第五十五話 この戦いを終わらせるためには
〜ガンダム売るよ!〜



 エリスの乗る機体のモニターには、大きく地球が映されていた。
 なんという美しい星だろう。そして、その美しさの中から、いったいどれだけの悲劇が繰り返されたのだろう。
 エリスの視界を満たす地球が、瞳に浮かぶ涙のために滲む。この光景を見るのはもうこれが最後になるかもしれない。この美しい光景が存在するのは、今が最後の瞬間であるかもしれないのだ。
「ごめんなさい……」
 エリスはこの作戦を始める前から、幾度となく繰り返した言葉をもう一度つぶやいた。謝罪の言葉を向ける相手は数限りなくいた。
 両親にも。知人にも。軍の上官にも。愛した人にも。眼下に広がる地球の全ての人にも。過去に存在した数え切れない先人たちにも。未来に生まれるはずだった無限の生命にも。それらを産み育んできた、美しい水の星そのものにさえ。
 この作戦が成功すれば地球は滅亡する。
 人が宇宙に住むようになってから、そんな作戦を実行した者は何人もいた。その全てを未然に防いできた英雄の機体は、今は地球を守る側にはいない。それには、エリスが乗っているのだから。
 だが、それでもなお、全ての生命を産み、育て、その歴史を見守り続けた母なる大地を守ろうとする者は皆無ではなかった。だから、こんな時の果てでも、戦争が起こった。
 エリスの視線は、モニターの背景を大きく占めている地球から、コンソールの表示に映る。地球を守ろうとする最後のモビルスーツ隊は、エリス一人に向けて数百は下らない数を押し出し、包囲を試みていた。
 無駄な抵抗だった。戦闘能力の差がありすぎた。
 人類が宇宙に昇って、最初に起きた戦争から、その戦力の差は存在していた。量産型のモビルスーツをどれだけ多量に集めようと、その白いモビルスーツを倒すことは誰にもできない。時が流れるごとに、その差は大きく広がっていった。コロニーすら一瞬で消滅させる機体が登場し、さらにはそんな機体だけで戦争を模した競技が行われるようになった。他のいかなる機体を作り出そうと、その白いモビルスーツには誰一人勝つことはできないのだと、全人類が知り抜いたからだ。
 エリスの乗る機体は、そんな超越的な機体の後継機だった。だから、その一族の名を持っていた。
 ……ガンダム、と。
『止めろ!あのガンダムを止めろ!』
『俺たちの地球がなくなるかどうかの瀬戸際なんだぞ!』
 聞こえてくる声にも、エリスは謝罪の言葉を繰り返した。通信回線は全地球規模に対して開いている。自分の言葉が、少しでも多くの人に聞こえて欲しいから。たとえそれが許されることのない謝罪であったとしても。
「ごめんなさい……」
 エリスは追伴してきた鳥形の機体を、モビルスーツに変形させた。その数は敵軍のおよそ五十分の一。
 ビットモビルスーツ。ニュータイプと呼ばれた人たちにしか扱うことのできない、一人が軍隊と同じ力を持つための機械。
 ゼロ・システム。極度に先鋭化した戦士たちにしか扱うことのできない、人の思惟を最高の戦果に向けて導くための機械。
 ウィングガンダムゼロ。かつて地球圏最強の名を与えられた、その乗り手自身の意思によって葬り去られた機械の同型機。
 高度な技術と戦闘力の大軍も、エリスの操る一機を消耗させることなく地球に送り届けるための護衛でしかなかった。しかし、ガンダムの集団をニュータイプの意思が操る以上、それを排除できる軍団は世界のどこにもない。地球防衛部隊は瞬く間にウィングゼロの部隊に蹴散らされ……しかし、スペースコロニーをも瞬時に蒸発させるツインバスターライフルの閃光が放たれることはなかった。エリスは最後の敵兵たちの命を奪いたくはなかったからだ。それが、その後に行う暴挙の埋め合わせには、程遠いことが分かっていても。
 しかし、大気圏の内側から、なお一機のモビルスーツが飛翔してきた。エリスの眼前のスクリーンに、Aとその逆の図形を組み合わせた警報が表示されていく。それは涙に滲んだエリスの目には、Xという文字にも見えた。
 そこに居る者の意思を感じ取ると、エリスの瞳に溜まっていた涙は、瞳から溢れ、頬を流れ落ちた。
「マーク……」
 エリスは、自分に向かってくる恋人の名をつぶやいた。彼に自分を止めて欲しかったのかもしれない。マーク・ギルダーはそれが可能な能力を持つただ一人のパイロットであり、またマークの駆るモビルスーツは、唯一エリスのガンダムに匹敵する力を備えていたのだ。地球の文明を滅ぼし得る、恐るべき力を。
 機体の装甲は修復不可能な傷跡が幾筋も刻まれ、その機体が初めて地球圏に流れ着いた状態と比べれば、見るも無惨な外傷を浮かべている。だが、壮絶な負傷にも関わらず、ナノ・スキンで形成された機体内部への致命傷は与えられてはおらず、その戦闘能力は決して減衰してはいない。
『エリス!馬鹿なことはやめろ!俺はお前と本気で戦いたくない!』
 マークは叫んだ。愛し合う男女が敵として両軍に別れ、互いに最強の機体に乗る以上、いつかこうなる事はマークにも分かっていた。小競り合いだけならば幾度も繰り返してきた。最期の一瞬が訪れることを信じたくなかっただけだ。マークも、エリスも。
 エリスの周囲に集まるモビルスーツたちは次々に戦闘力を喪失していく。だが、脳波で操られるウィングゼロの一軍の攻撃を縫って、何条かのビームがエリスのガンダムに降り注いだ。
 エリスは軌道を変えずに、ただ地球へと向かっていた。回避しようともしなかった。
 ビームが次々とガンダムに命中する。エリスはそれが自己の罪への当然の報いだと思った。だが、それは欺瞞でしかなかった。降り注ぐビームのどれもが、エリスを包むバリアーの前では何の力も持たない事はエリスにも分かっていたからだ。痛くも痒くもない攻撃をその身に受けて、それが何の贖罪と言えるのか? 圧倒的な強者が見せる態度は、弱者にとっては憐憫すら侮蔑に等しい。
 だから、エリスは繰り返した。その言葉が何の意味も持たないと分かっていても、エリスにはそうするしかできなかった。
「ごめんなさい……」
 モビルスーツ隊の包囲は、何の妨げもできずに突破された。代わりに、マークが近づいてくる。エリスは機体のコントロールを、脳波で操っていたウィングゼロから、自分を乗せているガンダムに集中する。
『隊長、駄目です!あのガンダムのバリアーは……!』
『お前たちはいい、下がっていろ!バリアーでは防ぎ切れん攻撃をする!』
 マークは右腕に装備された武器を展開させた。はるかな外宇宙から到来した未知よりの帰還者。その最強の近接攻撃兵器は、かつて人類がその手にした最強の必殺技を彷彿とさせた。流れ着いた機体の本当の名は誰にも分からない。だからそれを受け取った人類は、その想像のままに、溶断破砕マニピュレーターに伝説の名を付けた。
『エリス!! やめるんだ、エリス!!』
「やめて…… マーク、私の邪魔はしないで!」
 溶断破砕マニピュレーターの巨大な光を、エリスは針のように細いビームサーベルで受け止める。高出力のビームサーベルは、当初は効果範囲を広くするため、太く大きくする技術が発達した。だが、エリスの振るうそれは、ビームの及ぶ範囲を狭くすることで威力を高める技術の革新があった。それは伝説の超必殺技が生み出された時代にもなかったものだ。過去における史上最強の武器は、新時代の武器との相性までは考えられていない。
 超高収束ビームサーベルと溶断破砕マニピュレーターが激しい光を放ち、二人の機体を弾き飛ばす。エリスの乗るガンダムは後方に、そしてマークは全身が粉々になったように。そして、弾け飛んだ機体の部品のひとつひとつが、エリスを包囲するように回り込む。
 マークの機体は撃墜されたのではなかった。もともと分離可能な機体が、ひとつの意思の元でエリスを取り囲む。オールレンジ攻撃をエリスも見抜いた。マークの意思は自分を逃さない。この世の誰よりも深く心の繋がった男女が、その意思の行く先を予見できぬはずがないのだ。だから、エリスも切り札を解き放った。
「ごめんなさい…… こうするしかないんです!」
 ガンダムの胸部に備わったマルチパーパスサイロが開く。マークの持つ溶断破砕マニピュレーターと同じく、エリスの機体が装備する“通常での”最大の切り札。状況に応じて最も効率的な兵器を電送する、最強ならぬ最適の装備。
 エリスの乗るガンダムの胸部から、黄金の光が放射状に放たれていく。その光の正体が何か、マークは放たれる直前に察して、機体を離脱させた。
『離れろ……!サイコウェーブだ!』
 指示も間に合わず、エリスの後方から追いすがってきたモビルスーツ隊がなすすべもなく光に飲まれていく。機体に損傷を与えることもない、ただ戦闘力を……人から戦う意思を奪う心優しい兵器。ビームの破壊力、バリアーの出力、エンジンの推力を上げる技術がどれほど発達していっても、これを防ぐ手段はついに開発されることはなかった。
 マークは大きく離脱せざるを得なかった。優秀なニュータイプであればあるほど、サイコウェーブに抵抗することができなくなる。
 戦争の帰趨がサイコウェーブだけで決まるような時代が訪れなかった理由は、ニュータイプたちの大多数は地球圏から外宇宙へと生存の場を移していたからだ。今、地球にいるニュータイプはマークとエリスを含めてもわずか三人しか残っていない。それが、二人が最強の機体で戦わなければならない、たった一つの理由だった。
 追撃するモビルスーツ隊の動きが止まり、マークが離れた隙に、エリスは大気圏に突入した。
 機体を焼く大気の熱を感じ、エリスはその熱さが、滅亡を拒む地球そのものの、最後の防壁であるかのように感じた。だが、それもすぐに終わる。大気圏を越えて海の青さが視界に入ったとき、エリスの頬にもう一度大粒の涙が流れた。
 Aと逆Aを重ねてXに見える警告表示が再び鳴り響く。マークもエリスを追って大気圏に飛び込み、急速に距離を縮めてきていた。
『エリス!!』
「マーク……」
 エリスの心に、マークの意思が流れ込んで来る。
 マークはエリスの悲しみを理解していた。理解し合える人が一人でもいる。それは、世界を見放さないことには十分な理由のはずだ。エリスも、それは分かっていた。だが、そのように互いを理解し合えるはずのニュータイプは地球を捨ててしまったのだ。地球に残ることを選んだニュータイプはほんの数名しかいなかった。その二人も、その力を理由に、こうして最終戦争の果てにいるのだ。
 ニュータイプの力は、地球を救うには足りないものだったのか?
 地球圏そのものが、ニュータイプから見捨てられる程度のものだったのか?
 エリスに答えを与えてくれる人はいない。
 過去に答えを見いだそうとした人たちは全て答えを見ぬままに敗れ去っていった。ガンダムと言う名の白いモビルスーツに。
『エリス、今ならまだ引き返すことができる!!馬鹿なことは止めるんだ!!』
「引き返すのは……戦いと過ちの過去に……? 間違っているなんて分かっています、けど……!
 人は戦いすぎたんです!ガンダムもニュータイプも救いにならないのなら、この戦いを終わらせるためには……!!」
 ガンダムの背から、最終兵器が解き放たれた。淡く輝く虹色の光。
『エリス……!!』
「人はもう、ガンダムを創り出す力など持ってはいけないんです……!!」
 マークの機体の中に最大級の警告が響いた。そして、機体の持つ防衛本能が、自動的に同じ装備で自身を守ろうとする。
『エリス!!やめろ、エリス!!』
「ごめんなさい……!私には……私には、こうするしか……!!」
 マークは機体を離脱させるしかなかった。マーク自身を守る淡い光もまたエリスと同じく、地球を滅ぼす力を持っていたからだ。エリスを追おうとすれば世界の滅亡を早めてしまう。マークは飛び去るエリスを呆然と見つめるしかなかった。エリスの心が張り裂けんばかりの悲しみで満ちていることも分かった。だが、それがこの圧倒的な現実を前に、何になるだろう?
 ガンダムから放たれる光を浴びた機械文明が灰燼のごとく崩れ去り、大地に還っていく。地球の全ての大地で。人類の全ての文明が。マークは文明の埋葬が終わるまで、瞬きもできず、声を出すこともできず、全てが終わる光景を見続けていた。
 こうして、エリス・クロードの手で地球は滅んだ。
 シャア・アズナブルが唱えたように、ニュータイプは地球という揺り籠から巣立ち、新天地に旅立っていた。
 リリーナ・ピースクラフトが願ったように、人類は戦争をする手段である武器を手にすることはなくなった。
 マスターアジアが夢見たように、傷ついた地球の自然はこれから長い年月をかけてゆっくりと回復していく。
 だが……
 エリスは世界を滅ぼしてしまった。
 マークはそれを止めることができなかった。
 そして、もう一人、もう一機…… エターナ・フレイルはこの瞬間に間に合わなかった。彼女と、開発中の愛機は、この戦闘が起きる直前に忽然と姿を消していた。黒歴史と呼ばれる、もはや消え去った文明のどこかに。

 エリスが目を覚ましたとき、同じベッドで寝ていたシスが目を開け、エリスの顔を覗き込んでいた。
 夢とは記憶の断片。そして、エリスの脳裏に再び流れたものは、かつて本当に起きたことだった。
 シスは不安そうにエリスを見つめる。シスのニュータイプ能力は非常に高く、また敏感だ。エリスは自分の悪夢がシスに流れ込んでしまったのではないかと思い、胸を詰まらせた。
「シスちゃん……」
「………………」
 エリスは、シスを抱きしめようと思った。だが、それはシスを安心させるためではなく、自分自身が不安すぎて誰かの体を抱いていたいからだと気づき、その手が止まった。シスを怯えさせたのが自分であるなら、どうしてシスにすがりついて救いを求める資格がある?
 しかし、シスは目を閉じ、エリスの胸の上に頬を寄せた。その表情には安堵と、そして信頼があった。
「シスちゃん……」
 エリスは、今度こそシスの幼い体を抱きしめることができた。こんな私にも、こんな顔を向けてくれる人がいる。私の全てを知ったうえで許してくれる人がいる。凍てついた心が溶かされていく心地よさを胸に抱きしめ、エリスも目を閉じ、シスの肩の上から布団を掛け直した。謝罪の言葉を繰り返す必要はなかった。

 “ブラック・ジェネレーションズ”の主たる任務は、戦闘で捕獲したモビルスーツを研究し、新たな機体を設計し、その技術を手にする事である。戦後世紀の世界においても、それは変わる事はない。戦闘だけで経過してきた日々を終え、この研究に取りかかる時間こそが、彼らの本当の任務の時とさえ言えるのだ。
 先の戦いで量産型モビルスーツ・ドートレスを手に入れ、既存の技術と組み合わせる事で新しい機体の設計図が出来上がっていく。アフター・コロニーでは量産型の数は少なく、それぞれのガンダムの発展系を手にしていくことがほとんどであったが、この戦後世紀のドートレスからは多数のバリエーションが生み出されていた。その成果を語り合うゼノンとニキの後方、ブリッジルームの一番後ろで壁にもたれて腕組みをしていたエルンストはスクリーンに映し出される図面を眺め、煙草の臭いが染みついた息を吐いた。
「ジムキャノンがドートレスウェポンで、ザクタンクがドートレスタンクか……」
「他には、エアリーズやギャプランからも類似の機体ができていますね。基本となる機体ですから、やはり設計用としては優秀でした」
 ニキが続けた言葉には、エルンストが込めた意味は解されていない。それを察したマークは、エルンストの隣で同じように壁にもたれかかり、彼だけに聞こえるように囁きかけた。
「……気に入らないか?」
「当たり前だ」
 エルンストは短く答え、新しい煙草に火を付ける。煙草が苦手なマークが少し離れると、無遠慮に深く息を吐き出し……そして、思い出したように言った。
「ドートレス・スナイパーカスタムってのは、ないのか?」
「宇宙世紀の狙撃用の機体との組み合わせでは、開発できるものは見あたりません」
 ニキの事務的な答えに、やっぱり分かってねぇな、と低くつぶやく。マークは顔を向けると、冗談交じりに言った。
「あれば嬉しかったか?」
「無い事が、嬉しかったよ」
 エルンストは沈んだ声でつぶやくと、そのままブリッジから歩き去った。その後ろ姿をマークは追おうとも考えたが、入れ替わりに入ってきたエリスの姿がそれを止めた。
「どうしたの? エルンストさんは……嫌な事でもあったのかしら……?」
 心配そうな口調のエリスに、ここにいること自体が嫌でたまらないだろうさ、とマークは答える。それを聞いたエリスは溜息を付いて答えた。
「少し前まで、あなたがそうだったわ……」
 言われて、マークは気付いた。アフター・コロニーの時代にいた時、自分自身が何を考えて時を過ごしていたか。まずいな、という言葉が自然に漏れる。それはエルンストの心が落ち着いていない状況の分析ではなく、彼の気持ちを茶化してしまった事への後悔だった。
 エリスはそのままマークの隣に……先ほどまでエルンストが立っていた位置にやってくると、話を変えた。その表情は、二人と同様に重いものだった。
「……あの時の夢を見たのよ」
「俺もだ……」
 低く小さな声でマークは答えた。もっとも、誰かに聞こえたとしても、二人の真意を知る者はここにはいない。
「冷凍刑の間は嫌になるほど見ていたが……この旅が始まってからは初めての事だ。
 終わりが近づいているということだろうか……」
「私も、ここにいると思うの……。あの時は最後まで会えなかった……エターナが、この時代のどこかに……」
 エリスが目を開け、正面のスクリーンを視界に入れると、そこには新たな機体が映し出されていた。超兵器サテライトキャノンによって通常のモビルスーツを超越した破壊力を持つ機体。
 その名は聞くまでもなく分かっていた。エリスがかつて乗ったものと同じ、ガンダムということは。

 十五年前の戦争で荒廃した戦後世紀の大地には、もはやかつての文明を創り出す力は残っていない。電子部品や特殊合金など、もはや製造不可能な部品は、かつての軍事基地から危険を冒して回収するしかない。そのためにモビルスーツが使用され、バルチャーと呼ばれる者たちは古代遺跡を探索する冒険者のように貴重な財宝を持ち帰る。
 だが、それには大きな危険が隣り合わせであることは事実であった。危険を省みずに先発したガロードを救い出すために動力施設の爆発に直面したジャミルは重傷を負い、艦長が倒れたフリーデンは指揮官の体が癒えるまで森の中に身を潜めていることになった。
 そして、フリーデンと行動を共にする“ブラック・ジェネレーションズ”は、フリーデンが行動を開始するまで同じように待機を続けている。その間にモビルスーツの研究と、部隊の再編成を行っていた。
「敵情に合わせて、モビルスーツ隊の編成を一部変更する。
 ここでの敵で手強い相手は、ガンダムヴァサーゴとガンダムアシュタロンの二機だけだ。これらはいずれも飛行能力があり、格闘戦を得意とするため、我が軍も飛行可能な機体を用意する。一機はエルフリーデ特尉のトールギスU……」
 ゼノンの言葉を耳にして、作戦会議のためにブリッジに集まったパイロットたちの視線が鋭さを増した。
 二機のウィングガンダムゼロ、ペーネロペー、サザビー、ザンスパイン、そしてゴッドガンダム。三つの世界の最強のモビルスーツが出撃すれば、いかに戦後世紀有数の戦力と言えども勝負にならない。まして、そのパイロットはニュータイプや強化人間、そしてガンダムファイターなのだから。
 だが、ゼノンが指名した機体は、戦力だけではなく研究を兼ねたものであった。
「もう一機は、ガロード・ランの活躍からデータを得る事ができた、ガンダムXだ。パイロットには、ショウがガンダムアクエリアスから替わることとする」
 一応、妥当な判断と言えた。モビルドールのない戦後世紀ではガンダムアクエリアスは真価を発揮することはできず、ショウの能力を艦内で寝かせておくには惜しいものがある。
 俺たちの出番はいつ来るんだよ、とシェイドがぼやき、カチュアは戦闘で暇な間にショウと遊べなくなるので嫌な顔をする。
「マークたち五人は一つの部隊として、地上の敵の掃討にあたる。
 こちらは特に心配する事はあるまい。捕獲した敵モビルスーツの能力はジム程度に過ぎない」
「悪いね、撃墜数の稼ぎ時に」
 サエンの自慢げな顔がシェイドの舌打ちを誘う。それを横目に見ながら、エルフリーデは彼と小隊が別れた事に少しほっとしていた。
「有り難いな。やはり私はショウを守る方が向いているよ」
 その独り言を聞きつけたサエンは、シェイドに耳を寄せてささやく。
「なあ……やっぱりああいう感じのお姉様って、やっぱりああいう趣味なんだろうかな」
「俺が知るか」
 シェイドは一言で切って捨てたが、サエンはエルフリーデの横顔をちらちらと見ながら、何度も首をかしげていた。
「この艦にいる娘、みんな可愛いんだけどなぁ……どうして誰も彼も変な性格してるんだろうなぁ?」
 お前も変な性格だろうが、とシェイドの言葉が飛んでくるが、それは気にはしなかった。

「ガンダムXって、ガロードが乗っていたガンダムだよね」
「アクエリアスがお気に入りでしょうけど、これも発展系が見込めますからね。でも……」
 モビルスーツデッキにやってきたショウは、新しく配備された機体を見上げた。説明書を抱えたユリウスは嬉しそうに笑っている。その裏にある言葉は、ニュータイプの力が無くてもショウには分かった。
「もしガンダムXが嫌でしたら、マスターガンダムで戦ってくれませんか。ついに風雲再起の自動操縦化に成功したんですよ」
「エックスでいいよ」
 ふん、とユリウスは鼻を鳴らす。馬の行動パターンをオートメーション化するのにどれほど苦労したか……自慢するために考えていた言葉は、天才である僕はこの大変な作業にどれほど苦労しなかったか……語り尽くしてやろうと思っていたところだったが。
 しかし断られては仕方なく、未来世紀の創り出した驚異の発明・モビルホース風雲再起はゴッドガンダムを使うアキラに任せることにした。残念なのは、彼を相手にしては研究段階の自慢話は全て聞き流されてしまうことだ。
 そこでユリウスは次の自慢話、ガンダムXの説明に入った。
「ではガンダムXですが、この機体は凄いですよ。なんとサテライトキャノンが……」
「知ってるよ、見た事あるんだから」
「……ありません」
 ぎょっとして、ショウは目の前の機体を見上げた。どう見てもガロードが乗っていたものと同じ風貌であり、X型に展開する背中のパネルも巨大な砲身もきちんと装備されている。
「な、ないって?どういうこと?」
 慌てるショウを前に、やっぱり一から説明しないといけませんか、とユリウスは溜息を付く。しかしそれがとても嬉しそうに見えるのは、決してショウの気のせいではない。
「考えてみてください。僕たちは月の送電施設からエネルギーを出してもらうことができません。仮に宇宙世紀やアフター・コロニーに戻ることがあるとしたら、そこには送電施設そのものがありません」
「そうだよね」
「月が出ていないと使用できませんし、使えない時はガンダムXはごく標準的なモビルスーツでしかありません。
 ですから、ウィングガンダムのバスターライフルを参考にしたビームキャノンを代わりに作ったんです。ああ、発射の時にはちゃんと敵に聞こえるようにサテライトキャノンと大声で叫んでくださいね」
「やだっ」
 ちっ、と舌打ちするユリウスの顔を睨み付け、ショウはぷうっと頬を膨らます。
「ちゃんと戦略的な意味があるんですよ。敵軍に、我々もサテライトキャノンを持っていると思わせる事ができるんです。そのためにガイドレーザー受信からパネル発光まで、発射までの全工程を、外見だけは完璧に真似たんですから。月が出てなくてもガイドレーザーが来るんですから、絶対驚きますよ」
「……どうやって作ったのさ、それ」
 ユリウスはニヤリと唇の端を歪めた。ショウの頬に冷や汗が流れる。ようやく、待ちに待った自慢話の本番だった。

 その時、轟音と共に艦が大きく揺れた。警報が鳴り響き、自慢話どころではない緊張がモビルスーツデッキを駆け抜ける。
「何ですかいったい!僕の邪魔をするのは!」
「敵の攻撃だ!パイロットは出撃準備を!」
 マークがヴァイエイトのコックピットに走る姿が見える。ユリウスは舌打ちを残し、モビルスーツデッキの入り口に向けて駆け出していく。戦闘が始まれば、今はユリウスの居場所はここではなくブリッジにある。ショウもガンダムXのコックピットに乗り込みながら、マークに声をかけた。
「敵って、どんな人が攻撃してきたの!?」
 すでに二度の戦闘を経ているのに今になって疑問に思うのもおかしな話だが、ショウには戦う相手の正体が見えなかった。今までの戦いでは、たとえば地球連邦軍とジオン軍の戦争であったり、デビルガンダムを追う捜索だった。だが、今度のフリーデンと同行する旅路には、フリーデンと一緒にいるというだけで襲撃されるような理由は思い当たらない。
 ショウの疑問への答えは、予想もできないものだった。
「その辺にいる、野盗だ」
「野盗……って!?」
 マークはヴァイエイトのコックピットの中から、戦況を確認しながらも幾分かの怒りを込めて答えた。その怒りの意味は、ショウにも伝わっている。
「こんな派手なモビルスーツを子供が乗り回しているんだ。奪い取ろうとする奴らもいるだろうさ」
「そんなのって……!?」
「弱い者から奪う事でしか生きていけない世界では、奪う事が日常になってしまった人もいる……。そうした人は、奪われる弱い人の方が悪いのだと……奪う事が当たり前だと考えるようになっていくのさ」
「そんなの無茶苦茶だよ……! そんなに生きる事が苦しいのなら、どうして助け合って生きていこうとしないの!?」
 マークは、ショウがその言葉を敵に投げかけたところで通じはしない事は分かっていた。大人になっていたからだ。だが、そのショウの純真な物の考え方こそが本当は正しいのだとも思った。たとえ現実には通用しない事があろうと、清らかさを失うことが人の生きる道でも目指すべき価値観でもない。
 憤りを示しつつガンダムXに乗り込むショウに、マークは落ち着いて指示を出した。
「そんな奴らの相手は俺たちがする……。ショウ、おまえは敵のガンダムタイプに注意してくれ。敵はどうやら、ニュータイプらしい」
 そして自分が指揮して倒すべき敵部隊の動向を調べ、マークは驚愕した。これまで思いもしなかった戦法で攻め寄せられ、対処の方針が思い浮かばない。
「なんだ、これは……!」
『モビルスーツは順次出撃してください!まだ出られるうちに! 艦から離れないように、敵の数を減らしてください!』
 ブリッジからラ・ミラ・ルナの声が届く。そこでするべき事は決まった。司令部の指揮に従い、敵を倒していくことだ。だが、それで根本的に事態が解決するか、マークは楽観ができなかった。

「おいおい、どうなってんだいこりゃ?」
「敵は倒せても、これじゃ……!」
 出撃したサエンやジュナスを迎えた光景は、周囲の木々一面に燃える火災であった。敵のモビルスーツ部隊は、森の中に潜んでいたフリーデンとオブリージョンに対して、火炎放射器で火を放ったのである。
 そんな戦法が存在していたのは弓矢や馬で戦争をしていたころの話で、人が宇宙に住み、モビルスーツを使って戦争をするようになっても、まだこんな原始的な攻撃方法を実行に移す者たちがいるとは想像もしていなかった。
 だが、モビルスーツも戦艦も熱に弱い精密機器の集合体である。現実に、二人の乗るガンダムには機能の不調を知らせる警報が鳴り響き、冷却装置も少しずつ限界に近づいていく。
「火を付けている連中を撃破するんだ!これ以上火災を広げさせるな!」
「はいっ!」
「あいよ!」
 マークの指示に答え、ジュナスとサエンは敵の一隊に向かった。
 サエンは敵の影を見つけ出すと、舌打ちしつつマシンガンで水平発射を仕掛けた。ミサイルで攻撃しては、火災をさらに広げる可能性があったからだ。だが、OZの量産型とほとんど変わらないファイヤーワラビーの装甲では、ヘビーアームズのマシンガンを受け止めることはできない。敵機はまだ火が回っていない木々に身を隠そうと試みるが、強烈な銃弾は木々を打ち抜き、そのままモビルスーツの装甲を軽々と貫いていく。だが、次々と打ち倒された樹木が横倒しになって進行を阻む防護柵のようになり、さらに火が燃え移って完全に進路を塞いでしまう。
「おいおい、なんだよこいつ……!」
「木に当たらないように攻撃しないと……!」
 ジュナスはどう攻撃すればいいか逡巡した。アルトロンガンダムの主兵装もまた火炎放射器なのだ。こんなところで使えば火災を広げるだけだ。ビーム砲でも結果は変わらないだろう。森の木々の中でドラゴンハングを使うのは難しすぎる。そうしている間にも、別の場所から火炎放射器を構えたファイヤーワラビーが姿を現しては、火を放ちつつ後退していく。
「ひゃっはあ〜〜っ!!」
「死ねえ〜〜っ!!」
 甲高い哄笑とともに、モビルスーツが手に持つ火炎放射器から火柱が噴き上がる。それがガンダムを焼く直前、ジュナスは悪意を察してアルトロンを飛び退かせた。
「……なんだ、こいつら……!?」
 ジュナスはその炎に込められていた悪意に、吐き気すら覚えた。出撃の前にショウとマークが話していた、弱者を踏みにじることを生来の権利であると信じて疑わない者たち。
 戦争という空間で仲間と共に生き延びるために殺すのではない、理想を果たすための障害を排除するのでもない、大切なものを守るために立ち上がるのでもない……これまでのどの歴史にも見ることはなかった、真の邪悪の魂に触れたという感覚がジュナスを憤らせた。
 その苛立ちの間に、ファイヤーワラビーはまた木々の中に身を隠していった。回避した火炎が森に着火し、新たな火勢をそこから広げていく。ジュナスやサエンの力量なら、この程度の砲撃を避けることは簡単だった。だが、回避に成功しても状況は悪化していくのだ。それが、小馬鹿にされているような気がして、ジュナスの勘気はさらに鋭くなった。
「こんな奴らがいるのか、ここには……!」
 ジュナスはアルトロンガンダムを真上に飛び上がらせた。悪意の銃口が向けられる。飛行能力を持たないアルトロンガンダムは、空中ではまともな回避行動を取ることができない。
 だから、ジュナスはそうしたのだ。邪悪を引き寄せ、そしてその位置を確実に把握する。
「馬ぁ〜鹿めぇぇぇ〜〜!!」
「蒸し焼きにしてやるぜ〜!!」
 四方から押し寄せる火炎放射がアルトロンガンダムを包む。業火の渦は機体の影すら見えなくなるほどに吹き付けられ、繭に包み込まれたようにすら見えた。襲撃者の哄笑と仲間たちの悲鳴が重なり合う。
 だが、アルトロンガンダムを守るガンダニュウム合金の装甲は無敵だ。少なくともアフター・コロニーではそれが現実であったし、そのことはエルフリーデに聞けば実体験をいくらでも聞かせてくれるだろう。その計算がジュナスにはあった。
「見えたぞ……!そこにいるんだなッ!!」
 業火の中から竜が唸りを上げて飛び出していく。火焔放射を続けるファイヤーワラビーからは、ドラゴンハングがそう見えただろう。逃げまどう暇も与えずに竜の牙が機体に喰らい付き、そして天へと駆け上がっていく。両腕で掴んだ敵機を高く掲げるように振り上げると、アルトロンガンダムは炎の中から完全に無傷な姿を現した。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃ〜〜〜!!」
 振り回される男たちの声にも、ジュナスは同情は抱かなかった。
「そして……そこにいるな……!!」
 空中に持ち上げた二機のファイヤーワラビーを、地上に残っていた二機に上から叩き付ける。その二機はすでに逃げ出していた……味方の二機が捕獲された時点で、仲間を見捨てて背を向けていた。だが、そんな者たちの逃げる道筋は、ニュータイプの感覚が捉えきっている。逃走するファイヤーワラビーの真上から、ドラゴンハングに捕獲された二機が正確に振り下ろされる。
「ぶべ!!」
「げぽ!!」
 野盗の奇妙な悲鳴と共に、鉄槌と化して叩き付けられたファイヤーワラビーが押し潰され、爆発も起こさずに動きを止めていく。空中から降り立つアルトロンの周囲には上昇した温度のために陽炎が揺らめき、ジュナスの感じた怒りが空気を歪めているようにも見えた。
「お……おい、ジュナス!大丈夫なのかよ!?」
 ジュナスの怒りを呆然と眺めていたサエンは、着地したアルトロンに慌てたように呼びかけた。外傷は全く見受けられないが、その様子はただごとには見えなかった。
「あ……うん、大丈夫……。さすがはあの世界のガンダムだよ……装甲には全く傷がついてない……。
 でも……さすがに、駆動部分は……。熱には、どうしようもないみたいだね……」
 返ってくる声は熱で浮ついて、すでに力ないものになっている。アルトロンガンダムも着地したあとは、棒立ちのまま動き出す様子はなくなっている。
「大丈夫じゃないだろ! 誰か!ジュナスを助けに行ってくれ!」
「は、はいでありますっ!」
 サエンの叫びに応えて、ガンダムサンドロックがアルトロンに駆けつけ、抱えるように両手を伸ばす。サンドロックの掌が触れた瞬間、熱が伝わる乾いた音が機体に響く。ミンミはサンドロックのハッチを開くと、陽炎が漂う光景にぐっと息を飲み、勇気を振り絞ってサンドロックの腕を伝っていった。
「ジュナスさん!ジュナスさんっ、大丈夫でありますか!?」
 アルトロンのハッチを開くために手を近づけたミンミは、普段の癖で手袋をしていたことを幸運に思った。それでもあまりの熱気のため、ノブを握るには勇気と決断が必要なほどだった。
 がくん、とハッチが開くと、中から猛烈な蒸気が噴き出してくる。まるで蒸し風呂どころか、パンを焼く窯のようだとミンミは思った。中からゆっくりとジュナスが姿を見せると、彼が生きていることが信じられないと素直に思った。
「ミンミちゃん……? ありがとう……。助けてくれて……」
「あ、あっ!?ジュナスさんっ!」
 ジュナスは少しふらつき、ミンミが必死に抱きついて倒れるのを止める。そのまま二人でサンドロックのコックピットまで辿り着くと、ミンミは大きく息を吐いた。
「こ、ここなら、大丈夫なのであります。サンドロックは砂漠戦仕様でありますから、冷房が他のガンダムよりも一段優秀なのであります」
 カトル・ラバーバ・ウィナーの乗機であったためか、居住性という面で言えは五体のガンダムはもちろん、これまでに乗ってきたあらゆるモビルスーツの中で一番の快適さもしれない。それが人を救うことになるとは、ミンミも思ってもいなかった。シートの横で体を休めるジュナスも一息ついて、あらためてミンミに礼を言った。
「ありがとう。助かったよ、ミンミちゃん」
「い、いえっ!自分は、その、当然のことをしただけなのであります!」
 ミンミは少し声をうわずらせて答えた。ジュナスのようなニュータイプと同じ戦場で並んで戦うだけでも面映ゆいことであるのに、雲の上の存在を救助し、また感謝の声をかけてもらうことは、ミンミにとってはたまらなく眩しいことなのだった。
 そうして慌てている間にも、まだ燃える森の中から敵影が姿を見せていた。ガンダムの一機が動かなくなったことを知ると、舌なめずりをしながら火炎放射器を構えて近づいてくる。
「へっへっへぇ〜!油断大敵だなぁ、坊やたちよォ!」
「……それは、どちらのセリフかしら……?」
「へっ?」
 ゆっくりと歩を進めてきたファイヤーワラビーの背後からツインビームサイズが振り下ろされる。悲鳴を上げる間すらなく、ファイヤーワラビーは真っ二つになって地面に転がった。デスサイズヘルの姿を捉えられるレーダーは彼らにはない。周囲が燃えさかる火炎に包まれていれば尚のことだ。
「あ、ありがとうございます、ラビニア大尉……!」
「それはいいけど、これからどうするのかしらねぇ……?」
 敵機を斬ったというのに、ラビニアの声は普段の陶酔気味な口調ではなかった。この一方面の敵機は掃討したものの、陸上戦艦が火災から避難する空間を確保したわけではない。むしろ火勢はますます強まりつつあった。
「これじゃあ、僕たちだけじゃどうしようもないかな……」
 呟きを漏らすジュナスの視線の先、身動きが取れない陸上部隊の上空に、ガンダムXとトールギスUが飛び出していく。自在に空を舞う両機を見上げ、ジュナスは目を伏せて嘆息した。
「すまないな……また、君に頼ることになるんだね……ショウ……」

 炎に包まれる森を眺め、少し離れた場所から、獲物を狙う眼光を煌めかせる者たちがいた。
「この日が来るのを待ちわびたよ……」
「やっと復讐の時が来たんだね、兄さん」
 それぞれのガンダムの中で、フロスト兄弟は狩り出される獲物たちの姿を探し求めた。彼らの目標は、ガロード・ランの乗るガンダムX。彼をモビルスーツ戦闘で撃破するという目標のため、一度はフリーデンを離れたガロードに出会い、帰還を促すという努力まで惜しまなかったのだ。そんな二人が見守る戦場の中、炎に包まれた大地を離れて空中からビームを放つガンダムXの姿が目を引いた。
「兄さん、あのGXは……」
「ガロード・ランではないな……。だが……」
 なぜガロードではないと分かったのだ? シャギア・フロストは、自分がつぶやいた言葉に疑念を抱いた。
 ガロードが帰って来て出撃するには時間が早すぎる。動きもどこかガロードの操縦とは癖が違う。よく観察してみると、そうした不自然な点がある。
 だが、シャギアもオルバも、そんな冷静な思考の結果が頭によぎるよりも前に、別の直感を強く感じていた。それによってガロードとは別のパイロットの存在を認識したのだ。
「GXの中にいるのは子供だ……」
「ガロードよりも小さい子だね、兄さん……。中学生か……いや、小学生くらいかな」
「うむ……それも、二人いるな……」
「男の子と女の子が……」
「操縦しているのは男の子のようだな、オルバ……」
 彼方の戦場にいるガンダムのコクピットの中にいる幼い子供たち……その光景が手に取るように分かる。まるで、それが“見える”かのように。
「なぜ……そうだと分かったのだ、私は」
「僕にも分からないよ、兄さん。どうして分かったのか……」
 以前に戦った敵パイロットたちは、フロスト兄弟を指してニュータイプと呼んだ。その言葉が意味するところに、この違和感が何か関係があるものなのか……二人はそれを確かめるため、ガロードよりも先に、謎のGXに挑むことに決めた。

 エルフリーデはショウを先導するように出撃する。彼女はショウを守るためにここにいるのだ。トールギスの性能も、ショウが乗っているガンダムXより加速力がある。主敵とされた二機のガンダムタイプを叩くために、まずは敵の陣形を崩すべく突撃する構えでいた。
 そこに、炎上した地上と、業火の渦に包まれながらも敵を撃破していくアルトロンガンダムの姿が見えた。エルフリーデは、その戦いぶりにあらためて息を飲んだ。
「彼は……勇者なのか?」
「ジュナスさんは、僕よりずっと凄いんだよ……」
 呟きに返ってきたショウの言葉も、戦慄を感じながらも頷くことができた。あのガンダムのパイロットたちですら、ここまでの戦いぶりを見せることは少なかった。目の前で機体を自爆させたヒイロ・ユイの姿が脳裏に浮かぶ。彼と比較しても、ヒイロは死を賭した覚悟を見せつけただけであったが、ジュナスは勝利の確信を持って行ったことなのだ。
 その行いを無駄にするわけにはいかない。あの5人のガンダムパイロットたちに限らず、やはりガンダムを操るということは、特別な者にだけ許されるべき特権なのだと、エルフリーデは思った。
「その資格があるだけの者かどうか……あのガンダムパイロットたちの伝統を受け継ぎ、その名を辱めぬ勇者たる者か……
 とくと見せてもらおう!この世界のガンダムパイロットたちよ!」
 トールギスUのバーニアを全開にして、目標となるガンダム二機に挑みかかる。敵の赤黒い機影は、ガンダムエピオンの姿を想起させた。
 凄まじい加速で迫る騎士のような機体を、フロスト兄弟は上下に分散するようにして回避した。
「兄さん、あれは……!」
「ガンダムタイプではないようだな……。だが、あのスピードは脅威だ……オルバ!」
 兄弟は息を合わせて、ある時は同時に、ある時はタイミングをずらして、トールギスUに射撃を仕掛ける。エルフリーデは細かい動きでかわすのではなく、加速に任せて大きく射界から飛び出すことで攻撃の手を逃れた。
「一撃離脱か……!オルバ、油断するな」
「うん!すぐに帰ってくるよ、兄さん!」
 二人の予想通り、引き返してきたトールギスUはシャギアの乗るヴァサーゴを狙って一直線に突っ込んできた。
 ビームサーベルよりも先に攻撃できるストライククローで動きを止める。その隙にオルバが側面から撃つ。二人は瞬時に心を一つにして身構えた。
 だが、斬撃の音が駆け抜けると、ストライククローのひとつが切り落とされて宙に舞う。シャギアは反射的に背後を振り向きながら、ビームサーベルを抜いた。
「何という速さだ……!」
「殺人的な加速、というところだな。だが、私の仲間には、この倍の速さで飛ぶガンダムがいるぞ」
 駆け抜けた機体から、落ち着いた女性の声が帰ってくる。そして、超高速の機体が一往復した場所にはガンダムXが待っていた。二対一でも手強い相手であるのに、これで二対二になってしまった。
「エルフリーデさん!」
 ガンダムXから響いた声は子供のものだ。戦う前に感じていた通りの、小学生くらいの男の子の声。
「そのガンダムは、僕が相手をするよ!エルフリーデさんは、地上のみんなを助けて……!」
 地上を眺めてみれば、燃えさかる大火災の中で行き場を失っている味方が苦戦に陥っている。地上で戦うよりも、飛行可能なモビルスーツが上空から攻撃していった方が有利なのは間違いなかった。
「だが、奴らは……」
「僕なら大丈夫だから!」
 エルフリーデは、ショウが敵に後れを取るとは思っていなかった。一瞬の手合わせで感じた敵の技量は、二人の連携を持ってしてもショウにはとても及ばない。その事よりも、脳裏に浮かんだのは刃の穢れであった。この程度の者たちにショウの手を煩わせるようなことがあっては、騎士たるエルフリーデ自身の名折れではないか。
 だが、眼下を見下ろしてみて、やはりショウの言葉に従うことに決めた。炎の中を蠢く者共は、この二機のガンダムよりもさらに薄汚い、触れたくもない輩ばかりだ。
「……分かった。ショウ、心配はしていない」
「ありがとう……!」
 トールギスUは炎に包まれた戦場の上を飛び回りながら、ドーバーガンで一機ずつファイヤーワラビーを仕留めていった。その方が効率的であったためだが、降り立って剣を交える気にはとてもならなかった。時折、火炎放射器を向けて抵抗をする者もいたが、敵の多くは背を向けて逃げ回り、そうでなければうろたえるばかりであった。
 そんな敵を見下ろし、エルフリーデは溜息を付いた。
「私は、何と幸せな時代に生まれたものか……。
 私が生まれた時代は戦士の誇りを敬い、平和の大切さを知り……そしてトレーズ様がおられた……。
 この荒れ果てた世をトレーズ様が目にすれば、何と嘆かれる事だろう」
 それでも、エルフリーデは戦場を飛び、その光景を見続けた。なんとしても生きて旅を終え、己の世界に帰り、これを伝えねばならないのだ。自分を待っている人たちの姿が脳裏に浮かび、その中にシャロン・キャンベルの顔が浮かぶと、エルフリーデは苦笑混じりに再度息を吐いた。もしもシャロンがこの連中を見下ろしていたら、どんな言葉で不心得者を誅するだろうか。エルフリーデには想像すらできない。戦場を覆い尽くす紅蓮の炎などまだ生易しい、蒼炎の恐怖がこの森を焼け野原に変えるに違いない。
「トレーズ様に成り代わり、この無法者どもを討つか……それともシャロン様に代わって狩りの獲物とするか、悩ましいところだな」
 阿鼻叫喚の想像図にすら郷愁を感じながら、エルフリーデはひとつひとつ標的を潰していった。やはり、彼女がトールギスUを地に下ろすことはなかった。

「これが火計というものですか……。本で読んだ事はありますが、見るのは初めてですね」
 年若いユリウスが言いそうな台詞を、ニキ・テイラーが冷静につぶやいた。窮地にあるということをはっきり認識するのは、打開への第一歩だ。とはいえ、予測もしていなかった攻撃へは、対処するための装備が存在しない。
「私も初めてだよ。ひょっとしたら黒歴史にも他に例がないかもしれん。見事に足下を掬われたものだ」
 ゼノンも艦を取り巻く火勢を見つめながら、腕組みをして考え込んだ。宇宙空間では火計など存在しない。地球上でも、ホワイトベースのように飛行できる艦であれば、上空に逃げればそれでいい。市街戦で起きる火災はともかく、森林での焼き討ちの可能性など考える必要はなかったのだ。だが戦後世紀の陸上戦艦では飛行する事ができない。
 攻撃を受けて初めて、その有効性に思い至るのでは指揮官失格だな。
 ゼノンは愚痴を心に浮かべるが、それでも彼の指揮に命を委ねている者たちがいる。その責任を放棄するつもりはない。
 さしあたって出せた指示らしきものは、これ以上延焼が広がる事を黙って見ているわけにはいかない、というだけだった。しかし、出撃していったモビルスーツも飛行可能な機体は少ない。敵を侮り、最強の機体を戦闘用に揃えていたわけではないからだ。
 いよいよとなればペーネロペーやザンスパインなど、飛べる機体は艦を捨てて脱出することを命じることになるか……そう考えた時、気付いた事があった。敵のモビルスーツも飛ぶ事はできないのだ。必ず脱出経路を用意しているはずだ。だが、誘き寄せようという罠という可能性も、ゼノンは同時に思い至った。
「敵のモビルスーツが後退していく方向に、伏兵は感知できるか?」
「……だめです、周辺一帯にミノフスキー粒子が散布されすぎて……」
「罠かどうかは……賭けだということか……」
 マリアの返答を聞き、呟きながらゼノンはニキを振り向いた。ニキは戦場図に鋭い視線を送っていたが、ゼノンに顔を向けられると言葉を述べた。
「私は、罠だと思います。敵の攻撃が火計だけであるなら、火で取り巻いた後は急いで脱出するはずです。
 敵モビルスーツは自分が火に包まれる危険を冒しても、我々が動くまで火を撒きながらじりじりと後退していくだけです」
「だとすれば……どうする……?」
 ゼノンは呻いた。ニキの説は正しいかもしれない。だが、ここに留まっているわけにもいかない。敵が後退していく方向には行けないのならば、別の脱出口を求めなければならない。それも、今すぐに。ここにいるだけでエンジンが爆発を起こしかねないほどに、周囲の気温は上昇し続けていた。
 決断を迫られる中、モビルスーツデッキで待機しているパイロットたちからも声がかけられてきた。
『あっついよ〜。あつくて死ぬよ〜。 ねー、もう服脱いでいい〜?』
『逃げる道がねえなら俺が作ってやる!ウィングゼロを出させてくれ!ツインバスターライフルで森の一角を吹っ飛ばすんだよ!』
 燃えるものがなくなれば火勢は止まる。並大抵のビームでは無理だが、ウィングゼロならば不可能ではないと思わせた。
 シェイドの言葉に許可を出そうとしたとき、周囲で敵機を排除していたエルフリーデからも通信が入る。
『艦長、3時方向に泉があるようだ』
「泉だと……!」
 ブリッジにいた面々の表情に希望がさした。上空から戦場を見ていたエルフリーデは、炎と煙で視界もレーダーも効かなくなっている地上よりも広い範囲を確認できたのだ。
『その方面の敵はすでに排除した。フリーデンも避難を始めている』
「よし……フリーデンに随伴せよ。我が艦も前方の泉に向け、直進する」
 ゼノンは決断を下した。その決断の中に、無意識に入ってしまったものがあった。フリーデンに同行するという旅の主目的である。
 だが、フリーデンの進路が全て正しいとは限らない。そのことに思い至る余裕はゼノンにはなかった。

 エルフリーデが去ると、入れ違いにガンダムXが突撃してくる。最大の武器であるサテライトキャノンを使うつもりはないらしく、手に取っている武器はビームサーベルだった。
「兄さん、あのGX……僕たちを一機で相手するつもりらしいよ」
「油断はするな、オルバ……。あのGXの中にいるのは……」
「僕たちが求めている、ニュータイプかもしれない。……そうだね、兄さん」
 先に攻撃を受けたのは、ストライククローの片方を失っているヴァサーゴだった。残された左のクローで迎え撃ちながら、ビームサーベルで斬りかかる隙を狙う。その連携が読み取られていることを、シャギアは直感した。それがオルバにも伝播した。
「何ッ……!」
「兄さん……!」
 感じた通りに、ストライククローは空振りに終わった。そう予期していたおかげで、ビームサーベルを受け止めることができた。シャギアは相手と、そして自分自身に畏怖を覚えつつ、ガンダムXに向けて叫ぶ。
「GXのパイロット……!名は、何というのだ……! 私は、シャギア・フロストだ」
「僕は弟のオルバ。君は……」
 オルバも続いて名を告げ、少年からの返答を待った。
「ショウ……ショウ・ルスカ、だよ」
「私、カチュア・リィス。よろしくね〜★」
 突然名を聞かれて戸惑っている男の子に続いて、明るい口調の女の子の声が続いた。パイロットはやはり二人いたのだ。なぜ予感が的中したのかは分からなかったが、シャギアとオルバは自分たちの脳裏に浮かんだ光景が、真実を写し取ったものだったと確信した。
「あなたたちが、敵のニュータイプだね……こんな手で攻撃してくるなんて、あなたたちは……!」
「待て……! ショウと言ったな、貴様は私たちがニュータイプ、だと……」
「そうだ、何の証拠があって、そんなことを……!」
 シャギアとオルバは、必死だった。自分たちと同じ能力。さらにそれを拡大させた能力。その力の名がニュータイプであるというのなら、自分たちの運命はここで一変するかもしれないのだ。だが、それを聞いた子供たちは、きょとんとした顔を見合わせた。
「えっ? ……でも、ニュータイプじゃないの? どうしてそんなこと、いまさら聞くのさ?」
「私たちみたいな力があったら、普通、ニュータイプって言うんじゃないの? おじさんたち、心で感じ合ったりできるんでしょう?」
 ショウもカチュアも、疑問を抱くこと自体が信じられないという口調だった。それを聞いたシャギアとオルバは、操縦桿を持つ手に力を込めることさえ、一瞬忘れた。
「僕たちがニュータイプ……だって……? それじゃあ、兄さん……!」
「お前たちが、ニュータイプであるのなら…… ティファ・アディールは何だったのだ……!?」
 それを戦闘中の隙だと感じ取ったのか、ショウはヴァサーゴの背後に回り込んだ。それを見たオルバは逆に笑みを浮かべた。ヴァサーゴの後ろを取ったのは確かだが、アシュタロンから見ればガンダムXのほうが背を向けていることになる。ビームを撃って、軽く牽制して兄が振り返る時間を稼げば、完全な挟み撃ちにできる。
 そう考えてビームを放った瞬間、背後からの攻撃をガンダムXは事も無げに回避して見せた。ビームが向かう先には、シャギアの乗るヴァサーゴがあった。
「しまった……!兄さんッ!」
「何ッ……!?」
 ヴァサーゴが被弾し、吹き飛ばされたことでガンダムXのビームサーベルの距離から離れることができた。だが、フロスト兄弟はガンダムXの中にいる子供たちに戦慄した。意思を一つにした完璧な連携を行うことが出来るという自負があった自分たちに、同士討ちをさせて見せたのだ。
「どうして……僕らを相手にこんな真似が出来るんだ、兄さん!?」
「接近して仕留めるしかないッ、オルバ!」
 ヴァサーゴは反転して、ビームサーベルで斬りかかった。ガンダムXの背後からはアシュタロンがアトミックシザースで掴みかかる。捕らえることが出来れば、メガソニック砲でとどめを刺す。兄弟が最も得意とする必殺の連携だった。
 一度目の試みで捕らえられる相手だとは思えなかった。その先の攻撃も思考に入っている。
 敵がこの攻撃に対応するなら、バーニアを噴かせて上に逃げるだろうと予想した。そうなれば挟み込まれる体勢……ショウとカチュアにすれば、ビームを回避するだけで同士討ちに持ち込める有利な位置取りから離れることになる。そうなればアシュタロンのビームで牽制しつつ、メガソニックで狙撃するのだ。
 だが、ガンダムXは動かなかった。二人の攻撃が来るのを、為す術もなく見つめているように見えた。何の反応も見せない敵機の動きはおかしいと二人が考えた瞬間、ガンダムXはシールドを構えてアシュタロンに向けて突進した。
 アトミックシザースが間合いを外され、懐に潜り込まれる。シャギアのビームサーベルが空振りに終わる。アシュタロンとガンダムXはそのままの勢いで激突した。
「ぐうっ……!」
「馬鹿な!オルバ……!」
 激突の衝撃でアシュタロンはコントロールを失いかけたが、シールドを構えていたガンダムXはその衝撃を活かして跳ね返り、ヴァサーゴにビームサーベルを向けて斬り込んでくる。ヴァサーゴのビームサーベルは振り下ろしたまま、まだ構えに戻すことができていなかった。
 とっさに、残っていたストライククローを前に繰り出す。それが切り落とされるのと引き替えに攻撃を防ぐ。次の斬撃は、両機がほぼ同時に行うことになる。
 そこまでが読めた。いや、見えたのだ。まるで一度起きた出来事をゆっくりと目の前で再生するように。そして現実に切断されるストライククローを眺め、ビームサーベルが押し合う衝撃を感じると、シャギアは己の内から沸き上がる力に驚喜した。
「今ので倒せないんだ!? だったら……」
「あれを出すしかないね〜★」
「……あれは使いたくなかったんだけど」
 子供たちの会話は余裕綽々だ。あれ、というのは、当然サテライトキャノンのことなのだろう。
 だが、サテライトキャノンは……ニュータイプにしか撃てないはずの武器なのだ……。少なくとも、最初の一回だけは……。
 シャギアとオルバは、力に歓喜しながらも、これからさらに起こされるであろう奇跡の光景に胸を高鳴らせていた。

 泉の前に待避してきたフリーデンとオブリージョンの前には、異常な光景が待っていた。泉の周辺の温度は、他の火炎地帯とほとんど変化がない。そして、水上に男が一人、悠然とした態度を浮かべて待っていたのだ。
「み、水の上に人が!?」
「そ……そんな馬鹿な!? こ……これは、この技は……!ま、まさか、あの……!!」
 ユリウスの脳裏に、ゲルマン忍術という恐るべき単語がよぎる。ユリウスは立ちくらみを起こして傍らのニキにしがみついた。
「フッフッフッ……。“灼熱の湖”にようこそ、諸君」
 水上の男が余裕の笑みを浮かべ、すぐ足下にあったハッチを開いて姿を消していった。どうやら、相手は一風変わった演出を好む潜水艦の艦長だったらしい。さすがにあの超人が敵に回ったわけではなかったのだが、それでも窮地に立たされているのは確かである。水上には機雷が撒かれ、それも破壊ではなく延焼を目的とした焼夷弾のようなものだった。
 敵艦からは散発的な砲撃が繰り出されていた。ファイヤーワラビーが跋扈し、さらに炎を撒き散らしていく。明らかに、撃沈ではなく罠に誘導するためのものだ。罠にかかるわけにはいかないが、黙って直撃を受けるわけにもいかなかった。
「オブリージョンに搭載された武器で、潜水艦を攻撃できるものは……」
「ありません、艦長…… モビルスーツに、火の海に飛び込んで水中の敵を叩くように命じますか?」
「自殺に近いな、それは」
『絶対やだよっ、私ー!!もうこんな熱いの嫌〜!』
 その会話を聞いていたクレアが悲鳴を上げる。ペーネロペーの加速力なら水中を無理矢理突き進むことも不可能ではなく、人体の限界を超えた任務が回ってくるのはいつものことだったからだ。
『バスターライフルで湖ごと吹っ飛ばすか? そろそろ頭にきたぜ、この熱さは……』
「それはまずいな。我々も爆発に巻き込まれるかもしれん」
『ったく……!とにかく、出ろって言うなら俺はいつでも行くけどな……そろそろ、シスがやばいぜ。さっきから返事がなくなってる』
「何だと……!」
 モビルスーツのコックピットの中は完全に密閉されている。冷房は備え付けられてはいるが、それでどうにかなる限度はとうに超えている。このままでは蒸し風呂のようなものだ。
「フリーデンの方には、何か打つ手はないのか……!」
『艦長……あれは、何だ?』
 エルフリーデの怪訝な声が届く。敵潜水艦が身を隠している場所の背後に、何か大きな物体が迫っていく影が見えた。

「さあ……見せてみろ!ニュータイプの真の力を!」
「そしてその力を、僕たちにも発現させてみせるんだ!」
 前後からフロスト兄弟のガンダムが迫る。狂気にも似た歓喜に包まれているのが、ショウとカチュアにははっきりと分かった。
「なんかヘンだよぉ、あのおじさんたち〜? やっつけちゃった方がいいよね?」
 カチュアの言葉に、ショウは無言で頷く。
 背後から襲いかかってくるアシュタロンに左手を向け、シールドバスターライフルの銃口を合わせると、背部に備えられていた巨大な砲身を展開させる。
「この距離からサテライトキャノンだと!馬鹿な、間に合うはずがない!」
「僕も一緒に攻撃するのか……!そんなエネルギーが、どこに……!」
 ショウの行動は矛盾していた。大量の出力を費やすためにエネルギー充填を月の送電施設から行う必要があるサテライトキャノンは乱戦で使用できる武器ではない。全てのエネルギーを込める一撃必殺の武器と、他の武器を同時に使うことなど有り得ない。
 だが、フロスト兄弟の眼前で、ガンダムXの胸部に天から緑色の光線が届く。背部に開かれたパネルが黄金の輝きを放つ。
「これは!」
「これはッ!」
「あなたに、力を……★」
 カチュアの楽しそうな声が二人の脳裏に響く。ショウがトリガーを引く姿が眼前に見える。
「いくぞぉぉっ!サテライトキャノンだぁぁ────ッ!!!」
 背負った大砲から凄まじいビームが放たれる。同時に、背後の敵にも盾からのビームが襲いかかる。
 シャギアとオルバは、その瞬間を見た。いや、感じ取ったのだ。
 サテライトキャノンの閃光ではなかった。周囲の全てが輝きに包まれた。その一瞬を超えると、二人は異常な空間に浮遊していた。
「全てを……見通しているのか、私たちは……」
 モビルスーツのコックピットも。周囲で燃えさかっているはずの炎も。戦争によって荒れ果てた大地そのものも。シャギアの前からは全てが消え去っていた。いや、視力ではない別の感覚で、その存在を捉えていた。
 ガンダムXのコックピットがあるはずの場所に、男の子と女の子が同じように浮かんでいる。あれが、ショウ・ルスカとカチュア・リィスなのか。
「兄さん……僕も、見えるよ……何もかも通して……!」
 その先にはオルバがいた。オルバからもまた、同様にショウとカチュアの後ろ姿の向こうに、シャギアがシートに座った姿勢で浮いているのが見えた。
 彼らを包んでいる空間は宇宙だった。星々の煌めきだけが彼らを浮かび上がらせる。その宇宙に存在する全てを瞬時に認識することができたのだ。視覚でもなく、聴覚でもなく、触覚でもない、全く別の感覚をもって!
「これが、僕たちの本当の力……!」
「これが、ニュータイプの本当の力……!」
 フロスト兄弟は、肉体を超えて雄飛する魂の力を理解した。この力を得た今、フラッシュ・システムを動かし、ビットモビルスーツを操ることなど造作もないだろう。彼らを縛り付けたカテゴリーFと言う烙印は完全に無意味なものとなったのだ。だが、それすらももはや、彼らにとっては些末なことに過ぎなかった。
 周囲の空間が現実の光景に戻る。その時にはすでに、サテライトキャノンも、シールドバスターライフルのビームも、フロスト兄弟は回避し終えていた。
「これが……!刻を見るという事だったのか、オルバ!」
「ああ、兄さん……!兄さんと同じように分かるんだ、ショウ、カチュア……感謝するよ、僕らのこの力を解放してくれた事を!」
 二人はそれ以上に戦闘は続けず、歓喜の叫びに包まれながら飛び去っていった。ガンダムXには、それを背後から撃つエネルギーは残っていなかった。本物のサテライトキャノンとは違い、ショウが乗っている機体のものは、本体からエネルギーを供給していたからだ。
「あーん、逃げられちゃった〜?」
「それより……感謝するよ、って……。あの二人って、ニュータイプじゃなかったの……?」
「……ニュータイプだよねぇ。心でお話ができるんだもん。
 すごく嬉しそうだったけどさ、なに言ってたのかな? あのおじさんたちって……」
 ショウとカチュアは、小さくなっていく二人を眺めて、何か落ち着かないものを感じていた。

 轟音を挙げて、水中から巨大な物体が浮き上がる。水の勢いに押され、水中に身を隠した敵潜水艦までも浮上を余儀なくされた。
「なっ、なんだよぉ、いったい!?」
 パフォーマンス好きの潜水艦の艦長、ザコット・ダットネルは自分を上回るセンスの持ち主の出現に驚愕した。水中から出現した物体は、怪物然としたフォルムを持った潜水艦。そこから別の物体が飛び出してきたのだ。
 ひとつはモビルスーツらしい。人間の姿をした巨大なロボットなのだから、たぶんそう呼ぶのだろう。あとの3つは、物体だった。そうとしか言いようのない形状だった。
 トランプの、スペードのマーク。クローバーのマーク。だとすると、菱形の物体はダイヤなのだろうか。それが空中に浮いていた。
 なぜあんな物体が水中から出現して、宙に浮かぶのだ? そもそも、あんな形状のものが空を飛べるのか? ザコットは夢でも見ているのかと、完全に混乱した。そこに、野太い男の声が追い打ちをかける。
「マッドアングラー隊、見参!!」
 ガルン・ルーファス艦長の号令のもと、物体に見えたものが次々に変形を始める。奇怪な変形を終えると、その物体はそれぞれが人の形になっていた。
「フフフ……我が名はシャッフル・クラブ!!」
 ブラッドの陰気な声が戦場に一陣の冷気を送り込む。
「シャッフル・ダイヤだァァァ!!」
 ニードルの名の通り、突き刺すような声の響きが続く。
「シャァァァァッフルゥゥッ!スペェェェェ〜〜ドォォッ!!」
 狂気に満ちたドク・ダームの叫びが敵艦を恐怖に突き落とす。
 そして、それから展開された光景は、まさに戦慄すべきものだった。
「ククククッ!! 絶望におののくがいい!!」
 シャッフル・クラブの両肩に装備された多数のビーム砲が雨霰と撃ち込まれる。水面は沸き立ち、機雷が次々に吹き飛ばされていく。
「ヒャヒャヒャヒャヒャッ! ケシ炭にしてやるよッ!」
 シャッフル・ダイヤが燃えさかる湖面にさらに火炎を撒き散らす。火計にかけられている側から、さらなる火力で焼き払われるとは、ザコットは想像もしていなかった。
「ヒャアーハッハァー!! 死ね死ね死ねぇぇ!!」
 狂気の雄叫びとともに、シャッフル・スペードがまさに狂ったようにビームのナイフを投げつける。モビルスーツが回避できるような量ではなかった。火を付けて回っていた、最後のファイヤーワラビー隊がなすすべもなく倒れていく。
 阿鼻叫喚の光景を眼前に見せつけられ、ザコットは膝をくずおれ、頭を抱えて絶叫した。
「や……や、やめてくれぇ!たっ、助けてくれぇぇ〜〜!?」
「気付いた時には手遅れだよ……」
 低く呟くオグマ・フレイブの声は、まさに地獄からの使者そのものだった。彼が操るシャッフル・ジョーカーがザコット艦の正面に立ち、四方を囲む形で残る三人が陣形を組む。
「身の程知らずが!!」
 シャッフル・ジョーカーから閃光が放たれた。それは味方機の間を順番に駆け抜け、包囲しているザコット艦に四方から一気に浴びせかけられる。その圧倒的な光景を見せつけられ、ザコットは放心しながら最期の瞬間を迎えた。
「「「「シャッフル!!フラァァァ─────ッシュ!!!!」」」」
 巨大な閃光と轟音が駆け抜ける。次の瞬間、湖は巨大な水柱と化し…… ザコット艦はもちろん、包囲していた四機も、すぐ隣にいたマッドアングラーもまとめて、勢いよく宙に舞い上がっていくのがオブリージョンのブリッジからも見えた。
「……なんだったんでしょうか、いったい」
 ニキが冷静に呟く横で、ゼノンは深く顔を伏せ、ユリウスはニキにすがりついたまま床までずり落ちていた。

「ご協力感謝いたします、ガルン少佐…… 全員ご無事で、なによりです」
 担架で運び込まれるマッドアングラー隊の面々の横で、オブリージョン隊の全員が敬礼をして、代表してゼノンがガルンに握手を求めた。全身を包帯に巻かれながらも、ガルンは痛みを顔に出すこともなく右手を挙げて応えた。参加していないのは、熱気に倒れたジュナスとシス、そして熱を出して先に医務室に運ばれたユリウスだけだった。担架の列が艦内に運び込まれると、熱気から解放されたパイロットたちは安堵の息と、正直な感想を漏らした。
「壮絶な最期だったわね……」
「やっぱり湖ごとツインバスターライフルでぶっとばすんだったぜ……」
 エルフリーデは口にこそ出さなかったものの、なんとなく彼らの気持ちは理解できた。敵パイロットは唾棄すべき者たちだったのは確かであるが、まさか味方にも似たような者がいようとは……。
 だが、彼らに命を救われたことも、また事実であった。噴き上げられた泉の水は、今は雨となって降り注いでいる。広がっていた火災は鎮火し、結果を見ればまさに最高の戦果であった。
 クレアが顔を上げてみると、雨の中に虹すら架かっている。綺麗な虹を眺めて、クレアは大きく伸びをして笑顔を浮かべた。
「巷に雨の降るごとく、我が心にも雨ぞ降る……で、よかったっけ?」
「それで締めるか? 冗談じゃねぇよ、まったく」
 エルンストの顔にも、今度ばかりは苦笑が表れていた。

 その光景を遠くで眺め、フロスト兄弟もまた安堵の表情を浮かべていた。
「彼らも生き残ったようだね、兄さん」
「その事は特に報告する必要はない。
 フリーデンの隣に、何者か知らないがどこかで雇われたとおぼしき、別のバルチャー船が一隻いる……それだけでいい」
「後のことは、僕たちだけの秘密だね……兄さん。もう、ティファ・アディールにこだわる必要はないということは」
「そうだ、オルバよ。ティファ・アディールは真のニュータイプではなかったという事はだ。
 真のニュータイプとは、我々なのだ……!」
「……そしてショウ・ルスカとカチュア・リィス。そうだね、兄さん?」
「そうだオルバよ……この事は報告する必要はない。今は、世界の誰にもだ……!」
 フロスト兄弟は確信を深めた。自分たちを貶めたこの世界に復讐を遂げてみせると。本当のニュータイプがどういうものか分からせてやろうと。
 あの謎の戦艦はそのためにやってきたのだ。本当のニュータイプたちがいる世界のどこかから、この世界に真実を見せつけるために。
 ヴァサーゴとアシュタロンは再び飛び立っていった。その胸に、大きく燃え上がった野望を乗せて。


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