第五十三話 鏡写しの世界
〜月は出ているか?〜



 荒野の中にたたずむ街の姿は、西部劇の映画を思い起こさせる。そこは、かつて見てきた場所とは別世界のようだった。
 違いの大きさで言えば、未来世紀のネオジャパンコロニーの光景などは常識を疑うまでに至っている。だが、ここの情景に、エルンスト・イェーガーはどこか苛立ち、上手く言い表せない不快感を感じていた。
 この分かり方が無意識のうちに反感となる。これがオールドタイプという事なのか。
 クレアがこの感覚を抱いていたらきっとそう呟いただろう。だが、クレアが自分と同じ感想を持つとは、エルンストも思わなかった。
 待ち合わせの時間が近づいていた。買い出しの分担を終えて集まっていたのは、エルンストの他にはジュナス・リアムだけだ。他の部下たちはまだ到着していない。それもそのはずで、アキラ・ホンゴウが運ぶ物資の量は常人の持つことができる数倍の重量だ。それだけ買い込むには時間がかかる。
 不快感を煙草の火で紛らせ、時間潰しを求めて大通りを見渡す。ざわついた人だかりが視界に入る。
「なんだろうな?」
 言葉をかけられたジュナスは、さあ、と緊張感のない返事をする。普段なら安心感を抱く返事だ。ジュナスが危険を察知しないと言うことは、それだけですでに意味を持つ事なのだ。それに、エルンストはまた苛立ちを強くした。
 ……俺よりもずっと敏感なはずのお前が、なんで嫌そうな顔をしないんだ。
 愚痴の代わりに煙草を口から吹き棄て、踏み付けながら人垣に向けて歩いていく。ジュナスもそれに続いた。
 大道芸人が客を呼ぶように、一人の男が大声を張り上げて話をする。その傍らには、車椅子に乗った男が沈黙を守っていた。二人は軍服を身に付け、傷病兵とその同僚が手柄話でもするかのように見えた。
「前の戦争で、超能力を使う兵隊がいたという噂を聞いた事があるだろう? あれは根も葉もない流言、デマの類かと言うとそうではない。実はこの男こそ、超能力兵士の生き残り。かの戦いでは、自分と二人で十五隻の戦艦を沈めたというのだから間違いない。人は我らのことを、“赤い二連星”と呼んだ!」
 車椅子の男が口を開き、私こそ宇宙時代を迎えた人類の進化すべき姿と告げる。だが集まった者たちの多くは本気にはせず、代わりに嘲笑を浴びせるばかりであった。
 その笑い声のおかげで、エルンストが一歩踏み出す勢いは、“赤い二連星”の二人には気付かれなかった。飛び出そうとした体は、後ろのジュナスが抱きとめている。
「なにするのさ、隊長?」
「これが、黙って見ていられるか……!」
 エルンストの激怒は、兵士の話を物笑いにする嘲笑に向けてのものではない。むしろ、その逆である。ジュナス・リアムがそれを把握できたのは、彼の持つ天賦の力によるものだった。
「お前はニュータイプだろう!なぜニュータイプが馬鹿にされて黙ってる!」
「そんなこと言っても、僕を馬鹿にしたわけじゃないよ。いきなり殴りかかるなんて無茶苦茶だよ」
 銃を抜かないだけでも有難いと思え、そうエルンストは吐き捨てる。だが、射殺するのではなく拳に殴った感触が欲しいのだと、ジュナスは察した。
 腹立ちが収まらないエルンストの手をジュナスが強引に引き、その場から離れさせる。それは乱闘騒ぎを未然に収めるためだけではなかった。
「……隊長、危ない!」
「何……!?」
 人だかりに向けて銃撃が飛ぶ。一人の暴徒の犯行ではあったが、取り押さえるにはあまりに手に余る兵器の攻撃だった。市民の中に、突然モビルスーツの攻撃が加えられたのである。
 丸みを帯びた肩の装甲はどことなくザクのシルエットを思い出させ、それを見たエルンストは走りながら地面に唾を吐き捨てた。
 集まっていた人々は我先にと建物の陰に身を潜めた。エルンストが安全な場所に行くのを見届けたジュナスは、さらに車椅子の男を抱きかかえ、ひきずるようにして路地へと逃げ込む。連れの男は感謝を顔に浮かべたが、エルンストは露骨に不快を示した。
「なんでそんな奴を拾ってきた」
「見捨てるわけに行かないよ。それより、ここを切り抜けないと……。
 ……あ、隊長、あっちにみんないるよ?」
 物陰から顔を出すでもなく、ジュナスは何かに気付いた顔をした。指さす先の、大通りを挟んだ向かいの路地に三人が潜んでいる。この突然の襲撃がなければ、一人でコンテナを担ぎ上げたアキラの姿は街の注目を一身に浴びていたことだろう。彼らもエルンストとジュナスに気付き、通信機を取り出した。
『遅れて悪かったな隊長。荷物は全部無事だぜ』
 ラナロウ・シェイドは会話をしながら、周囲を威圧するモビルスーツを指さした。
『あれのおかげでうかつに近寄れなかった。通れる道がなかなかなくってな』
『おかげで、どの娘に声をかけるか迷ってる間に時間切れになっちまったよ』
 通信機からはサエン・コジマの声も聞こえる。ジュナスは苦笑しながら、あれを倒せばヒーローだよ、と通信機に顔を寄せてささやいた。
『俺が行くか?』
 今度の声は、コンテナを下ろしたアキラ・ホンゴウだ。モビルスーツに対抗できる武器の持ち合わせがない今、彼の存在は大いに頼りになる。
「うん。僕が合図をしたらモビルスーツを蹴っ飛ばして」
「行けるのか?」
 即答するジュナスに、エルンストは疑問の声をかける。だが、彼も勝算の有無については疑ってはいない。聞きたいのは、その内容だけだ。
「シェイドとサエンは落ちてきたパイロットを押さえてね。じゃあ……今だよ!」
 詳しい話をする前にジュナスは合図を送った。三人が飛び出す反対側から、タイミングを揃えたかのように赤いジャケットの少年が走り込んで来る。
「でぇぇぇいりゃあああっ!!」
 アキラの渾身の一撃がモビルスーツを揺るがし、対戦車砲の攻撃でも受けたのかと錯覚させる。ドモン・カッシュや東方不敗のように機体を撃破するまでには至らなかったが、それでも生身の人間がモビルスーツに損傷を与えた事実は混乱を呼び、そして注意をアキラ一人に向けさせるには十分だった。
 その間に、逆方向から走ってきた少年がコックピットに取り付き、パイロットに銃を突きつける。
「へへん。いわゆる、“ホールドアップ”ってやつ!」
 少年は得意げな声が聞こえ、ほどなくして狼藉を働いたパイロットは地面に向けて落下してきた。大地に叩きつけられ、息を整える間も与えられずにシェイドとサエンに銃を向けられ、賊は捕縛される。それを見下ろした少年は、コックピットから得意げにVサインをして見せた。
「やるじゃねーかあんたら! でも、こいつはもう俺のもんだからな?」
 少年はモビルスーツをぱんっと叩くと、邪心のない笑顔を一堂に向ける。ヒーローにはなり損なったサエンも、その顔を見ると苦笑してしまった。
「ああ、そいつは構わないよ。あんた、名前はなんて言うんだ?」
「ガロード・ランってんだよ。あんたたちは?」
 その名を聞いて、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「あんたがガロードか……。俺はサエン・コジマ」
「俺はラナロウ・シェイド。あっちはアキラ・ホンゴウだ」
 略奪者を制した少年たちの周りに街の人々が集まり、賛辞を送る。勝利の様子を路地から眺てジュナスも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 立ち上がり、合流しようとしたジュナスの背に、演説をしていた二人組が呼びかける。
「な、なあ、あんた…… さっき、なんで飛び出すタイミングが分かったんだ?」
 ジュナスは苦笑しながら、彼らに答えた。
「だって、僕はニュータイプですから……」

 街で買い込んできた物資や食料を艦に積み込むと、“ブラック・ジェネレーションズ”は行動を開始した。
 これまで多くの場合に部隊を分けて戦ってきたが、これからは一部隊で任務に当たる。これまでに集めた機体の質と量は、史上最高の戦力を揃えたと言っても過言ではない。
「敵の戦力ですが……ええと…… 一言で言えば、ドートレスがジムで、ジェニスがザクで、セプテムがドムに匹敵します。
 ……ニキ先生、今後、もどきでいいですか?」
「ユーリィ、優位に立った時に慢心するのはよくありませんよ」
「はい、先生」
 家庭教師に個人授業を受けるように、ユリウスはニキと接している時は溌溂とした顔を見せる。それを聞き流しながら、シェイドやクレアたちはさらに余裕だ。
「ガロード・ランに会ってきたぜ。今度はなかなか面白そうな奴だ。やけに声が老けてたな」
「えー、マーク隊長みたいに? ねえねえ、デュオとどっちがかっこいい?」
「なあ、目の前にこんな色男がいるってのに、そいつはないんじゃないの?」
 今回の旅路は、そのガロードという少年を追っていくことになる。そして真の目的はもう一つある。ゼノンやマークはそれに思いを馳せ、戦場へと艦を動かしていた。荒野に沈んでいく太陽の姿をブリッジから眺め、ゼノンはマークに向けて問う。
「本当に、ここにあるというのかね……」
「他の全てを探して見つからなかったのです。必ずここにいるはずです……ニュータイプの真実が明かされるというこの時代に……」
 マークの眼差しは浮かれてはいない。短く、多くの意図は語らず、沈む夕日を見続けていた。
 そこに、後ろからショウが声をかけた。
「マークさん……ニュータイプの、真実……って?」
 声の方を振り返り、ショウの表情を見る。この少年はもうトレーズが死んだ事のショックから立ち直ったのだろうか。宇宙世紀から旅を続け、何人の死を見てきたのだろう。その全てを受け入れ、昇華しながらここまでやってきたのか…… それが可能だと言い切るにはショウはあまりにも子供過ぎ、もしも実現しているのならその力はあまりにも高すぎる。マークは様々な思いを心に浮かべ、そしてショウに答えを返す。
「はっきりとした事は、俺にも分からない……」
「ララァもそう言ってたんだ。旅の終わりに、アムロさんたちができなかった事ができる人たちが待ってるって……
 その人たちがここにいるのかもしれないね」
 マークはショウの言葉に、また深く考え込んだ。だが、その沈黙は長くは続かない。カチュアがショウの手を引っ張り、遊びの輪に引っ張り込んでいく。
「ねえ、見てよー! 月がすっごくきれいだよ!」
「わぁ…… そうだね、地球がこんなになってても……月は……」
 夜の帳が降り始め、月と星が宇宙を彩る時間が訪れる。それを窓に集まって見あげ、ショウとカチュアは無邪気にこの世界の旅の向こうを想像し、目を輝かせていく。シスがその後ろに集まり、もっとよく見てみたいと小さくつぶやく。ミンミがシスを抱き上げてショウの背丈よりも高い位置に持って行き、カチュアは同じ事をショウにねだって困らせる。ユリウスは離れた席に座って、友達の様子と窓の景色を眺めていた。
 そんな子供たちに苦笑しながらも、マークは微笑ましく見守った。パイロットたちの気が抜けているのは問題だが、しかし戦力の差は比率を算出すること自体が難しいほどに有利だった。敵は指揮も作戦もない、モビルスーツで武装した野党の群れにすぎない。これまで戦ってきた敵の中では最も楽な相手に、最も整った兵力をぶつけるのだ。戦場の常として、明日の運命は誰にも分からない……だが、今日に限れば楽勝だ。

「爺さん、頼みがあるんだがな」
 エルンストはブリッジで作戦を聞く時間に……今日はそれを聞くまでもないほどに優勢だった……モビルスーツデッキに老技師ダイス・ロックリーを尋ねていた。どこか悟りきった表情を見たダイスは、怪訝そうな視線を向けた。
「強化武装を外して欲しいんだが、できるかい?」
「そりゃ、できんことはないが……」
 ダイスはエルンストの愛機に目を向ける。不可能ではないが、有利になることは何もない。
「この艦にゃ、あれのためのビームライフルもバズーカも用意されとらんぞ? シールドもない」
「構わん。十分だ」
「いや、いくら敵が弱いと言ったってだな……」
 ダイスはエルンストの顔に視線を戻した。そして、何を言っても通じない表情の一つだと察した。それは激怒や狂気ではない。使命感や闘志に満ちた視線でもない。
「……お前さん、まさかこんなところで死ぬ気じゃないじゃろう?」
「当たり前だ。だがな……」
 エルンストも、己の機体を見上げて呟く。その表情を全く変えることのないまま。
「男の意地だ」
「いいじゃろ…… じゃが、意地で死ぬほどお前さんは馬鹿じゃないと信じておるよ」
 作業に取りかかるダイスの後ろから、苦笑交じりの声が届く。
「なんでそういうことになるんだよ? 俺は……敵を、叩き潰しに、行くだけだ」
 エルンストは、一言ずつを深く噛みしめるように呟いた。

 ユリウスが冗談交じりで口にしたとおり、敵機の群れはかつて見てきた機体に……エルンストにとっては、まさしく自分自身の時代のものに……頭部こそ違えど、酷似した機影を持っていた。
「あれが……ジム、ジムキャノン、ザク、ドムのつもりか……! ふざけやがって……!!」
 味方の出撃時間を待たず、エルンストは一人で敵中に斬り込んだ。
 敵は恐れるに足りない。陣形を組んで待ち受けるわけでもなく、ただ数を頼みにしているだけだ。それもすぐに差が縮まる。
 群れの端にいた“ザク”をビームサーベルで貫くと、敵機の動揺が聞こえてくる。
『おい、見ろあの顔!ガンダムだ!』
 ……顔がガンダムならどれでもガンダムか!
『ガンダムったって、どのガンダムだよ!』
 ……ガンダムってのは“どの”なんて選べるようなものじゃねぇんだ!
『ガンダムならガンダムだ、なんでもいいんだよ!』
 ……貴様ら、それを本気で言ってるのか!!
 スピーカーから流れる声は、そのひとつひとつがエルンストの感情を爆発させるに十分な侮辱であった。
「おまえたちはこの機体が何か分かるまいよ……! こいつを見たこともない奴が何を偉そうに……!!」
 怒りを叩きつけ、ねじ伏せるようにエルンストはビームサーベルを振るい続けた。その機体は、パーフェクト・ガンダムの持つ強化武装を解除した、最初の機体……RX−78ガンダムそのものなのだ。
「シャア・アズナブルも!黒い三連星も!てめえら、どこの馬の骨とも知れん奴らに小馬鹿にされるためにいるんじゃねえんだ!!」
 “ジム”が、“ザク”が、“ドム”が次々に斬り倒され、炎の中に倒れていく。焼けただれる残骸の姿は、エルンストが見知った機体と見分けを付けることさえ難しい有様だった。
 彼が一人で出ていったと知ったジュナスやショウが駆けつけた時に見たものは、無謀にも単機で突撃した味方の窮地ではなかった。
 修羅のごとく荒れ狂うガンダムが敵機を倒し、踏みにじり、その残骸を文字通りに叩き潰していく。その一撃一撃に込められた心の波動は、声にならない絶叫をあげる嘆きであり、血涙とさえ思える慟哭のほとばしりであり、胸も張り裂けんばかりの悲しみだった。
「おいっ……隊長、なにがどうしてんだよ!?」
「分からないよ…… でも……」
 シェイドもジュナスも、彼らさえも圧倒するプレッシャーを前に動けなかった。これがゼロ・システムやバーサーカーシステムの影響で引き起こされたものなら、たとえ味方であっても止めなければならない、そう感じさせるまでの激情だった。だが、その心の主は戦闘機械に操られた者でもなく、普段はそんな超兵器に苦言を呈していたエルンストなのだ。飄然として小隊をまとめていた彼に何が起きたのか、ジュナスたちには分からなかった。
「エルンストさん……一体、なんで……!?」
 彼と共に戦ったことがほとんどないショウは、そのぶんだけ先入観を覚えずにエルンストの心に接する事ができた。己に向けられた理不尽さへの怒り。その怒りを抱く事そのものが理不尽であるという矛盾への嘆き。過去を愛すれば未来を拒絶することしかできず、未来を求めても過去を穢すものしか見えては来ない。それはハマーンやシャアや東方不敗とはまた別種の……そしてそれ以上に救い難い悲劇の魂にも見えた。
 だが、ショウはジュナスたちとは違った。この悲劇は見ているだけで済ませてはいけない。誰かが止めなければいけない。それを感じ取ると、すぐに機体を向けようとした。しかし、その破壊の結末はエルンストが一人で敵を全滅させることでも、ショウが彼を抑える事でもなかった。月面より一条の光が差し込み、直後に巻き起こった巨大な閃光と破壊の嵐……サテライトキャノンと呼ばれる、この時代の持つ最強の火器の一閃が残る全てを終えたのである。
 その威力は艦内で見ていた者も、突出したエルンストを助けに来たジュナスたちも、そして体から熱情が失せていくのを感じているエルンストも、誰もが絶句するほどの破壊力であった。
 ただ、エルンストは呟いていた。その一撃を放った機体のシルエットは、確かに背部のサテライトキャノンが特徴的ではある……が、見紛う事なき白いモビルスーツのものだったのだ。
「あれが……ガンダムなのか……? ガンダムが今のをやったってのか……」
 エルンストの体から出ていた気が消えていることにショウたちは気付いた。そして、今の彼を覆っているものが、途方もない虚脱感だという事も。

 戦いは終わった。ショウやジュナスが心配そうにガンダムの周囲に機体を寄せるが、エルンストの心は少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。
「隊長……?」
「ああ……済まん、大丈夫だ。俺の事はいいから、おまえたちは帰艦しろ……」
 ジュナスたちが去る姿を見送り、あの莫大なエネルギーをもたらした月光をモニターに眺めながら、エルンストはショウに問いかけた。
「なあ……お前も一年戦争から来たニュータイプなんだろう。分からないか……」
「えっ?」
 呼び止められたショウは、エルンストのガンダムに向き直る。その目は、まだ慟哭の涙を流しているように見えた。
「コロニー落としとガンダムがあった戦争から時が流れ……世界はニュータイプを求めて、新たな戦いの火種を巻き起こす……。
あまりに似すぎた……まるで、俺たちの時代の、歪んだ鏡写しの世界……誰かが俺たちを嘲うために作ったまがい物じゃないか……」
 言われて、ショウは初めて気付いた。これまでに見てきたどの世界も、似た構造は確かにあった。宇宙と地球の対立、戦場を駆けるガンダム……しかし、この戦後世紀ほどに、あえて同じくしたかのように見える世界はかつてなかった。
「子供のお前には、これがどれだけ屈辱かまだ分からないだろう……だが、その方がいい。俺と同じように見るようになったらニュータイプも何もあったもんじゃねぇ」
 エルンストはコックピットの中で煙草に火を付け、煙を吐いた。ショウにはその言葉の意味は分からなくとも、心が落ち着いていくのは感じ取れる。安心感を受け取ると、ショウもエルンストに言葉を返す。
「僕は……これまでのどの世界も、みんないい人がいたし、最後は平和になったんだし…… ここだってそうだと思うよ。
 それにさ、その…… 宇宙世紀だって、いろいろあったじゃない?」
 アムロやカミーユを思い出せば、彼らの悲劇や、彼らが残してきたものを受け取った責任感ばかりが心に宿る。だが、エルピー・プルやプルツーと一緒に遊んだ事を思い出すと、あの時も決して重く生真面目なことばかりではなかったと考え直す事ができる。
「そうだな…… いろいろ、あったよな」
 エルンストはガンダムのバーニアに再び火を入れながら、苦笑いを浮かべた。思い起こせば、一年戦争の中でさえ人に語れない馬鹿馬鹿しい出来事などいくらでもあったのだから。
 過去は決して手放さん。誰にも渡すつもりも穢させるつもりもない。
 だが、未来は自分ではなく子供たちのものだ。かつて自分自身が、未来を夢見たのだから。


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