の雄叫びが届く。
「爆発!!」
 ドガァァァン!!
 咆吼と同時に、ティンクル・ビットとフィン・ファンネル、そしてザンスパインの両手両足から爆炎が上がる。空中でバランスを失ったザンスパインは、爆破の勢いで逆さになった状態で地面に落下を始めた。
「きゃぁぁ〜っ!?」
「カチュアちゃんっ!」
 少女の悲鳴に反応したのは、ショウだけではなかった。
「お、女の子じゃと!?」
 ニュータイプが動くよりなお早く、マスターガンダムが半壊したザンスパインを抱えて地面に降り立った。そして、一旦戦いの場から遠ざかると、安全な場所に横たえる。
「なんでおぬしのような子がこんなものに乗っておる!?
 いかん、いかんぞ!早くそこから降りるんじゃ!」
 一喝してザンスパインから離れ、すぐに戦場に舞い戻る。マスターガンダムの近くにいては、万に一つザンスパインに流れ弾が当たってしまうかもしれないという配慮の意味も込められていた。
 次の相手には見覚えがあった。ただならぬ気高さを感じた、あのガンダムである。強者との戦いを予期し、期待を込めて油断なくマスタークロスを再び発生させる。
 だが、Hiνガンダムは持っていたビームライフルを下ろしてしまった。4機いたモビルスーツも、すでに最後の一機になっていた。降伏でも考えたかと東方不敗は思ったが、届いた声はそんな想像を吹き飛ばすものだった。
「やっぱり……やめようよ、おじいちゃん……!
 こんな事って、どう考えてもおかしいよ!?」
「お、おぬしがそのガンダムのパイロットなのか!!」
 東方不敗の驚きの動作は、モビルトレースシステムを通じて外部にも伝わった。ショウの言葉は、東方不敗にとっては幼いドモンの分身である。本物のドモンが厳しく鍛え上げた息子のような存在なら、ショウは目の中に入れても痛くない可愛い孫のように思えていた。
「どうして、おじいちゃんがデビルガンダムの味方をして、僕たちと戦わなくちゃいけないのさ!
 分からないよ!?おじいちゃんは悪い人じゃないんだから……!」
「ワシが、悪人ではないだと!?」
「そうでしょう!だって、カチュアちゃんを助けてくれたじゃないか!
 おじいちゃんは、本当は優しい人なんでしょう!」
 無垢な子供の言葉に、東方不敗は口ごもった。言い返す術を知らなかった。
 元来、彼は能弁の士ではない。百言を弄するよりも行動で示すことを良しとする性格であり、また己の思いを拳に乗せて語るガンダムファイターなのだ。
 デビルガンダムに与することを決めてから、悪人と呼ばれることも覚悟していた。話し合いで解決できる時期などとっくに通り越していると信じていた。だが、そんな決意など、目の前の純真な子供にどれだけの意味があるだろう。
 話し合えば分かり合える、失敗など何度でもやり直すことができる……大人はそれが嘘だと知っていても、子供の前では本当だと教えてやりたくなってしまうのだから。
 しかし、それでは何の解決もできはしないことは、大人である東方不敗には分かっていた。ショウを言いくるめる言い訳をとっさに考えつくような性格ではないし、しかし本当のことを言ってみたところで、この少年が言うことを聞いてくれるとは思えない。
 ショウは、そんな東方不敗の苦悩を知らないまま、自分の思いのまましゃべり続けた。
「何か理由があってデビルガンダムと一緒にいたって…… 本当はおじいちゃんも、何かおかしいって分かってるんでしょう!」
 だが、その言葉は東方不敗を激高させた。言葉にしたくてもできない激情は、何も知らずに言いたいことを言う子供に対して感情の爆発という形で解き放たれた。
「知った風な口を叩くな小僧ッ!
 ダークネス!フィンガ───ッ!!!」
 マスターガンダムの右手が迫ってくる光景を前に、ショウは恐怖に目を見開くしかできなかった。Hiνガンダムの頭部が掌に捉えられ、東方不敗の怒りが圧倒的な破壊の力となって押し寄せる。頭部が一瞬のうちに吹き飛ばされ、Hiνガンダムはゆっくりと背中から地面に倒れていった。
 そして、一瞬の激情が過ぎた東方不敗は、自分が何をしたのかを悟って蒼白になった。
「し……しまったッ!」
 一時の怒りに我を忘れて、何ということをしでかしてしまったか。
 モビルトレースシステムのもたらす衝撃は、あんな小さな子供にどんな後遺症を及ぼすか想像もできない。たとえ体に傷害は残らなくとも、頭蓋骨を握り潰される感覚は一生消えない心の傷になってしまうだろう。
 だが、すぐに相手の機体はモビルトレースシステムは搭載されてはいないと気がついた。安堵の息を吐き、硬直した体を震わせるが、それで拳に残った後味の悪さが簡単に消え去るわけではない。
 そして同じ光景を見て、再び闘志を燃え上がらせる男がいた。
「おのれぇっ!東方不敗───ッ!!」
 機体のダメージは大きく、モビルトレースシステムによって受けた負傷も癒えてはいない。だが、アキラ・ホンゴウの熱き魂は、己が打ち倒され、仲間が倒れるたびに激しく燃えさかる。
 技でも経験でも遠く及ばないことなど分かっている。だが、その魂をぶつけずにはいられない。それがこの未来世紀の戦士たち、ガンダムファイターと呼ばれる者たちの、愚直なまでに変わらぬ信念と言えるものだった。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!!勝利を掴めと轟き叫ぶぅっ!!」
 ドモンの技と言葉を借り、そこに己の魂を込めて、アキラは再び突撃した。策も目算も持ち合わせない、ただ純粋に己の全てをかけた魂の拳。だからこそ、それは理論や常識を超えた“必殺技”として、現実に奇跡を呼び起こす力を持つのである。
「汗と涙と根性のッ!!
 ばぁぁぁく熱ッ!!ゴッドッ!!フィンガァァァ────ッ!!!」
 それを待ち受ける東方不敗は、まだ心の余裕はあった。力量などすでに見切っているし、同じ流派東方不敗の技で負けるはずがない。
「たわけが!ダァァァァクネス!!フィンガァァァ────ッ!!!」
 ドモンの全力を難なく押し返した大技がアキラの拳を迎え撃つ。
 二つの拳が大音響と共に激突し、そしてゴッドガンダムの勢いは止まらなかった。アキラにとっては奇跡に近い展開であり、東方不敗は我が目を疑った。
「な……なんだと! ……お、押し返せぬッ!? な、なぜだッ!!」
 理由はアキラにも分からない。理屈で答えることなどできない。
 だが、確かにこれだけは言えるのだ。
「正義に燃える魂が!仲間たちとの友情が!今、俺の力となるッ!!
 ヒィィィィトォォッ!!エェェ─────ンドォォォッ!!!」
 残されたわずかな力と心の全てを拳に集め、一気に解き放つ。その力はマスターガンダムの右手を砕き、最強の格闘家に確かに一矢を報いた。
 しかし、アキラの力ではそこまでだった。自身の気力も体力も、機体のエネルギーも尽き果て、敵の目の前でがっくりと膝を落とす。
 東方不敗がその気になれば、残った左腕や両脚、マスタークロスの一撃ですぐにもゴッドガンダムの首を撃ち落とすことができるだろう。しかし、失われたマスターガンダムの右手を見つめ、己の手に残る痛みを感じながら、彼は茫然自失していた。
「馬鹿な…… このワシが……不覚を取るなどとは……!?」
 そんなことがあるはずがない。万に一つも、この結果をもたらした原因などどこにもないはずだ。
 東方不敗は焦り、そして戦況を再確認するべく周囲に視線を送る。
 目の前のモビルスーツ隊は、今のゴッドガンダムを含めて動けなくなっている。だが新宿を襲わせたデスアーミーの部隊は、軍人たちの手配した守備隊によって壊滅していた。部隊を整えれば、今度は戦艦ごと進撃してくるだろう。
 そしてデビルガンダムの方に目をやると、東方不敗は驚愕した。
 ドモンを先頭に若きファイターが猛攻を加え、デビルガンダムの放つ触手ガンダムヘッドは軒並み刈り取られていた。どこかに飛んでいったと思っていたペーネロペーもデビルガンダムを爆撃している。デビルガンダムほどの巨体であれば、機械による修正なしでミサイルを撃っても外れる方が珍しい。
 東方不敗は守っていた戦線を捨ててデビルガンダムの救助に飛び出したが、その時すでにドモンの最強の必殺技、シャイニングフィンガーソードが振り下ろされようとする瞬間だった。
 東方不敗は息を飲んだが、最後の最後で幸運は彼に転がり込んだ。
 何を思ったか、無防備なコックピットを外れて周辺部に叩きつけられたシャイニングフィンガーソードの勢いは、そのままデビルガンダムの再生のために吸収されていく。
「しめた!ドモンのエネルギーを吸収して復活だッ!」
 デビルガンダムに駆けつけた東方不敗の前で、驚異のエネルギーを吸収したデビルガンダムは、その三大理論機能……自己修復、自己進化機能によって新たな力と姿を身につけていく。
 敗北の痛手も忘れ、東方不敗は哄笑した。
「ドモォォォン! 見よ!このお姿を……!
 貴様のそのパワーのおかげで、我がデビルガンダムは完全に復活された!!
 礼を言うぞ、ぬあっはっはっはっは……!!」
 デビルガンダムと共に新宿から消えた東方不敗……彼の真意は、いまだ誰にも測り知れなかった。しかし、大地に倒れたHiνガンダムのコックピットの中で、ショウだけは拳に込められた叫びをおぼろげながら感じていた。
 怒りや憎しみを超えた大いなる悲しみ……かつてハマーンやシャアがその身に抱き、悲劇に導いたものと同じ波動を東方不敗の心から感じたショウは、生身で接した温かい東方不敗の心と重ね合わせて滂沱していた。

 あと一歩のところまでデビルガンダムを追いつめながら、討ち果たすことのできなかったドモンは両手を地につき、怒りに肩を震わせていた。
「俺が……ためらわずコックピットのキョウジを攻撃していれば……!」
「そう言うな。相手が実の兄では、責めるわけにもいかないだろう」
 アキラの声にドモンは立ち上がり、厳しい表情のままの友に言葉を返す。
「おまえが……師匠を押し返したって?」
「ああ……。だが……」
 勝利の感動も、拳の手応えも、今のアキラにはなかった。
「東方不敗は、たぶん本気じゃなかった……」
「何?」
「戦いに手を抜くような人ではないことは分かっている……だが……
 全力で戦うことができない何かが、あの人にあったのかもしれん……」
「どういうことだ?」
 問われたアキラは、歯を噛みしめた。
「恐らくは……俺がお前たちに比べて、あまりに弱すぎたからだ……!
 人間、明らかに格下の相手に、そう全力を出せるものじゃない…… 現に、あの拳には……何も燃えるものが感じられなかった。何か迷っているようだった……!」
「師匠が、戦いの中で……迷っていた……?」
「何にかは俺にも分からない……だが…… あの人の全力を引き出すことは、俺にはとうていできそうにない……!
 それができるのは……そして超えることができるのは、ドモン、お前しかいないんだ……!」
 アキラの声は悲痛ですらあった。形としては戦いに勝利し、奇跡とも言える痛撃を加えたというのに、拳に残ったものは挫折の確信でしかない。今はそれをドモンに託し、彼は心中密かに誓っていた。
 いつの日か、国家の代表として戦うファイターたちと肩を並べて戦うことができる日まで、果てしない努力を続けることを。
 そしてアキラの横に立つドモンは、キング・オブ・ハートの紋章を抱いた右手を強く握りしめた。
「東方不敗……デビルガンダム……!次に会うときは、必ずこの俺が倒してみせるッ……!!」
 ドモンの言葉は、断腸の思いを抱く友への誓いでもあった。

「我が王、デビルガンダムよ……」
 いずこの地とも知れぬ、地下の秘密基地の中で。東方不敗はデビルガンダムの巨体を前に、屈辱の戦いを想起していた。
 戦闘能力で不利だったわけではない。そうだとすれば油断か、慢心か。
 そうではない、と東方不敗は考えた。敗北の原因を探る際には、傲慢さは捨てて考えるべきであるが、決して油断などしてはいないと結論づけた。
 ならば何がおかしかったのか。相手は自分から見ても、技も力も比べものにならないはずだった。
 だが、魂はそれを跳ね返す力を持つ。確かにあの若者の心は、倒れていった仲間たちの力を合わせて尋常の何倍もの力を発揮させたに違いない。その時、自分はどうであったか。
 万全であったとは言い難い。
 あの時放った拳には、何が何でも相手を倒すという必殺の気迫は込められてはいなかった。
 その理由を見いだすために、戦いの始まりから一つ一つ思い返す。そして、ドモンによく似た少年の言葉が胸にこみあげた。怒りのままに襲いかかったときの、少年の恐怖の表情が目に浮かぶようだった。マスターガンダムの右手が敵機の頭部を捕らえた瞬間……なぜかガンダムファイターと同じように、いやそれよりも強くはっきりと……自分の悲しみを、あの少年は感じ取ったように思えた。
 おじいちゃんは本当は優しい人なんでしょう?
 今も耳にこだまする声に背筋を凍らされる。その声の前では、どうしても心が弱くなってしまう。
 それを振り払うように、東方不敗は叫んだ。
「ワシは貴方に己が運命を委ねたのだ!必ずこの地球を貴方に捧げ……!!」
 その後に続く言葉を聞く者は、まだ誰もいない。それが師弟の悲劇に繋がっていくことを知る者も、また……。


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