第五十四話 失われた絆
〜作戦は一刻を争う〜
少女は夢を見ていた。
それは、この時が初めてではなかった。彼女の持つ、人類に与えられた神秘の力……人がニュータイプと呼ぶ力の有りようとして、彼女は何度も不思議な夢を脳裏に見てきた。そして、それは次々に現実になった。
その力を少女は恐れてさえいた。起こらないで欲しいと願う悪夢もまた現実となり、そしてそれを止める事はできない。
今、少女が見ている夢は、恐怖の瞬間ではなく不思議な情景だった。
宇宙に星々が浮かび、その中に同じように少女も浮遊する。
ありえない光景のはずだった。人は宇宙では生存できないし、星々は燃えさかる巨大な岩塊のはずだ。
だが、その夢の中では、星々の光は様々な色をした光の玉であった。その一つが少女の手に抱かれている。鞠のような大きさの、青く輝く光。それと同じように輝く光の玉が無数に浮かび、銀河のように煌めいていた。
星々の中に浮かんでいる者は、少女一人ではなかった。少女よりも幼い、男の子の背中が遠くに見える。
少年の周囲にはより多くの星々が集まっていた。そのうちの一つから、不思議な声が響いた。
(優しいな、君は。私は君のように生きることはできなかったよ……)
赤く輝く星は、少年の体の中に彗星のように融け込み、その光を宿していく。
白い星がその後に続く。
(僕とシャアの戦いを最後まで見届けることに何の意味があるんだ?ただ、悲しいだけじゃないのか?)
少年は、黙って星の光を受け入れ続けた。泣いているようにも思えたが、背を向けている少年の顔は見えなかった。
(おぬしがもう心に悲しみを刻みつけたのであれば、おぬしは幼くとも立派な戦士なのじゃ)
(そして、君のような少年の心の中で生き続けることができるなら……
シャア・アズナブルも、東方不敗マスターアジアも、そして私も……誰一人無駄死にはしていないのだ……)
ひとつ、またひとつ、光が少年の体に融け込み、光に包み込んでいく。
最後の声は少女が手に持つ光から聞こえた。
(君はその力を手に、新たな時代へ向かえばいい)
それが少年の中に消えると、少女は自分を閉ざしていた鎖が消え去るような、心地よい喪失感に包まれた。そして星々の光を集めた少年の背を見つめ、少女は初めて口を開いた。
「あなたは……誰……?」
嬉しい悲鳴と言うべきであろうか。
“ブラック・ジェネレーションズ”は集まりすぎた戦力の再編成に頭を悩ませていた。
戦後世紀での旅は陸上戦艦で行う事になった。宇宙世紀のように大気圏内を飛行可能な戦艦では、ここでは目立ちすぎるためである。建造可能な最大の艦であるテンザン級陸上戦艦でも、モビルスーツの積載数は十二機が限度である。普段なら十分な広さであるが、パイロットが十二人以上いるために、それでも手狭になっていた。
高性能の機体を詰め込めるだけ詰め込めば勝つ事は容易いだろう。だが“ブラック・ジェネレーションズ”の任務は戦闘に勝利する事だけではなかった。戦闘記録が出揃った機体ばかりで戦うのは、かえって不効率とさえ言える。
モビルスーツ小隊は六機ずつに編成し、強敵との遭遇に備えて半数に精鋭を用意する。そうだと決めても、その六機を選ぶのに頭を捻る事になる。誰を残しても強すぎるからだ。
しかも精鋭部隊と言えば聞こえはいいが、仲間が危機に陥るまでは留守番で、危機に陥った者が出れば即座に飛び出していく。ところが精鋭部隊に撃墜数を稼がせるのはもったいないとさえ言われてしまう、損な役回りである。
この問題を解決すべく、ゼノン艦長以下一同がブリッジルームに集まり、機体の一覧表を見ながら額を寄せる。
「ペーネロペー、ザンスパイン、ウィングガンダムゼロが二機……レイチェルのサザビーも残ってくれるか」
「はいはい、またお守りね」
ゼノンの言葉にレイチェルが答えると、すぐに抗議の声があがる。クレアとシェイドの声を同時に左右の耳に受け、レイチェルはふぅっと溜息をついた。
「出撃の機会がないことを祈ってるわよ」
レイチェルは左右の声を押さえると、精鋭部隊という名の控えに選ばれた残りの二人に視線を向けた。最強のニュータイプ能力を持っていたがために、第一線で戦い抜く事になってしまった幼い子供たち。人数が集まった現状ならば、カチュアもシスも最優先で戦場から遠ざかる権利があるはずだ。
「あと、一機か……ううむ……。ゴッドガンダムだな」
「おう」
未知の戦場では、いかなる敵が現れるか分からない。ガンダムファイターの力が必要になるかもしれないという可能性は捨てきれなかった。逆に、今後新しいモビルファイターが手に入る可能性はないと言っていい。アキラの乗機はゴッドガンダムのままであろうし、それなら控えにいるべきだった。
考えをまとめやすくするため、配置が決まった六人は部屋の隅へと移動する。
「次は、データを取るための機体ですが……
今後は戦後世紀の機体が増えていくのでしょうが、現在はこれらの機体が候補に挙っています」
ニキ・テイラーが示したリストには、アフター・コロニーの戦いではデータ回収しきれなかった高級機たちが並んでいた。
すなわちガンダムデスサイズヘル、ガンダムヘビーアームズ、ガンダムサンドロック、アルトロンガンダム、そしてメリクリウスとヴァイエイトである。エルフリーデの使うトールギスUも含まれていた。
「まずは、私がこれをいただくわね」
デスサイズヘルのファイルに手を伸ばしたのは、本来パイロット任務ではないラビニア・クォーツ大尉である。彼女はこの旅が始まった時からこの機体に乗る時を待ちわびていたし、その前の任務ではデスサイズに乗って戦っていたのだ。彼女の視線に込められた熱意を見ては、誰にも反論などあるはずもない。
「僕は格闘戦の方がいいかな」
「じゃ、俺が派手な奴をもらうってわけだ。悪いね、主役を譲っていただいて」
残ったパイロット達の中で、主力となるニュータイプはジュナスとサエンである。二人はそれぞれアルトロンガンダムとヘビーアームズを選び、残るガンダムタイプの機体はひとつになった。
「なら、俺はサンドロックか……」
マークは他のパイロット達が先に決めていくのを見ながら、内心そうなるのだろうとは考えていた。他の三機に比べて、戦闘能力に突出したものがないからだ。代わりに安定性は高く、モビルスーツ小隊の指揮を執るのなら適切でもあった。
そう決まりかけた時、横から幼い声がおずおずと言いかけた。
「あ、あの……」
一同の顔が声に向くと、うつむき加減に、何度も瞬きしながらミンミが口を開いていた。
「サンドロックは、自分に任せて欲しいのであります。これは自分がカトルさんからいただいたもので……あの、本当は、そうではないのではありますが…… それでも、自分はカトルさんから預かったと思いたいのであります」
それを聞いたマークは、しばし言葉を出せなかった。部隊の中でもミンミは決してモビルスーツ戦が得意な方でもなく、子供たちは戦いから遠ざける方向で話が進んでいた。だが、ミンミがこれほど意欲を持って大勢の前で言い出す事は初めての事だったのだ。
マークはしばらく考えて、優しく微笑んでミンミの頭を撫でた。
「よし……なら、俺はヴァイエイトにしよう。だがな、出撃するからには、必ず生きて帰ってくるんだ。無理はするんじゃないぞ」
「は、はいっ!」
ミンミが満面の笑みを浮かべる後ろで、言い出しそびれたという顔をしているのはショウだった。
モビルドールというものがない戦場では、ガンダムアクエリアスが必要な局面はほとんどない。だから黙っていたのであるが、僕が先に呼ばれないの、と少し不満げに口を滑らせた。横にいるユリウスがそれを聞いて苦笑し、
「僕だって、ハイドラガンダムをもらったのに使う機会もありませんよ」
「なら僕がハイドラガンダムに乗ればいいじゃないか」
「そんなに言うんでしたら、ひとつ乗って欲しい機体があるんですけど」
「なに?」
ユリウスはニヤリと唇の端をゆがめ、ショウの肩に手を置いた。
「マスターガンダムで戦ってくれませんか」
「絶対やだ」
ユリウスの手を払って憮然とするショウを眺め、オペレーターの席に座るラ・ミラ・ルナは大きく溜息をついていた。
「パイロットが余るくらいに人が増えてくれて助かりますよぉ……。これでもう私が無理矢理引っ張り出される事はないですよね」
「本当に大変だったみたいね」
「そうなんですよぉぉ。もう死ぬかと思ったんですから」
隣で聞いているマリアも気の毒になるくらいに顔をゆがめ、会議の中に自分の名が出てこないのをひたすら祈る。
そんな光景の中、エルンストは一人、部屋の壁にもたれて煙草をくゆらせていた。
パイロット達は各自の機体に就き、人で溢れていたブリッジルームも広さを取り戻す。落ち着いたところで、舵を握っていたネリィが振り返った。
「そろそろ、フリーデンに近づきますわ」
戦後世紀での戦いは、今から接触する者たちに同行していく事になっている。ゼノンは自分たちの艦よりも小型の白い陸上戦艦の姿を見ると、ふと思い出したように傍らのニキを振り向いた。
「フリーデンか……そうだな、この艦の名はどうするかね。ジャスティオンとでも言っておこうか」
「はっ?」
「テンザン級陸上戦艦、ではいささか淋しいではないかね。これまではラー・カイラムとか、グランシャリオと言っていたのに」
「それは、そうですね」
ニキも少しおかしそうに苦笑した。隣にユリウスがいることで、このいつも硬い表情ばかりの女性士官も気分が和らいでいるらしい。
「オブリージョン、というのはいかがです」
「義務……か?」
「それに“軍団”をかけてあります」
ニキはそう言っておいたが、実は思いついた内容はもう一つあった。子供の頃にコミックスで読んだ事がある、過去を変えるために時間を遡り、破滅した超能力者のコードネームだった。
「自由や正義と付けたがるのは子供の発想ですよ。少しは自戒の意味も込めなくては」
そうひとりごちるニキの横で、ユリウスがその回の台詞を思い出し、心の中で暗唱していた。
こうして艦名が決まると、ゼノンはフリーデンと通信を開くように命じた。相手がそれに応じると、サングラスのまま指揮を執る男の顔がモニターに映し出される。
「私はゼノン・ティーゲル。この戦艦オブリージョンの艦長をしている。君が、フリーデンのジャミル・ニートかね?」
『……なぜ、私を知っている?』
「我々は君の行動の趣旨に賛同する者だからだ。すなわち……ニュータイプを保護するという活動に」
ジャミルの眼光が鋭く輝く。それは黒眼鏡で隠れるようなものではなかった。ゼノンは手応えを得ると、ジャミルに話を続けた。
「この艦にも、多くのニュータイプ達が乗っている。私たちの目的は同じだ。ニュータイプのために戦力を求めているのなら、共に協力して事に当たろうと考えている」
フリーデンが目指している、アルタネイティブ社の襲撃は容易な事ではなかった。民間の研究施設とは思えぬ軍事力を備え、保有するモビルスーツはフリーデンの数倍の物量がある。ただ殲滅を考えるのであればサテライトキャノンで砲撃するという手も使えるのだが、囚われているニュータイプの少女を救い出すには、研究所に被害を出すことなく勝利しなければならなかった。
ジャミルはしばらくの間沈黙を守ったが、やがて口を開いた。
『協力に感謝する。だが、この作戦の間は、私の指示に従ってもらいたい』
「戦闘の指揮はお任せしよう」
ここにはフリーデンばかりではなく、ジャミルと旧知のバルチャーたちも集まってきていた。そこに押しかけてきた以上、ジャミルが想定していた作戦に従う程度の誠意は見せるべきだった。そう決まると、ジャミルは各艦に回線を開き、作戦の説明に入る。
『まずは二手に分かれて艦砲射撃を開始する。その五分後に全モビルスーツを出撃させ、ラボの正面にて合流、一気に突入を試みる』
「その備えなきを討ち、その不意を出ず……ですね」
『そうだ。艦砲射撃は、ラボの施設の手前に着弾するよう徹底する。ただし、陽動作戦であると悟られぬよう、注意が必要だ……』
ニキのつぶやきに答えると、ジャミルはフリーデンを走らせ始めた。
「では、そのように……だな」
「砲撃と言っても、このオブリージョンでは威嚇程度です。連装メガ粒子砲のようにはいきません。
戦いを決めるのはやはりモビルスーツになるでしょう」
ゼノンとニキは作戦を確認すると、モビルスーツ隊に号令を下した。
「あなたは……誰……?」
(私は地球と宇宙を繋ぐ絆として創られた)
宇宙に浮かぶ少女に答えた声は、少年のものではなかった。
それどころか、人の発したものでさえなかった。人類の身長をおよそ十倍した機械……モビルスーツが、少女のいる高さに自分の胸ほどの位置を合わせて浮かんでいた。
(だが結ばれるべきものたちは互いに争い、私は生み出される前にその意義を失った)
「……失われた、絆……」
(その、最初の者だ)
星々の光をその身に受けた少年の姿はいつの間にか消えていた。代わりに、この人型の機械が少女の心に答えている。
(私は図らずも歴史の最後の瞬間となった。私が創られた時より、人は道を折り返していった……。
再び始原から歩み出す者たち……後ろを決して振り向かぬと誓った者たち……そのいずれもが、古の力を再び手にする日まで……)
白き体に赤をまとったかのような配色。両腕にあたる部分は巨大な砲が肩から備え付けられ、細い足腰は華奢にすら見える。人型の背に翼を付けた有翼人の形ではなく、鳥が人の姿を模したような印象を与えている。
(人は私に不死鳥の名を授けた。それが私を示すための名だ)
その名を少女が口に出そうとした時、夢の宇宙空間は急速に消え去った。現実の光景は彼女が見知らぬ、実験室のような無機質な場所である。そこで、男が待ちかねたように口を開いた。
「目覚めたかね? ティファ・アディール」
男は少女の名を言った。見知らぬ者が自分を知ることに、ティファは恐怖する。
「ティファよ……この戦後世界は変革を求めている……。それにはお前の力を知らねばならん。お前が真のニュータイプであるか否かを、確かめねばならんのだよ」
「た……助けて……!」
「助けるのはお前だ。お前の力が、この戦後を救う!」
男の脳裏にある独善と狂気に、ニュータイプの力は敏感に拒否反応をもたらしていた。
恐怖と混乱の中でティファが思ったのは、不死鳥の機体でも光の少年でもなかった。彼女が救いを求めたのは、ガロード・ラン。
「ちょっと、なんで僕までこっちに来てるの?」
腕を引っ張られてモビルスーツデッキに連れてこられたショウは、満面に笑みを浮かべたカチュアに顔を迫られてしまった。
周囲ではすでに出撃が始まっている。そのため、二人に気を配っている者はいなかった。
「だって、どうせ今日はここにいても出撃なんかしないでしょ? 一緒に遊ぼうよ」
「い、いいのかなぁ……」
ザンスパインのコックピットに二人で入ると、先にシートに座らせたショウの膝の上にカチュアが乗っかり、ご機嫌の顔でもたれかかる。ぎゅっと押し潰されるような格好になって、ショウは苦しそうに体を揺すった。だが、カチュアはそれが遊びだと思ったらしい。
「いちばん最初のときにも、こうやって遊んだよねー★」
「そのときは怒られちゃったでしょ」
「いいの、そんなこと」
カチュアはロッキングチェアーに座っているかのように、ショウと一緒に体を揺らして遊び始めた。そのたびにショウはシートに押しつけられ、もがきながらも抜け出せなかった。
次々に出撃に向かう誰もがそれに気がつかないか、注意する事もなく見守っていた。
マークはじゃれる子供たちに軽く苦笑を浮かべると、モビルスーツ隊の最後に出撃した。機体が砲撃用のヴァイエイトならば戦場を広範囲に見渡せる位置が好ましい。率先して斬り込んでいく性格の者は、ジュナスとラビニアがいる。今日はマークがそれを引き受ける必要はなかった。
「まずいな。作戦は上手く行かなかったようだな……」
戦場を見たマークは、敵を左右に引き寄せておいて中央突破という筋書きが外れていることを悟った。味方が中央に集まったところで、左右から敵が向かってきている。これでは分散させたのではなく、包囲されている格好だ。数の不利が大きく影響する。
『敵は……ええと、要するにジム、隊長機がジムコマンド、ジムキャノンが少数います。ジムもどきを一機は捕獲してください。
それから、ガンダムの顔をしたのが二機います。注意してください』
「以前作ったことだけはある。ヴァサーゴとアシュタロンだな……」
マークはそれらの性能を思い返した。ビームサーベルを持ってはいるが、腕部の特殊兵装での格闘戦が得意な機体だ。それに加えて、片方は変形しての高機動飛行が可能で、もう一方はヴァイエイト同様に強力な砲撃能力がある。
「それに向かって無理矢理突っ込んでいくとは…… ガンダムXのパイロットは素人なのか?」
アムロ・レイのようなニュータイプの力もなく、ヒイロ・ユイのように冷静に戦局を見つめる技量もなく、ドモン・カッシュのように超人的な力でねじ伏せることもできないらしい。ヴァサーゴとアシュタロンの連携に苦もなく捕らえられた味方機を見つめ、マークは大変な戦いになると感じた。
「隊長、ガロードが危ない!助けに行きます!」
「よし!」
ジュナスがそこに向かっていく。ガンダムXのパイロットの名を心に刻むと、マークは指揮を執った。
「ラビニアとミンミは左を叩け。サエンとエルフリーデは右だ。味方の量産型はあてにするな。俺たちだけで勝つ気で行くぞ!
敵のガンダムの正面は危険だ!」
そう叫びながら、マークは自分が言った位置に陣取った。相手はほくそえんで撃ってくるだろう。だが、こちらもアフター・コロニーの“最強の矛”ヴァイエイトである。引けを取るつもりはない。
「いつもの通りってことね。有難いねえ、美人のお姉さんにいいとこ見せられるなんて!」
「なっ……? こ、ここは戦場だぞ! 真面目に戦わなければ……」
トールギスUから、怒ったような慌てたような声がサエンに届く。彼は楽しそうに笑みを浮かべると、軽快にミサイルを敵陣に叩き込んだ。
「俺は、こういうペースが合ってるのさ。たとえば……美女の応援があるとかね!」
「私はペースが狂う。悪いが、無言で戦ってもらいたい」
エルフリーデは呆れた口調で返すと、混乱した敵を斬り倒していく。その手応えは、かつてOZが使っていたリーオーと同じくらいのものだと感じた。
「ガンダムのパイロットが私たちを襲っていた時は、こんなものだったのか…… 無力なものだ、まったく」
エルフリーデがジムもどきことドートレスを斬る反対側では、まさしくその通りの事態が起きていた。
「うふふふふ……。あなたはどんな声で鳴いてくれるのかしら……?」
ドートレスの目の前に一瞬残像のような影が現れ、パイロットが混乱した隙に死神の鎌が機体を引き裂く。ハイパージャマーシステムを捕らえられる機体があるはずもなく、ラビニアは陶酔気分で次々に敵機を斬り裂いていく。
それを背後から援護するミンミは半ば呆然としながら、自分が目立つようにミサイルを放つ。敵機の気を引く間にラビニアが不意打ちをかけているはずなのだが、どうもラビニア一人だけで十分という気さえしていた。
「凄い勢いであります……。あの人、本当に本職が事務方なのでありますか」
その声がラビニアに聞こえたかもしれないとは、ミンミは思わなかった。ラビニアはどう見ても自分の行為に没頭していたからだ。
「危ない、兄さん!」
オルバ・フロストは殺気を感じ、とっさに捕獲していたガンダムXを捨てて後退した。兄も同様に攻撃を避ける。その直後、かなりの遠距離から物体が飛来し、彼らがいた場所を貫いた。
「あれは何だ、オルバ……」
「分からないよ、兄さん。誰かが開発したガンダムなのかな」
二人に向けて飛んできたのは、異常なほどに長いモビルスーツの両腕だった。アルトロンガンダムの放ったドラゴンハングという固有名詞は分からずとも、その内容は一目で分かる。彼らが得意としている武器と同じタイプで、射程距離ははるかに長かった。
「ガロード、大丈夫かい?」
「た、助かったぜ。サンキュー!」
空中で姿勢を直すガンダムXとは違い、助けに来た機体は空を飛んで近づく気配はない。あの長い腕のせいで近づくのは容易ではないが、ビーム砲の撃ち合いになれば空中にいる方が動きが速い。
そう判断したのと、兄からの思惟が飛んでくるのはほとんど同時だった。
「いかん、オルバ!」
「来るっ、兄さん!」
新手のガンダムは機体の背部に隠し持っていたビーム砲を前に向け、二人に向けて撃ち込んできた。不意討ちに近い攻撃だったが、その寸前で二人は攻撃を回避した。
オルバは、自己の能力に異常を感じた。兄と意識を共有できる超能力者であることは自分も知っている。だが、第三者の意志がおぼろげにも見えた事は今まで一度もなかったのだ。
「その程度のビームで……私に刃向かおうとはな!」
シャギアはガンダムヴァサーゴを地上に降ろすと、両腕の鈎爪で機体を地面に固定する。そして、腹部に装備したメガソニック砲の砲門を開く。
「引き寄せたよ隊長!」
「よし、射線から離れろ!」
シャギアがそうするのを読んでいたかのようにジュナスが飛びすさる。その直線上にはマークのヴァイエイトがビームカノンを構えていた。
「危ない、兄さん!」
「来るな!間に合わん!」
オルバが叫び、シャギアはもはや状況が動かせない事を悟る。そして弟が射線に飛び込んでこないように思念を送る。全ては同時に起こっていた。
そして、両者が高出力の砲撃を繰り出し、ビームの奔流がせめぎ合った。マーク・ギルダーもシャギア・フロストも、光が駆け抜ける中でも意志が消える事はない。お互いの機体は損傷を受けながらもパイロットを守っていた。
「ガロード、今のうちに行くんだ!」
「オ、オッケー!」
「しまった……! 兄さん……!」
ジュナス、オルバ、ガロードのうち、最後に意志に気付いたのはガロードだった。だが兄の身を案じたオルバは、ガンダムXが飛び去るのを阻止できなかった。
「一体どうなっているというのだ……!」
「よく分からないよ、兄さん…… あいつらの心が僕たちに流れ込んでくる……?」
互いにビームを放ち、長射程の格闘武器を繰り出していく。だが、その動きはどちらも一手先に読み取り、味方に危機を伝えながら回避していく。
マークとジュナスは、こうした勝負に慣れていた。条件が同じならばパイロットとしての技量が勝敗を分ける。だが、シャギアとオルバはこんな体験は初めての事だった。ゆえに、厳密には条件は同じではない。次第にマークたちが押し込みながらも、モビルスーツの性能はフロスト兄弟のガンダムの方が勝っていた。
「やるな、あの二人は……」
「僕たちと同じニュータイプみたいだね……」
それは何気ない言葉のはずだった。だが、戦後世紀の人間にとっては、その言葉は特別な意味を持っていた。
「ニュータイプだと!?」
「僕たちが……!?」
その意志を察した瞬間、シャギアとオルバは互いの名を呼ぶ事さえ忘れた。
そんなはずはない。ありえない。自分たちの事をニュータイプと呼ぶ者たちがいるはずがない。自分たちと同じ力を兄弟以外にも分かち合う事ができ、それをニュータイプと呼称する者たちの存在など……
フロスト兄弟の思考がそこまで進んだ時、戦場の中央で大規模な爆発が巻き起こった。アルタネイティブ社からの砲撃だった。
「兄さん!荷粒子光弾砲だ!」
「分かっている……どうやらティファを渡すタイミングが早すぎたようだな」
誤射ではなかった。二度、三度と巨大な爆発が戦場を焼いていく。敵も味方もない、無茶な撃ち方だった。
フロスト兄弟は即座に、ティファを引き渡したフォン・アルタネイティブの裏切りを悟った。このまま眼前の強敵たちと争っている場合ではない。
「……離脱するぞ」
「分かった、兄さん」
相手は腕を伸ばすガンダムも、青い色の砲撃用の機体も空を飛ぶ事はできないようだ。砲撃を受けずに離脱するのなら、相手が荷粒子光弾砲の回避を優先する今しかない。
果たして、二人のパイロットが追撃を断念する思考が読み取れた。その感覚に、フロスト兄弟は今まで感じた事のない感情のうねりに包まれていた。
「彼らはいったい何者だったんだ、兄さん……」
「同じニュータイプと、言っていたな……」
その言葉の意味を思い、シャギアは考え込んでしまった。そして、彼らの真意を掴むまでは命を奪うのは得策ではないと結論を出した。オルバもそれには同感だった。
「でも……あいつらには、同じものは感じないよ、兄さん」
「そうだな…… ひとつ挨拶ぐらいはしていくか」
混乱に紛れようとした戦場の一角には、また見知らぬガンダムが二機。そのどちらも飛行能力は持っていないようだ。一撃を加えて、すぐに離脱することにした。
だが、シャギアが斬りかかった黒い機体は目の前で姿を消すと、間合いを詰めた空間に突如出現した。
「何ッ……!」
「もう覚悟はできたかしら? フフ……行くわよ!」
デスサイズヘルの鎌が一閃する。シャギアはとっさにビームサーベルで受け止めると、そのまま横を駆け抜けて間合いを離す。
「兄さん!? こいつ……許さないぞ!」
オルバは自分の標的に定めたガンダムに向けて、捕獲と粉砕を兼ねた巨大なマニピュレーター、アトミックシザースを向けて襲いかかった。両手に湾曲刀を持ったガンダムは地上で待ちかまえると、片腕のシールドに湾曲刀を接続し、同じような武器を作り出す。
「か、蟹挟みなら、負けないのであります!」
「なんだよ、それは!?」
アトミックシザースとクロスクラッシャーが絡み合い、オルバは慌ててサンドロックを振りほどく。そしてガンダムヴァサーゴを拾い上げると、そのまま戦場から飛び去っていった。
『敵の大型モビルアーマー、依然砲撃を繰り返しています!』
『隊長、出ようか? ペーネロペーなら砲撃の間に飛び込めるよ』
『ウィングゼロ、いつでも行けるぜ。ツインバスターライフルで吹っ飛ばしてやる』
「温存しておく! 今日はサテライトキャノンを撃つところを見られればそれでいい!」
マークは接近できない状況に苛立ちながら言葉を返した。せめてヴァイエイトが損傷していなければ撃ち合えたものを、と後悔を胸にする。
周囲の戦況を見やり、そして最適の行動は母艦に戻って補給と修理に当たる事だと結論を出した。左右の戦線はいずれも味方が押していたからだ。
戦艦オブリージョンに戻る途中で、ザンスパインが飛び立つのにすれ違った。
「カチュア? 戦いは任せておけばいい!どうする気だ!」
「誰かが助けてって言ってるの!」
ミノフスキードライブの機体は制止する間もなく戦場の真ん中まで行ってしまう。荷粒子光弾砲がぎりぎり届かない位置に辿り着き、そこで立ち往生しているガンダムXの前に回って、光の翼で攻撃から守る。そこでは、ガロードとジャミルが苦戦を強いられていた。
「ティファからの思念を頼りにサテライトキャノンの狙いをつけるってぇ!?」
「失敗すれば、ティファは死ぬ。だがそれしか方法はない。
本当は私が撃ちたいが、この有様だ……手の震えが止まらん……!」
ガンダムXはエネルギー充填も終わっておらず、砲撃の中では狙いを定めるのもままならなかった。
「それなら、僕たちが隙を作るよ!」
「撃つまでの時間は作ってあげるよ★」
ガロードは声の幼さに驚き、ジャミルはショウとカチュアの力に気付く。カチュアが機体をコントロールしながら、ショウがティンクル・ビットを操り、戦場の彼方にいるモビルアーマーに攻撃を仕掛けていった。その間、グランディーネからの砲撃は止まった。
「お前達……ニュータイプなのか……!」
「うん、あのお姉ちゃんの声が聞こえたんだよ」
ジャミルは照準を合わせながら、ゼノンの言葉の一部が真実だと知った。ティファ以外のニュータイプがこの場にいるのだ。
「よし、時間稼ぎはもういい、全力で離脱しろ!
ガロード、マイクロウェーブ!」
「マイクロウェーブ、来るっ!」
光の翼が飛び立つと同時に、月からの光がガンダムXを明るく照らす。そして砲門から吐き出された莫大な威力のビームの奔流がグランディーネを焼き、アルタネイティブ社の研究施設を打ち砕いていく。その一区画、ティファ・アディールが囚われている場所を避け、敵意の持ち主だけを滅ぼし去った。
「ティファーッ! ティファーッ!!」
無邪気なほど純粋に、ガロードはティファに駆け寄り、照れた微笑みを顔に浮かべた。それを見る事になったショウは、この新しい世界のガンダムを駆る戦士に、今まで出会った人たちとは違った魅力を見出していた。
「いいなぁ、ああいうの。ショウもあれぐらい私のこと構ってよ?」
「え、ええっ?」
「イヤなのー?」
「い、嫌なんて言ってないよ」
コックピットの中で騒ぐ子供たちに気付くと、今度はガロードとティファがくすくす笑いかける。
そんな微笑ましい光景を眺めながら、ジャミルは戦艦オブリージョンのニュータイプたちがこの世に何をもたらすのか、じっと考え込んでいた。
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