第四十八話 悪夢から来たエリス
〜ガラスの王国〜



 最強の矛と盾が激突した。語弊はどうあれ、ヴァイエイトとメリクリウスはそれを目指して作られた機体である。
 続いて、ウィングガンダムのバスターライフルが轟音を放った。未来世紀におけるシャイニングフィンガーのように、アフター・コロニーの時代を代表する強力な火器である。モビルスーツが携行可能なサイズで同等の威力を持つ武器は、宇宙世紀にさえ数えるほどしか存在しない。
 最後に火を噴いたのは、トールギスの持つドーバーガンである。実体弾を放つ砲でありながらバスターライフルに引けを取らぬ破壊力を持つ優秀な武装だ。
 三方向からの一斉射撃を浴びたメリクリウスは閃光に包まれ、消滅する……多くの者は、そう予想していた。そのために無人機を使っていたほどだ。しかし予想に反して……あるいは期待以上の成果を示して……メリクリウスの持つ最強の盾、プラネイト・ディフェンサーは三度の射撃を完全に防いで見せた。
「これ以上の耐久性能テストの必要はないな」
 マークは感嘆の視線を向ける一同の意見を集約した。それに続いて、ユリウスが目を輝かせて機体を見守る。
「これは凄い防御性能ですよ。個々の兵装の強さは宇宙世紀を超えているんじゃないでしょうか」
 モビルドールにはサイコミュ兵器が有効だと判明した。しかし、彼らは勝利と同時に新しい機体の開発も併行して行う必要がある。パイロットが乗る形の機体で、この無敵の防御性能を持つメリクリウスはうってつけの戦力だった。
「これが量産化できたら凄い戦力になりますね。敵がそうしているというのが辛いところです」
 宇宙では性能を発揮できないサンドロックとヘビーアームズは、こうした簡単なテストも行うことができない。地上での戦いで性能を見るしかなかったが、この防御力を相手にするにはガンダムヘビーアームズでは相性が悪すぎる。
「レイチェルには、まだサザビーで守ってもらうしかないな。メリクリウスをユリウスが使うなら、ミンミはサンドロックか……。
 クレア、トールギスの調子はどうだ?」
 殺人的な加速力のためにパイロットを選ぶ機体。そうなれば乗り手は一人しかいない。メリクリウスの耐久試験に、テスト飛行を兼ねてトールギスに乗っていたクレアは、コックピットの中で腕組みをしていた。
『この加速なら、ビームサーベルだけでなんとかできると思うよ。けど……ちょっと試してみたいのがあるんだ。いいかな?』
「ペーネロペーでか?」
『ううん、必殺技が効くかどうか試してみたいの』
 クレアの言わんとすることは、マークにはすぐに分かった。サイコミュに続いて必殺技にも対応できないとすれば、モビルドールは異世界からの攻撃…… 人の魂を直接叩きつける技に対しては無防備になるという推論が、より確固としたものになる。
「ペーネロペーを外すとなると、サイコミュを使える機体が少なくなるな……」
「本部からはデビルガンダムができたという報告が来ていますけど……個人的には、あれを持ち込みたいんですけどね。誰がパイロットをするかは別にして」
 もちろん、その問題があるために、ユリウスの言葉は冗談である。しかし、地球を眼下にした彼らの心に、割り切れない部分があるのは確かであった。
 資源衛星MO−Vでの戦いに身を投じている第一部隊から届いた指令は、これまでに入手した機体の実戦テストの地を指定していた。
 サンクキングダムを防衛せよ。
 その一語は、“ブラック・ジェネレーションズ”の一部の者には、単なる任務地とは別の響きを持っていたのである。

 地球圏の戦局は混迷の度を強めていった。それは戦士たちの働きによるものではなく、政争の激化が原因である。
 宇宙にまで勢力を伸ばしたロームフェラ財団は世界を手中に収めるかと思われた。だが、モビルドール推進に強く反対した、OZ総帥トレーズ・クシュリナーダが解任されるという異例の事態を迎えると、混乱はロームフェラ財団の内部から膨れあがった。トレーズ失脚とモビルドールの量産に反対する一部の兵士が、トレーズの例に倣って財団に公然と反旗を翻すという行動に出たのである。
 その抵抗は、各地で無惨な屍を晒す兵士の数を増やすだけだった。敗北の最大の原因は、彼らはトレーズの指示によって動いたのではなく、各地に配備された戦力がそれぞれの意志で立ち上がり、連携も補給もなく戦いを始めたからである。トレーズ派には、トレーズの志の元で戦うという矜恃はあっても、具体的な作戦目標や勝算があっての行動ではなかった。
 それに対して、今やトレーズに代わってOZの全権を掌握したかに見えたツバロフ技師長が取った方策は、宇宙から直接モビルドールを送り込むオペレーション・ノヴァであった。異常なまでの防御能力を持つ新型機ビルゴの前に、いまだリーオーやエアリーズが主力のトレーズ派の兵士たちは為す術がなかった。
 この戦いは、ただトレーズ派の敗北という結果を生むのみに留まらなかった。
 兵士たちは前線で戦うものであり、戦線から遠く離れた後方はある程度は安全な地域となる……地上戦におけるその前提は、宇宙から直接降下するモビルドールたちに打ち破られた。敗残兵が逃げ込んだ地域には、明日にも天から破壊兵器が降臨するかもしれない。安全な地はどこにもなく、地球圏の全てが最前線となったのである。
 地球圏統一連合からトレーズの率いるOZ、そして新生OZへの権力奪取の戦争は、当初は軍人たちだけの限定された戦争のはずだった。少なくともトレーズは奇襲によって早期に政権を確立し、以後は人心を安定させる方針を見せていた。だが、結果としてどの勢力も完全に人心を得ることのないまま、戦火は民衆にまで及んでしまった。
 戦争とはお偉方が勝手に始めるものであり、市民には関係のない事情で続いている。突然どこかから傷ついた兵士たちが街に現れては援助と称して物資を徴収し、数日後には意志のない人形たちが住み慣れた街を瓦礫に変えていく。兵士たちさえいなければ戦争の惨禍に見舞われることはなく、兵士という存在そのものが理由もない破壊と死を招く存在だ……
 そんな厭戦機運が世界中に広まり、一つの形を見せつつあった。
 一度は滅亡した完全平和主義を掲げる国家、サンクキングダムの復活である。

「完全平和主義発祥の地、サンクキングダム…… まさか、この手で守りに行くことになるとはな……。
 こんな話を聞いたらエターナはどう思うだろうかな……」
「贖罪なのかもしれないわね……私が犯したことの……」
 エリスは悲しげに大地を見下ろした。この地に来てからは口数も少なく、ブリッジでも沈みがちなことが多くなっていた。彼女に答えるマークは、その表情の意味を誰よりも深く知っている。
「恩赦は出たんだ……もう俺たちの刑期は終わっている。だからもう罪は贖ったんだ。今になって気に病むことじゃない……。それにあの時は、誰もが狂っていた……
 止めきれなかった俺も、間に合わなかったあいつも同じだ。同じ無念、同じ苦しみを抱えて……今でもどこかで生き続けている……」
「旅を続けていればもう一度会えるのかしら?」
 ユリウスは断片的に話を聞いたことがあるだけで、二人と、もう一人の間に何が起きたのかは詳しくは知らない。子供に分かるのは、二人の間に立ち入らない方がいいということと、この話題を続けていても仕方がないということだけだ。資源衛星MO−Vでの戦闘に参加している第一部隊からの通信を受信すると、そちらの話で割り込んでいく。
「ラビニア大尉から伝言です。ガンダムデスサイズはまだかとご要望ですよ。それから……」
 表示される文章に目を通していたユリウスは、そこで言葉を止めた。息を飲み、何度も読み返す。内容を自分の頭で確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「ショウの……生存が確認された、とのことです」
 ブリッジに残った者たちは一斉に振り返った。
 添付されていた映像をモニターに映すと、軍事宣伝用の放送ではない、一般家庭向けのニュース番組が流れ出す。それは地球圏に拡大しつつある混沌の戦争の解説をする際、トレーズ引退の一場面を背景に流しただけの短いものだった。
 白亜の宮殿から退出するトレーズの歩く道には、直立したOZの兵士たちが左右に並び、歩み去るかつての総帥に最後の敬礼を示していく。見送る顔のいずれにも惜別の色が浮かび、彼がいかに部下の信頼を勝ち得ていたかをうかがわせていた。宮殿の門まで続く送迎の列を越え、トレーズは用意された馬車に乗り込んでいく。列の端にいた、まだ年端もない少年兵がトレーズに不安げな視線を送る。トレーズが少年の肩に手を置き、優しく言葉をかける。少年の顔に明るさがわずかに戻ると、馬車の扉が閉じられた。
 将兵に敬われ、子供にも慕われた有能な前司令官を惜しむ映像としては、十分な出来である。退任したばかりの人物がこうも好印象で扱われるということは、地球圏はこの混乱を収めてくれる人物を強く希求していることの証明だ。
 だが“ブラック・ジェネレーションズ”の者たちには、この映像の意味は違った。身長に合わせてあつらえられたOZの制服を着てはいたが、列の端にいた少年の顔を見間違えるはずもない。
「あ、あれ……ショウだよね!?」
 カチュアは目を輝かせて、停止した画像に目を見張った。
「生きていてくれたか……! だが、トレーズにかくまわれていたのなら……」
 マークの表情は、依然厳しい。トレーズが失脚した今、彼は後ろ盾とはなり得ない。
「このあとの消息は分かりません……。悪いタイミングで政変が起こったものです。
 地球のどこかにいるのでしょうが……トレーズと一緒にいるのか、どこかのトレーズ派の基地にいるのか……。
 トレーズ派は各地で叩き潰されていますから、ひょっとしたらどこかの戦闘で死んでいる可能性も……」
「そんなことないもん!」
 カチュアは声を荒げ、ユリウスもその通りです、と言葉を改める。
「助けに行こうよ!ショウが地球にいるんなら!」
「そうよ。ショウ君は、必ず助け出すわ」
 エリスはカチュアの肩に優しく手を置き、勇気づけるように言葉を強くした。
 ショウが自力でモビルスーツを奪って脱出を計る、という可能性も皆無ではない。しかし、傷ついたHiνガンダムがOZの手で補修されるという保証もなく……Wガンダムの例を見ても、OZがガンダムに抱く視線は愛憎半ばして予測しがたく……リーオーやエアリーズの性能では、脱走が成功するという期待をかけられるわけでもない。
「最悪の事態を迎える前に、行動したほうがよさそうですね」
 返事を待たずに、ユリウスは降下地点の割り出しに取りかかった。今から急げば、現地には夜中である。望まれて赴くわけではなく、防衛の一翼を買って出るというのも武装破棄を掲げるサンクキングダムにとっては有難迷惑な話でしかない。無理矢理押しかけるつもりなら夜間の方が都合が良かった。
「選択の余地はなさそうだな。ならば……見せてもらいに行くとしよう。
 完全平和主義という考え方がどうして世界を支配できたかをな……!」
 マークは、スクリーンに示された降下予定地点に憎悪に近い視線を向けた。エリスの向けるそれには、凍り付くような鋭さが宿っていた。ブリッジルームにいた者たちは、一様に二人への畏怖と、そして違和感を感じていた。

 地球各地で破れたトレーズ派の一部隊が、敗走を重ねた結果、サンクキングダム国境付近に追い詰められていた。
 もともと戦力に乏しい小部隊であり、彼らは全滅という運命が迫っていることを確信していた。それを冷静に見つめ、蕭然として受け入れる心の強さはトレーズの薫陶によって培われていた。
 壊滅は免れない状況で逃走に成功し、こうして生き延びている。しかも、慈悲のないモビルドールを相手にして。そこから導き出された結論は、敵の目的は彼らの抹殺ではないということだった。
 サンクキングダム市街地にまで追いやり、そこで初めて本格的な攻撃を加える。仮にサンクキングダムからの反撃があれば、武装放棄という理念の崩壊に直結し、反撃がなければ、完全平和主義の国家は国民の生命財産を保護しないという結論を引き出すことができる。モビルドールの主敵はサンクキングダムなのだ。
 意図を見抜いたトレーズ派の指揮官は、玉砕を覚悟した。しかしその報を耳にしたサンクキングダムの元首リリーナ・ピースクラフトは、トレーズ派が辞退するのを押し切り、彼らを亡命者として受け入れたのである。
 この決断には、二つの大きな意味があった。サンクキングダムは、世界で起こっている戦争という現実から目を背けたりはしないという意思の表明。そして、その戦争に積極的な意志を持って参加するという選択をしてしまったことである。リリーナの意図はどうあれ、モビルドールの部隊はサンクキングダムに雪崩れ込んだ。そこには、ウィングガンダムのパイロット、ヒイロ・ユイが滞在していた。彼は生来の戦士である。彼はトレーズ派の敗残兵から戦える者たちを選抜し、モビルスーツを与えて部隊を作り上げてしまった。
 ここに、全ての武器を放棄するために、武器を手に取って立ち上がるという戦争が始まった。
 それは人類史に照らせば、あえて糾弾すべき矛盾ではない。戦争の拡大を願って行われる戦争こそが例外としてあるものなのだ。武器を手にする者たちは、それが平和をもたらす行為だと信じるからこそ戦うことができる。
 “ブラック・ジェネレーションズ”が地球に降り立ったのは、そんなどこにでもある……しかし、歴史の重大な局面のひとつである……戦火の最中であった。
「何をやっているんだ、あれは?」
「OZの同士討ちの次は、完全平和主義の国で戦闘ですか……。
 やっぱり、実際来てみるものですねぇ。面白いものが見られるじゃないですか」
 マークやエリスほどの感情を抱いてはいなかったが、ユリウスも言葉に皮肉を込めた。
「クレアとレイチェルはファンネルで艦を守れ!
 ユリウス、シス、カチュア、ミンミはモビルドールを確認次第攻撃!
 通信回線は開きっぱなしでかまわん、敵味方の確認だけは間違うなよ!しゃべって返事が来たら人間だ!」
 視野が制限される夜間での手違いなど、よくある話だ。しかし、押しかけ戦争屋が友軍を撃ってしまうようでは、受け入れられるはずがない。モニター上の光点と、暗い森の中の爆発の明かりだけが目印の戦場を眺め、マークは緊張に拳を握った。

 ヒイロ・ユイが狙っていたのは速戦即決であった。サンクキングダムに集められた機体は、ヒイロ自身が乗るウィングガンダムとトーラスの小隊である。かつてはガンダム相手に火力を期待されていたトーラスだが、プラネイト・ディフェンサーという防御兵装が登場した今となっては、どこまで通用するかは未知数である。
 だが、この両機はともに変形機構を備え、飛行することが可能であった。宇宙から降下してくる輸送船からモビルドールが出撃する前に上空で叩く。指揮を執る人間がいなければ、モビルドールはただの機械にすぎない。奇襲で敵指揮官の乗るシャトルを落とすと、ヒイロは戦闘が掃討戦に入ったことを確信した。すでに出撃しているモビルドールもあるが、それに下されている命令は「降下後、敵機を発見したら攻撃」というごく曖昧なものだ。具体的な指示を出す者はもういない。だが、それ故に、誰を敵と認識して発砲するか予測できない。破壊しなければならない危険な存在であることは変わらなかった。
 その時、宇宙から降下してきた新たな船から、ヒイロも見知った機体が現れた。OZの捕虜になっていた間、テストパイロットをさせられていたモビルスーツ。赤と青に塗られた対照的な機体は、それぞれ攻撃と防御の頂点を追求した性能を持っていた。
「メリクリウスにヴァイエイト……OZの新手か」
 ヒイロは冷静にバスターライフルの照準を合わせた。だが、相手からは攻撃ではなく、通信が届いた。会話が通じるのであれば、モビルドールではない。
「ウィングガンダム!ヒイロ・ユイですか? 僕たちはOZではありませんよ!」
 子供の声だ。これまでも幾度か共に戦い、また南極基地で顔を合わせた経験もある。あんな年で戦士をやっている者など、他にいるはずもない。続いて輸送艦から出てきたモビルスーツは見たことがなかったが、それらはガンダム06と同じ浮遊砲台を駆使してモビルドールを蹴散らしていく。その力を有する者たちはひとつしかありえない。
「……ショウ・ルスカの仲間か」
 それまでパイロットを担当していた子が捕らえられたことはヒイロも知っている。そうです、と返答が来ると、素早くバスターライフルを戻して飛行形態に変形する。この戦線は彼らに任せて別方面の敵を撃つために。
「味方は白いトーラスだ。犠牲は出したくない」
 サンクキングダムの現状では、戦える兵士は一人でも貴重な人材である。トレーズ派の兵士たちは戦意も練度も高く、ビームサーベルも持たぬトーラスでビルゴに取り付き、力尽くで盾を破って破壊するという荒技さえやってのけていた。彼らは傷ついてはいたが、決死の覚悟と、誇り高き潔さを兼ね備えた勇者たちである。
 短く会話を終わらせると、ヒイロは戦闘に向かった。今日の戦いにはこれで勝てるだろう。だが、明日勝てるとは限らない。戦力の温存まで考えれば、この程度の襲撃は無傷で勝ち抜かねばならないのだ。

 ヒイロが分かれた後、ユリウスは最後の確認に入る。
「白いトーラスが味方ですね……。カチュアちゃん、シス、あたりにショウの乗った機体はいそうですか?」
「何も感じないわ……」
「私もわかんないよ。たぶん、パイロットは誰も乗ってないのばっかりだよ?」
 ニュータイプたちの感覚を信じ、そして敵影を見据える。横一列に並んだ正確な隊列は、砲列を最大限に活かす攻撃の構えだ。陣形としての重厚さに欠けるが、プラネイト・ディフェンサーの防御能力を考えれば最高の効率を得られる態勢と言えた。
「カチュアちゃん、ショウがいないのなら好きに暴れていいです!
 シスは後方から支援、ミンミは僕の後に続いて!斬り込みますよ!」
 こんな布陣で戦うのはいつ以来だろうか。夜陰では慣れた戦い方が最も安心できる。
「了解……」
 シスは居並ぶビルゴの集団に向け、ヴァイエイトの砲門を開いた。一部はプラネイト・ディフェンサーを展開することなく直撃を受け、大きく機体を損傷する。そこに光の翼が舞い、ティンクル・ビットが躍りかかる。
「砲撃が効きましたね?」
「反応しないタイミングで撃てば、防御姿勢に入らない……」
 遠距離からゆっくり狙うことができれば、大火力の火器ならそれができる。ユリウスは新たな戦術を頭に刻み込むと、ビルゴに向けて突進した。プラネイトディフェンサーに自信を持てるのはメリクリウスも同じだった。
 だが剣戟の間合いに入る前に、ユリウスは砲火が飛び交う森の中に奇妙な物を発見した。
 金色に輝く外装を施した乗用車が戦場に向けて一直線に急いでいた。華美で大型の車種は使用者が上流層であることを窺わせ、それなら防弾性くらいはあるのだろうが、ビームが飛び交う戦場に出向くのは正気の沙汰ではない。しかも、わざわざ目立つように金色の車体で。
 果たして、金色のリムジンの前にもモビルドールが二機降り立った。リムジンは慌ててハンドルを切るが、それでどうにかなるような相手ではない。
「偉い人が戦場視察ですか?わざわざ御苦労なことですね」
「大佐!あれも守らないと!」
 ミンミの声で、ユリウスは自分の任務を再認識した。“ブラック・ジェネレーションズ”は愚者を冷笑しに来たのではない。
 しかし、ユリウスはすぐにも飛び出そうとするミンミを止めた。
「まだ飛び出してはいけませんよ!僕が合図をしたら一気に間合いを詰めます!」
「あの車が撃たれてしまうのです!?」
 悲鳴の通りに、二機のビルゴは金色のリムジンに銃口を向けた。ユリウスはそれを待っていた。
 モビルドールはより近くに位置する命中精度が高い相手に攻撃目標を定めると、それ以外の全てを無視して射撃を始めてしまう。戦闘能力を持たない車両など無視してモビルスーツを倒すべきだという判断は持っていなかった。
「今です、行きますよ!」
 プラネイト・ディフェンサーを張りつつ、射界を遮るようにメリクリウスを突撃させる。勢いに巻き込まれたリムジンは横転し、森の木に激突して動きを止めた。荒っぽい方法ではあるがビルゴから放たれたビームの直撃は避けられ、それはプラネイト・ディフェンサーの防御によって無力化される。
 ビルゴが砲門をリムジンからメリクリウスに変えてきたのを見て、ユリウスは心の中で快哉した。プラネイト・ディフェンサーの前ではほとんどのビームは役に立たないということをインプットされていない。これならメリクリウスが戦場に居座るだけでかなりの足止めができるだろう。
「とっ、とにかく、隙ありでありますっ!」
 ビルゴの照準を向けられているメリクリウスは、光の盾を掲げたまま動かない。その間にミンミはサンドロックの両手に持つ湾曲刀を振り下ろした。左右のヒートショーテルで一機ずつ、同時に二機の頭部に刃が吸い込まれ、無防備な装甲が斬り裂かれていく。二機のビルゴが吹き飛んだ爆風が大木に寄りかかって止まったリムジンを再度転がし、それが戦場の最後の被害になった。

「ガンダムサンドロック? どうしてこんなところに?」
 戦っていた白いトーラスからカトルの声が届いた。ミンミは嬉しそうにコックピットを開けて姿を見せると、大きく手を振った。
「カトルさんのところにいたときにいただいたデータで、自分たちで作ったのであります!」
「そうなんだ……。じゃあ、それは僕のサンドロックじゃあないんだね……?」
 カトルは援軍の頼もしさに喜んだが、離ればなれになっている愛機ではないと知るとわずかに肩を落とした。
 その話を聞いた別のトーラスから驚いた声があがる。
「ガンダムの設計ができるのか? おまえたちはいったい……」
 若い女性の声には聞き覚えがあった。今度は、それを思い出したユリウスの裏返った声が続く。
「……ひょっとして、南極基地にゼクス・マーキスと一緒にいた司令官ですか!?」
「あの時の子なのか!」
 その会話を発端に、ウィングガンダムやゴルビーUの面々も集まってくる。
 ヒイロは煙を上げているリムジンから二人の少女を助け出すと、警戒を怠らずに招かざる客を見回した。
 年端もいかない子供たちとは、ヒイロも南極基地でゼクスと戦った際に一度顔を合わせたことはある。カトルとは親しい相手であるらしく、談笑が始まっていた。そして、ヒイロが知っている人物も姿を現した。
「やぁっほー、ヒイロー♪」
 小走りに駆けてくる少女の脳天気さはどんな局面でも変わることはない。ガンダム07……ペーネロペーの異常な加速力と同様に、クレア・ヒースローの印象はヒイロにも強く残っていた。そして、クレアの後から駆けてくる少女たちも。
 黒い肌をした少女の名はレイチェル・ランサムだった。モビルスーツを動かすところは見ていないが、クレアと同じ能力……彼女たちがニュータイプと呼んでいた力……の体現者の一人。
「貴様たちもショウの仲間だったのか……。
 クレア、お前のガンダムはどうした? なぜ別の機体に乗っている」
「宇宙に置いて来ちゃったよ。いろいろ実験しないといけないしね。……そっちの人は?」
 クレアはヒイロの背に隠れた二人の少女を覗き込んだ。二人はクレアたちと歳のころは同じであるが、その物腰は戦場にあるものとは思えなかった。数年の時が過ぎれば、二人とも貴婦人の列に加わるのだろう。
 その内の一人が話しかけようと歩み出たとき、それを制するかのような言葉が歩を止めさせた。クレアと共に来ていた金髪の少女の声だ。
「私たちは“ブラック・ジェネレーションズ”。サンクキングダム防衛戦を支援するためにやってきました。
 私はエリス・クロード大尉。“ブラック・ジェネレーションズ”第二部隊の副隊長をしています」
 事務的で、静かな……そして、どこか威圧するような口調だった。ヒイロに助け出された少女の一人は、その態度を見て激昂した。幸い重症は負わなかったものの、豪華なリムジンを爆風で横転させられ、生命の危機を感じた怒りも手伝っていた。
「戦いの支援にですって……!ここがどんな国かお分かりでいらっしゃるの!?」
「全ての武器を捨てる完全平和国家サンクキングダム……ですね?」
 怒りに満ちた視線をエリスは冷たく受け流した。クレアもレイチェルも、エリスの顔を見ながら呆然としていた。こんなことをするエリスは今まで見たこともなかったからだ。
「貴方たちの介入で、誰の命が危険に晒されたのか知っているんですの!?」
「リリーナ・ピースクラフト。……そうですね?」
 エリスの視線は、怒気を露わにした少女には向いていなかった。名を呼ばれた方の少女は、険悪な空気の中でも平静を保ち、エリスの前に歩み出た。
「リリーナ様!?」
「いいのです、ドロシー。あなたは戦闘に巻き込まれてしまったことで興奮しているのです……。怪我がなかっただけでも、彼らに感謝しなくてはいけません」
 ドロシー・カタロニアの怒りの炎を背後に、エリスの冷たい視線を前にして、リリーナは静かな湖面のように語り始めた。
「エリスさん……それに“ブラック・ジェネレーションズ”の方々も、サンクキングダムへのご協力、心より感謝致します」
「私たちはモビルスーツの力でこの国を守ろうとしているのです。それに貴方から感謝をいただけるとは存外でした」
 エリスはあくまで挑発的な態度を崩そうとしない。緊張した空気の中に、ヒイロが一石を投じた。
「ロームフェラ財団と正面切って戦うには、こいつらの戦力は大きな力になる……。
 黙ってやられるわけにはいかないだろう。過去の指導者のようにな」
「ヒイロ……。私の考えは夢……?それとも、過ちなのでしょうか?」
 リリーナの言葉に、エリスが答えを続けた。
「私も、以前同じ事を考えたことがありました。全ての武器をなくせば戦争のない世界が来ると……
 私のしたことは失敗でした。多くの人を殺し、そして新たな戦争を止めることはできませんでした。次の戦争が起こるのは私が原因なのです」
 クレアもレイチェルも、エリスの言葉に凍り付いた。親友たちにすらエリスの過去は知らされたことがない。
「だから……貴方は、もう一度武器を手に取る道を選んだのですか?」
 リリーナの言葉に、エリスは小さく頷いた。
 それから後はクレアたちも知っている。“ブラック・ジェネレーションズ”の一員として旅を続け、ノイエ・ジールUを愛機として戦い続けた。エンジェル・ハイロウ戦で力を失い、その呪縛はマークの活躍で解放されている。
 そして、リリーナはエリスに問いかけた。
「……貴方だったら、サンクキングダムをどうしますか?」
 エリスはリリーナを見つめ、そして一度目を伏せた。そして、幾度か思い悩んだ末に、やはり同じ結論を返した。
「守り抜きます。そのための行動が、戦いであろうと……」
「エリスさん……許可します。あなたたちの思うように行動してください。
 私の一番身近にいる人たちと同じ考えになることもできないで、世界に共通の考えは生み出せないでしょう」
 リリーナの対応は毅然としたものだった。エリスは会ってみて初めて、怨念の矛先をリリーナに向けるのは間違っていたかもしれないと思った。悪意から出た行動ではないのだ。かつてエリスが世界を滅ぼした時と同じように。
「リリーナさん、ドロシーさん……私たちの艦で送りましょう。失礼なことを言いました……」
 クレアとレイチェルは、ゴルビーUに案内するエリスを呆然と見つめるしかなかった。なんと言葉をかけていいのか、彼女たちにも分からなかった。
 そして、少し離れた位置からユリウスは笑っていた。思うように行動してください、という言質を取れたことは白紙委任状を手にしたのと同じだからだ。
「心配しなくても、サンクキングダムの防衛ならいくらでもできますよ。もうすぐ、あれが完成すれば……。
 黒歴史最強のモビルスーツのひとつ……ウィングガンダムゼロでね……!」

 リリーナの屋敷に向かう途中、やはり艦内は重苦しい空気に包まれた。マークもエリスも、リリーナたちに向けては言葉どころか視線さえ向けようとしない。子供たちもその雰囲気に黙ったまま、ユリウスだけは新型機のことを考えて笑いを浮かべていた。
 そんな中で口を開いたのはシスだった。
「リリーナ…… 完全な平和なんて……実現できるものなの……?」
「いつか、できる日が来ると信じています……。人が争いをやめて、武器を捨てることができる世界が……」
 その答えを聞いて、シスは悲しそうにうつむいた。
「なら、私も捨てられるのね……。私は戦うために生まれたのだから……」
「そんなことはありません。戦士として育てられても、あなたは人間でしょう?
 ここの人たちは、あなたにも優しくしてくれますよね……」
 リリーナの言葉通り、シスはここにいれば安心はできる。再び頭の中でリリーナの言うことを反芻すると、シスはこれまでに考えもしなかった結論を導き出した。
「戦わないのに……私は生きていてもいいの……?」
 もちろんですよ、という温かい声がシスの心に響いた。
 マークやエリスは完全平和という言葉を嫌っているし、ユリウスはそんな物は言葉遊びだと相手にしない。しかし、シスはリリーナに寄り添い、ショウがいなくなっている寂しさを紛らせていった。

 トレーズ・クシュリナーダは宇宙にいた。
 多くの将兵が閃光の中に命を落とし、またそれに屈することなく戦場に身を投じ続ける。
 だが、それはトレーズが探し求めた場所ではなかった。リーオーやビルゴの姿は周囲になく、未知の機体が争い続けている。
 それは欺瞞と矛盾の果ての狂乱でしかなかった。
「戦いとは、もっとエレガントにやらなければな……」
 トレーズは背後から迫る機体をビームサーベルで切り返しつつ、自嘲気味に笑った。
 そして、トレーズは自分が操る機体がこの混沌を切り開く力の体現だと悟った。そこには彼の知る限りの最高のパイロットたちが、彼の知る由もない者たちと共に力を注ぎ込んでいる。トレーズもまた、力を託す者たちの中にいた。
 それを見届けたトレーズは、戦いの決着を見ることなく機体を止めた。

「トレーズ様!システムの調整は……」
 モビルスーツから降りたトレーズは、実験を見ていたエルフリーデに軽く手を振った。
「もういい。これを必要とする者は私ではなかった」
「はっ……?」
 そこは、トレーズ派の本拠地と目されているルクセンブルクの古城であった。地下に設けられたモビルスーツの工場では、モビルドールとの戦いに用いるガンダムの開発が進められていた。
 トレーズの理念を象徴したガンダムは射撃戦のための武器を携帯していない。接近戦のための最低限の武装と、そしてその理念を実現する装置が組み込まれていた。
 想定し得るあらゆる未来予想図をパイロットの脳裏に映し、パイロットが未来を選び取る……ゼロシステムと呼ばれる装置は、モビルドールの想定の及ばぬ高みに戦士たちを導くはずの存在だった。
 だが、トレーズの見た未来は目前に迫ったルクセンブルク防衛戦でもなく、来るべき決戦の姿でもなかった。今にして思えば、その機体は彼の前にあるガンダムエピオンでさえなかったのだ。
 トレーズ・クシュリナーダが居るべき戦場はアフター・コロニーの時代を遠く離れたいずこかの地……故に、もはやこの世界の戦いはトレーズを必要としてはいない。そう結論づけると、エピオンは自身の乗機ではなく、この時代の戦いを終結させる者に託すことを考えたのである。
「それより、君の機体はどうなのかね?」
「はい。ショウの乗ってきたガンダムから得られたデータは素晴らしいものです。技術陣は開発が一年は早まると言っていました」
 モビルドールは人の心が繰り出す攻撃に対応できない。戦場の全てをそれで満たしてしまえばモビルドールの挙動そのものを完全に抑えられる……。この情報が伝えられると、人形だけを排除し、戦う意志を持つ戦士たちが戦場の趨勢を決める世界を取り戻すための装備の開発はトレーズ派にとっての急務となった。夢物語のような設計思想ではあったが、異世界からもたらされた技術はそれを可能にしたのである。
 ショウが乗っていたHiνガンダムの装甲には、人の意志を機械に伝える装置が全身に張り巡らされていた。それを宇宙空間に放出することにより、一時的にしろ空間はガンダム搭乗者の意志に包み込まれるのである。それが強固な戦闘意志であれ、平和を願う祈りであれ、モビルドールの及びもつかぬ世界が訪れる。
 秘書官となって前線から離れたはずのエルフリーデは、この幻に終わるはずだったガンダムのテストパイロットに選ばれていた。
 世界を制圧しつつあるモビルドールとの決戦に、トレーズの操るガンダムエピオンの露払い役を演じられる……そう信じていた彼女はエピオンへ向けられるトレーズの視線が芳しからぬ様子を見て、不安を顔に浮かべた。
「エピオンはどうなさるのですか……? シャロン特佐か……それとも、ショウに……?」
 トレーズは普段と変わらぬ微笑を浮かべ、格納庫から歩き出した。
「今はこの機体を手にすべき者が来ることを願うだけだ。この混迷の世界を導いてくれる者が……。
 私は、彼らと共に行くとしよう……」
 エルフリーデは、エピオンを預ける者を見出すことができれば彼らの共同軍となるのだと思った。しかしトレーズの心は、エピオンの見せた戦場に遊飛していたのである。エリスが来た悪夢の、その先の世界に。


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