第三十七話 明鏡止水! ニュータイプを超えた境地
〜戦士の絆! デビル包囲網を突破せよ〜



 空の中にいるクレアは、瞳に映る光景に胸をときめかせていた。
 宇宙から地球を見下ろしたことは何度もある。だが、青く丸い球だったものが、近づくにつれて本当の姿を現していく。
 人が初めて宇宙からの光景を知ったときの感動と、雲一つない青空を見上げる澄んだ眼差し……その両方を同時に体験することは、よほど幸運な者にしかできないだろう。
 周りにあるものは頬を撫でていく風だけだ。地面はまだはるかな下方、宇宙はもっと遠くにある。シャア・アズナブルには悪いが、これなら地球の引力に魂を引かれるのも悪くないとさえ思っていた。
『クレア!なにやってるのよ、もうパラシュート開きなさい!』
 耳元のスピーカーからレイチェルの怒った声が届く。自由落下をもっと楽しみたかったが、しぶしぶパラシュートの紐を引いた。
 落下するスピード感はなくなったものの、眼下の光景を楽しむ時間は増えた。思わず感嘆の声が漏れ、あらためて自然の素晴らしさを再認識する。新鮮で爽やかな空気を胸に吸い込み、クレアは地球の自然を満喫していた。
『一人なんだから、何かあったらすぐ連絡すること!
 デスアーミーとかがいたら逃げなさいよ?素手で戦ったりしたら絶対駄目なんだから!』
 レイチェルの注意が続く中、スピーカーがマークの声を拾う。今ブリッジに現れたらしい。
『どうしてパラシュートで降下なんかしてるんだ?』
『童心に返って、かぶと虫取りに行くんですって』
『……あいつが童心に返ってないときはいつなんだ……』
 レイチェルの呆れた声とマークの嘆きに続いて、私は止めたのよ、とエリスの溜息が聞こえてくる。
「いいじゃないのもう〜!私は楽しんでるんだからぁ!」
 クレアの叫びはギアナ高地の空に響き、そして遠くに消えていった。

 新宿でデビルガンダムを取り逃したドモン・カッシュは、己の未熟さを鍛え直すべく、かつての修行の地である南米ギアナ高地に赴いた。まだ自然の光景が色濃く残る、東方不敗が好んだ場所である。幼少期から10年の歳月を過ごしたそこは、ドモンにとっては第二の故郷とも言える場所だった。
 その噂を聞きつけ、ライバルである他国のファイターたち……チボデー、アルゴ、ジョルジュ、サイ・サイシーらもギアナ高地に姿を見せた。デビルガンダムに植え付けられた恐怖心を打ち払い、ドモンと共にシャッフル同盟の一員としてデビルガンダムと戦うために。そして、ガンダムファイト決勝大会でドモンを倒し、優勝の栄誉を掴み取るために……。
 “ブラック・ジェネレーションズ”は、彼らの護衛と称して川縁にガチャベースを構え、万一の場合に備えている。しかしデビルガンダムは世界中のどこに現れても不思議ではないものの、ギアナに押し寄せて来るという確証はどこにもない。クレアが遊んでいるのも、それなりに理由がないわけではなかった。
 そんな生活が何日か続くと、事態はさらに緊張感を欠いていく。
「Hey Hey Hey!
 どうしたジャパニーズ!そんなことじゃあ、いつまでたっても俺たちには追いつけないぜ?」
 チボデー・クロケットはパンチを連打しながら余裕の笑みを浮かべる。それを受け止めるアキラは顔中に汗を浮かべている。
 他国のファイターに修行の内容を見せるような者はいない。弱点の克服や新必殺技の開発は勝敗を左右する重大な情報である。ガンダムに至っては国家の軍事機密だ。当然、ファイターたちはそれぞれ別の場所に野営していたが、“ブラック・ジェネレーションズ”はガンダムファイトでぶつかる相手でもない。軍隊の近くにいれば安心感がある。
 そんな理由があったのかは不明であるが、最初に現れたのはこのチボデーだった。警戒心とは無縁な彼の明るい性格は、一応は警戒を見せた軍人たちもすぐに打ち解けてしまう。ネオアメリカのスタッフとして同行している4人は美少女たちばかりで、似たような構成の“ブラック・ジェネレーションズ”のメンバーとは話題が尽きなかった。もちろん、お互いの機密事項とは無縁な、年頃の少女たちそのものの話で。それが何日も続くと、ガチャベースの周りには各国のファイターが気軽に集まるようになっていた。
「まだ……! まだだッ!!」
 和やかな雰囲気の隣で、アキラは傷だらけの体を大地から起こした。東方不敗に一撃を加えたのはやはり奇跡だったのだ。チボデーやドモンがさらなる強さを求めて修行を重ねているというのに、彼らにさえまるで及ばないのだから。
 ならば、自分は目標とする戦士たちよりも、もっともっと修行を積まなければ。そのために、今こうして国家の代表に選ばれたガンダムファイターの拳を受けられることは幸運以外の何物でもない。
「チボデー、あまり調子に乗ってはいけませんよ。怪我でもさせたらどうするのですか」
 優雅に薔薇を右手に弄び、水辺で遊ぶ“ブラック・ジェネレーションズ”の少女たちを目の保養にするのは、ネオフランスの若き騎士ジョルジュ・ド・サンドである。
「なら、代わりにやるかい?」
 チボデーが不敵に笑いかける。ジョルジュの視線の先には水着姿のエリスやレイチェルばかりでなく、チボデーギャルズとまで名乗る彼のスタッフたち……仲間であり、恋人であり、それ以上のかけがえのない少女たちがいるのと、決して無関係ではない。
「いえ、やめておきましょう。こんなところでガンダムファイトなど、無粋極まりない」
 これが手の内を隠すための方便ならばいいのだが、ガンダムファイターに口達者な者は少ない。無論、ジョルジュも多数派に属する。そして彼の視線は、手の薔薇と美少女たちの間を行き来するばかりで、チボデーに向けられる気配は全くなかった。
 パンチが飛ぶ寸前、ジョルジュの隣に滑り込むようにネリィが割り込んだ。
「いいんですの? 貴方は、一人で楽しんでいらして」
「白鳥は決して努力を見せないもの。お美しいマドモアゼルの前で汗にまみれる姿をお見せするなど、騎士として無礼でありましょう」
 ジョルジュは慇懃に一礼する。その流れるような動作に、ジョルジュと趣向の合うネリィは柔らかい微笑みを返した。
「お上手ですのね? でも……大切な方のことを思いながら私にそんなことをおっしゃるのは、無礼ではありませんこと?」
「えっ……!?」
 ジョルジュは狼狽した。彼に嫌そうな視線を向けていたチボデーも、ネリィの言葉には驚かされた。
「な、なぜそんなことを……」
「それなら……どうして私たちを見る視線より、その花を見つめる目の方が素敵なのかしら?
 心の中の女性を他人と比べるのは、よろしくなくてよ?」
 返す言葉もなく、ジョルジュは何度もまばたきを繰り返すしかなかった。確かに彼は美少女たちの水着姿を眺めながら、最愛の君であるマリアルイゼ姫を思って微笑を浮かべていたのである。
 言葉を終えると、ネリィは再びジョルジュの側から離れていった。手際を感嘆するエリスたちには、あの方たちの喧嘩を止めるよりはあの方が簡単ですの、と軽く返した。それもそのはず、本気になれば跳び蹴りで高層ビルを吹き飛ばすような面々なのだから。たとえ腕前は及ばなくとも、トレーニングにつきあっても即死も大怪我もせず、タフな根性で付き合ってくれるアキラは、ファイターたちにとっては貴重すぎる練習相手なのである。
「なんだよ〜?これだけ可愛い娘が大勢いるのに、頭の中はお姫様一筋かい?
 俺だったら、このチャンス逃がしはしねえけどなぁ〜?」
「なっ、なにを言うのですか!私はあなたのような……!」
 雰囲気が変わるだけで、ついさっきまで睨み合っていた二人は親友のように軽口を叩いていく。
 これが、やはり未来世紀という時代の素晴らしいところなのだろう。彼らは戦争をしているのではない。
 確かにガンダムファイトには勝敗があり、国家の威信や選手たちの夢を賭けての、譲れない戦いではある。しかし、終わったあとに憎悪や悲劇の連鎖が絶え間なく続けられることは、ここでは決してあり得ないのだ。
 そんな感慨に浸っているエリスとレイチェルの間を、森から飛び出してきた小柄な少年が駆け抜ける。
「どいてどいてーっ!あぶないよーっ!!」
 ネオチャイナ代表のガンダムファイターの全力疾走は砂塵を巻き上げ、風圧を伴う人間離れした速さである。それを怒りの表情で追いかけてきたクレアは、水着姿で虫取り網を武器にぶんぶん振り回し、何度も少年の頭を捕まえかける。
「私の着替えを見た奴はぁ!みんな死ぬぜぇ〜〜っ!!」
「だっ、だから偶然だってば!森の中で着替えてるなんて思わなかったんだよ〜!!」
 突風のように駆け抜けたクレアと少年……シャッフル同盟の一人、サイ・サイシーを呆然と見送りつつ、レイチェルはいつものように頭を抱えた。
「一日中外で遊んでるんだから、もう……。着替えくらい艦に戻ってくればいいのに……」
「だから、私は止めたのよ……」
 エリスは溜息をつきながら、あまりに順応してしまった親友の後ろ姿を見つめていた。

 仲間たちが順調に修行を進める間、ドモン・カッシュは苛立つ日々を送っていた。
「なぜだ……!なぜスーパーモードを自在に使いこなすことができないんだッ……!!」
 滝に打たれて、焦る頭を冷やす。だが、目指すものはあまりに果てしなく、その一歩をどう踏み出すのかさえ見えてこない。
 シャイニングガンダムは決して性能の悪い機体ではない。デビルガンダム打倒のために搭載された怒りのスーパーモードは、並み居るファイターたちを圧倒し、デビルガンダムを打ち倒すことも十分に可能なパワーを持っている。
 しかし、それでは足りないのだ。
 キョウジ・カッシュへの怒りの思いがなければ、いまだドモンはスーパーモードを発動させることができない。東方不敗という強敵が現れた今、デビルガンダム以外の相手にもスーパーモードを使わざるを得ない状況を迎えてしまったのである。
 それを痛感させられたのは、新宿の戦いでデビルガンダムを取り逃した直後の事だった。ネオドイツ代表と名乗る謎のファイター、シュバルツ・ブルーダーに手も足も出せずに完敗を喫したのである。
 しかしシュバルツはドモンにとどめを刺すことなく、その場を去った。彼の言葉は厳しくも、情理を兼ね備えた激励の言葉のようですらあった。
 だが、そうは言っても、彼はガンダムファイトでぶつかりあう強敵である。冷凍刑に処された父親を救うためには、シュバルツは乗り越えるべき対戦相手に他ならない。
 キョウジに立ち向かったときの怒りのエネルギーを、それ以外の場面でどうやって引き出すのか。ドモンの修行の焦点は、まさにこの一点にあった。
 気が散ると言ってレインも追い払い、目を固く閉じ、滝の降り注ぐ音と感触だけがドモンの世界の全てだった。
 頭上からサイ・サイシーの声が落下してくるまでは。
「アニキーっ!? どいてどいてー!あぶない、ぶつかる───!!」
「きゃあああああ〜〜っ!?」
 サイシーに続いて、クレアの悲鳴も近づいてくる。
「な、なんだとっ……!?」
 ドモンは慌てて、その場から飛び退いた。だが、状況確認をせずに移動した先にサイシーの頭が滝の上から落下し、直撃を受けたドモンは吹き飛ばされるように水中に没した。
「ぐぅっ……!ぶはぁっ!」
 川に流される前に、なんとか水面に顔を出す。そこでドモンが見たものは、滝の上から落下したクレアを両手に助け上げ、哄笑をあげる男の姿であった。
「ふはははははははッ!
 甘い!甘いぞドモン!!貴様の修行とやらは、ただ目を閉じて居眠りをしているだけかッ!!」
「グッ……あんたは、シュバルツ!!」
 三色国旗をあしらった覆面に厚手のコート……ネオドイツのガンダムファイターの正装を身にまとい、シュバルツは流れる水面に仁王立ちしてドモンを一喝した。
「常に周囲の危険に対して油断せず、己を戦場に置く心構えがあれば!
 たとえ槍が降ろうと人が降ろうと!対処できないはずがないッ!!」
 ドモンは、すぐには返す言葉が見つからなかった。確かにそれは不注意であり、言い返せるだけの修行の成果があるわけでもない。
「分かっちゃいる!分かっちゃいるが……!
 俺には見つからない!どうすれば俺はスーパーモードを自由に扱えるんだッ!!」
「己の心をコントロールできずにいて、己の真の力など導き出せるはずがないッ!!
 ドモン!今の貴様の力では、そう……このクレア・ヒースローにはかすりもせんぞッ!!」
 いきなり話を振られて、クレアはシュバルツの手から転げ落ちそうになった。
「ち、ちょっと!無理っ、絶対無理だってば!あんなのに本気で殴られたら一発で死んじゃうって!」
「ああ……。いくらあんたの言葉でも……!」
 クレアは必死で拒絶し、ドモンもこればかりは素直に納得できない。だが、シュバルツは自信満々に言い切った。
「そうか、ならば百聞は一見に如かず……実際に己の拳で確かめてみるがいいッ!!
 仮に一度でも触ることができたら、少しはおまえのことを認めてやってもいいぞ?」
「……その言葉、忘れるなッ! てぇぇりゃぁぁぁーッ!!」
 シュバルツによって川岸に下ろされたクレアにドモンの拳が迫る。通信の効かない敵中に包囲され、目の前にシャアのサザビーがいたときよりもはっきりと、クレアは自分の死の瞬間を認識した。
「ここまでか……早かったな私の死も。……って!きゃああああ───っ!!」
 体を抱えるようにしてしゃがみ込むと、一瞬遅れて顔のあった位置をドモンの拳が通過する。
「な……なにッ!?」
 ドモンは予想外の事態に驚いたが、クレアは真っ青である。
「ほっ、本気でぶとうとしたねっ!?パパにだってぶたれたことなんてないのに!」
「それどころじゃないッ!」
 ドモンは二度、三度と攻撃を続けた。だがクレアは悲鳴をあげながらも、それらをことごとく回避していく。
「ア、アニキの攻撃がぜんぜん当たらない……どうなってんの?」
 サイシーはわけがわからず、ぽかんと口を開けて見ていた。攻撃が命中していないという事実は、確かにそうだ。だがクレアは紙一重でかわすとか腕でブロックするといった格闘家らしい動作ではなく、後ろを向いて逃げ出したり、転げ回ったりしているだけだ。
「おまえには分からないか、サイ・サイシー。
 見ろ!クレアはドモンの動きを見て避けているのではない……。ドモンが攻撃を繰り出す前に、どちらに逃げればいいのか分かっているのだ。だから運動能力が多少劣っていようと、ドモンの攻撃などかすりもしない。逃げた後に攻撃しているのだから当然の事だがな」
 サイシーもそう言われて、注意して見るとはっきりと気付いた。クレアはドモンが攻撃する前から逃げ出している。当てずっぽうに動いているなら、いつか偶然当たるはずだ。しかし、何度攻撃を繰り返しても、当たる気配は全く見られなかった。
「馬鹿な、こんな馬鹿な……!この程度ッ……!俺がスーパーモードを使えれば……!!」
「お願いだからやめてーっ!!」
 クレアの必死の願いも空しく、ドモンの怒りは心を燃やし高めていく。苛立ちや焦り、苦しみさえも力に変えて、ドモンは全身から闘気を放出させた。
 それを見ているシュバルツたちの周囲にも突風のような気が押し寄せ、サイシーは一瞬身構えて拳を握る。
「出たっ……!アニキの、怒りのスーパーモード……!!」
「フッ…… だが、それが果たして、クレアには通用するかな……?」
 期待の眼差しを向けるサイシーの隣で、シュバルツは不敵に笑いを浮かべた。
「俺のこの手が光って唸る!!お前を倒せと輝き叫ぶ!!」
「ごめんなさぁぁ〜〜〜いっ!!」
 泣きながら逃げるクレアの後頭部に狙いを定めて、ドモンの全力の一撃が放たれる。今のドモンにとっての最高の攻撃……言い換えれば、それ以上の力は出したくても出しようのない攻撃である。もちろん、そんなものを食らって生きている人間など宇宙世紀のどこにもいない。
「砕けぇっ! 必殺ッ、シャァァイニング!フィンガァァァ───ッ!!」
 クレアは転倒するように身をかがめた。その直後に、ショートカットの黒髪が疾風の拳に吹き上げられ、衝撃波でわずかに焼き切られていく。目標を見失った拳の波動が森の木々を薙ぎ倒し、戦争を知っている者なら戦車の砲撃と考えるような破壊の傷跡を生み出していった。
 クレアは絶句して失神しかけたが、ドモンの受けた衝撃はその比ではない。己の拳のもたらした破壊の光景を呆然と眺め、全力を込めた攻撃がやはり外されたことをどう受け止めていいのか分からずにいた。
 そこに、シュバルツの勝ち誇った声が追い打ちをかける。
「ふははははははッ!! どうだドモン、少しは己の未熟さが身に染みて分かったか!!
 怒りによってもたらされる力は確かに大きい……だが!冷静さを欠いた攻撃は自分の動きを単調にし、相手に簡単に動きを読まれ……攻撃はかわされ、その隙をつかれる結果に終わるだけだ!!
 特に、相手と心を通じ合わせる力を持った……クレアのような、ニュータイプと呼ばれる戦士にはな!!」
 ドモンは両膝を大地に落とし、倒れ込むように両手で体を支えて憤った。だが、それで何かが変わるわけではなかった。そして、どうすれば自分を変えられるのか、今のドモンには想像さえできなかった。
「教えてくれシュバルツ……!俺は、俺は一体どうすればいいんだッ……!!
 怒りの心で戦えないなら……俺はどうやってスーパーモードを発動させればいいッ……!!」
 シュバルツはそこで初めてドモンに歩み寄り、静かにつぶやいた。
「……明鏡止水。
 曇りの無い鏡のごとく、静かにたたえた水の如き心。それが勝つための唯一の方法だ。……だが、今のお前には無理だろうがな!!」
 シュバルツの姿はかき消すように失われ、後にはドモンとクレア、サイシーだけが残された。完全に腰が抜けてしまって立てなくなったクレアが助けを求めるが、その声もドモンの耳には届くことはなかった。
「明鏡止水……それが、俺の真のスーパーモード……!」

「ガンダムファイトの重要性は私が一番よく知っています。ですが!それ以上に、デビルガンダムの脅威は重大だと言っているのです!
 だからこそ!ドモン・カッシュから、目を離すわけにはいかないのです!」
 ネオロシアのガンダムファイトの指揮を執る女性士官、ナスターシャ・ザビコフ少佐の語気は荒い。
 新宿でのデビルガンダムとの戦いに巻き込まれて以来、その脅威を実際に体験した軍人として当然の行動……ネオジャパンの国内問題ではなく地球規模の危機として扱い、デビルガンダム打倒のために軍隊を増派するよう本国に依頼していたのである。
 だが、ネオロシア本国の動きは重かった。
 大規模な軍隊の行動というものは、この未来世紀では忌み嫌われるものであり、かつその音頭を取るのはガンダムファイト前大会優勝国であるネオホンコンに決まっているのである。大会開催中という大事なときにネオホンコンに睨まれるわけにはいかず、また事態を解決しても軍事行動の発案者という汚名が残ってしまう。
「しかしだなぁ……新宿の一件は全て集団幻覚と言う説も出てるじゃないか……」
「集団幻覚!?」
 ナスターシャは絶句し、頭痛さえ覚えた。
 そんな馬鹿なことがあるはずがない。実際に機体に損傷が発生しているし、ネオジャパンの住民が難民化していた。デビルガンダムに襲われたのはネオロシアやネオジャパンのファイターばかりではないのだ。
 ナスターシャの脳裏に様々な言葉が浮かぶが、ネオロシア高官の態度はそれを言う気さえ失わせた。現場が何を言おうと、彼らは自分たちの方針を変えるつもりがないのだ。
「いずれにせよ、君の任務はガンダムファイトに優勝する事。本国の政策に意見する事では無い。
 それより、強敵のシャイニングガンダムを倒す事にでも、全力を尽くしたまえ!」
 高官の言葉には、重大な問題を解決する意志よりも、その問題から目を逸らせたいという態度がありありと見えた。通信が切れたモニターに向かって、ナスターシャは怒りを露わにした。
「……奴らは何もわかっていない!」
 援軍も、国際社会への働きかけも期待できない。
 現有戦力でデビルガンダムに立ち向かうしかない状況になってしまった今、本来は敵国とはいえ、他国のファイターたちと傷つけ合うのは愚行である。幸い、ファイター同士はシャッフルの紋章で結ばれたことで、強い仲間意識を持っている。共闘を呼びかければ応じてくれるのは間違いないだろう。
 ナスターシャは、次の手を打つことにした。このギアナ高地に集まった戦士たちの中で、唯一統制が取れた戦闘集団として行動できる者たちに通信を送る。すぐにモニターに若い士官の顔が映し出された。マーク・ギルダー大佐と名乗った男は、階級ではナスターシャよりも上にあたる事になる。それはそれで好都合だと、ナスターシャは内心笑みを浮かべた。
「貴軍にデビルガンダムからの防衛を依頼したい。必要であれば、我がネオロシアのボルトガンダムも協力を惜しまない」
『我々“ブラック・ジェネレーションズ”の任務はネオジャパン一国への協力に留まらず、ガンダムファイト全体の円滑な進行を守護するため、その障害となるデビルガンダムを排除することにある。
 従って、ネオロシアが我々の妨げとなる行動を取らない限り、我々はネオロシアのボルトガンダムと共に戦い、それを防衛することに喜んで同意する』
 固い言葉を使ってはいるが、彼らがデビルガンダム打倒を目的としていることは疑う余地はない。
 デビルガンダムとの戦闘中に、巧妙に他国のファイターたちを消して回るという可能性も一応考えたが、その可能性は高いとは言えない。ギアナ高地にドモン以外のファイターが集まったのは、それぞれが個別に訪れた結果に過ぎない。ドモン以外は誰も来ないという可能性があり、当初はその予定でさえあったのだ。
「デビルガンダムの位置や戦力は特定できているか? それから、貴軍の軍備でどの程度戦えるのだ?」
『位置については特定できていない。だが……』
 マーク・ギルダーは厳しい表情をしたまま、彼の前にあるモニターに視線を向ける。
『ガンダムシュピーゲルの位置を、そちらで特定できるか?』
「ガンダムシュピーゲル……?ネオドイツのガンダムか」
『彼も何度か姿を現してはいるが、普段は我々も感知できていない。つまり我々の装備しているレーダーも完璧ではない。
 ということは、今のところは出現していないデビルガンダムも、すぐ近くに潜伏している可能性はある』
 マークの言うとおり、デビルガンダムそのものはまだその姿を現してはいない。
 しかし配下のデスアーミーや、DG細胞に感染したガンダムの襲撃は散発的に行われてはいた。幸い、それは軍団と呼べる規模ではなく、ガンダムファイターたちが独力で撃退していた。彼らにとっては、むしろ修行の一部とさえ言えるものでしかなかった。
『戦力に関しては問題はない。デビルガンダムやデスアーミーは我々がいくらでも相手できる。長期に渡る睨み合いでの人員の疲弊が懸念されたが、しばらく骨休めをさせている……』
 マークは、そこで考え込んだ。ナスターシャの通信が来る前から、休暇も取らずにブリッジで考え込んでいたことだ。
 現在のモビルスーツの質を考えれば、デスアーミーなどどれだけいても敵ではない。一年戦争のザクと同レベルの機体では、ペーネロペーやサザビーが暴れ回ればあっという間に壊滅できる。
 機体の成長が目的である二機のモビルファイター、シャッフル・ジョーカーとシャッフル・ダイヤにはIフィールド発生器を追加装備させている。これでデスアーミーのビームライフルはほぼ完全に無効化される。後ろから撃たれても無視して正面の相手を殴りに行けるのだし、モビルトレースシステムによる痛みを感じることがなくなる。東方不敗がこの案を聞けば、一笑に付すに違いない。邪道とすら感じるだろう。
 痛みを感じ、努力の末に会得する強さを第一に重んじるガンダムファイターの思考は、やはり戦争の勝利を第一に考える者とは異なるものなのだ。パイロットが無傷で戦い抜き、生還することは、名誉の戦死などより何倍も貴重なことだ。それは人命尊重という思想ではなく、戦闘力の持続性と、優秀なパイロットの貴重さを考えているに過ぎない。それが、軍人の考え方である。
『……問題はマスターアジアだ。奴を仕留められる者が、今ここにいるか……?』
「敵の中核はデビルガンダムだ。デビルガンダムさえ倒せば、ガンダムファイター一人いても問題ではなかろう?」
 ナスターシャの言葉も、軍人の思考である。軍勢と軍勢の勝負であれば確かにそうだが、相手が東方不敗となれば話が違う。無視していれば一人で戦艦を叩きつぶしかねないのだ。
『核ミサイルでも撃ち込んだらどうです?』
 マークの隣にいる少年が嫌そうにつぶやく。もちろん子供の冗談という感じであったが、マークは真剣な表情で答えた。
『……それはまずいな。マスターならミサイルを掴んで投げ返してくる可能性がある』
『そ、それは……。大いに、あり得ますね』
 少年もナスターシャも、その場面を頭に思い浮かべて得心した。
 ニュータイプたちが次々に挑んでも、ものともしなかった。ショウやカチュアは戦いたがらないだろう。そこまで考えが進んだところで、マークは深く息を吐いた。
 次に東方不敗と戦うときは、マーク自身が出撃するしかない。ナスターシャに挨拶をしてから、マークはV2の整備状況を確かめにモビルスーツデッキへと向かった。

 格納庫に収納されたモビルスーツは、未来世紀の水準をはるかに超越した高性能機ばかりである。
 宇宙戦艦の軍団と共に砲撃戦すら可能な規格外の怪物V2アサルトバスター、最強のニュータイプパイロットを倒すために設計されたザンスパインの両機を筆頭に、ガンダムファイトという限定された戦闘や小規模の暴動鎮圧用ではあり得ない軍備が所狭しと並べられている。
 その光景に、シュバルツ・ブルーダーは絶句した。
「これは……!!」
 パイロットや整備兵たちまで外出して休暇を楽しんでいる隙に、謎の軍団の軍備を知っておくために潜入したものの、ガンダムの姿の機体や大型のビーム砲が居並ぶ光景には、さすがのシュバルツも戦慄を覚えた。
「これほどの軍備を揃えて、奴らは一体何に使おうというのだ……!」
 疾風のような速さで監視装置の目をくぐり抜け、モビルスーツの側まで忍び寄る。そこには、やはりモビルトレースシステム特有の整備機器は置かれておらず、シュバルツが見たこともない未知の兵器が存在していた。
 巡回や警報がないことを確かめると、シュバルツはモビルスーツの外面を駆け上り、ガンダムタイプのひとつのコックピットを開こうとした。その中にあるものが、軍用機のコックピットであるのか、見慣れたモビルトレースシステムの空間なのか。シュバルツは緊張を隠せない表情のまま、無人と思っていたガンダムの中に忍び込んだ。
 だが、その中にだけはパイロットがいた。全ての機体を無人にすれば急な事態に対応できないためであったが、シュバルツの潜入はパイロットにとっても不意を突いた形になった。宇宙世紀の軍備は未来世紀では過剰なものだが、未来世紀のゲルマン忍法は宇宙世紀の常識を逸脱していた。
 二人は共に驚愕のため、最初の一手をどうするかとっさに思いつかなかった。
「え……!?」
 コックピットの中でうたた寝をしてしまっていたショウは、突然目の前に出現した三色覆面にどう対応していいのか分からなかった。くじ引きに負けて、みんなが遊んでいる中で一人だけモビルスーツ担当にされてしまい、椅子に座って暇な時間をぼうっと過ごしていたと思ったら、訳の分からない事態になっている。
「ド、ドモン……!?」
 パイロットが中にいるのであれば、警報を発する前に取り押さえるか、脱出を考えるべきだろう。だがそれが幼い子供であることと、記憶の中のドモンの姿にうり二つであることに、シュバルツも一瞬気を削がれてしまった。
「いや、ドモンではないな……似ているが違う。君は誰だ、このガンダムのパイロットなのか?」
「う、うんっ……。あ、あの……」
 怯えて怖がる少年の表情は、記憶の中のドモンそのものだ。シュバルツは既視感に捕らわれながら、少年の気持ちを和らげようとした。
「怪しい者ではない。私はネオドイツのガンダムファイター、シュバルツ・ブルーダーだ」
 とはいえ、彼以上に怪しい格好をした人物は黒歴史のどこを見渡しても一人もいない。ショウはおどおどと名を告げて、どうしてガンダムファイターがここにいるのか質問した。
「この軍の力がどれほどのものか、確かめたかった。それ以上の考えはない……。
 だが、正直これほどのものだとは思っていなかった。それに……」
 シュバルツは一度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「ショウ・ルスカ……君と二人でいると、何か懐かしい気がするのだ。まるで宇宙に二人で浮いているかのような……」
 自分が子供の頃のドモンにうり二つであるということは、ショウは何度も聞かされてはいた。今度もそうなのかとだけ思っていた……どうしてネオドイツのガンダムファイターがドモンの子供の頃を知っているのかは、ショウには分かるすべもないが……シュバルツの語った言葉にはショウも驚かされた。それはまさしく、ニュータイプたちの魂の邂逅であるからだ。
「シュバルツさん……?」
「ここではないどこかで……大きな戦いがあり、君たちはそれに向かうのだろう……。その時、私が手助けできるかは分からないが、ショウ……」
 言いかけたシュバルツの頬を、一発の銃声がかすめた。
「そこまでだ、シュバルツ・ブルーダー!何の目的でこの艦に忍び込んだ!」
 Hiνガンダムのコックピットのハッチは開かれたままだ。マークはそこを見上げて、銃の狙いを冷静に定めた。
「マークさん、シュバルツさんは……!」
「ここは危険だ、中に入っているんだ!」
 顔を出して話しかけようとしたショウを止め、シュバルツはコックピットからその身を躍らせた。狭いコックピット内に逃げ込んでは跳弾がショウに当たりかねない。その影を追って、マークの放った銃声が次々に格納庫に響いていく。
「シュバルツさんっ!」
 ショウは格納庫の中で繰り広げられる光景に慄然とした。
 シュバルツの動きは確かに人間業ではない。だが、マークはそれをニュータイプの知覚で先読みして射撃を繰り返す。逃げる方向を正確に捉え、容易に避けられない弾を、シュバルツは刀で弾き返していく。
「マーク・ギルダー!私はおまえたちに敵対する者ではないッ!おまえたちが本当にデビルガンダムと戦い、倒そうとしているのならばなッ!!」
「ならば我々も敵ではなかろう、シュバルツ・ブルーダー!貴様がただのネオドイツのガンダムファイターであり、ドモン・カッシュに協力しているだけならばッ!!」
 銃弾の嵐をかいくぐり、シュバルツは壁に手を置くと同化するように溶け込んでいく。
「な、なんだと!?」
「これぞゲルマン流忍術ッ!!次に会う時は、お互いに快く会いたいものだな、“ブラック・ジェネレーションズ”よ!」
 シュバルツの姿が壁の向こうに消え去るのを、マークは愕然としながら見送った。ニュータイプの予期できないガンダムファイターの運動能力は、かろうじて目立ちすぎる姿を艦の外まで逃げ切らせたのである。
「ショウ、大丈夫か!」
 侵入者がいなくなったあとも、マークは緊張を露わにしていた。侵入されたのだから当然のことだが、彼はシュバルツに対して好感は決して抱いていない。
「だ、大丈夫です……マークさん……」
 ショウはコックピットから降りると、シュバルツは悪意があってきたのではないと説明した。もちろんそれで疑念が晴れるはずがない。だが、シュバルツの言葉に信用ができなくとも、ショウとの間に流れた感覚の共有のことは、マークにも理解できる。そして、それはただ敵対するだけの者には見られない、大きな感情のうねりとなるものだとマークは知悉していた。

 その一件からは、マークも部隊の規律を引き締めにかかった。モビルスーツの整備も滞りなく行われ、新兵器の調達も怠りない。
 デビルガンダム軍団の襲撃は依然として散発的なものであったが、そのために敵の本拠の場所は容易に掴めなかった。ただ明らかになったのは、シュバルツ・ブルーダーは間違いなくデビルガンダムに対して敵対的であり、ドモンを叱咤し、その成長を願っているということだけだ。
 そのドモンが、一人で修行をすると言い残して皆の前から姿を消して、二週間が過ぎた。
「あ〜あ、もうじき決勝戦……。
 ったく何やってんだろう……俺たち……」
 修行に打ち込むでもなく、ファイターたちは所在なげに集まっていた。主のいないシャイニングガンダムは、今はレイン・ミカムラが一人で整備を行っている。“ブラック・ジェネレーションズ”に合流し、艦内かガチャベースで行えばはるかに安全なのだが、正式なスタッフとしての責任感のために、レインは一人でMF輸送用カプセル、ブッド・キャリアーに籠もっていた。
「少なくとも、私には理由があります」
「ほう……そりゃなんだい?」
 チボデーは顔をジョルジュに向けた。彼の言う理由に興味があるわけでもなかったが、今この時間をなにもせずにいるのは、どこか気持ちがいいものではなかった。
「この地は野蛮な上に獣が多い……。なのにドモンがいない以上、私がレディを守る役目をしなくては。
 それもまた、騎士の役目!」
「へぇー?本当に、それだけかぁ〜? みんな考えてる事は同じじゃないの?」
 ジョルジュは胸を張ってみせるが、サイシーはそんな態度を笑い飛ばした。
「オイラは、アニキの事が気になってさ」
 サイシーの笑顔は、正直である。ドモンと出会ったことで、それぞれに自分の中で何かが変わり……そしてデビルガンダムという共通の敵を抱え、ギアナ高地に集まった時から、彼らにとってもドモンは捨ててはおけない人物……ライバルであり、親友になっていた。
「ドモン、ドモン、ドモン……一体あいつがなんだっていうんだ?ほっとけばいいじゃないか」
「じゃあ、あなたはどうして?」
「ん? ……俺かぁ? おりゃあ……暇なだけさ……」
 チボデーはふてくされた態度で言うが、ジョルジュに言葉を返されるとすぐに横を向いてしまった。彼もまた、やはりドモンとの時を過ごしていたいのだ。
 彼らとは少し離れた場所で、ネオロシアの部隊も最後の調整を行っていた。決勝大会が始まるまでの時間は、あと3日間が残っているだけだ。
「なぜだ……なぜすぐにネオホンコンに連れて行かない?」
「いずれにせよ、ドモンは決勝で当たる相手。それを放っておけるか!」
 アルゴは気まぐれな指揮官だ、とつぶやいた。以前ネオロシアにドモンが挑戦してきたときは、密かに抑留し、亡き者にしようとすらした相手であるのに。
「お前は囚人なのだ! 言葉に気をつけろ!」
 ナスターシャは鋭く言い返すが、アルゴは表情を動かさなかった。
「そうだったな……。しかし、今俺たちを捕らえているのは、ドモン・カッシュ……奴らしい……」
 その言葉に対しては、ナスターシャも何も言い返すことはなかった。
 そして、彼らの会話もそこで止まった。爆音と衝撃波がネオロシアの輸送艦を震えさせる。着弾点の周りには、シャイニングガンダムが整備を行っていたはずだ。
「ドモン・カッシュのガンダムが狙われている!?」
「アルゴ!いらぬ事に関わらず、ここから脱出するぞ!」
 先刻までドモンが気になっていたナスターシャだが、戦闘が始まればすぐにネオロシアの立場に戻った。周囲に出現したデスアーミーの数は3桁を下らない。ついにデビルガンダム軍団の総攻撃が始まったのである。
「うるさい!ここは俺の好きにさせてもらう!」
 アルゴは無理矢理ボルトガンダムを動かし、飛び出していく。ガンダムローズやガンダムマックスター、ドラゴンガンダムはすでに戦闘態勢を整えている。
 だが、肝心のシャイニングガンダムは、ファイターのドモンがいないのである。近くにいたファイターたちが守ろうとするが、動かない機体を守るのはさすがの彼らにも困難かと思われた。
「わ……私だって戦えるわ!デスアーミーぐらい!」
 レインが覚悟を決めた、その時である。シャイニングガンダムを守って戦う4人の手の紋章が光を放ち、飛び出してきたドモンの叫びが届いた。
「ガンダァァ───ム!!」
 呼びかけに応じたシャイニングガンダムはドモンを機体の中に導き、素早くメディカルチェックを終わらせていく。5機のガンダムが揃い、デスアーミーの大部隊に向かって戦闘態勢を整えた。だが、ドモンの表情には、まだ達成感のようなものは浮かんでいない。
「ええい!あと一歩で修行が完成したものをッ!!」
 明鏡止水の境地に至る修行の中で、わずかに見えかけていたもの……それを完全に己のものとする前に、デビルガンダム軍団との戦闘が始まってしまった。
 デスアーミーは陸上ばかりではなく、飛行形態のものが空を埋め尽くし、水の中までも怪魚の姿をした機体がうごめいている。それを見下ろす小高い山頂に、マスターガンダムの姿が認められた。
「フフフフフフフ……!!」
「師匠!!」
 見上げるドモンに対して、東方不敗は傲然と言い放つ。
「ドモンよ!今日こそおまえとの決着をつけねばならんようだな!!」
「何ッ!!」
「貴様ら誰一人としてここからは逃がさん!このギアナ高地でなぶり殺しにしてくれるわッ!!」
 その言葉に込められた意志は、もはや和解も交渉の余地もないことを物語っていた。
 だが、ドモンの言葉に秘められた闘志は、その苦境にも決して折れることはない。
「何を言う!血路なら、俺が切り開いてやる!!」
 東方不敗はかつての弟子を嘲るように笑い、山頂から不敵に視線を送る。
「ハハハハハハ──────ッ!!
 まさか無事でここから出られると思っているのか!?この馬鹿弟子がッ!!
 さあ!おとなしく最期を迎えるがよいッ!!」
「うるさいッ!!マスターアジア! 俺はいつまでもあんたの弟子でもなければ、玩具でもないッ!!
 この修行の地、ギアナ高地で必ず貴様を倒す!!」
「何を言う!この馬鹿弟子がッ!!
 ワシの名を忘れたか!?いまだ負けを知らぬは東方不敗よ───ッ!!
 だからお前はアホなのだぁぁぁ──────ッ!!」

 東方不敗の号令と共に、デスアーミーの大軍が一斉に攻撃を開始した。
 ガチャベースからリーンホースJr.も出撃し、モビルスーツ隊が飛び出していく。東方不敗は山頂から戦いの様子を見守った。
 西側に先陣の部隊を集め、注意を引いたところで二陣を東側から襲わせる策は見破られてしまった。ガンダムファイターたちは方円の守陣を敷き、モビルスーツが突破口を開こうと包囲の輪を切り崩していく。
「ふむ……。奴らも少しは兵法を心得てはおるようじゃな……」
 飛び道具に乏しいガンダムファイターたちは、デスバーディの空からの攻撃にはなすすべもないはずだった。だが波状攻撃を仕掛けるはずの飛行部隊は、新宿で見かけた神速の大型機が駆け抜けるだけで爆煙を上げ、紅紫の光の翼が華麗に舞うと共にばたばたと落とされていく。
 東方不敗は舌打ちしたが、しかし自らが動くことはしなかった。石破天驚拳で叩き落とそうにも、あの速さでは狙いを定められない。それよりも敵側の狙いは、ガンダムファイターたちがいない空中戦に東方不敗をおびき寄せ、最強の機体で雌雄を決しようとしていると見抜いたからだ。
「ふん、そんな誘引の計なぞにこの東方不敗がたやすくかかると思ったか。ニュータイプとやらめ……!
 ワシらガンダムファイターには、貴様ら以上に、手に取るように感じ取れるわ……!貴様の、その魔王がごとき殺気はなッ!!」
 防衛陣の中央に浮かぶリーンホースJr.さえも囮であった。東方不敗を誘うように構えた戦艦の中には、宇宙世紀最強のガンダム、V2アサルトバスターが出撃の手はずを整え待ち受けていたのである。“戦場の魔王”と呼ばれた男の発する気は、心を伝え会う力を持たないガンダムファイターにもはっきりと感じ取れた。
 戦士としては、技量を争いたくもなる相手であった。個人的な感情を言えばこの手で叩き潰してやりたい軍人たちの親玉である。
 だが、東方不敗は動かなかった。戦士として飛び出した瞬間に、その行動は指揮官としての敗北を意味するからだ。
 そして山の麓を見れば、最も重厚に陣立てを用意したはずの正面の部隊が凄まじい勢いで崩れ立っていく。ドモン達が遮二無二迫ってくるところであるが、彼らも破壊兵器のあとについてくるだけが精一杯である。
「な、なんじゃ、あれは?」
 東方不敗も、戦慄と同時に唖然とした。アインラッドという物を初めて見たときの宇宙世紀のパイロットもこんな反応だったものだ。丸い物体がデスアーミーに向かって突き進む。言葉にすればそれだけだが、それが予期せざる破壊力と防御力を兼ね備えていれば、立派な兵器であることに疑いはない。
 高速で飛来する物体はゾンビ兵が避けられるような速さではなく、大軍を利して集中攻撃をかけるビームライフルも、ザンスカール帝国の技術レベルのビームシールドにはまるで歯が立たない。
「ぬうっ、あれぞ世に聞く無敵球……!!やっかいなものばかり持ち出しおって……!」
 自分が行って排除するのが最も的確であるようには思えた。見ていてもデスアーミーでは勝てそうにない。だが、それも、その戦線のことだけを考えればの話だ。
 デスアーミーは何千何万倒されようと痛くもかゆくもない。その大前提を忘れて軽挙に及べば敵の思うつぼなのだ。
 別の方面では、ゴッドガンダムに乗った若者が超級覇王電影弾でデスアーミーの一角を打ち破っていく。まだまだ未熟者の技とは言え、所詮はデスアーミーである。歯がゆいほどにあっけなく闘気の竜巻に吹き飛ばされていく。
「どこもかしこも…… ワシを誘い出そうと躍起になっておるわ。
 せいぜい網の中でもがいておれッ!!このまま絞りきってくれようぞ!!」
 東方不敗は、戦場の全体を見ることに意識を集中した。そうしているうちに、いつしかショウの乗る青いガンダムの姿を探し求めていた。デスアーミーの放つビームを空飛ぶ光の盾で防ぎ、その防護をガンダムファイターたちにも分け与えている。本来それは、Hiνガンダムの持つ最高の武器であるのに、ショウはひたすら守るためだけに使っていた。
 デスアーミーの数が多すぎて攻撃に回す暇もない。ショウは単純にそう思っている。
 だが、東方不敗の目は、そうは感じ取らなかった。
 モビルトレースシステムって、攻撃を受けると痛いんでしょう?
 新宿で初めて出会い、語らっていたときに聞いた言葉だ。傷は男の勲章ぞ、痛みを乗り越えて真の男は磨かれるのだと……そう自信を持って言い切ったはずだったが、こうも行動で示されてしまうと、恐がりな子供の考えを否定できなくなってしまう。
「あの子だけは……なんとか、助けてやりたいものじゃが……。
 ……ぬううっ!?」
 思考が戦闘から離れた瞬間にそれは起こった。ギアナに流れる大河が突如氾濫を起こし、津波のような勢いでモビルスーツをも押し流していく。ガンダムファイターたちは流れに乗って脱出し、宇宙戦艦はモビルスーツを収容して大気圏外にまで飛び立っていく。
「まさか……シュバルツかッ!? 奴め、こんな奥の手を用意しておったとはッ!!」
 轟音と共に流れる濁流を眺め、東方不敗は歯ぎしりした。最後の最後まで戦場に姿を現さなかった謎の男は、彼らの切り札となっていたのだった。

 濁流が地を引き裂いていくギアナの大地に残ったまま、東方不敗はその流れに乗って敵を追おうとはしなかった。マスターガンダムの前に、ただ一人残ったドモン・カッシュが、両手を固く握りしめて立ちはだかっていた。
「ふはははははっ!友を無事行かせるために残るとは、つくづく馬鹿な奴め!」
「うるさい! 俺はもうあんたを師匠とは呼ばない!
 今日からは俺の敵……マスターアジア、東方不敗!!」
 東方不敗の邪魔をする軍人たちも、ドモンを助けるガンダムファイターももはや去った。今ここにいるのは、かつては師匠と弟子であった、光と闇のガンダムだけだ。東方不敗は身を翻し、シャイニングガンダムに躍りかかる。これまで挑発に乗らずに蓄えてきた力を解き放ち、空を駆ける姿には歓喜の笑みすら浮かんでいた。
「ドモンよ!そんな腕でこのワシを倒せると…… トゥッ!
 思っておるのか!!」
「ああ!!俺はもう容赦はせんッ!! 必ず貴様をぉぉぉぉぉ!!倒してみせるッ!!」
 シャイニングガンダムの拳が流星のように放たれる。宇宙世紀の機体でこれを避けるためには、もはや完全に間合いを離して拳の届かないところに逃げる以外にない……そもそも、これほどの速さで関節を動作させられる機体などどこにもない、それほどの攻撃である。
 だが、マスターガンダムは間合いを動かさずに、わずかに体を反らせるだけで全ての拳をかわしていく。ニュータイプのように一度で全ての攻撃を回避できる場所まで飛ぶのではなく、ひとつひとつの拳を見切って、反撃の隙をうかがいながら。
「……笑止、弟子が師匠に勝てるわけがない!!」
「黙れぇ!! 言ったはずだ、お前をもう二度と師匠とは思わないとぉぉぉぉ────!!
 東方不敗ィィィィ─────ッ!!」
 ドモンの背後にまで回ると、東方不敗は嘲るように宙に浮かんで腕を組む。それを見据えたドモンは機体の力を全開にして、魂の炎を燃やしてマスターガンダムに突撃した。
「ドモォォォォォ─────ンッ!!」
 東方不敗もまた、右手を掲げて機体を飛翔させる。武道家としての誇りや魂を込めた気高き拳ではなくなっていることに、二人は気がついてはいない。ただ、敵意と殺気をみなぎらせた、破壊のエネルギーの収束である。
「シャァァァァィイニングゥゥゥ─────ッ!!!」
 ドモンの怒りのエネルギーが白く輝き、天をも焼き尽くさんばかりの業火が右手に吹き荒れる。
「ダァァァァァクゥゥネスゥゥゥ─────ッ!!!」
 東方不敗の心が拳を通して、マスターガンダムの全身を影のような闘気で包み込む。
「「フィンガァァァァァァ────────────ッッ!!!!!」」
 轟音にギアナの大地が揺らぎ、目映い閃光に視界が失われていく。激突した二人の光と影の拳は、強烈なエネルギーを互いに反発させ続けた。本来、それは同質であった。ただ機体に付けられた武装の名を叫んでいるだけのはずだった。
 しかし、今や二人の拳はそこから生まれるはずの真の力も忘れて互いを傷つけあった。弾かれるように手を放し、右手に残る感触を確かめる。己の魂を込めて、伝えるはずのモビルトレースシステムは、衝撃と激痛を教えただけだ。
「育ててやった恩を仇で返す愚か者!! その減らず口も今日限り! 見よ!!あの方のお出ましだッ!!」
 マスターガンダムの守っていた背後の山が、地響きと共に砕け、膨れあがっていく。地割れの中から姿を現したデビルガンダムは、すでに新宿を壊滅させた時よりはるかに強大な形へと進化を遂げていた。その肩に立つキョウジ・カッシュは、はるか下方から見上げる弟ドモンを見据え、狂気に満ちた哄笑を放つ。
「ふふふふふふふふっ……! ハハハハハッ!ハーッハハハハハハハッ!!」
 無力なドモンを嘲笑うようでもあり、ドモンなど眼中にすらない、己の力に酔いしれた尊大さも感じさせる笑い声に、ついにドモンの怒りは爆発した。
「何がおかしい……何がおかしいッ!!
 いいかぁ!!貴様のおかげで母は死に父は冷凍刑!俺は貴様を追ってきてこのザマだッ!! 貴様に笑われる筋合いは無い!!
 キョウジ!!俺は貴様を許さん!貴様を叩き潰してやる──────ッ!!!」
 シャイニングガンダムに溢れるドモンの怒りのエネルギーは、すでに通常の状態では支えきれないレベルに達していた。黄金の光を全身から放ち、抜き払ったビームサーベルはガンダムの身長すら超えた、巨大な閃光の剣と化してデビルガンダムに振り上げられる。
「俺のこの手が光って唸るぅッ!!お前を倒せと輝き叫ぶ───ッ!!!」
 その圧倒的な光景にも、東方不敗は揺るがなかった。むしろ待ち望んだ瞬間であるかのように、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「フフフフフ……!ついに出しおったか、怒りのスーパーモード……!
 やはりワシの目に狂いはない!奴は怒りに取り憑かれ、徒にエネルギーを消耗させているだけだ!!」
 ドモンの意識は、今や眼前の東方不敗も忘れ、はるかな距離にそびえ立つデビルガンダムのキョウジだけに向けられていた。己が無防備になることも厭わずに駆け出すドモンに、東方不敗は傲然と気迫を込める。
「だからお前はアホなのだァァァ!!
 ダァァァァァクネス!!フィンガァァァァァ──────ッ!!!」
 ギアナ高地を再び閃光と轟音が襲い、ドモンの姿はその中に消えた。
 そしてその光が収まったとき、二人の間にはガンダムシュピーゲルが飛び込んでいた。東方不敗の一撃を体に受けて、ドモンに体重を預けるようにしてシュバルツは倒れていく。
「はぁっ、はぁっ……! ガンダムシュピーゲル……シュバルツッ!?」
 一瞬の救援がなければ命を失っていたと気付いたドモンは、吹き出す汗に全身の体温を奪われる。息を整え、心を落ち着かせながら、己の身を捨てて自分を助けたガンダムシュピーゲルを大地に下ろしていく。
「愚か者が……!あれほど忠告したのに、なぜスーパーモードを発動させた……!」
「すまない……俺は、なっちゃいない……!修行が足りなかった……!!」
 悔恨に暮れ、膝を落とすドモンに、さらに東方不敗の猛攻が続く。機体を大地に叩きつけられ、マスタークロスに絡め取られて宙に振り上げられる。激痛と苦しさにドモンは絶叫した。
「なっちゃいない!本当になっちゃいないぞドモン!!
 ガンダムシュピーゲルに一命を救われ、怒りも収まったというのに隙だらけでこのザマだ!
 ……さあ、その首をへし折ってやるぅぅぅぅ!!」
 ドモンは、ついに自身の死を確信した。今までの全てのことが消え去り、無になっていくのが分かる。
 悔恨も嘆きも、怒りも苦しみも……己を縛っていた不必要なものがこの一瞬に消滅し、目の前を覆っていた巨大な氷が溶けていくようだった。それはギアナの奥地で必死に我執を捨てようとしていた時よりも、はるかにはっきりと掴み取れた。
(宇宙の中に…… 俺が浮かんでいる……?)
 様々な光が浮かび、消えていく。それは命の灯火の輝きであった。
 憎しみをぶつけあい、悲しみを生み出す戦争の中にドモンはいた。だが、その悲劇の空間に浮かんでなお、ドモンは己の心を悲嘆に染めさせることはなかった。それを止めるための機体に心を宿し、不死鳥の炎となって邪悪に向かって飛翔する。
(俺がガンダムに乗っている…… シャイニングでも……ゴッドガンダムでもない……)
 燃える瞳の涙を超えて。宇宙に輝く生命を込めて。ガンダムの中の子は、そう言った。
 脳裏に浮かぶ幻想の光景は、ギアナの洞窟の中に変化した。暗闇の中に、鍾乳石から落ちる水音だけが響く。様々な雑念が渦巻き、本当の姿を見ることができなかったその光景が、今はありありと感じられた。
 暗黒の空間に一粒の輝きが煌めいた。そして、ドモンは現実に戻った。
(見えた……水のひとしずく……!!)
 傷つき、力尽きたはずのシャイニングガンダムに再び光が戻る。東方不敗の呪縛から脱すると、ドモンは内から沸き上がる魂の躍動に拳を震わせた。
「なんだこの気迫はッ!?今までの奴のものとは違う……まさかッ!!」
「ドモン……できたぞ……! それこそまさしく真のスーパーモードだ……!!」
 東方不敗の戦慄も、シュバルツ・ブルーダーの歓喜も、今のドモンの心には水面に小石を投げる程度でしかなかった。軽く波紋を広げ、すぐに落ち着いた、鏡のような静けさに戻る。
 金色に光り輝く機体を飛ばして、ドモンは東方不敗に突撃する。軽く受け流そうとしたマスターガンダムの顔面に鋭い拳が直撃し、それは一度、二度と繰り返されていく。神速の連打が東方不敗の防御を打ち破り、一撃の重みはそれだけですでに必殺技と言える域に達していた。
「……肘打ちィ!!裏拳ッ正拳ッ!! てぇぇぇりゃあああ──────ッ!!!」
 ドモンの拳は雄叫びと共にマスターガンダムに吸い込まれていく。東方不敗は体勢を挽回すべく防御を固め、体を反らし、反撃を試みるが、その全てがドモンに打ち破られていった。
「馬鹿な……!!このワシが、東方不敗が手も足も出せんなどということがあって……たまるかぁぁッ!!?」
 気合いを込めて振るった拳はむなしく空を切り、気付いたときにはドモンの姿は背後にあった。
 次の瞬間、東方不敗を凄まじい衝撃が襲った。ギアナの地深くに、埋葬されるがごとく叩き込まれ、マスターガンダムの姿は土煙の中に見えなくなっていく。
 ドモンはデビルガンダムの足下に降り立つと、植物の根のように広がった触手のひとつに手を下ろした。
「キョウジ……いや、兄さん……!もう終わらせるよ……!」
 シャイニングフィンガーのエネルギーがデビルガンダムを駆け上っていく。それが中枢部に達すると、キョウジの立つ本体が爆煙を上げて崩壊する。その光の中に消えるキョウジの姿を見つめながら、ドモンは心静かにつぶやいた。
「消える……俺の怒りと悲しみ……!復讐は消えていく……!」
 全てを終わらせたドモンは、仲間たちの待つガンダムファイト決勝の地、ネオホンコンへと旅立った。己の真のスーパーモード、明鏡止水の境地を心に宿し、新たな戦いの幕を開けるために……。


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