第四十二話 大いなる思いを込めて! 愛と勇気の最強拳!!
〜デビルコロニー始動! 大進撃シャッフル同盟〜
第十三回ガンダムファイトは、ネオジャパン代表ドモン・カッシュの優勝でその幕を閉じた。
盛大なセレモニーが行われ、集まった人々は最後の熱狂に酔いしれていく。それは祭りの終わりと同時に、ガンダム同士の闘いによって街が壊され、生活が失われる恐怖からの解放でもあった。
その安堵の笑顔が続くことも決して夢物語ではない。今大会の最後の戦いにおいて、己の嘆きを叫び続けた男の声は、全世界の人々の胸に深く刻み込まれたのだから。
そもそも、主戦場を地球上に限る必要はない。四年後に行われる第十四回大会では、ファイターたちの拳に耐えうる堅牢な強度を備えた格闘用コロニーを建設することもできるのだ。そこではファイトそのものに良心の呵責やためらいを感じることなく、清々しいファイトが繰り広げられることだろう。
任務を終えて帰還の手配を始めた“ブラック・ジェネレーションズ”にも、満面の笑みを浮かべる者がいる。破壊されたデビルガンダムがネオジャパンの艦に曳航されていくのを見つめながら、その驚異のテクノロジーの再現と発展に心を躍らせていた。
ショウやカチュア、そしてドモン・カッシュが失われた人たちに思いをはせて沈む中、心の底から嬉しそうに目を輝かせて言う。
「やっと、この狂った世界ともおさらばですよ。次に行くところは、もうちょっと真人間のいるところだといいんですけどね」
ユリウス・フォン・ギュンターの側にいるのは、真正直な言葉に苦笑しつつも内心では同意を示すマークだけだ。未来世紀の人々の熱き生き様に感銘は受けるものの、決して常識人が定住したいところではない。
「この状況を立て直すまで、新たな作戦行動には出られそうもない……ゆっくり研究する時間は取れそうだ」
「それは嬉しいですね。昨日は徹夜しちゃいましたよ」
新しい玩具を手に入れた子供の顔で、ユリウスはモビルスーツデッキの様子を再確認した。自慢の玩具の隣には、激戦の傷跡を深く残した戦士たちの愛機が並んでいる。
前部センサーを食いちぎられ、さらにDG細胞の機体と組み合ったペーネロペーはフライトユニットを外した姿で立っている。
アキラのゴッドガンダムはスクラップ同様の惨状だった。モビルトレースシステムのデータ移植のために残されているようなものだ。
無事に稼働しているのはV2とサザビー、そして無傷で勝利を収めてきたザンスパインくらいのものである。
ドモンと東方不敗の戦いを間近で見ていたショウのHiνガンダムは、二人の激闘の余波を浴び続け、機体各部に痛みが蓄積されていた。外傷こそないものの、モビルスーツは精密機械の集合体である。今すぐ戦闘に出られる状態ではなかった。
だが、ひさしぶりに“ブラック・ジェネレーションズ”らしい戦果もあった。ギアナ高地やネオホンコン旧市街での戦いを経て、タイヤを操り戦っていたシャッフル・ジョーカーがボルトガンダムに、シャッフル・ダイヤはガンダムローズに姿を変えていた。
ガンダムマックスターのデータも、チボデー・クロケットの活躍を記録してきたために保存が完了し、それを次の戦いでシャッフル・スペードにできれば、シャッフル同盟のモビルファイターは全て揃えることができる。
だが、ユリウスの目の輝きの先にあるものは、それらではない。
デビルガンダムを回収すると宇宙に急行したネオジャパン政府も、野望が潰えたネオホンコン政府も引き取ることなく、戦場に放置されたままになっていた東方不敗の遺品……マスターガンダムが完全なる整備を終えた状態で、旧主の面影を色濃く残す勇姿を見せていたのである。
この機体と、一人の男の戦闘力が、どれほどの脅威となっていたことだろう。今やそれが味方となっていることへの喜びよりも先に、マークは警戒心を露わにした。
「大丈夫なのか? DG細胞の危険性は……」
「完全に機能停止していますよ。ちょっとでも復活の可能性が残っていたら、再生して研究できたんですが……。残念ですが、今のマスターガンダムは、ただ強力なモビルファイターでしかないです」
デビルガンダム自体を手に入れないと、これ以上の研究は望めそうにない。だがユリウスの興味はそれだけでもない。シャッフル同盟最強最後の機体シャッフル・ハートへの発展と、純粋にモビルファイターの動作システムそのものへの強化案が、少年の心をときめかせていた。
「……ただごとではないくらい強力ですけどね」
確かに東方不敗の在りし日の勇姿を思い起こせば、そんな形容はごく自然に冠されるものだろう。だから、マークはその言葉をそのまま聞き流してしまった。
今、マークの頭を占めているのは、重傷者の様態である。
その機体と同じく、アキラ・ホンゴウは立ち上がることもできない状態だった。本部に戻り、入院させなくてはならない。できることなら今すぐにでも未来世紀から帰りたかった。それができないのは、未来世紀で治療した方が確実な病状の者もいるからだ。DG細胞に感染したアレンビーと抱き合っていたクレアはネオホンコンの病院で治療を受けている。未来世紀に特有の症状は、現地で治してしまった方が確実だからだ。マークは昨晩からの治療が成功していることを祈るしかなかった。
意外にも早く、朗報は届いた。面会に赴いたエリスとレイチェルの二人が帰ってくると、すでに治療を終えたクレアが脇に抱えられていたのだ。
「たっ、ただいまっ、生還しましたぁ〜」
「その様子なら、元気だったようだな……」
クレアの頭はがっちりとレイチェルの脇に捕まり、ヘッドロックを極められてもがいている。
「元気も元気?もう夜中じゅうずっとアレンビーとゲームやってたんだって。
うるさくて他の患者さんに迷惑だって、私が怒られちゃったわよ!」
「あいぎゃげへえ!!ぎょえ!」
レイチェルが強く締め上げると、クレアはじたばたともがいて痛みをアピールする。
エリスは肩をすくめて、アレンビーに妬いてちゃダメよ、と耳打ちしてやった。そんなんじゃないったら、と苛立った声が返り、クレアの悲鳴が後に続く。
「……まあ、これであとはアキラの心配をするだけだ。すぐにも帰還の準備を……」
マークの顔に、明るい兆しが戻った直後だった。艦内に警報が飛び交い、緊急を告げるマリアの声が響く。
『デビルガンダムの反応です!これまでにない、巨大な……ギアナやランタオ島とは比較にならない巨大な規模のものです!』
「なんだと!? デビルガンダムはドモン・カッシュが完全に破壊したはずだ!」
『いえ、反応は宇宙から……ネオジャパンコロニーそのものが、デビルガンダムに侵食されている模様です!』
そして、地上の全ての通信施設に、宇宙からの宣戦布告が轟いた。
「全世界に告げる! そう、私は世界の覇者ウルベ・イシカワである!!
諸君!今やネオジャパンが全世界の主導権を握っている事は、周知の事実!
そこでまず、我が国の第一の指示としてだが……ここにガンダムファイトの全面撤廃を宣言する!!なぜなら、今後世界の主導権は、永遠にネオジャパンのものとなるから!!もうガンダムファイトなどと言うゲームで、まやかしの覇権争いをする必要などない!」
世界は騒然と反応を始めた。その多くは絶望と恐怖である。
なぜならガンダムファイトにどれほど多くの矛盾があろうと、それをなくせば、その瞬間に再び軍事力による覇権争いの時代に戻ってしまうからだ。たとえそれが偽りの平和にすぎなかったとしても、平和そのものがなくなるのでは何の意味もない。
「さあ、世界は今、私にひざまずくのだ!!」
「断るッ!!」
それに向かって、敢然と立ちはだかる者があった。亡き東方不敗から譲り受けた愛馬、風雲再起の手綱を握り、ビームソードを抜き放つ。その手に輝くキング・オブ・ハートの紋章は、今や全人類の希望の象徴として光を放っていた。
「このゴッドガンダムがいる限り!そうはさせんぞぉッ!!」
「やはり来たか、ドモン・カッシュ!いや、最強のファイター、ガンダム・ザ・ガンダム!! だがその称号も、もはや意味はない!」
「よくも俺を利用したな!許さぁぁぁ───んッ!!」
「ならばどうする?」
「決まっている!デビルガンダムを破壊するまで!!」
ドモンの叫びは強く鋭い。東方不敗もシュバルツもいない今となっては、まぎれもなく彼こそが世界最強の戦士である。しかしウルベは、そのドモンの怒りを前に、なお笑うだけの余裕があった。
「ふっふっふっふっふ…… そんな事ができるのかな……君に?」
今や自身と一体となったデビルガンダムの装甲を裂き、内部をわずかに見せる。そこにはドモンにとって、決して手を出すことのできない人質……そしてデビルガンダム完全復活に最適な生体ユニット、女性の姿が見えていた。
「レイィィィ──────ンッ!!
やはり、レインをデビルガンダムに組み込んだのか!!」
DG細胞に体を覆われ、銀色のコーティングを施された姿のレインを垣間見、ドモンの怒りは完全に爆発した。
「貴様ぁぁぁぁッ……!!父を、母を、兄を、シュバルツを、師匠を奪い!!そして今度はレインをぉぉ……!!
ウルベ……俺は許さない……!!貴様だけは絶対に許さああああ──────んッ!!!」
デビルガンダムは外壁を閉じ、レインの姿を覆い隠す。剣を抜き、風雲再起を駆けさせるドモンに、巨大なガンダムヘッドが次々に襲いかかり、彼をして容易に接近を許さない。何よりもレインを人質に取られている今、ドモンは全ての力を尽くして戦うことができないのだ。果てしなく押し寄せるガンダムヘッドの大群に囲まれ、ついにゴッドガンダムも触手に捕らえられ、締め上げられていく。
「無駄だよ……レイン君を失った君に勝ち目はない。さあ、夢も終わりだぁっ!」
勝ち誇るウルベの哄笑が全世界に轟く。すでにその光景は、世界中のあらゆる地域に、最優先で放映が続けられていた。
最強のガンダムファイターが、ガンダムファイトを制したキング・オブ・ハートが、為す術もなく倒されようとしている……その姿は新たな支配者の威光を見せつけるのに絶好の場面である。
だが、それに黙って膝を屈する者たちばかりではない。なぜならば果てしなく続くガンダムの戦いの歴史の中で、この未来世紀こそは最も熱き闘志と、無限の勇気に溢れた者たちの時代なのだから。
雷鳴のごとく轟く閃光と共に、ドモンを封じていたガンダムヘッドが吹き飛ばされる。爆煙の去ったあとには、拳を交えて戦い続けた魂の戦友たちが、右手に光を宿して集まっていた。
「「シャッフル同盟!全員集合!!」」
彼らの拳から溢れる光が、ドモンに力を取り戻させていく。その後ろには、アレンビーの乗るノーベルガンダムが続いてきた。
「諦めないでドモン!デビルガンダムなんかに、地球を渡さないで!」
シャッフル同盟の左右を固めるように、ノーベルガンダムと逆の方にはマンダラガンダムが、またその後にはマタドールガンダムが、アシュラガンダムが、バイキングガンダム、アラクネガンダム、スカルガンダム……地球上の全てのガンダムたちが大気圏離脱用のロケットで宇宙に放たれていく。さらに宇宙のコロニーからも、ネーデルガンダムの大軍が、マーメイドガンダムのプロトタイプである様々な姿の海洋生物を模したガンダムたちが出撃を開始する。
「全てのガンダムよ、集結せよ! ここに我ら世界ガンダム連合を作り、地球の存亡を賭け、団結し、勝利するものなり!!」
マンダラガンダムの錫杖を構え、キラル・メキレルは檄を飛ばした。彼ももともとは敵ファイターの暗殺をいとわぬ、正道に外れたファイターだった。それがドモンとの潔い戦いを経て、己の過ちを悟った者であった。
ドモンと心を通じていたのは、シャッフル同盟やアレンビー、今は亡きシュバルツや東方不敗だけではない……その場に集まった全てのガンダムファイターたちは、一年間のガンダムファイトを通して、拳をぶつけて語り合い、固く心を通じ合わせる仲間となっていたのである。
宇宙に居並ぶガンダムたちの軍勢を前に、ウルベはなお不敵に笑った。今やコロニーデビルガンダムと化した彼の手足は、この軍勢をもってしても決して揺らぐものではない。その自信が余裕を生み、そして笑いを取り戻させる。
「フッ……だが、所詮は烏合の衆よ。昨日まで敵同士だった貴様らが、突然寄り集まったところで、何ができる!」
確かに、彼らはもともと個人戦闘の達人たちである。軍として統制され、指揮に従って戦うことが得意な者たちではなかった。軍人であるウルベは、その欠点を知悉していた。だが彼の自信を打ち砕く声が、ガンダム連合の後から押し寄せた。
「……だが、俺たちは戦争のプロだッ!!」
大気圏の壁を越え、宇宙戦艦がガンダム連合の中央に布陣するように現れる。
「き、貴様たちは!!」
「「我らは、“ブラック・ジェネレーションズ”!!!」」
ドモンと共に、デビルガンダムと戦い続けた戦士たち…… ブリッジに集まる視線と指先が、一直線にウルベに向けられていた。
「指揮は我々に任せてもらおう!!ガンダムファイター諸君は個々の実力を活かし、連携をもって敵に当たれ!
デビルガンダム軍団は数こそ多いが、それぞれが本能で動いている。大局的な作戦や、チームワークはもっていない!!」
その号令に、ガンダムファイターたちは雄叫びをあげて返した。ネオジャパンコロニー付近に設営していたガチャベースを本営とし、そこを守るようにリーンホースJr.とネオロシアの輸送艦ゴルビーUが並んで布陣する。
「ウルベ少佐!まさか、あなたにこんな形で裏切られるとはな!」
「もともと、貴様らはいてもいなくても同じだったのだ。このガンダムファイトの世の中では!
そしてガンダムファイトがなくなっても、貴様たち軍人の居場所が戻るわけでもない!そう、この世はデビルガンダムの支配する世界になるからだぁッ!!」
「やかましいっ、石川うる兵衛!」
マークとウルベの会話に、さらに怒りの声が割って入る。いち早くモビルスーツデッキから飛び出したクレアは、フライトユニットを装備していないオデュッセウス・ガンダムを飛ばして最前線に躍り出る。
「このガンダムファイトがあるおかげで、どれだけの少年少女が手に汗を握り、頭を抱え、笑いで腹をよじってきたか分からないの!?
あんたのちっぽけな自己満足のために、このイカす世界を変えられてたまるものかっ!!」
「なんか、あんたらしい意見だよね〜?」
隣にいるアレンビーのノーベルガンダムは、外見も大きさも、並べてみれば白銀の騎士と金髪の乙女である。それに続いて真紅の機体、サザビーがすぐ後方に駆けつけてくる。
クレアは嬉しそうに笑いながら、エリスがいてくれたらもっと楽しかったのに、とひとりごちた。
「レイチェル!アレンビー!デビルガンダムに、ジェットストリームアタックをかけるぞっ!!」
「ええ、行くわよ!」
「よぉしっ、やっぱこうでないとっ!!」
熱核ギガブースターのない機体は、二人と同じペースで飛翔していく。レイチェルは自分の名前が先に出たことをちょっと嬉しく感じながら後に続き……そして思った。最後に続いてくるアレンビーは、どうしてジェットストリームアタックという攻撃方法を知っているのだろう?
決戦の火蓋は切って落とされた。
ガンダム連合の勝機はただひとつ、デビルガンダムへの侵入に成功したドモン達が動力炉の破壊に成功し、内部から崩壊させることである。しかし、その動力炉はかつての四天王の集合体、グランドマスターガンダムと名乗る怪物であった。
この強敵を倒す間、デビルガンダムの進撃を食い止めること……それが外で戦うマーク達の任務であるが、啖呵を切ったものの実行は容易ではない。
「ほとんど戦力を使い果たしているときだからな……。カチュア、ミンミ、ガンダム連合と一緒に暴れてこい。
艦の直衛は俺がやる。後はエリスに任せる! ケイ、V2アサルトバスター出すぞ!発進準備急げ!!」
マークはモビルスーツの中から指揮を出すつもりでいた。この戦場は宇宙世紀のように、ミノフスキー粒子が多量に散布されているわけではない。V2とリーンホースJr.で砲撃戦を仕掛けるのが最も有効だと思われた。
「サイコガンダムや、クィン・マンサを持ってきていればな……」
「僕に考えがあります。陣形BNで持たせていてください。シス、ショウ、行きますよ!」
ユリウスは不機嫌を吹き飛ばす顔で言った。やっと未来世紀から帰ることができると思っていた矢先に、この大決戦である。軍備をきっちりと整えてから戦うのが正道だと考える少年には、この不意の襲撃はさらに苛立ちを増す原因となっていた。
「左弦をがら空きにするのか……敵を誘い込んで、どうする?」
「ガチャベースから機体を運んできます。それだけで制圧できますよ、あんなのは!」
知能を持たないデビルガンダム軍団は、策を見抜くこともなく、勝てないと分かり切っている相手にも闇雲に突進してくる。強大な戦力をぶつければ、それだけで勝てるという意見は間違いではなかった。
「よし…… キラル殿!ガンダム部隊を率いて、向かって右側に回り込んでください。こちらのモビルスーツも援護に向かいます」
『なんと!それはまた大胆な戦法……。謀を秘め、敵を迎え入れて一撃に討つか…… 期待しておりますぞ、マーク殿!』
額に手をかざし、敬礼の意志を示す。彼に引きつられるようにしてガンダムたちが陣形を組み、デビルガンダムから放たれ続けるデスバットの胸を薙ぎ倒していく。
『曼荼羅円陣ッ!!極楽往生──────ッ!!!』
色鮮やかなガンダムたちの駆け抜ける光芒が、人々に勇気を取り戻させていく。それを頼もしく見守りながら、マークはモビルスーツデッキへと急いだ。
「シスは僕と一緒にガチャベースに戻ります。ショウ、君はその間、時間を稼いでいてください」
「え……?」
ショウはモビルスーツデッキに残っている機体を見回したが、自分が使えそうなものは見当たらなかった。Hiνガンダムが出撃できるなら、もっと早くそうしている。
「あれを使えばいいですよ?」
ユリウスの指の先には、何よりも早く整備を終えた最強の機体……マスターガンダムが悠然と構えている。
「な、なんでっ? 僕、モビルトレースシステムなんか使ったことないよっ!?」
ショウは慌てるが、ユリウスは口の端を怪しく歪めて返した。
「大丈夫です!あれはもう昨日までのマスターガンダムではありません。この天才の僕が作り上げた驚異の新発明!
たとえ格闘技の経験がなくても、軽く手足を振るだけで、その一挙手一投足が流派東方不敗の必殺技に変換される、修行いらずのお手軽簡単最強操縦デバイス!モビルトレースシステムならぬ……その名も、東方不敗流トレースシステム!!」
ショウの脳裏に、東方不敗の題字が上下左右から押し寄せて合体する。そして燃える大地をバックに高笑いを上げるマスターアジアの顔が浮かび、声さえ聞こえてくる気がしてきた。
「やだっ」
「やだじゃありません。初心者が乗らないとどれだけ強くなったか分からないじゃないですか!せっかく作ったんですよ、昨日徹夜で、物凄く眠い中3時間もかけて!」
「半分寝ながら3時間で作ったの〜!?」
「僕の設計に間違いはありません。あったらなんとかしてください。
じゃあシス、行きますよ!」
言うだけ言って、ユリウスは走っていってしまった。シスはショウを振り向き、一言頑張ってねと言い残すと、ユリウスを追っていってしまう。
ショウの前には漆黒の機体だけが残され、雄々しい姿は彼を誘っているかのように見えた……ショウには行こうというつもりは全くないのであるが。だがその時、先に聞こえた声は幻聴ではないと思い知らされた。
(なにをウジウジ迷っておるかぁッ!! ショウ、お前は弱虫ではないのではなかったかッ!!)
突然、背後から……いや、実際にはどの方向からでもないところから声をかけられ、ショウはビクッと体を跳ねさせた。
「おっ、おじいちゃん!? ど、どこにいるのさ?」
(ワシはお前の目の前におる! さあ……)
マスターガンダムがひとりでにしゃがみ、少年に手を差し伸べる。それはユリウスが半分寝ぼけて作ったシステムではなく、真の持ち主……東方不敗の意志であるかのように見えた。
(来るがよい!!)
「ヘンな服着ないですむのは、嬉しいけど……」
誘惑されるようにマスターガンダムに乗ってしまったショウは、見たこともない操縦方法に戸惑っていた。あまり参考にはならないものの、目の前のモニターで動かし方のレクチャーが流れている……どこで録音したのかは分からないが、東方不敗の生前の声で。
そして、それと前後して、全く同じ声色が届く。ショウの背後で腕組みをする幻影は、様変わりした機内を呆れた顔で眺めていた。
(フン、あの坊主め……なにやら悪戯をしておると思ったら、こんな妙なものを作っておったのか?
今日のところは急場で致し方あるまいが、こんなものに頼っておっては、真の武術家にはなれまいぞ!!)
モビルスーツのパイロットだけで十分だと肩をすくめて、ショウは背後からの声に答える。
「おじいちゃん、ひょっとしてずっとここにいるの?」
(そういうわけにも行くまいが、今はまだ手を貸してやらねばならぬ。事がここまで大きくなってしまったのは、ワシのせいでもあるのじゃからな。よもやデビルガンダムがこのような姿になると分かっておれば、ああまで意固地にならなんだのじゃが……!
ショウ、ドモンがデビルガンダムの中で戦っておる。奴はレインを前にしては、本当の力を出し切れまい……ワシをドモンのところに連れて行ってくれ!せめてもの罪滅ぼしに、奴に活を入れてやらねばな!!)
その声を聞き、勇気を受け取り、ショウは軽く足を上げてみた。モビルスーツデッキのマスターガンダムが同じ動作で歩き出し、カタパルトの上に体を固定する。
「あ、歩くのは、なんとかできたけど……宇宙でどうやって動くんだろ……?」
(ある程度のことは考えるだけでよい。心配はいらぬ、他の者は皆そうやっておる!)
「う、うん……。じゃあ……ショウ、マスターガンダム、出ます……」
(だめじゃだめじゃ!!そんな声では、出る気合いも出まい! 出陣の音頭は決まっておるッ!!)
ショウは気持ちを落ち着かせるように、深く息を吸い込んだ。両手を握り、力を込める。膝を曲げて態勢を整える……その全てが機体の動作に伝わり、勇気がバーニアに火を灯す。
「「ガンダムファイトぉっ!! レディ……ゴ─────ッ!!!」」
宇宙に向けて飛び出す二人の声は、デビルガンダムに向けて一直線に駆け抜けていった。
全身に備えられた強大な兵器が火を噴き、デビルガンダムの装甲を焼いていく。V2アサルトバスターの火力を全力で放ち、戦艦がレーダー観測で主砲を叩き込む……宇宙世紀ではほとんど見ることのできない破壊力の連打を続けながら、マークは戦況の推移にも気を配っていた。
『マスターガンダム、出撃します』
「シスだな、パイロットは……」
『いえ、ショウ君が乗っています』
「なんだと?」
マリアの報告に、マークは愕然とした。訓練さえ行っていないのに、あんな特殊な操縦システムを使うのは無理がある。
心配したとおり、勢いよく飛び出してみたのはいいものの、姿勢の制御をするのが精一杯だ。これが平時の飛行訓練なら、初めてにしては良くやっている方と言えるのだが…… それでも、戦場に散らばる残骸を避けて飛ぶことと、敵からの攻撃を回避することは同じ事ではない。
すぐに退却を指示するべきだとは思った。だが、マスターガンダムの装甲はデスバットの攻撃の一発や二発では落ちるものではない。ショウが自分から出撃したのなら、口で退却を命じるよりも、攻撃を受けたときの痛みと恐怖に負けてくれる方が早いと考えた。
そして……もしもある程度戦力となり得るのなら、あの機体を使わない手はない。
「ガンダムファイター諸君!! マスターガンダムに乗っているのは東方不敗ではない、戦闘に慣れるまで援護を頼む!」
我ながら無茶をしていると思いつつも、マークは砲撃の手を緩めずにメガビームライフルを撃ち続けた。デビルガンダムは次第に苦しみ、力を弱めつつある。
「わわわぁぁっ!? だ、だめっ、やっぱり無理だよぉー!?」
閃光が目の前に迫り、両手を顔の前で交差させて衝撃を受ける。その手に受ける痛みと痺れが、恐怖感をさらに大きなものにしてしまう。そんなものは撃ち返せば止められるものだし、そもそも攻撃される前に倒してしまえば……そう東方不敗は歯がみしたが、ショウは武術家でもガンダムファイターでもないということは、彼の計算には入っていないことであった。
(ええい、仕方がない!風雲再起ッ、来ぉぉぉぉぉ─────いッ!!)
白馬の姿をしたサポートマシン……ドモンのゴッドガンダムを宇宙に運んでから、デビルガンダム内部への侵入には同伴せずにいた機体が駆け込み、マスターガンダムの姿勢を支えていく。
(ショウ、動きは風雲再起がやってくれる!お前は敵の動きを見逃すでない!)
息を整え、つばを飲み込む。バクバクと音を立てる胸の鼓動が少しずつ収まっていくと、自分に向かってくる敵の数はそう多くはないと気付いた。付近に迫ってきたデスバットたちは、ガンダムファイターたちが斬り落とし、ショウが立ち直るのを助けてくれていたのである。
「おお、やっと気持ちを切り替えたようだな!」
「君はニュータイプなんだろう!力を出せば、もっと強いはずだ!」
ガンダムファイターたちの声は強く温かい。彼らが周りにいるだけで、ショウは安堵の息を漏らすことができた。
「あ……ありがとう……!でも、どうしてみんな……」
「お前はドモンやマスターアジアと、俺たちの心を繋いでくれた……!」
「そして戦争のあった世界の悲劇を、垣間見せてくれた……!」
「今度は、俺たちが見せてやる番だぜ。俺たちガンダムファイターの心意気ってものをな!!」
周囲の敵を蹴散らし、ガンダムファイターたちはさらなる敵を求めて飛び立っていく。その守りがなくなった後には、ティンクル・ビットの光が周囲に集まり、ミンミが乗ったマックスターが脇を固める。
「ショウ、私たちが守ってあげるよ★ 一緒に戦おうよ!」
「守るより、攻める方が簡単なのであります!ショウさんなら、きっとできるでありますよ!」
カチュアとミンミの明るい声がコックピットに届く。それを見ていた東方不敗は安心したように頷き、ショウの肩に手を置いた。
(お前の周りには多くの友がおるのじゃ。無意味に怖がる必要などどこにもない……。
さあ、拳に力を込めい!!敵はまだまだいくらでもおるぞ!)
正面から三機、デスバットの編隊が飛来する。カチュアとミンミの攻撃で左右が落とされ、残りが正面から飛び込んでくる。
「き、来たっっ……!」
(恐れることはないッ!ショウ……明鏡止水だッ!!)
新たな声を聞き、右手を振り上げる。そこに宿されていた光は、モビルスーツに乗っていたときから奇跡を起こしてきた、魂の輝きの閃光である。
「や……やってやる!このくらい、僕だって……!」
右手を掲げ、力を解き放つ。漆黒の光が宇宙を駆け抜け、襲い来る敵に激突する。光が吸い込まれるようにデスバットの内部に食い込み、内部からひときわ大きな閃光があがる。それに続く爆音と衝撃……敵の一体を撃破するまでの過程がスローモーションのように長く感じられた。その感触を手に残し、ショウは荒い呼吸を整え、左手で風雲再起の手綱を握り直した。
モビルスーツに乗っている時と同じように戦場の空気を感じとると、まだ少しぎこちない動作で風雲再起を走らせ始めた。
戦力を集中した右側面は優位に戦いを進めている。陣立てを重厚にすることで被害も抑えられ、余裕のあるファイターが損傷した味方を助ける効果も生まれていた。中央は戦艦の砲撃と、V2アサルトバスターの圧倒的な火力で持ちこたえている。
だが、その代償として、がら空きの左側面はデスバットの進撃をそのまま許してしまっていた。
「追い散らすだけで構いません、発射して下さい!」
エリスの声とともに対空砲が火を噴き、ガーダーからもクルージングビットが絶え間なく飛び交っている。だが、次第に艦に取り付く敵機は数を増していた。そうしている中、ガチャベースに向かったユリウスから出撃準備ができたと通信が届いた。
「エリス大尉!戦況はどうなっています!?」
「大丈夫です、被害はほとんど受けていません。
でも、モビルアーマー二機だけで左側面を制圧できますか?」
「一機だけで制圧しますよ。そのためにこれを持ち出したんですから……左側面に、味方機は一機もいないですね?」
エリスはもう一度戦場を確認し、作戦通りに動いている事を告げる。ユリウスは満足げに、シスの乗ったモビルアーマーを飛び立たせた。その機影を見たエリスは驚愕をマークに伝え、マークは全軍に警告を出す。
「ガンダムファイター全機!左側面、自動誘導兵器による無差別攻撃を開始する!!絶対に接近するな、敵味方の区別なく、近づく者は全て攻撃されるぞ!」
その報には、さすがのガンダムファイターたちも一瞬顔色を失った。戦争の時代というものは、こんな兵器を生むのである。
シスの乗るモビルアーマーは、単独のパイロットが操る宇宙要塞と言ってもよかった。堅牢な装甲とIフィールドの防護はデスバットの攻撃を簡単に弾き返し、大型のファンネルが死角のない攻撃を加えていく。中央の砲門からメガ粒子砲の光が走り、デビルガンダム本体にまで直撃をかけていく。だが、このモビルアーマーの真の恐怖は、その戦闘力ではないのだ。
機体の後部のハッチから、小さな機械が数限りなく放たれていく。そのひとつひとつが、感情の介在しない正確な動きでデスバットを捉え、旋盤状の刃で引き裂き、破壊していく。全ての生物を無作為に捕捉し、抹殺する兵器……バグと呼ばれるものの実戦投入は、これまで三度にわたる宇宙世紀の旅路の中でさえ、一度も実行されたことはなかった。
デビルガンダムから湧き出る歪んだ命を食らい、狩り続ける殺戮兵器……それはまさに、未来世紀の狂気と宇宙世紀の狂気が織りなす地獄絵図である。それを現出させるためだけに設計された兵器は、邪悪という名さえ冠しているのだ。
「敵を倒して……任務を果たして…… それを繰り返す……」
災禍の中心にいるシスに感情の波はない。敵も味方も心を持たず、ただ機械的に生産と破壊だけが続けられていく。エビル・ドーガとデビルガンダムは、対極の存在に反発しながらも、同時に近親憎悪のごとくに、それぞれの子機を生み出していった。
「なんか、凄いもの持ってるのね!」
ノーベルガンダムの手から伸びたリボンが、ガンダムヘッドの首を捕らえて締め付ける。そこにとどめを刺すのは、赤いファンネルから撃ち出された閃光である。
「最終兵器だと思って……あんなのばっかり使ってるわけじゃないから」
アレンビーとレイチェルが打ち解けるのを見て、クレアは気分よくガンダムヘッドを斬り落としていく。
これが終わったらエリスも入れてみんなでゲームをやろう。そのためには世界を救わなければ。
「さぁ、行くよっ!」
ビームサーベルを大きく振り回し、鞭のようにしなった光がガンダムヘッドに襲いかかる。それを鏡写しにしたように、全く同じ動きでビームリボンが叩きつけられる。背中合わせに機体を舞わせて、クレアとアレンビーは同じリズムで武器を突き出した。
「ダぁブルぅっっ!!」
「つばめ返しぃぃぃ─────っ!!」
一直線に伸びた二条の光がガンダムヘッドを貫き、そこから上下に引き裂いていく。爆発の光を眺めながら、二人は拳を合わせて微笑みを交わせた。
シスのエビル・ドーガが単独で戦場の一方を制圧する中、ユリウスも逆方向への援護に急いでいた。マスターガンダムを中心にして、かなりの戦力が陣形を築いて戦っているのが見える。有利な戦況を確認すると、ユリウスはニッと唇を曲げた。
「待たせましたね!ショウ、頑張ってますか?」
「なんとかなってるけど…… わぁっ!?」
ショウがのけぞる動きが機体にそのまま反映される。マスターガンダムを押しつけられたときや、バグの実戦投入にも驚かされたが、さすがに今度もただごとではなかった。ユリウスが持ち込んできたモビルアーマーは、純粋や戦闘力だけならエビル・ドーガさえも上回る……そんな機体はひとつしか存在しない……四角い死神、サイコロガンダムだったからだ。
「そんなのまで持ってきたのぉ!?」
「これのパワーならデビルガンダムを直接叩くことができますからね。ショウ、カチュアちゃん、ミンミ、着いてきてください!
未来世紀の奇人変人どもに、宇宙世紀の真の力を見せてあげます!!」
「違う、それ宇宙世紀じゃない〜!」
悲鳴のような声をかきけすように、拡散メガ粒子砲の轟音が宇宙を駆け抜ける。ネオジャパンコロニーもろともデビルガンダムが大きく揺らぎ、共に戦っていたガンダムファイターたちでさえ、その威力には目を見張った。ユリウスは上機嫌でガンダムヘッドを蹴散らしデビルガンダムに肉薄していく。
「今からデビルガンダムの外壁を突き破ります!風雲再起の速力なら、デビルガンダムの壁が再生するより前に、内部に侵入できるはずです。ドモン・カッシュたちを援護してください!」
機体をネオジャパンコロニーに降下させ、発射口を固定する。群がるガンダムヘッドを背面のミサイルで吹き飛ばすと、デビルガンダムに密着した距離で拡散メガ粒子砲の全出力を解放させた。
「真の天才がどういうものか、教えてあげるよ!!」
地震のような震動がコロニーを襲い、厚く堅い外壁が飴のように溶け、消えていく。その一瞬を狙ってマスターガンダムが奥に消えていく。その背中が見えなくなるまで侵入すると、傷ついた皮膚が完治するように、外壁は急速に復活していった。
「さて……ここまでは、僕の計算通りですけどね。頑張ってくださいよ、ショウ……」
内部に侵入したショウは愕然とした。デビルガンダムの動力炉である巨大な機体は傷ひとつついてはいない。逆にドモン達の攻撃は全く通用せず、ある者は壁に叩きつけられ、ある者は地に伏している。その巨体と威圧感は、今別れてきたばかりのサイコロガンダムにも匹敵するものだった。
グランドガンダムの要塞のような巨体にヘブンズソードの翼を備え、触手のような尾の先にはウォルターガンダムが連結されている。そして頭部のあるべき場所に、マスターガンダムの上半身が傲然と構えていた。今まで倒してきた四天王の全ての力を合わせた怪物が、デビルガンダムの動力炉にして最強の番人、その名もグランドマスターガンダムである。
「ふははははははっ!!これでわかったろう!デビルガンダムこそ、進化の行き着く究極の生命体なのだ!!
貴様らごときウジ虫が何匹集まったところで、敵ではないとなぁぁっ!!」
傲然と勝ち誇るウルベの肉体は、DG細胞の侵食が完全に回りきって、怪物のような姿に変貌している。打ち倒したガンダムたちを踏みにじり、ウルベは圧倒的な力に酔いしれ哄笑した。
「聞け、愚かな虫ケラどもよ!! 偉大なるDG細胞は、我らに無限の力を与えてくれる!!
見よ!おかげで私は、世界の覇者となったぁ!」
「ドモンさん!ドモンさん、起きてっ!」
ショウはドモンを押さえ込んでいる衝撃波に割り込み、身を挺して彼を救い出した。代わりに背に受けた闘気の奔流が機体を打ちのめし、そのダメージが実際の衝撃となってショウの体を包み込む。
「うぁぁぁぁっ!!」
ショウは悲鳴を上げて、ゴッドガンダムの腕に倒れ込んだ。モビルトレースシステムによって受ける体の痛みは、今日が初めての体験である。体を鍛えているわけでもない少年は一度の衝撃でくずおれ、意識を保つだけでも精一杯であった。
「マスターガンダム……!? その声は、ショウ……なのか……!」
ドモンはふらつく足で立ち上がり、かつて師匠が動かしていた機体を抱きしめた。本当の乗り手が操っていたときの覇気も力強さも感じられないことを悟り、全身から流れる汗の冷たさが体を覆っていく。
「東方不敗が生きていたかと思ったが……残念だったな!! そんな子供が来たところで何ができるかッ!!」
マスターガンダムを模した両手に、暗黒の闘気が集まっていく。巨大な球体と化した闘気を抱え上げ、ウルベは高笑いをあげながら眼下の二人に振り下ろした。
「弱肉強食こそ、全てを支配する究極の真理なのだァァァ──────!!!」
眼前に死が迫る圧倒的な光景を前に、傷ついた機体がなおも体を起こす。右手に宿した光を必死に掲げ、その何倍もの巨大な力に抗い、押しとどめていく。
「負けるもんか!ただ泣いてたころの僕じゃないんだ!!」
ドモンは絶句しながらそれを見ていた。このまま押し合っていても勝ち目などあるはずがない。だが、勝てなければ人類全てが死に直面するのだ。しかし、今感じ取れるのは、ただ背筋が凍り付く感覚でしかない。グランドマスターガンダムには、石破天驚拳でさえも通用しなかったのだ。
「俺は……こんな子供にまで助けられて……! でも……俺にはもう、打つ手がないッ……!!」
(馬鹿者ぉっ!ドモン、それが貴様の実力か?それでよく流派東方不敗を背負っていくなどと言ったもんよ……)
腕の中のガンダムから聞こえる声に、ドモンは思わず姿勢を正した。
「師匠ッ!?」
その脇からは、二人の兄も言葉をかける。彼らの意志は、まだ死んではいなかった。
(どうした……レインを助け戻すと言ったのは、お前じゃなかったのか?)
(さあ、立ち上がれ、ドモン。あれを止められるのは、お前しかいないんだ)
「そうだ……俺はもう失いたくない!かけがえのない人々を!みんなと生きてきた、この世界を!!
師匠が教えてくれた!母なる大地、あの青い地球こそ、最高の命なのだとぉッ!!」
キョウジとシュバルツの声を聞き、ドモンはショウの乗る機体を下ろすと、再び全身に力を込めて立ち上がった。黄金の光でゴッドガンダムを包み込むと、その力を右手に結集させていく。
「なっ……なんだぁぁぁッ!!?」
狼狽するウルベの前で、五人の声が一つに重なる。金色の光が並び立ち、シャッフルの紋章が勇気の輝きを取り戻す。
チボデー、ジョルジュ、アルゴ、サイ・サイシー……ドモンを助け、守ってきた四人の友たちも、今や完全に力を復活させていた。
「「この魂の炎!!極限まで高めれば!! 倒せない者などぉぉぉぉぉ…………ないッ!!!!」」
ドモンが力を溜める石破天驚拳の光球に、四人のさらなる力が流れ込み、巨大なエネルギー体を形成していく。
ウルベはたじろぎ、怯えの表情を見せた。下半身はグランドガンダムに接合され、それが逃げられるような広さはない。グランドマスターガンダムが力を見せつけられるのは、あくまで自分より弱い相手にしかできないことだったのだ。
だが、ドモン達はそれを打ち破る勇気と力を備えていた。ガンダムファイトを通して分かち合った闘志と友情がもたらす勇気、そして戦いの秩序を受け継ぎ守る、シャッフル同盟の紋章の力を。
「「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅぅっ!!!勝利を掴めと轟き叫ぶぅぅぅぅ!!!
ばぁぁぁぁく熱ッ!!! シャッフル!!!どぉぉぉぉめぇぇぇぇけええええ──────────んっ!!!!!」」
これまで見たいかなる技をも超えた最強最大の力が……一人では為し得ぬ友情の力が解き放たれ、一直線にウルベを捉え、爆音と共に消し去っていく。シャッフル同盟の全力を込めた一撃は、巨体を割り、翼を砕き、グランドマスターガンダムを完全に粉砕していった。
外部で戦い、ドモン達の勝利を心待ちにしていた者たちは、この映像に歓喜の声が沸き返っていた。
だが、それは一瞬のことだった。宇宙空間に激震が走り、勝利に喜ぶ者たちを再び恐怖の底に突き落とす。日本列島の姿を模したネオジャパンコロニーから立ち上がり、巨大な翼を広げ、デビルガンダムは地球自体をも飲み込む勢いで成長を続けていた。
「どういうことだッ! 動力炉を破壊しても、まだデビルガンダムを倒せないのか!」
マーク・ギルダーの背にも冷たいものが流れた。
外部の戦力は消耗の度を強くしていた。V2アサルトバスターはメガビームライフルを使い切り、シスが放ったバグのエネルギーも尽きかけている。兵員を回していない以上、バグが停止すればその方面から一斉になだれ込まれてしまうだろう。
『こうなれば残された手段はただ一つ。生体ユニットである、レインを止めるしかない……』
デビルガンダムの生みの親である、カッシュ博士の言葉が唯一の頼りであった。
「だが……そこまで持ちこたえられるか……!」
今はまだ優勢に戦っているものの、いつか全ての戦線が同時に崩壊する。その時を遅らせるのが精一杯だ。核攻撃や、カイラスギリーが必要だったか。
マークがそう考えた刹那、デビルガンダムから巨大な触手が放たれた。それはガンダムヘッドといえる大きさではない……大気圏を貫き、地球まで到達したデビルガンダムの根は、大地そのものから気を吸い上げ、己の力に変えていく。
そこにはドモンの父親カッシュ博士が創り出し、東方不敗が夢を託した、地球再生のためのアルティメット・ガンダムの姿は全く存在しない。己の生存のために他者を食らい飲み込む、魔物としか表現のしようのない生命体であった。
「エリス、ファイナルギガンティックだ!!もう温存している余裕はないッ!!」
反射的に叫んだ指令がリーンホースJr.を動かし、そこから本陣を守るガーダーへの攻撃命令が下される。
グランドマスターガンダムに匹敵する巨大な防衛砲台がゆっくりと砲門を開く。速射性を犠牲にしたために、モビルスーツ相手にはほとんど命中弾が期待できない……それと引き替えにモビルスーツ相手には不要とさえ言える超絶的な破壊力を備えた、対要塞兵器ファイナルギガンティック砲が合計四条の光を吐き出していく。
エネルギーの束が触手を溶かし、一瞬のうちに消滅させる。だが、安堵の後に見たものは、次々に繰り出されていく新たな触手の群れであった。
「いかん……!これでは、いつか押し切られるぞ……!」
光の翼で触手を斬り払いながら、マークは絶望的な徒労感に襲われ始めていた。
絶望感に膝を折るのは、マーク一人ではなかった。
最深部にまで進んだドモンもまた、がっくりと肩を落として、驚愕の現実に震えるしかできなかった。
「そんな……!ここまで来て、最後の敵が……レイン、お前だなんて……!
勝てるわけなんてないよ……勝てるわけなんてない……!」
レインが捕らわれている中枢部もまた、ガンダムの姿形と、戦闘力を備えていた。それはレイン自身が生み出した、ドモンに対する心の殻だったのである。
「ドモンさん、なにやってるのっ……!早くレインさんを助けないと!?」
風雲再起の背に乗り、ショウもそこにやってきていた。だが、デビルガンダムの肩から生える巨大な掌から放たれる閃光の嵐、デビルフィンガーから逃げ続けるだけで、それ以上のことができるわけではなかった。
レインに話しかけ、説得するのはドモンにしかできない……世界を救うことができるのは、ドモンだけだと分かっていたからだ。
「だめだ……攻撃すればするほど、レインは心を閉ざしてしまう。だが、俺は……俺は、拳で語ることしかできないんだ……!!
俺は、俺は一体……どうしたら……!!」
これまでの一年間の全てが裏目に出てしまっていた。シャッフル同盟の仲間たちも、シュバルツも東方不敗も、全ては拳を通じて分かり合うことができたのだ。だからこそ、ドモンは、己の思いは拳に込めて語り合うものだと信じていた。
「ショウ……だめだッ……!!どうしてもレインを倒さなければならないのなら、お前が……お前が代わりに世界を救ってくれ……!!
俺には、俺にはできないッ!!レインをこの手で殺すことも……レインに思いを伝えることもできやしない。俺はガンダムファイターなんだ……ニュータイプのように、誰とでも心を通じ合わせることなんて……!!」
「それは、違うよ……ドモンさん……」
ショウは今までに出会ってきた人々の顔を思い返し、そして答えた。エルピー・プルやララァ・スンは、ショウに思いを残してきてくれた。だがその陰では、パプティマス・シロッコが、カテジナ・ルースが、決して相容れない波動を放ち、怯えさせてきた。
「僕たちニュータイプだって…… お互いが本当に好き合っていればいいけど、もし、嫌い合っている人同士が出会ったら……取り返しがつかないくらいに、戦いを止められなくなっちゃうんだよ……。
好きなのを、大好きにできるけど……嫌いなのは、大嫌いになっちゃう……。だから、僕たちニュータイプの世界は、いつまでたっても戦争をやめて、ガンダムファイトを始めることはできなかったんだよ……」
「そうか……ニュータイプにも、そんな欠点が……」
呆然と顔を上げたドモンの前には、東方不敗がたたずんでいた。彼もまた思いを伝えるために戦い、命を散らせてきた悲劇の人だ。
(ドモンよ、分かるか……。ワシらが、ああまで戦い尽くさねば分かり合うことができなんだのも、ショウたちの見てきた英雄たちが、戦争でしか己を表現できなかったのも……ガンダムファイターやニュータイプといった、人を超えた力に頼りすぎたからだ)
「師匠……」
(ワシらがファイターの力にこだわらず、言葉で思いのたけを伝えていれば、ここまで戦いを続ける必要もなかったのじゃ……。
ドモンよ、ワシとお前の間の過ちを、もう繰り返すでない)
「分かりました、師匠……!お導き感謝します……!!」
ドモンは再び立ち上がった。砲撃の前に身を晒し、両手を広げてデビルガンダムに向かい合う。
そして静かに……彼を知る者ならば誰もが信じられないほどに、静かな口調で語りかけていった。
「レイン……聞こえるか、レイン。返事はしなくてもいい。ただ、聞いていてくれればいい……」
デビルガンダムの歩みが止まった。
攻撃を続けていたデビルフィンガーの光が消え、外部で戦い続けていた者たちも異変を悟った。
「なあ……俺たちはこの一年間、一体何をしてきたんだ?俺たちのこの一年間は、いったいなんだったんだ?
……まだ何も答えなんか出てないじゃないか!
確かに、俺はガンダムファイトに勝った。でも、それは全て、お前が一緒に居てくれたおかげなんだ!
そうだよ……お前と、俺とで闘ってきた勝利なんだ。だから、これからも一緒でなくちゃ、意味がなくなるんだ!」
戦闘空間が静寂に包まれた。
地球の運命をかけて戦っていたファイターたちも、その中継に見入っていた人々も……誰もが無言でドモンの言葉に耳を傾けていた。
「俺は闘う事しかできない、不器用な男だ。だから、こんな風にしか言えない……。
俺は、おまえが……! おまえが……!!
おまえが、好きだあああああ─────ッ!!!!!
お前が欲しいッ!!!!! レイイイイイィィィィィィ───────ンッ!!!!!」
その告白は、宇宙を駆け抜け、地球に轟き、そしてデビルガンダムの殻に自身を閉じこめていたレインの心にも届いていった。
ある者は感嘆の息を漏らし、ある者は瞳を輝かせて祝福し、そして銀色の殻を捨てたレインがドモンの手の中に抱きとめられる。
「ドモォォォォォ─────ンッ!!!」
「レイィィィィィ─────ンッ!!!」
恋人たちは互いの名を呼び、固く体を抱きしめあった。全宇宙に愛の姿を焼き付け、二人は全てのわだかまりを捨てた、本当の心を語り続けた。
「ドモン!ごめんなさい……でも、私もう離れない!!」
「離しはしない……!!ずうっと、ずうっと一緒だ!!」
友も、仲間たちも、見知らぬ人々も、ドモンを支え続けた英霊さえも……惜しみない祝福を捧げ、二人の前途に幸あれと願った。
もはや二人の未来を妨げるものは、この世になにひとつない。それが一年間苦しみ、戦い、かけがえのない人たちを失っていったドモンが手にした、最も大きな果実であった。
「さあ、最後の仕上げだ!! 同じ師匠の悲しみを知る、お前とならば……!」
「デビルガンダムも、絶対やっつけられるよっ!!」
搭乗者を失ったデビルガンダムは、もはや無目的にたたずむ機械に過ぎない。呪わしい戦いを続けてきた宿敵に、ドモンとショウは右手を重ね、光を宿して掲げていった。
「僕らのこの手が真っ赤に燃える!!!」
「悪を倒せと轟き叫ぶぅ───っ!!!
いくぞ─────ッ!! ばぁぁぁぁぁく熱ッ!!!」
先陣を切って飛び出すドモンの手には、レインとの愛の力が込められていた。その大いなる輝きは、未来永劫に渡ってガンダム史上最大の愛の証として語り継がれていくことだろう。
「ダークネスッ……!!!」
ドモンを追い、速度を同じくする風雲再起は、その背に乗る少年の心に息づくかつての主人の力を感じ取っていた。心を伝えるファイターの力が、心を受け取るニュータイプの中に宿り、永遠に生き続けていく。
「ゴッドォォッ……!!!」
そして二人の拳が重なり……シャッフル同盟の仲間たちも、外部で見守っているアレンビーたちも、異邦人たる“ブラック・ジェネレーションズ”の心さえもひとつに集め、世界を照らす魂の輝きの拳を掲げていった。
「「フィィィンガアアアアアァァァァァ────────────ッッ!!!!!」」
ゴッドガンダムが頭部を砕き、マスターガンダムが胴の中央を射抜き……全身を巨大な閃光に包み、押し潰し、溶かし、消滅させる。
中枢から内部へ……そして巨大な悪魔の姿のガンダムを完全に満たした光の力は、地球圏最大の危機をもたらしたデビルガンダムを、今度こそ完全に討ち滅ぼしたのだった。
デビルガンダム内部から脱出を果たした戦士たちは、歓喜と祝福の輪に包まれた。長く苦しい戦いは、今終わりを告げたのである。
しかし、何より忘れてはならないのは、この勝利の原動力となったのが軍団でも兵器の戦闘力でもなく、二人の男女の愛によるものだったということだろう。世界中の人たちがドモンとレインの門出を祝っている。それこそが、この戦いが、本当の意味で勝利を迎えたということの証なのだ。
「ショウー!かっこよかったよぉ★」
「ひっ、ひょっとして、全部見てたのぉ!?」
ザンスパインに抱きつかれてうろたえるマスターガンダムの姿は、東方不敗の勇姿を知る者たちの爆笑を呼んだ。
「いい感じでしたよ、ショウ。次からずっとそれで行きませんか?」
「自分よりずっと上手なのであります!才能ありますよ、きっと!」
「やだっ、絶対やだぁ───!!」
ユリウスやミンミの軽口を全力で否定し、ショウは風雲再起をドモンに譲った。一人だけ馬に乗っていると、まるで主役のように注目されてしまう。
「はははははっ!!ショウ、次のガンダムファイトには、おまえも出てみないか?」
風雲再起を駆けさせるドモンは、仲間たちの輪の中に入り、まさしく宇宙の心を一つにまとめた勇者の風格を備えていた。
(それもよかろう!ワシの借り物のガンダムではなく、おまえの本当のガンダム……あの不死鳥の姿でな!!)
東方不敗はその瞬間を夢見て微笑み、ショウの右手の甲に姿を消した。
「お、おじいちゃん?」
呼びかけに応じたのは拳の熱気と、浮かび上がる紋章の光である。ショウは一瞬目まいを感じ、必死になって右手をぶんぶん振り回す。もちろん、それで出て行くような人物ではない。
ドモンはそれを眺めて笑いながら、腕に抱くレインに呼びかけた。
「さあ、レイン……帰ろう! 兄さんと、シュバルツと、師匠たちの愛した地球へ!!」
チボデーが、ジョルジュが、アルゴが、サイ・サイシーが、ドモンに手を振り故国へ帰っていく。アレンビーはクレアに抱きついて、再会と友情を誓い合っていた。
ドモンは青い星へと愛馬を駆けさせ、そして世界中の仲間たちと、心を繋げてくれた言葉を万感の思いを込めて繰り返した。
「「ガンダムファイトォォォッ!! レディィィィィ!! ゴ───────────ッ!!!!!」」
ここに、黒歴史の中で最も熱く、雄々しく、愛と勇気に満ち溢れた勇者たちの時代……
未来世紀の旅は、ひとまずその幕を下ろしたのである。
進む
戻る
Gジェネトップに戻る