第四十九話 アクエリアスの願い
〜その名はエピオン〜
サンクキングダム市街は海岸線に面している。“ブラック・ジェネレーションズ”はここにガチャベースを築いて前衛とし、OZの攻撃に対する防備を固めていた。その一手は本部からの補給と予備兵力の増強である。彼らは基地内に待機し、伏兵として奇襲をかける手はずを整えていた。機密の保持を優先し、この戦力に関してはノインはもちろんリリーナにも伝えられることはなかった。
「サンクキングダムの軍備は、旧トレーズ派が個々に持ち寄ったモビルスーツに頼っている。すなわち、海上戦力は皆無と言っていい状態だ。ここに敵が攻撃を仕掛ける場合、戦艦による砲撃で市街を直接叩くことができる。そうなればモビルスーツ戦が始まる距離に近づく前に、政府は降伏か逃亡を余儀なくされるだろう。
その危険性をふまえ、我が第三部隊は潜水艦マッドアングラーと4機のグラブロで沿岸防衛に務める。また、敵モビルスーツが揚陸艦から上陸を開始すれば、我々が水際で叩く。
敵軍の主力であるモビルドール部隊に関しては、第二部隊にお任せしたい」
予備隊の指揮官ガルン・ルーファス少佐の発言である。
軍議に訪れていたマーク・ギルダー大佐は了解の意志を示したものの、厳しい表情を動かさなかった。
確かに海岸線の防備は手薄であり、敵が戦艦を主力に用いてくればなすすべもない。だが、OZはモビルドールの運用に固執し、軍艦を投入する可能性はむしろ低いとさえ考えられた。そしてモビルドールは、宇宙から直接降下する作戦を主力としている。敵がモビルドールの直接降下だけで攻め込んできた場合、沿岸防御は完全に空振りに終わってしまう。
しかし、モビルドールはすでに多くが地上に投下され、その数だけでも相当な規模になっていた。すでに地上にある機体を揚陸艦や輸送機で運んでくる可能性も捨てきれなかった。
結局のところ、伏兵は伏兵でしかない。主力と対決するのは、やはりマークの率いるニュータイプ達の仕事であった。
「どうした、英雄さん? あんたがそんな顔してちゃいけねぇ……」
マッドアングラーのモビルスーツ隊長、オグマ・フレイブは煙草を出そうとして、マークが煙草嫌いだということを思い出す。
「そう簡単に、わだかまりは消えんものか……たまにはあんたもモビルスーツで暴れてきたらどうだ?」
「俺の機体は置いてきたからな。本部は何か新型でも作ったのか?」
マークの言葉に、背後にいたブラッド少尉が答えを返す。ディビニダド、と。
「ちょうどニュータイプ専用の機体だ……。大型ビーム砲やファンネルの他にも大量の核弾頭ミサイルを装備し、一機で地球を死の星に変えることもできる化け物だそうだよ。
クククク…… 今のあんたには、ちょうど都合がいいんじゃないのかい?」
「よしてくれ……!」
マークはその光景を思い出し、嫌悪感を露わにした。
「そんなものを見るのは一度でたくさんだ。そんな機体に乗るなら、出撃などしない方がマシだ……!」
オグマは煙を吐き出し、そして呟く。
「そして、あんたが出ないツケをあのガキどもが代わって払うことになる、か……。
あいつら、元気にしてるのかい?」
「……ああ。今ごろは元気に学校に行っているよ」
「学校?」
オグマは隻眼を丸くし、声色も裏返った。
「なんだってそんなとこに行ってるんだ? 軍をやめさせるのか?」
「どうしてもリリーナのところに行きたいと聞かなくてな。空いた時間に行かせている」
オグマは状況がよく理解できず、頭をかしげて考えた。思いついたのは、噂に聞こえてくる無茶な少年の名前。
「……ショウって奴がか?」
「シスだよ」
返ってきた答えは、戦闘機械として育てられていたはずの少女。オグマは何度も首をかしげ、その光景を想像しようとした。
想像できないのも無理はなかった。リリーナがいる学校とは、もちろん年齢に合わせて高等部だからである。
シスは無理を言って作ってもらったセーラー服で装い、高等部に入学した形のクレアとレイチェルの二人に連れられていた。カチュアもシスと同じ服を着て付いてきていた。
ユリウスは新型機の研究があると言って同行を断り、ミンミも基地内でケイの手伝いをしている。エリスもここには来ていなかった。
「今日から皆さんのご学友となる方たちは、戦場の現実を体験している方たちです。私たちのまだ知らない、想像ではない厳しい現実を学ぶことができるでしょう。また、私たちの目指す平和が、戦士として生きる人たちに伝わることがあればと思っています」
リリーナの紹介に、生徒たちはかすかなざわめきを見せた。
この学園の生徒たちは、全て上流階級に生まれ育った、良家の子女たちばかりである。席の後ろで苦笑しているカトルと、沈黙を貫くヒイロを除いて。家柄も雰囲気も経歴も……住む世界そのものが違うとさえ言える転入者たちに、好奇と関心の目が向けられていた。
生徒の一人が立ち上がり、感極まったように両手を合わせて瞳を潤ませる。
「素晴らしいですわリリーナ様!意見の異なる人たちとも話し合い、お互いの考えをより高めていく……。
そうでなくては、世界中にリリーナ様のお考えを広めることなどできませんものね!」
はしゃぐように語る眉毛の分かれた少女は、クレアとレイチェルは見覚えがあった。そのときは怒りに満ちた表情であったが、今は驚くほどに上機嫌だ。
「ええっと…… 確か、昨日リリーナと一緒にいなかったっけ?」
上品さのかけらもないクレアの言葉に、生徒たちから失笑が漏れる。レイチェルはこれだからこの娘はほっとけないのよ、と苦虫を噛みつぶした表情を浮かべた。しかし、眉毛の別れた少女は気にも留めない様子で話を続けた。
「ええ、私はドロシー・カタロニアと申します。生徒一同を代表して、貴女方のご入学を心より歓迎致しますわ。
私、戦争というものにとても興味があるんですの……。こうして本物の戦士の方と一緒に学べるなんて、夢のようですわ?」
そして、ドロシーは表情を変えた。どこか意地の悪い、挑発するような微笑み。
「戦士の方々なら分かっていらっしゃいますわよね? 本物の戦場で、リリーナ様の仰る完全平和主義が通用するのかどうか……。
敵が向かってくる時に、武器を捨てて平和を訴えかければ、いったいどうなるのかしら……?」
言葉が終わるより前に、シスはゾクッとした。
そんな事で停戦ができるわけがない。それでは白旗を掲げて降伏するのと同じ事で、他者の支配を受けるという結果が待っている。自分たちの力で身の安全を守る権利さえ剥奪され、略奪や陵辱、虐殺が待っていても不思議はない。
……そう、彼女たちに言わせたいのだ。
クレアやレイチェル、そしてカチュアも、ドロシーから受ける邪気のようなものを感じた。それは単純な敵意や反感ではない。愛憎を共に含む微妙な感情……ハマーンともカテジナとも違う、新たな形の受け入れがたい感覚であった。
「戦いが始まってからでは、遅いと思うわ」
言葉を選びながら、レイチェルが答えた。
「ですから、戦いを始めないための努力が必要になるのです。戦っていない時なら、戦士の方々もこうして私たちと話をしに来てくれるのです。その心は、大切に思わなければいけません」
リリーナは結論を出し、ドロシーの言葉を抑えて一同を席につかせて授業を始めた。
高校生の中に混じったカチュアはよく分からない単語の流れについていけずに、隣にいるシスにそっと話しかけた。
「ねえ、さっきの話、分かった?」
「平和を訴えるという選択は、私にはない……。私には、戦うことしか許されていないから……」
だが、リリーナはその選択を見出そうとしている。難しい言葉を聞き流しながら、シスはリリーナの訴えかける気持ちを感じ取っていた。
戦場に降下するモビルドールの大軍を眺め、エルフリーデの心に郷愁のようなものが到来した。
かつて、戦争とは騎士の行うものだという時代があった。それ以前は、市民権は市を守るための戦争に参加する義務と同時にあるものだった。
だが、時代は戦争を変化させた。
剣や槍と同時に、人は弓という飛び道具も生み出した。そして火薬が実用化されると、人類は銃という武器を発明した。
そこから、接近される前に倒すための銃弾の貫通力と、接近するまで耐え凌ぐための甲冑の厚さの競争が始まった。
厚い甲冑を身につけて戦うには、重量に耐えるだけの人の技量が求められた。トールギスのように。
新兵器である銃弾の威力は、科学の進歩と実験という人の知恵が求められた。バスターライフルのように。
その競争は、銃の勝利に終わった。どれだけ装甲を厚くしても銃弾を防ぎきれなくなり、また重すぎる甲冑は人の体力の限度を超え、実用性を失った鎧は戦場から姿を消した。
剣と鎧の時代はこうして終わることになった。だが、武具は変われど、騎士の誇りは銃士が受け継いだ。鎧もまた、貴族の誇りの象徴と見なされインテリアとして長く飾られることになり、尊敬の念は失われなかった。
騎士の鎧は、戦車という新たな発明の中にその魂を復活させた。戦艦を始めとした軍艦には、海の男たちの魂が込められた。翼を得て空を飛ぶ力を手に入れた人類は、戦闘機という新たな魂の拠り所を見出すに至った。
そして、エルフリーデ・シュルツは、モビルスーツという名の鎧を身に纏う騎士である。彼女はそう考え、それを誇りに思ってきた。モビルスーツとは、伝説のアーサー王やジークフリートの魂を継ぐ栄光の兵器なのだ。
だが、目の前に迫る兵器は違う。モビルドールは、魂などありはしない人形なのだ。
ルクセンブルク城を守るトレーズ派のモビルスーツに比べて、降下するモビルドールはあまりに多すぎ、そして強すぎた。
エルフリーデは死を覚悟していた。十中八九、彼女はここで死ぬだろう。
しかし、それはエルフリーデ・シュルツの敗北であろうとも、モビルスーツの敗北であってはならない。
なぜなら、モビルドールとは兵器の進化ではあっても、人の心の進化に繋がるものではないからだ。
戦況は絶望的と言えた。防衛戦の切り札となるはずの二機のガンダムは戦場に出ていない。
ひとつは戦いの象徴となる、未来を指し示すガンダムエピオン。ひとつはモビルドールという存在だけを機能停止に追い込み、戦場を戦士たちの手に取り戻すガンダムアクエリアス。
エピオンはトレーズ自らが操り、エルフリーデはその先触れとしてアクエリアスの力でモビルドールを払いのける。その計画は、トレーズ自身の指示で止められてしまった。エルフリーデが乗るのは、愛機としていた高機動機でさえない、量産型のリーオーである。
「……こうなってみると、ショウのガンダム06を解体したのは残念だったな」
エルフリーデはコックピットで呟いた。もはや取り返しのつかない、愚痴だった。
開発に難航した対モビルドールウィルス散布装置は、Hiνガンダムに搭載されていたサイコフレームの力で、予定とは異なる形で完成に至った。
だが、完成した機体は防衛戦には使用されず、トレーズの認めた次代の戦士に託すことが決まっていた。
「あのガンダム06が共に戦ってくれれば……一矢報いることができたかもしれないが……」
その機体は、すでにない。ショウはトレーズと共に城内に残り、戦いの決着を待つ予定だ。モビルスーツのない少年は戦士ではなく、客人である。トレーズ派の戦いに参加させることはできない。残念なのは、安全を守ってやる力さえ、今のトレーズ派には残されていないことだった。
「だが…… 私は負けん……!
我が家名にかけても……貴様たちには負けられん!!」
家名。それは受け継がれた名。
有史以前から、人が武器というものを手にした瞬間から続く戦士たちの魂を受け継ぐモビルスーツパイロットの一人として、エルフリーデは敢然とビルゴの群れに剣を抜いた。
クレアは楽しそうに剣を振り回した。あぶないでしょ、というレイチェルの声がそれを止めた。
お嬢様が集う学園であっても、体育の授業は行われる。しかし、やはり普通の学校とは内容が違い、フェンシングが科目の一つとして取り入れられていた。装備一式に身を包んだクレアは、面白がって剣が風を切るひゅんひゅんという音をさせている。シスとカチュアは体育館の隅に座って、シスは普段と変わらす冷静に、カチュアは退屈そうな目で授業を見ていた。
「完全平和主義ってさ、フェンシングの剣は捨てないのかな?」
「さあ?わかんないわよ、私には」
レイチェルはぶっきらぼうに答えておいたが、クレアは面白そうに何か考えていた。
令嬢たちの剣を振る姿もなかなか堂に入ったもので、ヒイロ・ユイに挑戦しようという自信家もいた。さすがに勝てはしなかったものの、彼女はかなりの長時間に渡ってヒイロと互角に戦い続けた。
「すっごいねー! 今度は私と戦ってよ!」
クレアは大はしゃぎで、激戦を繰り広げたヒイロたちに駆け寄っていく。だが、ヘルメットを脱いだ女生徒の眉毛を見て、軽快な歩みは急停止した。
「……俺は疲れた。遠慮する」
ヒイロは素っ気ない対応を残して、静かにその場を立ち去った。残った女子生徒は、クレアの顔を見ながら、なんとも言えない表情を返した。
「いいですわ。本当の戦士の方に続けてお相手して頂けるなんて…… 今日のドロシーはなんて幸運なんでしょう」
「ひょっとしてさぁ、昨日エリスがしたこと、まだ怒ってる?」
ドロシーは無言で目を閉じ、ヘルメットをかぶると、凄まじい勢いで突きを繰り出した。
「わわわっ!? 怒ってるっ、絶対怒ってるっ!」
クレアはドロシーの攻撃を剣で受け止める。次の瞬間二度目が、そして三度目の突きが放たれる。ここで、初めてクレアは一歩後ろに引いた。額に心地よい汗が流れる。たとえ相手が怒り心頭だろうと、クレアにとっては紙一重の勝負は快感以外の何物でもない。
「ドロシー……」
「なんですの?」
「あとでゲーセン一緒に行かない? バトル兄貴Uやろうよ、ドロシーならきっとアレンビーとだって……うわぁ!?」
ニュータイプの勘が怒りを察して身を翻させる。ドロシーの剣が虚空を突いたのは、それと全く同時であった。
クレアは剣先を受け止めながら、何か悪いこと言ったかな、と本気で悩み始めた。ドロシーの剣戟は戦うごとに早くなっていく。
「怒りのスーパーモードってやつ……? やっぱ、お嬢様って怒ると怖いなぁ」
ふと、クレアの脳裏にネリィ・オルソンの顔が浮かんだ。彼女が来ていたら喧嘩にもならなかったかもしれないが、もはや過去を嘆いている事態ではない。
「何を仰っているのか分かりませんわっ!」
「我が心、明鏡止水……」
バシィンッ!!
剣が防具を叩く音が響いたが、その瞬間を見た者はいなかった。当のドロシーでさえ、いつクレアが剣を振るって防具に一撃を与えたのか、全く目にも止まらぬ速さであった。
「……なんてね?」
ドロシーの背後までを一瞬で駆け抜けながら切りつけていたクレアは、ヘルメットを脱いで無心の笑顔を向ける。一瞬遅れて、女生徒たちの歓声と拍手がクレアに降り注いだ。
カトルはヒイロの耳元で、今の見えた、とささやきを漏らす。ヒイロは見ていなかったと答え、やはり愛想のない態度を続けた。
「なんて……無茶苦茶な方なんでしょう……!」
ドロシーの苦々しげな視線を受けながら、クレアは周囲の歓声に手を振って応え、レイチェルのところに戻ってきた。
「私、分かった気がするよ。完全平和主義の世界が来たら、どうなるのか」
クレアは嬉しそうな笑顔のまま、レイチェルに語って聞かせた。
「誰も戦争というものをしなくなって、でもフェンシングみたいな勝負は残る。
五機のガンダムが平和を守り、再び戦いが起こらないか見守って……」
「……それって、未来世紀ってこと? まさか、そんなわけないでしょ?」
「えー、絶対そうだよ! だって、ヒイロみたいなのがいるんだから、このあとドモンみたいなのが出現する可能性だって……」
「絶対、ないから。そんな可能性」
あきれて肩を落とすレイチェルは、しかし、それでもエリスがおかしくなってしまうような未来が来るよりは、そちらの方がいいのかもしれないと思った。
その話を座って聞いていたシスは、またひとつ希望を胸に抱いた。
たとえ武器でも、戦争を生み出す原因でないのなら廃棄されることはない。つまり、完全平和主義の世界ではシス・ミットヴィルは不要になった戦闘機械として捨てられるわけではなく、一人の人間として迎え入れてもらえるかもしれないのだ。
シャロン・キャンベルの怒りは頂点に達しつつあった。
味方の将士も畏怖する怒気に、モビルドールは微塵も怯えを見せることはない。怒りの原因はこの事にあった。
次の理由は、トレーズが出撃を見合わせたことにより、戦線の指揮を執るのが階級の関係上シャロンの仕事になってしまったことである。こうなってしまうと好きなように暴れ回るわけにはいかなかった。そして、ルクセンブルク城防衛は単純な戦いではなかった。
トレーズのいる城に流れ弾が届くような距離で戦うことはできないため、モビルスーツ隊はある程度離れた場所に布陣するしかない。だが、宇宙から降下してくるモビルドールは陣営と城の間に降りてくる可能性もある。城の中にもある程度の兵力を残さなければならない。こうして、城の周囲や内部に分散したモビルスーツ隊は、一部隊あたりの重厚さは失われたものになってしまった。
動くに動けない戦況の中、横列を組んで一斉射撃を放つだけの単純な人形たちに歴戦の勇士たちが圧倒され、その命を散らせていく。火力と物量の差は技量で埋められる領域を超えていた。
「特佐、後退を!このままでは……!」
「それは聞けませんわね!」
怯懦を口にする部下を射殺しないのは、自らの手を汚さずとも敵の攻撃で同じ結果になるのが目に見えていたからだ。そして、シャロン自身もその後を追うことになるだろうから。別の陣地を守っているエルフリーデとも連絡が取れなくなっていた。そちらの戦線はすでに破られていたからだ。
「予備隊に援軍を要請しましょう。これでは、ここも持ちこたえられません!」
「予備隊は、トレーズ様をお守りする最後の盾なのです!
自分一人生き残ることを考えるのなら、後に続く者たちを少しでも楽にするために、死んでみせなさい!」
決死を鼓舞しながらも、シャロンはやはり苛立っていた。城に残った兵力を投入したところで戦力比が動く状況ではなくなっている。
怒りを言葉に変えている間にも砲撃は降り注ぎ、兵士たちはその数を確実に減らしていた。
戦線の崩壊は時間の問題だった。だが、彼方の空から出現した機体がトレーズ派の兵士たちの視界に入ると、彼らが立ち上がる気力は再び奮い起こされた。
「特佐、ガンダムです!ガンダム01がこちらに向かっています!」
ガンダムはモビルドールの支配に対して立ち上がるはずだ。その願いと希望は、今までガンダムと戦い続けたのは自分たちだという事実も忘れさせた。そして戦場に舞い降りたヒイロ・ユイは、トレーズ派の兵士たちではなくモビルドールに銃を突きつける。これまでは恐怖と死の象徴であった、バスターライフルの閃光が味方として戦場を駆け抜けていく。
「最期を看取りに来てくれたというところですわね……。それとも、この戦いの混乱に乗じて、トレーズ様のお命もという魂胆でしょうかしら?」
シャロンにはそのどちらでも構わなかった。最期の戦いがガンダムと共にできるのであれば、この時代に生まれた戦士としてこれ以上の光栄はない。最悪の予想が当たるとしても、このままむなしくモビルドールごときの手にかかるよりは、まだガンダムの戦士によって幕を引かれる方がトレーズ自身も喜ぶであろう。
だが、戦線は広く、敵の数は多い。ヒイロの圧倒的な戦闘力も一方の小競り合いを有利にするだけでしかなかった。
湧き上がりかけた気力が、ガンダムでさえ勝利をもたらす力はないのかとしぼみ始める。そのとき、城内から新手のリーオーが一機、戦場に飛び出してきた。
シャロンは後方からやってくる機体を振り返り、無茶な者がまた一人いるのですね、とだけ思った。城の中にいても飛び出してきても結局死ぬことには変わりがない。ならば戦士の思いのままに振る舞い、死に場所を求める事ぐらいは上官の度量として認めてやろう。
そんなシャロンの思いは、リーオーから聞こえてきた子供の声で一変した。
「お姉さんっ!僕も戦うよ!」
「お下がりなさい、ショウ!貴方はトレーズ様と共に生き残るべき人です……
私たちも、大事な客人をこんなところで死なせるわけには参りませんわ!」
ショウ・ルスカという子は、不思議な少年だった。
敵であった時の無敵の戦闘力は脳裏に強く刻まれている。そして捕らわれた生活の中でさえ垣間見せる、ニュータイプという名で呼ばれる超能力。
その強さと、優しく気弱な性格の子供でしかないということが分かった時の印象の差は、シャロンにさえ少年に興味を抱かせていた。
自分と釣り合う男は、トレーズでないのならばトレーズが見込んだ男でなければ。そう思っていたシャロンは、5年後を楽しみに待つ気持ちさえ表れていた。
「ガンダムの少年をリーオーなどに乗せて討たせては、我らの名折れというものです!ここはお引きなさい!」
「この機体にはサイコミュはないけど……!」
火砲を撃ち合う戦線を超えて、ショウは一気にビルゴの真っ只中に向けてリーオーを走らせる。突出した一機に火線が集中し、ビームキャノンの閃光が次から次へとリーオーの脇をかすめていく。しかし、そのどれもが紙一重で当たることはなく、ショウは機械の放つ正確な射撃の間を縫うようにして群れの中に突入した。
距離は詰めたものの、数量の差と、包囲された状況は変わらない。シャロンは一瞬後の運命を案じたが、ショウが抜いたビームサーベルが想像もしなかった異変を巻き起こした。
「……僕にはもう一つの力があるんだ!」
リーオーが手に持つビームサーベルが巨大な光を放った。それは剣と呼べる規模を超え、光の塔という言葉さえ脳裏に浮かぶ。
それはOZとの戦いでは見せていなかった、ニュータイプとも違う異世界の力……キング・オブ・ハートの紋章が呼び起こす魂の力を宿した、モビルドールには理解不能、そして対処不能な“必殺技”と呼ぶべき一撃である。
「なんですの、それは……!?」
「シャイニングフィンガァァ───ッ!! ソォォォ─────ドォォッ!!!」
横薙ぎに光が駆け抜け、辺り一面のビルゴたちが棒立ちのまま吹き飛ばされる。続く一撃は上から叩きつけ、前方に突き出し、大地さえ粉砕する威力が解き放たれていった。
爆音と閃光が去った後には、それが駆け抜けた跡が瓦礫になっていることが確認できただけだ。目の前の敵は文字通りに消滅していた。
「シャロン様、これは……!?」
部下の怯えた声は、その中に畏敬と希望が込められてもいた。この力を見れば心が熱く燃え上がるのは不思議でもない……なぜならそれは、たとえ異世界よりの力であろうと、やはりこの世界の人たちが等しく持っている魂の力だからだ。
「来訪者がこれほどのものを見せてくれたのです。私たちが遅れを取っては名分が立ちませんよ!」
近くの敵がいなくなれば、崩れている戦線を立て直しに駆けつけることができる。シャロンはようやく部隊を前進させ、戦いを攻めに転じさせることができた。
「それにしても……なんて無茶苦茶な子なんでしょう……?」
気分を良くして攻めかかるシャロンは、軽く肩をすくめた。
戦火がサンクキングダムに押し寄せる日がやってきた。
“ブラック・ジェネレーションズ”が危惧したとおり、敵軍は陸と海から同時に侵攻してきた。読みが外れたのは、モビルドールの輸送は船舶ではなく航空機で行われてきたことであった。トーラスが防空に出撃するが、ウィングガンダムがルクセンブルクに飛び立っている今、空戦力は大きく減少していた。
こんな時に限ってザンスパインもペーネロペーも用意しておらず、しかもパイロットたちは学校に行っている。
「シスが帰ってくるまで我慢ですね……。戻ってきてくれれば、大逆転なんですけど」
ユリウスはビルゴを引きつけながら、メリクリウスのプラネイト・ディフェンサーでビームを弾く。耐え凌ぐことはできるが、相手も同じものを持っている。モビルドールは無心に無駄弾を撃ち続け、人間は動けない戦局に苛立っていた。
「遠い未来の最新型、とやらか……。
貴様ら!ジオン水中型の意地を見せてやれ!!」
マッドアングラーから魚雷を繰り出し、ガルン艦長は出撃したグラブロ隊に気合いを入れた。
標的となるべき艦艇……市街砲撃のための戦艦、モビルドール輸送のための揚陸艦、船で脱出を計る市民を拿捕するための駆逐艦……などは、敵軍の中には存在しなかった。代わりに来襲したのは、OZの持つ水中用のモビルスーツであった。
その実力は、陸上用のリーオーとほぼ同等……トーラス、ビルゴと発展を続けた陸の機体に比べて遅れを取っていることは間違いない。
そこに、一年戦争当時のものとはいえ、その時点では無類の戦闘力を持っていたグラブロが襲いかかった。しかもその数は4機。
機動力の劣るOZのモビルスーツを魚雷で蹴散らし、水中母艦にクローを叩き込む。装甲の損傷箇所から浸水が始まり、あまりにも原始的な手段で精密機械の集合体が水没する。このジオン軍独特の設計思想への対策は、アフター・コロニーの機体には存在しなかった。
「……もらった!」
オグマを始めとした4機のグラブロは、母艦の装甲を破って浸水を呼び、動揺するモビルスーツを次々と刺し貫いていく。
海岸線が敵機の残骸で埋め尽くされるころ、新手が上空から押し寄せた。強固な装甲と電磁バリアーで魚雷を寄せ付けず、陸に向かって進軍を開始する。
「噂のモビルドールって奴が、これか……!」
水面を見上げ、4人は獲物を取り逃す無念に歯噛みした。モビルスーツではないグラブロは、地上に上がった敵機の相手はできないのである。
「チッ……狩りもここまでか……!」
「ズゴックでもありゃあ、追えたんですがね」
彼らはまだ使えそうな敵の残骸を回収しつつ、ガチャベースに撤収した。グラブロ隊にできることはここまでだった。
だが、それが幸運だったということは、彼らには知る由もなかった。数分の後、地上の戦況は彼らの想像もつかぬ地獄絵図となるのである。
学園の生徒たちの緊急避難が始まった。敵が侵攻を仕掛けた方向から離れるように、老執事パーガンが生徒たちをバスに集合させる。だがクレアたちはそれに乗って行くわけにはいかなかった。
「どこへ行かれるのです!貴方がたも、こちらでご避難を……!」
「せっかく平和主義を学びに来たのに、悲しいけど…… これ、戦争なのよね」
クレアは軽く手を振り、バスの窓からこちらを見ている不安そうな顔を見渡す。このクラスメイトたちが自分と同じ意見を持つことは一生ないかもしれない。ニュータイプとして、それはとても悲しいことだ。
しかし、彼女たちを守るためには。彼女たちが平和を学ぶ環境を維持するためには、やはり戦わなければならないのだ。
「ですがこの戦況では……! 基地まで、お車で行くのは危険すぎます!
ここはご避難を優先なされては……」
パーガンの言葉通り、モビルドールの攻撃はすでに市街に及んでいる。道路は避難民で溢れ、その中を駆け抜けていくのは容易なことではない。
「大丈夫っ♪ こういう時のために、いいものがあるんだから!」
クレアは右手を天に掲げ、指を鳴らした。生徒たちの視線が指先に集まる中、楽しそうな声を校庭に響かせる。
「出ろぉぉ───っ!! ガンダァ───ム!!」
その声と共に、校庭に置かれた噴水が割れた。
「ガ、ガンダムですと!?」
パーガンは驚き、揺れる大地に体勢を崩す。一瞬遅れて校庭の地下から姿を現したモビルファイターは、この国を守るにふさわしい騎士然とした容姿を備えたガンダム……ジョルジュ・ド・サンドが愛用していた、ガンダムローズであった。
「まあ……あれがガンダムなのですね……」
「なんて凛々しいお姿…… クレアさん、頑張ってきてくださいね……!」
バスの窓から黄色い声と潤んだ視線が飛び、それを一心に浴びるクレアは上機嫌でガンダムローズに飛び乗っていく。片手が地面に差し伸べられると、唖然としていたレイチェルが掌に乗り、カチュアとシスを抱き上げる。
「アンタ、これどこに隠してたのよ?」
「いいからいいから! じゃあみんな、またねっ!
クレア・ヒースロー、ガンダムローズ、いきますっ!」
ガンダムローズはバーニアを噴き上げ、一路戦場に飛び立った。その手の上から、シスは校舎に残ったリリーナの姿だけを見続けていた。
ゴルビーUが視界に見えると、モビルドールの包囲はメリクリウス一機が引き受けているのが分かる。プラネイト・ディフェンサーの力で無傷ではあるものの、その包囲陣を破ることもやはり容易ではない。
クレアはガンダムローズのシールド内から、この日のために用意してきた武器を飛び立たせた。
「行っけぇ〜っ! ローゼスビットぉっ!!」
ファンネルと同じく軌道計算には超人的な認識力を必要とし、しかもその発現には熱き魂が求められる。クレアやジョルジュのようにニュータイプとガンダムファイター両方の素養を持つ者でなければ使いこなせぬ必殺の武器が、メリクリウスに向かって撃ち続けるだけのモビルドールを死角から打ちのめしていく。
「クレア中尉!シスは!」
「来てるよっ!
ユーリィ一人でお疲れ様、ちょっと休んでる? やっぱ、必殺技も効いてくれるね!」
ビットで攻撃しながら、余裕に満ちた笑みを浮かべてレイチェルたちを艦に急がせる。そんなクレアにモニター越しに届く声は、普段より少し上擦っていた。
「ぜひお願いします!シスが出撃したら、クレア中尉も引いて構いませんよ!」
「……はぁ?」
モビルトレースシステムの中で、クレアは気の抜けた声を漏らした。
レイチェルたちがゴルビーUに帰り着くと、待っていたのは奇妙な命令だった。ガンダムまで使って帰ってきたというのに、レイチェルとカチュアには出撃命令が出ていないのだ。
そして、ユリウスまで艦内に戻ってきてしまった。
「ちょっと、これってどうなってるの!?」
「今日はシス一人で十分だからです!」
ユリウスの言葉とは裏腹に、今日の戦況は思わしいものではなかった。砲撃は市街を焼き、マッドアングラー隊の防衛ラインは超えられてしまった。ヒイロのウィングガンダムもここにはいない。
「シス、いいですか。あなたはこれに乗るために、今まで戦ってきたんですからね!」
ユリウスの自信に満ちた瞳が、格納庫の中の新型機に向けられる。ウィングガンダムと似た容姿。手に持つバスターライフルは二丁が組み合わされ、破壊力を倍増させている。
アフター・コロニー最強のモビルスーツ、ウィングガンダムゼロ。その機体の最大の能力とは、機体そのものの戦闘力ではなかった。コックピットに備え付けられた戦闘予想演算装置……己の死の可能性さえ脳裏にフィードバックさせ、あらゆる未来の可能性の中から勝利を掴み取る未来予測装置、ゼロ・システムの存在だった。
それがパイロットに与えるものは、ただ勝利だけではなかった。己の破滅をも辞さない強固な精神を強要する装置の見せる光景は、並の者なら発狂の危険性さえある。超人的な力量を持つガンダムパイロットでさえ、耐えきれずに投げ出した者もいるほどだ。
しかし、シスはそれに耐えるために生み出されたのだ。
サイコガンダム、バーサーカーシステムU、モビルトレースシステム……数々の戦闘デバイスに適応してみせたシスの、最後の、そして最大の課題であった。
歴史上、ゼロ・システムを乗りこなしてみせたパイロットは皆無ではない。だが、最強のニュータイプ能力を持つ強化人間が、他の戦闘デバイスを通じて得た経験を活かしてこの装置を動かす時、それがどれほどの力を生み出すのか?
あり得ない仮定を現実にする素材を手にしたユリウスは、当然のようにそれを実行に移した。
「これに…… 私が乗って、戦うの……」
シスはウィングゼロに歩みながら、機体が放つ邪気に震えた。それはサイコガンダムの比ではない。デビルガンダムですら、この機体の生み出すプレッシャーと同等であるかどうか。
だが、シスは戦闘を拒否するという選択は持っていなかった。コックピットに乗り込み、計器を見回していく。しかし、その口から自然に、言葉は漏れた。
「ユリウス……。 リリーナは戦いは嫌だと言っているのに……どうして、こんなことになったの……?」
ユリウスは眉をひそめた。
こんな時に、シスは何を言い出すのか。それに、シスが戦いについて疑問を持つことなど、今まで一度もなかったはずだ。
「サンクキングダムに攻めてくるロームフェラ財団は、リリーナが提唱する完全平和主義が世界に広まると、都合が悪くなるからです。
覇権を握ろうとする者は、リリーナが平和を口にすればするほど、その言葉が脅威となるんです。だから力で潰そうとする……!
リリーナがサンクキングダムという国を興した時から、こうなることは決まっていたんですよ!」
シスは操縦桿を握りしめたが、ユリウスの言葉に答えは返せなかった。
「シス・ミットヴィル…… ウィングガンダムゼロ、出ます……!」
バーニアに火が灯り、機体を戦場に飛び立たせていく。大地から見上げた学園の校舎を空から見下ろし、シスはただ悲しみに心を曇らせていた。
ユリウスの言葉は間違いではない。戦うことをやめればリリーナが殺されてしまう。
その認識だけを頼りに、シスは目の前に出現する未来から、己が敗北する可能性を切り捨てる。
シスは勝利を求め始めた。だが、その勝利とはいったいどこにあるのか? 目の前に並んだモビルドールを撃破してみたところで、もはや焼け始めた市街や、倒れていった人たちの命が戻ることは決してない。
眼前のモビルドールをビームサーベルで切りつけ、敵機は吹き飛び、家屋に飛び込んで爆発を起こし、逃げ遅れた人や巻き添えになる犠牲者を出し…… そして、シスはその未来への到達を止める。
斬るのをやめたモビルドールが向けた銃口を回避し、宙に舞い上がり、その眼下で一瞬遅れて砲撃が放たれ、無関係な民家を焼き尽くし…… それを見たシスは、やはりその未来への到達を止める。
「こんな事を繰り返して、何になると言うの……」
シスの思考はゼロ・システムと共鳴を始め、先鋭化していく。ひとつひとつ破滅の未来を打ち消していくうち、戦いの先に新たな未来が見え始めていく。だが、それは、やはり新たな戦場でしかなかった。トレーズが見た宇宙と同じ、このサンクキングダムではない何処かの戦争の光景がシスの脳裏に浮かび上がった。
そこでもシスはウィングゼロに乗っていた。それを見た時、シスはもはやこのガンダムから逃れることはできないのだと知った。そして、この時代を経た先にも戦争の悲劇は存在し続けるのだと。
「どんなに平和を願っても…… 戦いをやめることはできないのなら……」
ツインバスターライフルの銃口に光が宿っていく。史上最強の砲門が二つ。それはスペースコロニーさえ瞬時に焼き尽くし、虚無の空間に消し去る究極の火器。そこに渦巻く力は、シスの心が見出した戦場の結末に他ならない。
「平和を願う祈りさえ、戦いの理由にしかならないのなら……」
シスは二丁のバスターライフルを分離し、左右の手にひとつずつを構えた。そして、左右に砲門を向けた。
ゼロ・システムの果てしない計算は、ここに答えを出した。
「いっそ……何もかも消えてしまえばいい!!」
轟音が戦場を貫き、モビルドールも、プラネイト・ディフェンサーも、サンクキングダムの市街も焼き尽くし、シスはツインバスターライフルの閃光を撒き散らしたままウィングゼロを回転させ、莫大な破壊力のビームが洪水のように全てを押し流し、それはリリーナがいる学園も同時に……
「ああああっ!! きゃぁ──────っ!」
シスは絶叫した。そして、その光景は悪夢に過ぎないと知った。自分自身の手でリリーナを殺める未来には、まだ至ってはいない。
そしてゼロ・システムは新たな未来を、新たな計算をシスに強いていく。
リリーナを殺させない。戦争は止めなければいけない。戦いの道具は全て破壊する…… 次の結論をそこに導き出したシスは、眼前のモビルドールにビームサーベルを振り下ろした。あっけないほどに易々と装甲を破り、そして手近な敵機を求めて機体を飛び立たせる。
モビルドールの砲撃がウィングゼロに直撃することはなかった。ニュータイプ能力を極限まで高めたパイロットがゼロ・システムの演算能力を使いこなすことができれば、自動操縦の機械などが相手になるはずもなかった。
だが、ウィングゼロは攻撃を回避するために逃げることも、かわすこともしなかった。全ての行動は攻撃に結びついていた。
戦うための道具を排除する……その思惟の中には、シス・ミットヴィル自身までも“戦いの道具”として認識されていたからだ。己の死でさえも、それは戦う道具の一つが壊れること以上の意味などない。それは平和への道のりの一歩であるのだ。自爆装置に手が伸びないのは、自分が生きている間に一つでも多くの敵機を倒すことが、この瞬間に自爆を選ぶよりも“戦いの道具”を減らすことができるから、ただそれだけの理由しかなかった。
「戦うためのシステム……戦うための人形…… たいして違いはないわ……」
シスは狂ったように冷静に戦いを続けた。市街にモビルドールの残骸が吹き飛び、残骸が避難民の列の上に降り注ぐ。しかし、もはやシスは戦いを拒否する未来を選択しなかった。
モビルドールは全滅した。次の瞬間、シスは振り返った。ツインバスターライフルの砲門は、次に戦場で力ある存在……ガンダムローズに向けられていた。
「ちょっとやばいね、それって!」
クレアは、ウィングゼロにローゼスビットを飛び立たせた。その行為は、シスには戦闘の継続としか映らなかった。
ツインバスターライフルに光が宿る。クレアのいる位置を貫通してビームが飛べば、その後ろにはリリーナのいる学園があることも、引き金を止める理由にならなかった。
だが、クレアの放った必殺技は、ウィングゼロの猛威を止めた。周囲を取り囲んだビットが相互干渉を起こし、ウィングゼロを電流で包み込む。
「さあ、行くよっ! ローゼス・スクリーマ───ッ!!」
機体のエネルギーが瞬時に消耗し、ゼロ・システムも機能を停止する。照明も消えたコックピットに残されたシスは、虚空に放りだれたような気持ちで、垣間見た未来の様子を呆然と思い出していた。
ハッチが開けられ、光が差し込む。ファイティングスーツ姿のクレアが笑顔で手を差し伸べていた。
「シスちゃん、大丈夫?」
「え……。 わ……たし……」
抱き上げられたシスの瞳から、涙が溢れ出した。無意味な被害を出し、味方に銃を向けた。それなのに、まだ温かい手は自分を離さない。
「ごめんなさい…… ごめんなさい……」
譫言のようにシスが呟く言葉は、エリスの口癖と同じだった。それを思い出した時、クレアは悟った。
エリスが完全平和主義を嫌う理由はクレアも聞かされてはいない。ただ、かつて同じ事をしようとしたという言葉は、エリスがリリーナと話した時に聞いていた。
今のシスと同じように、エリスもまた悲劇の引き金を引いたことがあるのかもしれない。それに思い至ったものの、クレアはそれを直接エリスに問いただす気は起きなかった。
エルフリーデの命は薄氷を踏み続けていた。
プラネイト・ディフェンサーを持つ相手に砲撃戦は効果がない。無理にでも斬り込み、白兵戦に持ち込むしかない。そこまでは、確かに間違っていなかった。
陣形を崩せば勝機も見出せるはず、との予想は、人と機械の違いによって崩れた。乱戦の最中でも機械は同士討ちを恐れない。敵と味方の識別を正確に行う作業は、機械は得意とする分野であった。
共にいた部下たちは討ち果たされていた。中にはリーオーをビルゴに抱きつかせ、複数からのビームを浴びることによってビルゴの一機を道連れにする死に様を見せた者もいた。
「これまでだな、私も……」
通信が届いていることを示す警告は少し前から鳴っていた。だがそれを受け取る余裕はなく、その意味もないと思っていた。
だが、ビルゴを背後から握り潰す光の手が彼女の運命を変えた。ショウのリーオーの後から、シャロンが率いた一隊が突入を開始する。モビルドールは背後からの攻撃に対して、振り向き、敵を認識して、攻撃方法を模索せねばならなくなった。
機械であろうと対応は遅れる。その一瞬の隙を、エルフリーデは見逃さなかった。一機を切り倒して囲みを破り、さらに援軍と協力してモビルドール部隊を殲滅すると、ようやく鳴っていた通信機に手を伸ばすことができた。
「エルフ!!通信にも出ないで、いったい何をしていたんですの!?」
シャロンの怒った声を聞くと、安堵の溜息さえ漏れる。自分も、シャロンも、生き残ることができたのだ。
そこに新たな通信が入った。
モニターに浮かぶトレーズの顔を見て、エルフリーデに食ってかかろうとしていたシャロンも姿勢を改める。
「ショウ……、シュルツ特尉。戦いを止め、私のところまで来るのだ。君たちに託す運命がある……」
「ですが、まだ敵が……!」
二部隊を撃破した。まだ、それだけだ。空からは果てしなく増援が降り立ってきている。
しかし、トレーズの声は静かで、涼やかだった。
「エピオンはすでにヒイロ・ユイの手に委ねられた。彼は苦もなくモビルドールを蹴散らすだろう……。
キャンベル特佐、部隊をまとめて後退したまえ」
通信が切られると同時に、三人の頭上を双頭の飛竜のような機体が越えていく。それはモビルスーツの姿に変わると、手に持つ鞭の一撃で群がる敵機を砕き、叩き伏せていった。
背中に備えられた翼や赤黒い塗装、そして鞭による強烈な攻撃は、ショウにマスターガンダムの勇姿を想起させた。
「凄いや……あれが……」
「ガンダムエピオンだ……!」
トレーズの言葉によれば、エピオンを操る戦士はヒイロ・ユイである。開発中のエピオンを見て、その能力を知っているエルフリーデさえも、その戦いぶりには圧倒されるしかなかった。
「あれでは私たちも足手まといにしかなりませんわね…… エルフ、ショウ、トレーズ様のお言葉通りになさい。
私は兵をまとめます」
シャロンの声には余裕が戻っていた。どうやっても死期を伸ばすだけの末期戦ではなく、今や確実な勝算が目の前にある。彼女の目指すものは勇壮な戦死ではなく、可能な限りの戦力を温存しての脱出に変わっていた。
「お願いします、特佐。
ショウ……行くぞ!」
エルフリーデは城内へと機体を走らせながら、自分の乗機となるはずだったガンダムの姿を思い浮かべた。
ショウは照明が落ちた廊下に連れ込まれた。はぐれないようにエルフリーデの手を握り、お化けでも出そうな暗い城内を不安げに見回しながら、エルフリーデの行く方向に向かって足を進めていく。
「どこか、やられて故障しちゃってるんじゃ……?」
「照明を付けていないだけだ。動いてはいる……!」
エルフリーデは不安な声を打ち消した。トレーズが潜伏している区画を無人と思わせるための処置にすぎない。
入り組んだ廊下を駆け抜け、奥の一室に唯一赤く灯った機械の明かりが、二人に無機質な声を発する。
「声紋ト指紋ノ照合ヲ行イマス。姓名ヲ言ッテクダサイ」
促されるままに、ショウは右手を目の前のパネルに置いた。エルフリーデは、自分ではこの扉を開けられないことを知っていた。
「ショウ…… ルスカ……」
「データ照合……確認。中ニオ入リ下サイ」
ごぅん、と重い音を立て、壁にしか見えなかった奥の扉が左右に開く。エレベーターを守る厳重な保安装置の先に、わずかに光が差し込む一室が続いていた。
ショウは、そこに人の気配を感じた。
「トレーズさん!?」
暗い部屋の奥に、その微笑みはあった。トレーズの表情には、全てを成し遂げた安堵が浮かんでいた。
エルフリーデは遅れて敬礼し、ショウ・ルスカをお連れしました、と短く報告する。その内心には、先ほどまでは暗がりに怯えて手を離さなかった子供への畏敬があった。震えていたはずが、暗い室内でトレーズに気付くのはエルフリーデより速かったのだ。人の心を感知する超能力者という噂話が心をよぎる。
「ごくろうだった、シュルツ特尉……。
ショウ……君がこの地に足を運んでくれたことを、今一度心より感謝しよう……」
トレーズは目を閉じ、虚空を見上げた。
「そして君には詫びねばなるまいな。ガンダム06を分解してしまったことで、君にはいらざる苦戦を強いてしまったようだ……」
「ううん、そんなこと……。あれくらい、僕はどうってことないよ! それよりトレーズさんがガンダムで戦えば……」
「それはできない。あのガンダムは私が手にすべき力ではなかった。
それゆえに……もうひとつの機体も、シュルツ特尉の手に渡すことはできなくなった……」
静かに頭を下げ、トレーズは瞑目する。エルフリーデは体を固くし、私はトレーズ様の仰せのままに、とだけ言葉を絞り出す。
「もうひとつの機体?」
「あらゆる意味で、エピオンと対極に位置するガンダムだ。
攻める機体と守る機体。人を相手に戦う機体と、機械を相手に戦う機体……だが、それも上辺だけの違いでしかない。
両者の設計には、私が相反する願いを込めさせてもらった。エピオンには混迷の戦場を治め、人類をあるべき平和へと導くための戦いの顕現として。
そして、それに相反する願い……混沌とする戦場を糺し、戦士たちをあるべき戦いへと導こうという願いだ。
それはこの世の全てのモビルスーツの中でただ一つ、平和ではなく戦争を求めようとする機体だ。たとえそれが正しき戦争の姿であったとしても。
だからこそ、本来ならば開発に成功することなく、歴史の光を浴びることはなかったのだろう……」
トレーズは目を開いた。眼差しの先にガンダムがあった。
エピオンの赤黒いシルエットと対をなす、マリンブルーの装甲は無骨でいかめしい。だが、その手にはビームライフルはなく、機体のどこにもビームサーベルなども見当たらなかった。
「それって…… 僕が、ここに来たから……」
「そうだ。それゆえ、このガンダムを操る運命にあるのは君しかいない……。
真に戦いがあるべき姿を見出すためのガンダムは、それゆえに戦いを求め、生み出していく。それはエピオンにさえ託すことのできぬ許されざる願いだ。
その名に、エピオンのように意味を込めることはできない……ガンダムアクエリアス。陳腐ではあるが、相応しかろう……」
「このガンダムを、僕が……?」
ショウは幻を見るような目でアクエリアスを見上げた。そして、これで仲間のところへ戻りたまえ、というトレーズの言葉を聞いた。
「私が君に対してできる事はここまでだ。あとはこの世界のさらなる勇者たちが、君に世界の行く末を見せてくれるだろう。
シュルツ特尉……君に最後の任務を与える。私に代わってショウと同行し、彼を守り、そして共に見るのだ。この世界の戦いの行く末、そしてさらなる世界の戦いの地平に、何があるのかを……」
二人は愕然としながら、背を向けるトレーズの後ろ姿を見送った。
「トレーズさん……!」
追おうとするショウの肩を、背後の手が止めた。
「見届け……ご報告に参ります……。必ず!」
エルフリーデの瞳の奥に滲むものがあった。彼女にとって、トレーズの命は絶対である。たとえ、それがトレーズの元を離れろという命令であっても。
城を飛び立ち、彼方の空に遠ざかるアクエリアスの姿を認めたシャロンは、生き残った将兵を助けながら軽く手を振った。
「エルフ…… 次に会うまで、生きていなさい……。 命令ですのよ……」
シャロンの瞳の端にも、エルフリーデと同じ光が宿り、頬を流れ落ちていった。
ルクセンブルク城での戦いを終えると、ヒイロはエピオンを駆ってサンクキングダムに急いだ。
トレーズの抹殺には失敗した。ウィングガンダムは撃破された。だが、代わりにエピオンという新たな機体を得た。
そして、サンクキングダムでは新たな運命が待ち受けていた。宇宙に放棄されていたウィングガンダムゼロを回収し、ゼクスが戦場に姿を見せていたのである。リリーナはすでにOZへの降伏を決定しており、戦士たちは戦う相手を見失うばかりであった。
だが、ウィングゼロとエピオンに搭載されたゼロ・システムは、両者を敵と判断した。
両機は互角の戦いを演じた後、ゼロ・システムの計算能力の限界を超えて機能を停止させた。これ以上の戦闘は無意味だと判断し、二人は周囲に残ったOZの戦力の掃討に方針を変えた。ゼクスはエピオンに、ヒイロはウィングゼロへと機体を変えて。
ゼロ・システムが見せる戦場の分析に従い……あるいは未来を掴み取り……ヒイロは夜間になっても押し寄せるOZのモビルドール部隊を潰し続けていた。
そこに、レーダーが新たな反応を捉えた。
「データ照合……該当機体なし……。戦闘データの分析を同時に行う……。
形状はガンダムタイプに酷似している。これより戦闘を開始する…… 敵機の名を、仮にその形状から……」
サンクキングダムに向かって飛ぶ謎のガンダム。その姿は人と鳥の中間のような形状を見せ、両肩から伸びた巨大なビームキャノンは腕と合わせて翼のような印象を持たせた。赤を基調にした配色は美観と共に壮麗ささえ備えていた。
「“フェニックス”と名付ける……!」
ヒイロはバスターライフルを構え、迫り来る鳥のような機体に閃光を放った。
ルクセンブルク城での戦いを終え、サンクキングダムまで飛行するのはかなりの時間が必要だった。
サンクキングダムでも戦闘が起こっているようだったが、そこには間に合いそうもない。味方の無事と、そして到着するまでサンクキングダムに滞在し続けてくれることを祈りながら、ショウはアクエリアスを飛ばし続けた。
ヒイロのガンダムエピオンはレーダーにさえ映らないほど先に行ってしまっている。飛行形態に変形できるエピオンとは、大気圏内での飛行速度は大きな隔たりがあった。
アクエリアスの操縦方法、そして機体に込められた対モビルドール用の超兵器についてエルフリーデから教わりながら、少しずつサンクキングダムに近づいていく。
そして、ようやく市街に煙が上がっている光景が視界に入った時、一機のモビルスーツが立ちはだかる姿をレーダーが映し出した。
「あれ……ウィングガンダム……? だとしたら、パイロットは誰……ヒイロなの……?」
形状はほとんど同じだ。ウィングガンダムの改良型といった印象を受けた。相手はその手にある武器をこちらに向ける。それは、まぎれもなくバスターライフル……それが二門組み合わせられた最強を超えた火器、ツインバスターライフルである。
光が駆け抜ける寸前、ショウはアクエリアスの青い機影を上空に逃した。託された願いの通り、この機体はほとんど武装を持っていない。眼下を通り過ぎるビームを見下ろし、操縦桿を握っていないエルフリーデは戦慄した。
「ヒイロ・ユイがなぜ撃ってくるんだ……!? あれは敵なのか……!」
「ヒイロ!? パイロットはヒイロなの!? 僕だよ、ショウだよ!」
呼びかけには、確かに答えが来た。期待したとおりのヒイロの声が。
『ショウ…… ショウ・ルスカ……貴様がそのガンダムのパイロットか……!』
ヒイロは冷静に呟くと、バスターライフルを収めた。そして安堵する二人の前でビームサーベルを抜き、ウィングゼロを突撃させた。
ゼロ・システムの判断を超え、謎の“フェニックス・ガンダム”は容易くツインバスターライフルを避けて見せた。
『ヒイロ!? パイロットはヒイロなの!? 僕だよ、ショウだよ!』
“フェニックス”からの通信が届く。その幼い声を戦場で聞いたことは何度もあった。そして、彼の持つ恐るべき戦闘能力も、ヒイロは決して忘れたことはなかった。
「ショウ…… ショウ・ルスカ……貴様がそのガンダムのパイロットか……!」
ゼロ・システムがヒイロの記憶に残るショウの戦いの姿を映し、それを計算に加えていく。
ショウが操る機体であるなら、あのガンダム06と同じく多数の浮遊砲台を隠し持っている可能性は高い。もしも両腕のメガビームキャノンがツインバスターライフルと同等、ないしそれ以上の破壊力を持っているなら、ウィングゼロと言えども砲撃戦は不利だ。
相手の弱点は、そのビームキャノンにある。両腕を覆うような位置に設置された、腕よりも大きな砲は、斬り合いには邪魔になるはずだ。それを判断すると、バスターライフルを戻してサーベルを抜く。そして、真正面から……普通の機体であるなら簡単に防ぐことができるだろうが、この“フェニックス”にはむしろ死角となってしまう位置から光の剣を振り下ろした。
だが、ヒイロの見た光景は、予想をはるかに超えたものだった。
“フェニックス”の左手がビームサーベルを止めた。そこには盾も剣も持ってはいない。掌から閃光を放ち、ビームサーベルの威力を握り潰したのである。予測されるエネルギーを読み取り、ヒイロは背筋に冷たいものを感じた。
「うかつだった……! ショウ・ルスカがもしもあの力を自在に操る能力を持っているなら…… あの“フェニックス・ガンダム”が、シャイニングフィンガーまで使えるとしたら、近接戦闘でさえウィングゼロに勝ち目はない……!!」
ウィングゼロのビームサーベルが振り下ろされる。ショウはアクエリアスの左手を掲げ、必死に斬撃をシールドで受け止めた。アクエリアスは武装に乏しい機体ではあったが、そのぶん堅牢な構造に作られていた。
話しかける間もなく、ヒイロはウィングゼロを後退させた。そして、再びツインバスターライフルをアクエリアスに向ける。
「どうするんだ、ショウ! アクエリアスでは、ウィングゼロにはとても太刀打ちできない!」
「そんなこと言ったって……!」
「ニュータイプなんだろう……!ヒイロの心が何を考えているか、分からないのか?」
焦る声に答えるように、ショウはヒイロの心を感じようとする。
バスターライフルを、いつ、どの方向に発射するのか。どうすれば回避できるか、そして生き延びることができるか。
「迷ってる……」
「なに?」
ショウは、ヒイロ自身がどの方向に撃てばいいのか分からなくなっていることを悟った。
「どれでもない……どれでもないんだ…… トレーズさんの言ってた、あるべき戦いって……!」
“フェニックス”の光の掌の射程から逃れるべく、ヒイロはウィングゼロを後退させた。
ウィングゼロの持つ最強の兵器、ツインバスターライフルの照準を定める。だが、それは苦し紛れの行動でしかなかった。ヒイロは銃を構えたまま、己の未来を探り続けた。
意を決し、手の操縦桿の引き金を引き、ツインバスターライフルの発射と同時に“フェニックス”のメガビームキャノンが火を噴き、逆にビームを押し流し、ウィングゼロの装甲を飴のように溶かし…… だが、その未来は来ない。
迷う間に“フェニックス”の背から羽毛のような浮遊砲台が飛び出し、その数は数十、数百、数千と増え続けてウィングゼロを完全に包囲し、あらゆる方向から放たれるビームが蜂の巣のように貫き…… だが、その未来も来ない。
“フェニックス・ガンダム”がシャイニングフィンガーの光を両手に宿し、その間に生まれた巨大な光弾が視界を目映い閃光で埋め尽くし、異世界の超必殺技がウィングゼロを紙屑のように握り潰し…… だが、その未来も来ない。
モビルアーマー形態に変形した“フェニックス”は文字通り不死鳥の姿となり、一瞬のうちにヒイロの背後に回り込むと、ビームサーベルを両手に掲げて、羽ばたくようにウィングゼロを斬り下ろし…… だが、その未来も来ない。
「奴の……俺の本当の未来は、何だ……!? 答えろ、ゼロ!!奴の本当の姿は!!」
『どれでもない…… どれでもないんだ……』
「…………!!」
通信が届くと同時に、ヒイロの眼前の光景が変貌した。
そこは宇宙である。ヒイロは大軍の激突の中を切り開き、駆け抜けていた。群がる敵は浮遊砲台が防衛ラインを築き、自身はただ一直線に戦場のただ中を飛び続ける。倒すべき敵を求めて。
『トレーズさんの言ってた、あるべき戦いって……』
「これが……まさか、エピオンがトレーズに見せたという戦いなのか……!」
飛翔の果てに、敵が見えた。黒いガンダムが二機。いずれもヒイロの見たこともない、未知の世界の見知らぬガンダム。
ヒイロはガンダムの主砲を構え、狙いを定める。
「バスター……メガビームキャノン……!発射……!!」
ヒイロの引き金を受け、フェニックス・ガンダムは轟音を放った。
ウィングゼロは動かなかった。ツインバスターライフルを掲げたまま、そこから光の渦を吐き出すことはなかった。
そして、眼前にあった機体が、今まで見ていた幻影ではなく、青い非武装のガンダムだと知った。
「ショウ…… そのガンダムは、何という?」
「ガンダムアクエリアス……。トレーズさんが、そう言ってた……」
ヒイロはツインバスターライフルを下ろした。そしてゼロ・システムが見せた幻影は何だったのか、自問自答を繰り返した。
「行け…… ゼロは、お前と戦うことを拒んだらしい」
「えっ……?」
ショウは半信半疑のまま、アクエリアスをサンクキングダム市街に向けた。今日の戦闘は、これで全てが終わった。
戦火に焼かれた市街は、悲しみに静まりかえっていた。
この最悪の事態を打開する唯一残された方法として、リリーナは国家の解体と、降伏を宣言したのである。
戦士たちの元へリリーナが最後の別れを告げに来ていたとき、シスがぼんやりと目を開けた。極度の疲労と精神的苦痛のために、シスは立つこともままならない状態だった。だが、リリーナに会おうとする意志は、かろうじて意識を止めさせていた。
「シス……?」
「ショウが…… 帰ってくる……」
抱きかかえているユリウスの腕の中で、シスは安堵に包まれた微笑みを見せた。それはすぐに寝顔に変わり、体重をかけられたユリウスが軽くよろめく。
「本当……ショウ、ショウが来てるよ!あっち!」
カチュアが指さす空に、青いガンダムが見えた。それは失われたHiνガンダムではなく、彼らも見たことがない新型機である。
着地したアクエリアスのコックピットが開き、少年の顔が見えると、沈んでいた戦士たちに輝きが戻った。
「ただいま!みんな…… 帰ってきたよ!」
「ショウ!その機体は……それに、後ろの人は……?」
OZの制服を身につけた凛々しい女性が、ショウを抱いて機体から下りる。ショウも信頼している様子は、敵対的な意志を持ってはいないことを窺わせた。
「私はOZの騎士エルフリーデ・シュルツ。トレーズ様の命により、貴官らと行動を共にしたい」
意図は誰もが驚くものだったが、エルフリーデの敬礼は真面目そのものだった。
子供たちが唖然としている中、マークは敬礼を返して言葉を繋ぐ。
「“ブラック・ジェネレーションズ”第二部隊長、マーク・ギルダー大佐だ。ショウの帰還への尽力に感謝する。その功により、申し出を受け入れることもできるだろう。詳しい話は艦内で伺いたい」
マークはリリーナに一礼すると、エルフリーデを伴いゴルビーUに足を向ける。その場に残されたのはドロシーの運転する車に座るリリーナと、子供たちばかりになった。
「リリーナ……これで終わりって思いたくないよ?私は、リリーナが行く未来を信じてるから」
クレアは珍しく真剣な顔でリリーナの手を握った。それに対して、リリーナは力なく肩を落とした。
「私のしようとしていたことは、失敗に終わったのです……。今後もクレアさんの期待に応えられるのかどうか、分かりません……」
「トレーズさんも、同じようなことを言ってたよ……」
子供の声に、リリーナは振り返った。初めて見る子供…… 今、仲間たちの元へと帰ってきたばかりのショウが、リリーナの顔を覗いていた。
「僕は、トレーズさんも、リリーナさんも同じだと思う」
「私が…… トレーズ・クシュリナーダと……?」
「うん……。トレーズさんは本当の戦いを……リリーナさんは本当の平和を探しているけど……
世界をよりよいものにしたいって思ってて、それに近づけるように頑張っているのは同じでしょう?」
ハンドルを握っているドロシーがくすっと微笑みを浮かべ、ショウの顔に目線を送る。
「楽しいことをおっしゃる子ですのね……。こちらの方々にはいろいろな思い出をいただきましたけど、最後に貴方にも会えて、ドロシーは感激ですわ。坊や……お名前をお聞かせいただけるかしら?」
ささやかに棘の入った口調にクレアはまだ怒ってるんだなぁ、と呟き、慌てて視線を逸らす。
「え……えっと…… し、ショウ…… ショウ、ルスカ……だよ……」
「ショウ……」
リリーナは少年の名を呼び、手を差し伸べる。軽く握手を交わすと、柔らかい微笑みを浮かべてみせた。
「貴方の言うことが間違っていないのなら…… 私はトレーズ・クシュリナーダに負けるわけにはいきません。
彼の求めるものが戦いであるのなら、どんなものであろうと私はそれを止めなければならないのです……」
そして、リリーナの表情は芯の強さを現したものに戻った。それを見たドロシーは嬉しそうに微笑むと、最後に挨拶を述べて車を走らせていった。去っていく車を見送りながら、ショウは今後リリーナが勝利してもトレーズが勝利しても、その未来は同一のものになるのではないかと思っていた。
感慨に耽る間もなく、ショウの背中に重いものが載せられた。
「わわっ!?」
バランスを崩してよろめきそうになったが、なんとか体を支えて起こす。寝入ってしまったシスをショウの背中に押し上げ、力仕事から解放されたユリウスがふうっと息を吐く。
「帰ってきてくれて助かりますよ、ショウ。シスが安定するには、君が必要みたいですからね」
ユリウスはどこか憮然としていた。その態度を見て、いきなりシスを背負わされたショウも口を尖らせる。
「もう!せっかく帰ってきたんだからさ、もうちょっと喜んでくれたっていいじゃないか!」
「喜んでますよ。まったく……」
ユリウスは口調を変えることはないまま、しばらく口の中で言葉を繰り返した。
そして、思い出したように振り返ると、ショウの顔から足下までをしげしげと眺めた。
「な、なんだよ?」
「……似合ってませんねぇ、その服? 連邦軍の制服のほうがまだマシです」
「やだよ、あんなかっこわるいの! こっちの方がいいよー!?」
「止めておいた方がいいですよ、ぜんぜん似合ってないんですから」
ふうっ、と大きく息を吐き、ユリウスはゴルビーUへと戻っていく。他の者たちも後を追い、シスを背負っているショウは一人遅れて走っていった。寝息を立てるシスの表情は、安堵と幸福に満ち溢れていた。
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