第五十話 集う将星
〜バルジ攻防戦〜
サンクキングダムの戦いが終わった後、世界は大きく平和に向けて動き出した。
ロームフェラ財団は戦乱を治めるために地球圏を統一する世界国家の樹立を宣言、投降したリリーナをその女王に据えるという決断に出た。当初は人心を掌握するための傀儡としての擁立であったが、その意図に反してリリーナは女王として実権を掌握し、ロームフェラ財団内部の軍備撤廃に意見を集約させていった。
こうして、地上から闘争の火種は消えつつあった。宇宙はトレーズ時代に融和路線を進めていたために、それを継承すればよかった。
「こんな状況で、なぜここに留まっているのです?」
マーク・ギルダーは疑問を投げかけた。その先にいるのは、ゼノン・ティーゲル少将である。
すでにこの時代から戦いがなくなろうとしている今も、“ブラック・ジェネレーションズ”は地球とコロニーの間の小惑星帯に身を潜め、軍備の調整を進めている。MO−Xコロニーでの戦いを終えたゼノン少将の部隊と合流し、両部隊の得てきたモビルスーツの情報の統合、モビルスーツ小隊の再編成まで行っている。トレーズ派からの亡命者エルフリーデ・シュルツ特尉の処遇も、他のパイロットたちと同じく旅の仲間として迎え入れることに決まっていた。
「この時代が完全平和主義によって治められることが決まった以上、ここに留まる理由はない。軍備増強は他でもできる……か」
ゼノンは、マークがこの時代から一刻も早く離れたいのだということは分かっていた。そして、“ブラック・ジェネレーションズ”を率いるゼノン自身も、多かれ少なかれ似た感情は抱いていた。
「全く同感だ。だが、第一部隊はこの時代の行く末を、別の場所からすでに見てきた。
ここからもう一波乱あるのだよ……我らは、それに備えねばならんのだ」
軍人の義務だと言い聞かせることは、ゼノン自身への言葉でもあった。己の意図がどこにあろうと、今は職務を遂行しなければならないのだと。
ゼノンが立ち去った後、マークの意識はもう一人の人物を感じた。彼の名を呼び、体を寄せる少女は、不安と悲しみを顔に浮かべていた。
「エリス……?」
「マーク……まだ、この時代の人たちを許せないの……?」
問いに対する返事はなかった。答えは、ただ強い意志を秘めた瞳の中の、暗く燃え上がる感情だけだ。
「確かにリリーナは昔の私と同じ事を考えているわ。でも、私と同じ結果になるとは限らないじゃない。
この時代の未来は、この時代の人たちが決めることでしょう?」
「そして、俺たちの過去にたどり着く……!結果は見えているだろう?」
マークはエリスに背を向け、硬く目を閉じた。
「俺たちがここに来て戦っているのが何故か、一生知ることもない奴らに……どう好意を抱けと言うんだ……!」
彼女から逃げるようにその場を去るマークの背中を見つめ、エリスは悲しげに目を伏せた。彼らの戦いが開始された原因を辿れば、全ての責任を背負うのはエリス・クロードなのだから。
マークはそう思いたくないのだ。だから、戦乱の原因をこの時代の人に向けようとしている。エリスにはそれがありありと分かった。そして、それが虚しい行為にすぎないと分かってくれることを、心の片隅で祈った。
そんなエリスの表情は、マークとすれ違って来た声に崩された。
「やあ、お久しぶり? ……美人がそんな顔してちゃいけないぜ?」
「え? え……ええと……」
「サエンだよ、サエン・コジマ。覚えててくれなかったなんてショックだなぁ?」
気軽に話しかけてくる少年は、大きなリアクションを見せた。エリスは慌てて真面目に表情を作り直す。
「ご、ごめんなさい…… 忘れていたんじゃなくて、その、ええと……」
「ははっ、いいさ。俺も人の恋路を邪魔しちゃうわけじゃないし。
ただ、そんな顔してるより、笑ってた方が可愛いよ? ……まあ、どんな女の子だって、そうなんだけど」
サエンは軽くエリスの肩を叩くと、ブリッジルームに入っていった。一通り女の子に声をかけていく姿は、もうエリスのことなど忘れてしまったように見える。
「いよう、ミラちゃんお元気? 泣いてる君も可愛いよ」
「お元気、じゃないですよぅ! もう絶対ここから離れませんからっ!」
ブリッジにサエンが入るのを見ると、ラ・ミラ・ルナは自分が座っている椅子を強く抱きしめ、怯えた顔で振り返った。その声を廊下で聞いたエリスもブリッジに戻ると、ただごとではない様子に心配そうな顔を浮かべた。
「ミラさん、ここに来ていたの……?」
「ああっ、エリスさん!助けてくださいぃ〜!! みんなが私を殺そうとするんです〜!!」
「え…… い、いったい、なにがあったの?」
もともと、ラ・ミラ・ルナは本部勤めのオペレーターであった。
ゼノン少将率いる第一部隊は、前線の主力であるアキラ・ホンゴウがランタオ島で重傷を負い、その戦力を補う必要があった。オペレーターを務めていたジュナス・リアムがパイロットに復帰し、そしてジュナスの代役としてミラが前線に異動していたのである。
当然、オペレーターの椅子に座るものだと思っていた。
「マニュアル読んだだけだっていうのにっ!いきなりモビルスーツに乗せてっ! しっ、死ぬかと思ったんですよっ、本当にぃ!!」
椅子に変わってエリスの体を抱きしめたミラは、目に涙を浮かべて嗚咽混じりの叫びを繰り返す。エリスから不信の目を向けられたサエンは別の方向を眺めつつ、メリクリウスなんだから大丈夫だったんだけどなぁ、とごまかした。
「ここは大丈夫ですよね、モビルスーツの人は大勢いますよね」
「ふう……。大丈夫よミラさん、いざとなったら……私が出撃すればいいんだから……」
ミラの体を抱き返しながら、エリスは深く溜息をついた。これでは、マークの面倒を見るどころではない。
「素晴らしい……!まるでジオン水中系の魂を形にしたようだ!」
モビルスーツデッキで目を輝かせるのも久しぶりのことになる。クレアは目の前に並んだガンダムたちの中からお気に入りを見つけると、何度も拳を握って感激を露わにした。
“ブラック・ジェネレーションズ”の新たな旗艦となる宇宙戦艦グランシャリオは、ゼノン少将の第一部隊とマークが率いてきた第二部隊を糾合してもなお艦載数に余裕があり、艦内にモビルスーツの改修も可能な工場まで備えた、戦闘艦であると同時に移動拠点の役割も可能な機動要塞と呼ぶべき存在である。二つの部隊に分かれて行動していた“ブラック・ジェネレーションズ”は、今後の決戦に備えて戦力の集中と再構成にあたっていた。
部隊が合流したことで、ケイやミンミも、整備においては師匠と言えるダイス・ロックリーと共に仕事に励むことになる。若者は未知の技術に目を見張り、老人は子供たちの腕前の上達を喜んでいた。
クレアが見ているのは、第一部隊がMO−Xでの戦闘の末に入手したガンダムアスクレプオスである。普段はガンダムらしい姿をしているが、少し視点を変えると、宇宙世紀のジオン軍が開発した機体にそっくりな部分が生まれるものだ。それはアスクレプオスだけではなく、MO−Xの戦いに投入された様々なガンダムに当てはまる奇妙な共通点であった。
「ねえ、なんでこれズゴックになるの?」
「絶対言うと思った。実は、アタシたちもよくわかんないの。こっちに来たら聞いてみようかなって思ってたんだけど」
ケイは軽く床を蹴って、違う列に並んでいるウィングガンダムゼロの足下へと移動する。そこにはユリウスが資料を手に、やはり興味深そうに笑みを浮かべていた。
「ねえねえ天才クン、なんか分かった?」
「まだ決定的とは言えませんが、宇宙世紀の機体との類似性は各所に見受けられます。グリープの主砲なんて、はっきりメガ粒子砲って書いてありますからね。何らかの形で技術の直接的継承はあったんだと思いますよ。PXシステムはサイコミュ兵器のひとつなのか、それともZガンダムのオーバーロードを安定させたものなのか…… もしも後者だとすれば、未来世紀のガンダムとも照らし合わせてみないと……」
嬉しそうに語るユリウスの背後に、鋭い表情をした少年が降り立つ。その後から、褐色の肌の少女が並んできた。
「おい」
ラナロウ・シェイドは短く言った。振り向いたユリウスは、ウィングゼロの隣に並んだ機体を見上げ、そのパイロットであるシェイドに新たな話題をかける。
「凄い機体じゃないですか、このハイドラガンダムは! とてもアフターコロニーの機体とは思えないまともな武装に、インコムまであって……中尉なら、これがあればクレア中尉の撃墜数を抜けるんじゃありませんか?」
「こいつがそんなに気に入ったか……。欲しけりゃ、おまえにやるぜ」
「えっ?」
ユリウスが注目していたのが初めて見るハイドラガンダムであるのと同じように、シェイドの視線の先は己の乗機ではなかった。睨み付けるような眼差しの向く先には、シス・ミットヴィルと、彼女の操る機体があった。
「こいつがウィングゼロか……俺はこれに乗る。いいな?」
「だ、駄目ですよ、これはシスのために設計されて…… そう調整されてるんですから?」
「なら、俺のためにもう一機作れ。それならできるだろう?」
シェイドは有無を言わさぬ口調で迫った。迫力に押されたユリウスは少し後ずさりつつ、反射的に首を縦に振った。
それを確認すると、シェイドはシスの方を向いた。シスは表情を変えずに視線を受け止めた。
「そうまで、シスちゃんに張り合わなくったって……」
つぶやきを漏らしたのは、シェイドの後ろにいるレイチェルだった。
「前も言っただろ…… こいつにわざわざ専用機があるってことは、俺の腕を信用してないってことだ。
同じ機体でこいつより戦えるってことを見せてやれば、お偉方の考えてることも変わるだろうよ」
低い口調に、ユリウスは冷や汗をかき通しになっていた。そう上に報告させられるのもユリウスになるのだろうし、そもそもシスを推しているのもユリウス自身なのだから。そんなユリウスの横で、シスは沈黙を通したままシェイドの顔を見上げていた。
「……ところで」
ケイについてきていたクレアを背後から抱きとめる腕は、強く締め付けるように彼女を逃がさない。
「ウィングゼロなんてご大層なものができてるっていうのに、どうしてデスサイズは音沙汰ないのかしら、クレアちゃん?」
「ひぃぃぃっ!?」
ラビニア・クォーツの声が聞こえると、クレアは振り向く勇気もなく体を震わせた。
「あ、あのっ、そのっ!? デュオがなかなかつかまんなくてっ、もうすぐ合流するはずでっ、あわわわわ」
「デュオ・マックスウェルがうちから逃げ回ってるの、アンタのせいじゃないんでしょうね?一緒に行動してたとき何やったのよ?」
「し、知らないってばぁ…… あっこらぁ!レイチェル逃げるなっ、この薄情者〜!!」
クレアがもがいている間に周囲の人間はそろそろとその場を去っていき、騒がしい声だけが響き続けた。
その様子を少し離れた場所から眺めていたエルフリーデは、戦士たちの姿と居並ぶガンダムたちに驚嘆の念を禁じ得なかった。
「これがOZを苦しめ続けてきた、ガンダム……“ブラック・ジェネレーションズ”の戦力だというのか……」
年若いパイロットはショウ・ルスカ一人ではなかった。また、ガンダム06と07の他にも同等以上の力を持つガンダムがあり、さらにガンダムの姿を持たないモビルスーツたちですら、それから受ける偉容は変わることがない。
彼らはこれほどの力を温存しながらOZを翻弄し続けてきた。それを知る立場に置かれると、頼もしさの前にどうしても僅かな空しさを感じざるを得なかった。しかし、彼女がすべき事は、今は肩を落とすことではない。クレアを締め上げるラビニアの前に回ると、二人のいざこざを敬礼で止める。
「お初にお目にかかる。私は先日入隊したエルフリーデ・シュルツだ。貴女が主計士官殿か。私もモビルスーツを拝領願いたい。
私はトレーズ様の命により、ショウ・ルスカを守るために戦わねばならない」
この気さくな面々の中で、こうした硬い態度はかえって浮いてしまうだろう。そうは思ったものの、暴れているのを止めるにはこちらの方が効果はあったようだ。
「え……ええ。私は、ラビニア・クォーツ大尉よ。よろしく」
ヘッドロックを極められていた少女を離し、金髪の女性も敬礼を返す。
「OZにいたっていう人よね。なら……トールギスがあるけど、どうかしら?」
ラビニアは倉庫の片隅を見回し、テスト飛行の後は一度も出撃していない真新しい機体に顔を向けた。ここがOZのモビルスーツ格納庫であれば、それは全ての整備兵の憧れの視線を浴びているはずのものだ。
「本当に……なんでもあるのだな、ここには……」
感嘆の度を強くしながら、やはりエルフリーデはわずかに肩をすくめた。そしてアクエリアスの足下にいるショウを見つめて、この仲間たちといるならどんな敵にも遅れを取ることはあるまいと、安心感も抱いていた。
そのショウは、歩いてくる人影に注意を向けて、エルフリーデの視線には気付いていなかった。
「これが、トレーズが君にくれたガンダム……アクエリアスか……」
青いガンダムを見つめる少年の目は、かつてショウと会った時と同じく、深く優しい色をしていた。
「ジュナスさん……」
「話は聞いたよ……凄い冒険だったみたいだね」
ショウの肩に手を置くと、ジュナスは改めて身長の差を感じた。その高さが、ジュナスにとっては悔いの高さであり、重みであった。
「君には謝らなくちゃいけないと思っていたんだ。君みたいな子供に、ずっと辛い思いをさせて……本当は僕がやらなきゃいけなかったのに……」
「そんなことないよ!」
ショウは強く、明るさを失わない声で返した。
「僕はこれまでだって戦ってこれたし、これからもきっとうまくできるよ。
それに僕が戦う力は……今までに会った人からもらったものばかりなんだ……。未来に行こうっていう気持ちも、ガンダムファイターの力も、ガンダムアクエリアスも……。僕がこうしていられるのは、戦いに行ったからなんだよ。
僕が何もしていなかったら、きっと昔の、泣き虫の僕のままだったよ……」
見上げるショウの視線の強さに、ジュナスは一度目を伏せた。そして、心の中でもう一度謝罪の意志を見せた。ショウは自分の助けを必要としないほどに強くなっている。つまり、助けになれないほど自分は力のない存在になってしまったのだと。
「ショウ……その力を、大切にしないといけないよ。それを使う君の命も、心も…… なにひとつ無駄にはできないんだから……」
元気よく頷く顔を見つめ、ジュナスはわずかに心の重みが和らぐのを感じていた。
ゼノンが予期していた戦乱の火蓋は、意外なところから巻き起こった。
OZが建造していた宇宙戦艦リーブラがホワイトファングと名乗る武装集団に制圧され、彼らは指導者としてミリアルド・ピースクラフト……かつてのゼクス・マーキスを戴き、戦争の源は地球であると称して武装闘争を開始したのである。
地球を統治していた世界国家は耳を疑った。この時期にコロニーが開戦する理由は考えられず、しかもミリアルドの宣言は地球そのものの排除という、常軌を逸する内容である。最大の驚愕は、それを行った者は世界国家の女王となったリリーナの実兄であることだ。
世界国家の動きもまた尋常ではなかった。平和路線を主導していたリリーナを女王の座から解任し、その行方も明らかにしないまま、かつてのOZ総帥トレーズ・クシュリナーダが実権を握ることとなったのである。ルクセンブルク城からどこに姿を消し、今までどこで何をしていたのか、数々の謎を残したまま。
トレーズはすぐさま兵をまとめ、ホワイトファングとの決戦に向けて動き始めた。それに対して、ホワイトファングも迅速な進撃を見せた。トレーズの本隊が動き出す前に、宇宙における根拠地と言える要塞バルジに向けて出兵したのである。
「彼らはアホですか」
緊迫の度を強める世界情勢を伝える報道を聞き、ユリウスが反射的に漏らした一言だった。
「そうだよ、せっかく世界が平和になったって言うのにさ…… ホワイトファングって人たち、なんで今になって……」
珍しく同意しかけていたショウに、そうではなくて、と遮ってユリウスは続ける。
「もともと、ロームフェラ財団というのは地球圏の武力統治を考えていた組織でしょう。実際に軍事クーデターを起こして政権を奪い、モビルドールの開発までやっている。それがリリーナを当主に据えれば諸手を挙げて武装放棄に同意をして、トレーズが立ち上がれば待っていたかのように軍備を整える。トレーズ派と呼ばれる人たちを事前に追放していたにも関わらず、ですよ。彼らの志向や尊敬や崇拝の対象は何なのですか?軍事でも平和でもトレーズでもリリーナでもないじゃないですか。
宇宙にしてもそうです。指導者ヒイロ・ユイが鼓舞すれば非武装による独立を求め、レディ・アンが赴けばあっさりと独立路線を放棄して、今度はゼクスが煽動すれば地球を滅ぼすつもりですか?わけが分かりません」
遠慮のない言葉は、ブリッジに集まったパイロットの中にエルフリーデがいることも斟酌しない。彼女も険しい表情はしたが、子供に声を荒げることはしなかった。
ユリウスはまだ続けそうな顔だが、後ろにいた人から軽く手を捻られ、不満げな表情をして振り向く。そして手を握っていたのがニキ・テイラーだと分かると、ばつが悪そうに口を閉じた。
言い足りなさそうな子供を押さえると、ニキはゼノンに軽く頭を下げた。ゼノンも目で感謝を示す。
「最大の懸念は、目下のところ戦後ではない。我々が生き残ることが最優先事項となる」
いざこざが止まると、ゼノンは議題を始めた。スクリーンに勢力図が表示され、一同の視線はそちらに集まる。宇宙要塞バルジを示す光点に、ホワイトファングのモビルドール隊が一直線に進んでいる。その中央に、両軍と別の色で分けられた光点が新たに灯った。
「これが現在の我々の位置だ。見ての通り、両軍に挟撃を受ける形になる」
赤と緑で区分けされた敵軍が、まるで同盟を組んでいるかのように青い光点に集結する。緑の光点が基地を包囲し、赤で示されたバルジの主砲のターゲット予想もガチャベースになっている。
「なんでこんなことになってるんですか!?こっちの方がわけが分かりませんよ。ホワイトファングと世界国家が手を組んで襲ってくるなんて……」
ユリウスもこれでは愚痴どころではない。裏返りかけた声で問いかけ、ゼノンはそれに答える形で説明を続ける。
「この基地は宇宙要塞バルジと巨大戦艦リーブラの中間点に位置している。
従って、今回のようにリーブラから進発したホワイトファングがバルジを攻めれば、我々のいる位置を通過することになる。その際、ホワイトファングは我々をバルジの前衛と考えることは想像に難くない」
スクリーンの図面が角度を変え、ホワイトファングからの視点になる。彼らの進行方向にはまずガチャベースが、その後ろに目指すバルジが存在した。
「……どう見てもバルジの前線基地ですね」
「そして、バルジ側の視点だ。トレーズの本隊が到着するまで宇宙に孤立した形にあるバルジは、自軍と、明確な友軍以外は全て敵だと判断して行動するだろう。今まで潜伏していた我々の存在を確認すれば、ホワイトファングの伏兵と見なすことだろう」
図面がバルジの視点に切り替わると、ホワイトファングの動きは隠蔽されていた前線基地で集結・補給をした後に総攻撃にかかる様子に見えた。
「そこでバルジは、この基地の周辺にホワイトファングの部隊が集まった時を狙い、主砲による攻撃を仕掛けてくるだろう。
この基地は完全に射程距離内にあるため、回避は不可能だ」
赤い光が基地まで一直線に伸び、防衛砲台を綺麗に効果範囲に収める形で被害予想図を示した。
「……ごめんなさい、アホは僕たちでした……」
ユリウスは大きく溜息をついた。今度はニキも咎めはしなかった。
ユリウスならずとも、さすがにこんな戦局を見せられたパイロットたちは動揺を隠せない。クレアは突っ伏した姿勢でふわふわと宙に浮き、エルンストは肩をすくめて基地を離れて別のとこに行った方がいいんじゃないか、とつぶやいてみせる。エルフリーデも同意しかけていたが、側にいたシェイドは緊張気味の表情ながらちょくちょくあるから心配するなと言い切った。
悪条件下を伝えることでの士気低下はゼノンも承知の上だ。そして、ゼノンは勝算を語り始める。
「バルジとリーブラの双方に攻撃を仕掛けるために、この位置に陣を構えたことが裏目に出たようだ。しかし、バルジもホワイトファングも認識していないことがある。
まずひとつは、ホワイトファングからはバルジ防衛部隊に見える我々の力が、バルジそのものより強いということだ。つまりバルジ攻撃のために出した兵力では我々を倒せん。
次に、この基地がバルジ砲の直撃に耐えるだけの防御力を持っていることだ。核攻撃にも耐える設計で作られたこの基地は、バルジやリーブラの主砲でも一撃では落とせん。二発目を受けるのはさすがに不可能ではあるが、一撃を耐える力はある。大型レーザー兵器を運用する側にとっては、一撃で沈まない敵がいるということが、それだけで戦略を覆す大誤算になる」
今度はパイロットから感嘆の声が漏れる。地の利や数の差を圧倒的な質で跳ね返すのは、彼らの最も得意とするところであった。
一同の表情を見回し、ゼノンは続ける。
「我々は部隊を二手に分け、基地の防衛とバルジ攻撃を同時に遂行する。
バルジ攻撃部隊は二機のウィングゼロを主力とし、主にサイコミュ兵器を持たない機体で構成する。
隊長はエルンスト。以下、シェイド、シス、エルフリーデだ。主砲を撃った直後のバルジには大きな抵抗能力はない。二発目が来る前に必ず撃破するのだ。
また、サイコミュを備えたニュータイプパイロット達は、マークの指揮下でホワイトファング殲滅に当たる。ジュナス、サエン、クレア、レイチェル、ユリウス、カチュア、そしてショウがこちらの部隊だ。
ホワイトファングは、所詮は反乱軍に過ぎない。決起したばかりで兵力は多く見えても、人的数量には限りがある。主力はリーブラで製造されていたモビルドールのはずだ。我が方には、トレーズから譲り受けたガンダムアクエリアスがある。この機体の存在は、恐らくホワイトファングは知らずにいる。これが我々の切り札となる。モビルドールが機能停止している間に、指令を出す敵艦を潰せ。
作戦は、以上である」
ゼノンが強い口調で締めた後には、もはやパイロットたちに不安な様子はない。そして活気に満ちた表情の中、エルフリーデが軽く手を上げた。
「よろしいか、艦長殿」
ゼノンが顔を向けると、エルフリーデは話を続けた。
「私はこちらを守る部隊に参加させていただきたい。私がトレーズ様から受けた使命はショウ・ルスカを守ることなのだ。
それに、できることならニュータイプという者たちの戦いをこの目で見せてもらいたい」
「そういうことなら、私が替わるわ」
エルフリーデに続いてレイチェルが声を上げた。
「シェイドとシスちゃんを放っておけないもの。近くで見てた方が安心して戦えるわ」
当然、シェイドは嫌そうな顔をする。どういうことだよそれは、と言葉をかけるが、レイチェルはそのままの意味よ、と正面から返した。
「……両名の意見を承認しよう。エルフリーデ特尉は防衛部隊に、レイチェル少尉はバルジ攻撃部隊に参加し、任務を果たすように」
今度は、パイロットたちは一斉に敬礼を返す。これで軍議は終わり、戦闘の準備が始まった。
二手に分かれるモビルスーツデッキの入り口で、レイチェルはジュナスの肩を叩いた。出撃前の姿を見るのは、今度の旅では初めてのことである。
「ねえ、クレアのことしっかり見ててよね? 私はこっちのお守りが大変なんだから。……もう、どいつもこいつも放っておけないんだから!」
口を尖らせるレイチェルに、ジュナスは優しく言葉を返す。
「レイチェル、それは君がみんなに優しいから、そう思うんだよ……」
「どうだか。まだ、カチュアちゃんやシスちゃんの方が見てても安心できるわ」
「僕は……?」
言われて、レイチェルは初めてジュナスの顔を見つめた。
「僕は、カチュアや、シスや、ショウよりも安心できるかい? ……自分でも、それはできないんだよ。
だからレイチェルにクレアを頼むって言われて、本当に嬉しいんだ。遅れてきた僕には、一つでも多く戦う理由が必要だから……」
「ジュナス……」
レイチェルは軽く息を吐くと、ジュナスの背をばんっと叩いた。
「そんなこと言っても、私は心配なんかしないからね? 誰がなんて言ったって、あなたは最強のパイロットの一人だったんだから」
レイチェルの瞳に映るジュナスの姿は、かつてマーク、エリス、シェイドらと戦場を駆けたHiνガンダムのパイロットそのままだった。その信頼を心に受け、ジュナスは大きく息を吸い込み、ガンダムグリープへと向かっていった。
「おい、さっきのはどういうことだよ!俺はクレア以下か!?」
ガチャベースを飛び出したグランシャリオの脇を、バルジから放たれた光線が駆け抜ける。エントリヒ・ガーダー損傷約65%というラ・ミラ・ルナの声を聞き流し、シェイドは艦から出撃した。
「わざわざウィングゼロなんかに乗って!それが危ないって聞いてないの!?」
「聞いてるさ!」
レイチェルの返答はにべもない。サザビーの後ろからシスのウィングゼロが出てくると、シェイドは一瞬鋭い視線を向けた。
「だから俺ももう一度強化してもらった。エンジェル・ハイロウはもう敵も使ってこないしな。
誰が最強なのかはっきり分からせてやる!!」
ウィングゼロは飛行形態に姿を変えると、単機で突出するように飛び出した。それに遅れじとシスの同じ機体が続く。
単独で敵中に飛び込むのは孤立を招く。シスの判断は正常だった。
だが、“白い弾丸”と異名を取ったシェイドは、それを挑発のように感じていた。かつてはEx−Sガンダムが全力で突入し、後からジュナスがフィン・ファンネルでフォローを入れるのがフォーメーションだったのだ。
レイチェルの乗るサザビーを引き離してバルジに急行する二人の前に、同じくバルジに攻撃を定めたホワイトファングのモビルスーツが姿を見せる。双方の間に瞬間的に通じたものは、強烈な敵意であった。
「敵のガンダムだと……!!」
シェイドの目の前に現れた敵は、ミリアルドの操るガンダムエピオンであった。
「ウィングゼロが二機だと……!ヒイロ・ユイは、どちらに乗っている……!?」
ミリアルドのパイロットスーツに繋げられたゼロ・システムは、どちらの敵もヒイロではないと答えを返した。
「ならばどうする……!」
ミリアルドは迷った。この二機と戦うべきなのか、バルジを目指すべきなのか。エピオンとウィングゼロが互角であれば、数は二対一だ。
「チイッ……!」
同時に、シェイドも焦りを浮かべた。体勢を整えれば数で有利だが、それは彼の誇りが許すものではなかった。さらに今は飛行形態なのだ。エピオンに斬りかかられる前に離脱し、作戦通りバルジに向かうべきか。だが、それは強敵からの逃走を意味する。
時間がゆっくりと流れていくようだった。
離脱しようとすれば成功する。エピオンは射撃用の武器を持っていないからだ。
留まれば一機は討たれる。ウィングゼロが戦闘態勢を取る前にエピオンのビームソードがどちらかを斬る。
シスが斬られた場合は、そのままエピオンと戦うことになる。だが、その剣がシェイドに向いた時には、機体が閃光と高熱に包まれ、シェイドの体を焼き尽くし……
そんな様々な予測が、瞬間的に、スローモーションのようにシェイドの脳裏を流れていく。
「なるほどな……こいつがゼロ・システムって奴か……!」
己の死の映像を超え、シェイドは判断を下した。飛行形態のスピードを殺さずバルジに向けて直行する。
自分が生き残ってもシスが討たれるのでは何の意味もない。そしてガンダムエピオンと戦おうとする者はこの二人だけではない。
虚空に見えた場所から幾筋もの閃光が飛び、エピオンの周囲を固めていたモビルドールを撃ち抜いていく。ミリアルドはこの攻撃への対処を強いられた。
「どこから撃ってきた……敵は何機いるのだ……!? この攻撃は……ガンダム06か!?」
「その、宿命のライバルってとこね?」
ウィングゼロの後方から来たモビルスーツは2機。新手のガンダムと、そしてガンダムではない真紅の機体。そこに浮遊砲台が帰還していくのが見えた。
「エピオンは私が相手をするわ!」
「あいよ!」
ガンダムは背を向け、バルジを目指していく。エピオンに搭載されたゼロ・システムは、その行く手にあるのが勝利だと答えを導き出した。ウィングゼロが2機と新たなガンダムが攻撃をかければバルジは落ちる。あえてエピオンが向かう必要はなくなった。
「ならば、目の前の相手に集中できるということか……!」
「そうしてくれると有難いわね!こっちはお守りで大変なんだし!」
赤いモビルスーツから再び浮遊砲台が飛び立ち、モビルドールを潰していく。あくまで背後から攻撃部隊を狙わせない構えだ。
その攻撃を見ながら、ミリアルドはモビルドールが全く無反応のままビームの直撃を受けていくことに気付いた。
「モビルドールを……無力化する武器だと?」
「あんたたちが送ってきたモビルドールは、こっちには通用しないわ。トレーズがくれた秘密兵器のおかげでねっ!」
「トレーズが……!?」
ミリアルドは焦りの色を浮かべ、レイチェルに向けて斬りかかった。だがサザビーは間合いを取り、ビームサーベルが届く距離に踏み込ませない。時間稼ぎをしていることは明らかだったが、ミリアルドはレイチェルに近寄れなかった。
「エントリヒ・ガーダー損傷、約65%! 敵モビルドール部隊展開します!」
「ガーダー応戦開始! 目標、各敵艦!スプラッシュビームシャワー発射!」
アクエリアスのコックピットで伝達の声を聞きながら、ショウは宇宙の光点が増えていくのを確認していた。
そこに命の輝きは宿っていない。ただ、寒々とした戦意があるだけだった。
宇宙を舞台に戦争をするということ自体は、今まで見てきた世界と変わることはない。かつて見た戦場にも戦意そのものは渦巻いていた。だが、カミーユ・ビダンが戦場の魂を集めて解き放った一撃や、ドモン・カッシュが魂を燃やし尽くして繰り出した必殺技が持っていた戦意と、モビルドールの放つそれは違う。
戦いに向かう人の意志に善悪があるのだとしたら、それを見極めることができるのがニュータイプという人々の力なのだろう。
「トレーズさんは、これを僕に見せたくなかったんだ……。だからアクエリアスを僕にくれた……」
ショウは東方不敗の言葉を思い出していた。我が身を痛めぬ勝利が何をもたらす。所詮はただのゲームぞと。
「それにリリーナさんが見たかったものも……こんな、ただ戦うために作られたような戦いじゃない!」
ショウの意識が爆発するように膨れあがった。アクエリアスから放たれた思念の波が宇宙に広がり、電気信号に変換された意志がモビルドールのプログラムを侵食していく。
全ての戦いを調和と慈愛によって鎮めようという理念。戦いそのものに人の有るべき姿を見出すという理想。相反する考え方を同時に持つことができるのは、人の感性が硬直したものではない証である。そしてショウの思考の中には、この世界に元来存在しない概念さえあった。人と心を通じ合わせることができる者の考え方。拳を合わせることで魂の語らいをすることができる者の考え方。それが一人の人間の中で混ざり、昇華された思惟の拡大は、機械の判断ができるレベルを大幅に超越していた。
「さて……モビルドールども、止まっていろよ!」
蒼白い風が宇宙を駆けた直後、マークはメガビームキャノンを敵軍の中に撃ち込んだ。隊列を組んだまま回避行動も取らずに薙ぎ払われていく敵の姿を見てとると、マークは瞳の端を輝かせた。
「敵モビルドール部隊、沈黙を確認! モビルスーツ隊各機は敵艦を叩け!」
制御を失った敵機の脇を抜け、エルフリーデは沈黙した戦場に不満げな溜息を漏らした。進行方向にたたずむトーラスに切りつけてみると、動きもしない無人機はあっけなく炎に包まれ、爆発する。
「こんな戦い方……騎士の戦いではない……。
まるで狩り……いや、駆除だな、これは……。狩りなら、まだ獲物は逃げようとする……」
ふと、脳裏にかつての上官の顔が浮かんだ。シャロンがこんな戦いに同行していたら、敵よりもまずこんな戦法を取った味方を撃つだろう。トレーズがガンダムアクエリアスを開発してまで作りたかった戦士たちの戦場とは、こんな冷え冷えとした空間ではないはずだ。
「ショウ……済まない、こんなものを見せることになって……」
エルフリーデはもう一機トーラスを斬ると、モビルドールに指示を出す人が乗る母艦を射程に捉えた。
ブリッジの中の人影は一様に慌てふためき、怯えていた。抗戦の意志も勇気も見られなかった。なぜなら彼らが乗っているのは戦闘力を持っている戦艦ではなく、戦いの力をモビルドールに頼り切った宇宙母艦であったからだ。
「無力なものだ……だが同情するつもりはない!」
エルフリーデはブリッジにドーバーガンを撃ち込み、宇宙母艦を閃光に変えた。この艦に指示を頼るモビルドールは、もはや二度と動くことはない。
トールギスを駆っての初陣は容易い勝利に終わりそうだ。だが、エルフリーデは、まだ心が晴れる思いにはなれなかった。
「ウィングゼロに乗ったばかりで、シェイドをこんな強敵とやらせるわけにはいかないのよっ!」
レイチェルはエピオンに向けてビームを撃ち出し、間合いを取った。その声を聞きながら、シェイドはバルジに向かって突撃する。ファンネルさえ届かないほど離れていても、二人の意志は通じ合っていた。ラナロウ・シェイドが強化人間となった証であった。
「言ってくれるぜ、レイチェルの奴ッ……! だがな……強敵なら、こっちにごまんとお出迎えのようだぜ!?」
機体をモビルスーツの姿に戻し、戦闘態勢を整える。バルジを目前にしてシェイドが見たものは、自機を包囲するウィングゼロの大軍だった。その全てにシスが乗っているような気配さえ感じた。
「ユリウスの野郎、悪夢を見るとか言ってたな……こいつがそれか……?」
向かい来る一機にバスターライフルを向け、一撃のもとに葬り去る。手応えもなく消え去る敵の姿を見たシェイドは、自分が視認しているものが幻影に過ぎないと悟った。ウィングゼロはこうも簡単に沈まない。シスはこんな攻撃に当たったりはしない。
「こんなことで俺を振り落とせると思うなよ……!」
周囲を乱舞する敵機からの砲撃は全てがバスターライフルの威力に見える。撃破され、閃光の中に消える己の幻像を打ち消しながら、シェイドは目に映るもの全てに銃口を向けていった。
そこに後方から追いついてきたエルンストは、シスの乗る機体が距離を保って積極的には動かないことに気付いた。
「おいっ、何してる……!」
「行かないで……」
シスは冷静にシェイドを見ていた。その身に何が起きているのか、シスは誰よりもよく知っていたのだ。
「あの人は、今、周りの全てが敵に見えている……近づくのは危険よ……」
エルンストは荒れ狂うシェイドを眺め、息を飲むと同時に目の前が暗くなるのを感じた。
ずば抜けた戦闘能力の向上と同時に、戦力として期待できる信頼感の暴落。ニュータイプもガンダムファイターもそうだったが、どうして若い連中はこんなものが大好きなんだろうか。
自分が若かった頃の趣味を思い出し、自省と共に気を入れ直す。そしてシェイドの機体を取り囲むトーラスに狙いを付け、遠距離からの砲撃を繰り出していった。だが、ツインバスターライフルに狙われる危険のないように間合いを取っては、有効打を当てることは難しい。シスも攻撃を躊躇したまま動くことができなかった。
自ら敵中に孤立した形となったシェイドは、果てしなく繰り返される死の幻覚と戦い続けた。それは全て現実ではない。周囲に群がる敵のモビルスーツがウィングゼロではないことも、理性は掴んでいた。
「支援しないと…… でも……」
「いらねえよッ!!」
シスの声を聞き取ったシェイドは、苛立ちが濃く現れた声を叩きつけた。周囲の全てのウィングゼロからシスの声が聞こえていた。
接近した敵を切り捨て、砲撃をかわし、退避と同時に敵を一カ所にまとめ、バスターライフルの砲門を開く。それを何度現実と幻覚の中で繰り返したか、シェイドははっきりとは覚えていなかった。
気がつけば、周囲のウィングゼロは4機にまで減っていた。前後を挟まれ、そして左右からも同時に銃口が突きつけられる。
「いいか……よく見てやがれ……!」
正面の敵に切りつけ、背後からのバスターライフルが直撃し、シェイドの乗るウィングゼロを完全に消滅させ……
右側面に向けてバスターライフルを放ち、敵機のビームと激突し、渦巻くエネルギーの余波が両機を飲み込み……
左から迫るビームに盾を掲げ、一瞬のうちにシールドは燃え尽き、奔流のようなビームが機体を溶かし尽くし……
三方向の敵に対処する間に、背後からの一撃が無防備な機体に直撃し、瞬時にシェイドを爆発の中に消し去り……
同時に浮かぶ多重の幻影の中から、シェイドはひとつを選び出した。
「……格の違いってやつを貴様に教えてやる!!」
正面の敵に切りつけ、一機を葬り去る。即座に姿勢を切り替え、右側面に向けてバスターライフルを放ち、敵からのビームごと蒸発させる。左から迫るビームに盾を掲げ、トーラスのビームキャノンを盾で防ぎきる。三方向の敵に対処する間に、背後からの一撃がとどめを刺した。シェイドの左側面にいたトーラスは粉砕され、背後にいたウィングゼロが銃口を下げた。それに、シスが乗っていた。
「どうだ……見切ってやったぜ、ゼロ……」
宙域に浮かぶ敵機の残骸は、もうウィングゼロの幻影には見えない。シェイドは荒い呼吸を繰り返しながら、荒馬をねじ伏せた感覚に満足した。
その背後を固めたシスは、彼の力に畏怖すら感じていた。もしもシェイドが、本当のシスがどの機体に乗っているのか判断を誤れば、無数に屍を晒すトーラスと同じく宇宙の藻屑になっていただろう。ゼロ・システムに適応するためにここまで来たはずの自分がサンクキングダムでは狂乱を演じてしまったのに、シェイドはそれを強烈な精神力で制圧した。
「あなたは…… 私の位置が分かっていたの……?」
シスは畏敬の思いを込めた言葉を送る。
「まあ……当然だな! 腕が違うんだよ、腕が!」
シェイドの返事は、これまで込められていた険が消え去った、陽気で自信に満ちた言葉だった。
アクエリアスがモビルドールを止めていられる時間は永遠ではない。
莫大かつ矛盾した情報を超高速で与え続けることで多大な負荷をかけ、最終的に機能停止に追い込む。しかし停止したモビルドールは一から起動し直し、プログラムの修正をかけて再び動き出す。有利でいられるのはその間だけである。
カメラアイに光を取り戻したトーラスは一斉に戦闘態勢を取り戻した。敵は動かないと安心しきっていた戦士たちには、一瞬の不意を突いた形になった。ショウがそれと気付いた時には、すでにビームがアクエリアスに向けて放たれていた。
「あ……!?」
意識が空白になったショウの前に、大きく展開された光の翼が壁となってビームを弾く。命が助かったと大きく息を吐いた時、カチュアの自慢げな声が聞こえてきた。
「だいじょうぶだよー★ ショウは、私が守ってあげるから!」
ザンスパインは無防備なアクエリアスを体でかばいながら、ティンクル・ビットを飛ばして反撃に出る。
「あ……ありがとう、カチュアちゃん……」
「もぉ〜、ずーっと心配してたんだからねっ? ショウってば、すぐ他の人のとこにいっちゃうんだから!」
「ご、ごめん……」
コックピットの中で頭を下げながら、ショウは戦況を見回した。二度目のウィルス放射が必要になるかもしれないと考えたからだ。
だが、その必要は感じられなかった。戦場を黄金の機体が駆ける。それを見たのは初めてだった。
「あれは…… ガンダムファイター……スーパーモード、なの……?」
ショウの脳裏に浮かんだものは、無敵の力を持つシャッフル同盟の猛威であった。だが、眼前にいる者はニュータイプであったのだ。
「うっ、動き出した!? ちょっと待ってよ!?」
クレアが慌ててペーネロペーを傾けようとする間に、トーラスからのビームは横から差し出された矛に弾かれ、あらぬ方向に飛び散っていた。
「クレア、大丈夫かい……!」
「えっ……ジュナスぅ? い、今っ、どうやって止めたのっ!?」
声が上擦るクレアの前で、ガンダムグリープが押し寄せるビームを次々に弾き返す。機体を守る翼のような大型シールドは、トーラスのビームキャノンも全く通用する気配を見せなかった。
「君に何かあったらレイチェルに怒られるからね」
ジュナスの声はあくまで優しく、柔らかい。まるで戦う人ではないように。
「あー、馬鹿にしてるなー? ジュナスがいない間に、私だって強くなったんだぞっ!今は私が撃墜エースなんだからね!?」
「それでも、僕は君を守るよ。クレア……」
クレアの視界が、一瞬閃光に包まれた。爆発ではない、純粋な心の光。精神力を機体の出力に変換する、PXシステムの発動だった。
黄金に輝くガンダムグリープが飛び出す。ビームを撃ち出したトーラスはあっという間に間合いを詰められ、ビームランサーの一撃で宇宙に消える。クレアは呆然とそれを見つめていたが、すぐに気を取り戻した。
「だからぁ、私だっていけるんだってばっ!!」
熱核ギガブースターに火を入れ、閃光の飛び交う宙域に機体を突撃させる。そこにいたトーラスはジュナスに薙ぎ倒され、ガンダムグリープはすでに新たな敵機に向かっていた。
「ウソ……?お……追いつけないっ!?」
一機を斬る間に、別の敵機から火線を向けられる。それを感じ取ると、次の瞬間には砲撃した敵機の目の前にいる。銃撃が、あたかも宇宙港の牽引ビームかなにかのように、ジュナスに攻撃を向けたモビルドールは吸い込まれるようにビームランサーを受けて倒されていった。
「ち、ちょっとぉ、誰、あれぇ?」
「ジュナスさん……だよね、きっと……」
カチュアとショウは動くこともできずに、黄金の矢が駆け抜けるのを見つめていた。動く必要もなくなっていた。
「あの人……シスやショウより強いんですか……?」
ユリウスもモニターを飛び回る光点の残像を追いながら呆然としていた。
「あ…… あれが……ニュータイプ……なのか……!?」
エルフリーデはトールギスというこの世界で最速の機体を手にしながら、目で追うことさえできない味方の力に一筋の汗を流した。
「おーおー、またカッコいいとこみんな持ってっちゃうんだから……」
サエンは軽く肩をすくめ、
「ジュナス…… お前も、力を取り戻したのか……」
マークはかつての威風を再現する少年の姿に、唯一人笑みを浮かべていた。
気がつけば、周囲には残骸が浮かぶだけになっていた。戦いを終え、PXシステムの輝きが静まると、ジュナスは溜め込んでいた息を大きく吐き出した。
ミリアルドの周囲には、常に浮遊砲台の攻撃がちらついて離れなかった。
「クッ……あの武器は……!」
サザビーの腹部からメガ粒子砲が放たれ、それと同時にゼロ・システムはファンネルの幻像を映し出すのを止める。ミリアルドはエピオンを引かせると、さらに遠くなった間合いに歯噛みをした。
「あの武器は、いつ使ってくるのだ……!?」
この距離から無理に斬り込めば、その瞬間に全方位から蜂の巣にされる。逃げようとすれば、通常の機体の射程距離をはるかに超えた武器が追いすがり、やはり撃破される。ゼロ・システムはそう結論を出していた。
そのため、中間距離でビームを避け続けるしかなかった。射撃武器を持たないガンダムエピオンでは反撃の手段は何一つない。せめてバルカンか何かを搭載すべきかと、ミリアルドは逡巡する。
ヒートロッドが届きそうな距離に近づければ、迷わず攻撃の手を振るう。だが、サザビーは回避もせずに、シールドで鞭を受け止めてビームライフルを撃ち続ける。
余裕なのだ。こうして間合いさえ保っていれば、エピオンではサザビーを倒せない。踏み込むか逃げ出せば温存しておいた最強の武器が火を噴く。レイチェルの戦い方はそれをありありと窺わせた。
焦りばかりが募る間に、バルジが閃光を上げた。今度の光は主砲の発射ではない。モビルドール部隊を蹴散らしたウィングゼロが飛行形態に身を変え、機体の左右に備えたバスターライフルを叩き込んだのだ。破壊の奔流が二カ所を通過し、さらに大きな爆発がその中間で巻き起こる。そして、二機目のウィングゼロも同様の射撃で要塞を貫いていく。中枢部を破壊されたのか、内部で連続して起こる爆破の衝撃を周囲に拡大しつつ、OZ宇宙軍が誇る要塞バルジは完全に崩壊した。
戦果を挙げた攻撃部隊が引き返してくると、サザビーも身を翻して撤退に加わる。その後ろ姿にさえ、背中から斬ろうとすれば瞬時に返り討ちにできるという自信が現れていた。
「おい!あいつは落としていかないのかよ!?」
「馬鹿、無事に帰る方が先でしょ!?」
シェイドの声に、レイチェルはにべもなく返した。
「それより……ゼロ・システムは大丈夫だったの? 私の声、ちゃんと聞こえてた?」
「正直言えば、聞こえなかったな…… そこまでわけが分からなくなってた……」
シェイドは苦戦を振り返りつつ、正直に答えた。
「ロザミィの声が聞こえたら最期だと思ってたけどな。サイコガンダムMk−Uに囲まれたらどうしようかと思ったぜ……。
まあ、俺をどうこうしようってのには、ゼロ・システムじゃまだまだってことさ」
最後には自慢に変わる言葉を聞いて、レイチェルは呆れたように肩をすくめた。それをユリウスが聞いたら、大喜びでもっと危険な装置を作るに決まっているからだ。
モビルスーツ隊を収容すると、グランシャリオはリーブラに向けて進発した。今度こそ最後の戦いとなるはずの戦場へ。
ガンダムパイロットたちも巨大戦艦ピースミリオンに集結した。ミリアルドはリーブラで兵を立て直し、トレーズの軍も宇宙に昇ってきた。戦闘準備は着々と整いつつあった。
「もう、どうしてああ変な機体ばっかり作りたがるのかしらね? そのおかげで楽に戦えたんだけど」
ガンダムエピオンに対するレイチェルの率直な感想である。射撃武器を全く持っていないという特異な武装が、あの戦い方を可能にした。彼女の目には、決闘用の機体という意義よりも戦力の不備の方が大きく見えた。
「そういうのを使いたがるものさ、子供ってのは」
エルンストはウィングゼロのことだと勘違いして、レイチェルに訂正される。それを横で聞いていたマークは、だとしたら俺も子供だな、と一人笑いを浮かべた。
決闘用の機体というものを、今し方手配してもらったところなのだ。最後の戦いにV2で出るつもりはなかった。
「凄いものだな、ニュータイプという戦士たちは……」
エルフリーデはショウと同室に入って休むと、戦いの様子を思い浮かべて嘆息した。
「これが最後なんだよね……?トレーズさんと戦うのも……」
ショウは思い詰めた目で、窓から宇宙を見ていた。その先に彼の姿が見えるかのように。
「おかしいよ……。僕にアクエリアスをくれたってことはさ、トレーズさんは自分で戦うつもりはないはずじゃないか……。
なのに、どうして今さら戦争を始めて……」
エルフリーデは表情を強張らせた。ショウは感づきかけている。真の戦いを追求することはショウに託し、それを見守る役目は自分に預けた。つまり、トレーズはもはや自身が生き残り、何かを成す意志はないのだ。
エルフリーデにとっては、考えたくはない予想だった。自分自身の中でそれを打ち消したいという願いを込めて、ショウに語り出す。
「ショウ……。トレーズ様がもう一度ゼクスやヒイロと決着をつけるために立ち上がり、勝者としてこの世界を治められる意志がおありなら…… 必ず、御自身のためのガンダムを用意されるはずだ。エピオンやアクエリアスでなくともいい、世界の覇者としてトレーズ様に相応しいガンダムを……。
それを見届けるまで、トレーズ様と戦うのは待ってくれないか……」
エルフリーデは目を閉じ、これまでのガンダムたちとの戦いを振り返った。その強さも、勇敢さも、己への厳しさも……この世界の戦いの中心には、常にガンダムの姿があった。
「私は南極基地の戦いでも、最後までゼクスを信じたかったのだ……。今度も、私はトレーズ様を信じたい。感傷だというのは分かっている。だが……」
「いいよ、それでも」
ショウは振り返り、明るく笑った。
「だって……人を信じるって、いいことじゃない。僕だってトレーズさんが変なことを考えてるなんて思いたくないんだ……」
二人がトレーズと再会する時は近い。
そして、それが戦場で敵として出会うということの重みを、二人は今さらのように噛みしめていた。
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