第五十六話 高らかに謳いあげられる日に
〜僕がニュータイプだ!〜
凍てつく吹雪が舞う雪原の地で。ティファ・アディールはガロードならぬ男の手に抱かれていた。
「ティファぁ……ティファああ───っ!!」
倒れたGXのコックピットの中で、ガロードは叫ぶ。だが、その声は自身の敗北と無力さの再認識にしかならなかった。
僕がニュータイプだ。ティファを連れ去る少年はそう語った。彼こそはフリーデンが旅する目的であり、出会うべき人であったのだ。ニュータイプを保護するというフリーデンの目的と似た目的を、彼も持っていた。だが、その目的の向かう方向はフリーデン一行とは決定的に違っていた。彼は、ニュータイプの力は利用されるべきものであると考えていた。
両者は対話の余地なく戦闘となった。だが、フリーデンに搭載されていた三機のガンダムは、ニュータイプの力の前に脆くも敗れ去ったのである。砲撃能力に特化した機体も、空戦能力に秀でた機体も、オールレンジ攻撃の前では為す術がなかった。
意識を失うガロードへ砲門を向けられ、ティファは心ならずも敵機の手中へと向かっていった。
だが、その時……吹きすさぶ雪の彼方から、新たな機体がゆっくりとその姿を見せた。
「これは……ガンダムですか?」
その機体の風貌を見て、ニュータイプの少年、カリス・ノーティラスはそうつぶやいた。
ガンダムの姿をしてはいたが、それは異様な機体だった。まともではないとカリスは感じた。
そのガンダムは白馬に乗っていたのである。より正確には、白馬を模した機械、モビルホースとでも呼ぶべき物体に。
囚われの姫を救いに駆けつけた白馬の騎士……そんな言葉も浮かぶような登場ではあったが、そのガンダムには王子や騎士のような優雅さや華麗さは持ち合わせていなかった。そこにあるのは、炎のごとく熱く燃え上がる闘志。
「ニュータイプだと言ったな」
白馬のガンダムは力強く語りながら、右手の指先を勢いよくカリスに向ける。その動作はまるで人間そのものだ。モビルスーツのパイロット同士が会話をするなら、そんな仕草は必要ない。
「俺たちはお前に会うためにここまで旅を続けてきた。この世界のニュータイプというものが、どんなものであるか見せてもらうために……この世界で語られると言われた、ニュータイプの真実というものをこの目で見極めるためにだ。そのお前と、こんな形で出会う事になるとは残念だ……。
だが!俺たちの友軍フリーデンを襲撃する敵だというならばッ! 俺はお前を倒さねばならんッ!!」
カリスを指差していた手を引き、ガンダムは拳を握り締めて構えを取った。その手には何の武器も持ってはいない。ガンダムXのサテライトキャノンも、エアマスターの両手にあったバスターライフルも、レオパルドが全身に装備した重火力の火砲もない。だが、そのガンダムから受ける圧倒的な気迫は、他のいかなるガンダムタイプの機体よりも激しく強い。なぜなら無手の拳に光り輝く紋章は、いかなる兵器をも超越した最強の戦士たちの証と同じ姿をしているのだから。
「見せてもらおう!貴様の持つニュータイプの力を!! そして教えてやろう、人がその魂に宿した大いなる力の有り様はひとつニュータイプの力だけではないという事を!!」
ガンダムの背のバインダーが開き、円形の光がそこに宿される。そしてその内から溢れ出し、光り輝く力の正体を、カリスは一度も見た事はない。
だが、カリスには分かっていた。ニュータイプではないこの力がいったいどのようなものか。
それはカリスが生まれるよりも前から存在した力。この世界の全ての人々に等しく備わっている、人が生まれ持った大いなる力の証。キング・オブ・ハートの紋章の輝きは、知識を超えて魂に訴え、それを見つめる者の心さえも熱く輝かせる灯なのだ。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!!勝利を掴めと轟き叫ぶぅっ!!!」
「……逃げてください」
その力を前にして、ティファは静かに語った。カリスも素直にそれに従った。ニュータイプである彼らにはその後の光景がありありと思い浮かぶ。いや、そんな力など無くとも、もはやその場の誰にもが分かることだった。そのガンダムが真の力を解き放った時には、あのデビルガンダムですら生存を許されなかったのだから。
ティファとカリスが予期した未来そのままに、ゴッドガンダムは燃え盛る掌を広げる。機械制御とは思えぬ見事な動きで風雲再起が駆ける。カリスが前もってベルティゴを退避させていなければ、避けることすらできぬ人馬の突撃。
「ぶわぁぁぁぁく熱ッ!! ゴッドォッ!!!フィンガァァァァァ───────ッ!!!」
その雄叫びさえもかき消す轟音を上げ、ゴッドガンダムは突然背後から蹴り飛ばされて雪中に没した。
「なっ、なにをするーっ!?」
「だからお前はアホなのだァ!!」
雪中から顔を起こしたガンダムに再度の蹴りを入れた乱入者は、やはりガンダムの顔をした機体に乗っていた。しかし白馬に騎乗していた機体よりも数段大きく、怪物然とした容姿の鎧を身にまとっている。そこから聞こえて来る元気な少女の声は、機体とはかけはなれた印象でもあり、妙に似合いの取り合わせであるようにも思えてくる。
「そんな技使ったらティファまで死んじゃうでしょうがっ!この馬鹿アキラがっ!!」
大柄な機体で何度もストンピングをかけてゴッドガンダムを沈黙させると、唖然としていたカリスに視線を向ける。
「さあてっ、お馬鹿はここまでにしようかな。おとなしくティファを返してもらうわよ、ニュータイプ君?」
「な……何なんですか、あなたは?」
カリスは混乱しながら問いただした。踏んづけられて動かなくなった、アキラと呼ばれた少年から感じた力はニュータイプのものではない。だが、次に現れた少女の心が放つ波動は、まぎれもなくカリス自身が持つ力と同じものだったからだ。
「よくぞ聞いてくれましたっ!なにを隠そう、私もニュータイプだ!」
カリスの言葉を反復できた事が嬉しくて楽しくてたまらない、そう心を伝えてくるクレア・ヒースロー。機体を飛行形態に変形させる彼女の満面の笑みがカリスとティファの心に伝わってくる。
「さあ、行くよっ!秘剣つばめ返しぃ───っ!!」
熱核ギガブースターに火が灯る。動き出してからでは感知する事さえ困難な攻撃を前に、ティファは表情を変える事もなくつぶやく。
「地面に……降りて……」
カリスはティファから受け取った言葉と、そしてイメージの通りにベルティゴを動かす。飛行していた機体を真下に降下させ、雪煙を上げて着地した。モビルスーツを覆い隠す白い幕の中とはいえ、同じニュータイプであるクレアの瞳から逃れられるわけではない。だがそれを心に感じ取ったクレアは、感嘆の息を漏らしていた。
「まさか、こんな簡単な破り方があったなんて!」
非常識なまでの加速によりニュータイプの意識さえ超えた速度の突進の直後、背後からの急襲。さらに二度目の反転からの追撃。この神速の攻撃を、身体能力で真正面から打ち破ったのは未来世紀の超人・東方不敗マスターアジアただ一人である。シャア・アズナブルとゼクス・マーキスはクレアの心から攻撃の軌道を読み取り、背後からの一閃を受け止めてみせた。だが、カリスにはさすがに彼らほどの技量はないはずだ。そう思っていたクレアは、偉大な先人たちをも超える理知的な回避方法に素直に賛辞を贈った。
背後に回った時点で敵の回避方向を見定め、それ以上の速度でペーネロペーが追いすがる。どの方向に逃げても逃げ切れないはずの攻撃だった。しかし、空中から地面へ方向を変えれば、そのまま地面に突入して墜落してしまうのだ。最初から地面にいる敵を狙うならクレアにも自信はあるのだが、急旋回からの地上への攻撃はさすがに無理だと判断した。
「ふふっ……ティファはかしこいな。
ひょっとして、ガロードと組んでるよりいいコンビなんじゃない?」
機体を反転させるクレアは、接近してビームサーベルで斬りつける事はあきらめた。だがペーネロペーが持つ武装は、それだけではない。
「ならば心して受け止めてもらおう、私たちの愛の力を!」
両腕から放たれるファンネルミサイルがクレアの意思のままに宙を舞い、雪霞に身を隠したベルティゴに向けて殺到する。ティファは数十発のミサイルの軌道をイメージし、最良の回避行動を導き出す。
「このまま動かないで……」
「それがいいですね。ミサイルは全て陽動ですか……」
カリスも、ミサイルはベルティゴがいる付近にばらまかれただけだと読み取った。命中させるのではなく、身を隠している雪の中から外に出すのが目的なのだろう。
ベルティゴの周囲で次々に爆音が巻き起こり、振動が機体を揺るがす。さらに巨大な雪煙がベルティゴの周囲を完全に覆い尽くした時、二人はその中にクレアの意思とは異なる戦意を感じ取った。
「雪の壁を逆に利用された……!これは……ビットが来る!?」
「ここにいては駄目……もう、ここは危険です……」
クレアのペーネロペーは上空を飛び去っていく。攻撃はそこからではなかった。視界を完全にさえぎる純白の雪の中、小さな赤い物体がベルティゴを補足し、閃光を放つ。ベルティゴを敵から隠していたはずの風雪が、今度は敵の攻撃を見えにくくしていた。カリスが相手の意志を感じ取ることができなければ、この連携で一瞬のうちに倒されていただろう。そして、相手もそれと同じ事ができるのでなければ、両者の視界が封じられた状況で無言のうちに連携攻撃を仕掛けることなど不可能だ。
「ニュータイプの、この僕と同じ攻撃を……。いや……僕と同じニュータイプなんですか!」
「強化人間なのね……。私と同じ」
カリスの驚愕に返ってきたのは、クレアとは違う少女の声。レイチェルはカリスに、ティファやクレアよりも自分に近いものを感じ取っていた。戦うためにニュータイプの能力を後天的に開花させた人間だということを。だが、カリスは自分がそうだという事実を、まだ知らなかった。
「強化人間!?なんですか、それは!」
「同類同士、仲良くしてからゆっくり話したいけど……。とりあえず、おとなしくしてくれない?」
サザビーのファンネルがベルティゴを包囲する。そこから逃れようと機体を動かしながら、カリスはビットを放出した。
「同じ武器同士で戦うことになるとは……!」
機体を回避させながらビットを操り、その両方で相手の攻撃を読み取らなければいけない。カリスには初めての体験だった。左右の手で同時に別々の作業をする技術は、才能と同時に訓練や経験がものを言う分野である。レイチェルは一人でそれができたが、カリスはティファがそれを補った。
ベルティゴが操るビットは12機。サザビーのファンネルの二倍の数である。しかしレイチェルはしばらく交戦を続けると、カリスの操るビットの動きに明確な対応を見せ始めた。
「ど……どうして、どうしてこんな動きが……!」
「右手で魔法使いを、左手で戦士を同時にコントロールするゲームはやったことないみたいね」
レイチェルは自分がサザビーとファンネルを同時にコントロールできる理由を端的に示したが、カリスの攻撃を簡単に回避できている理由は言わずにおいた。あえて相手に攻略法を気付かせることはないと判断したのだ。
ビットから放たれるビームの嵐をかいくぐり、サザビーはシールドを構えて突進する。体当たりで姿勢を崩し、そこに腹部からの拡散メガ粒子砲を叩き込む。その攻撃を回避できたのは、ティファが読み取っていたためであった。カリス一人ではビットの攻撃をたやすく回避された瞬間、驚愕で対応が遅れていただろう。
ベルティゴは、今度は上空に逃げる。まだミノフスキークラフトがモビルスーツに載せられるほど小型化できていなかった時代のサザビーは、これ以上追いすがることはできない。そして、レイチェルはファンネルを差し向ける事もしなかった。
「もう……逃げられない……。投降して……」
ベルティゴが飛翔した先には、また異なる姿のガンダムがいた。美しい天使のような翼を広げ、二門の砲門を備えた長砲身のビームライフルを片手に構えるガンダム。静かにつぶやく口調はティファに似ているが、ティファのようにただ無口なだけではない。シス・ミットヴィルの心が伝える波動は、それに触れたカリスに冷たいものを感じさせた。ニュータイプという言葉で呼ばれない、強化人間とはこういうものなのかと。そしてカリス自身も同じ波動を持っているのだろうかと。
「ニュータイプの力の持ち主が、どうしてこんなに……!」
さらに機体を逃がそうとするカリス。その心の中に、シスは異常な光景を送り込んだ。
逃走するベルティゴに向けて天使のガンダムから異常な出力のビームが放たれ、閃光の中に溶けて消え去る未来。
ティファを人質に取っているためにベルティゴには砲撃せず、カリスが守ろうとしているフォートセバーンの街を丸ごと消滅させ、巨大なクレーターに変えていく未来。
天使のガンダムに抵抗を試みても、ビットもビームサーベルも通用せずにたやすく捻り伏せられる未来。
「あなたにニュータイプの力があるなら……この未来が見えるはずよ……」
「これは……!僕の心が……僕の心に、何を……!?」
ゼロ・システムが指し示す光景はカリスのみならず、ティファの心さえも圧倒した。避け得ない絶望の未来。それは、ティファにとっては最も心を苛む衝撃だった。ティファは心を開くのを止め、ただ一心にガロードの助けを祈る。助力を失ったカリスは敵中で孤立し、ツインバスターライフルの銃口の前で立ちすくんだ。向けられた銃口を遮ったのは、さらに現れた新手のガンダムだった。
「シス、無茶はやめろ!」
「……でも、この人は戦い続けるわ」
天使の翼を持ったガンダムとよく似た機体。その背にある翼は装飾品の様相ではないウィングバインダーであり、同じ連装のライフルを持つ手の反対側にはシールドを構えている。そこから響く少年の鋭い声は、やはりカリスに同じ力の持ち主である事を感じさせた。
「大丈夫か、そっちのパイロット!戦いはやめろ、こっちもあんたを殺したいわけじゃない」
「僕にティファを離して、投降しろと言うんですか!それはできません!」
「そうか、それなら……」
ガンダムはツインバスターライフルを手放した。雪原に落下した武器が白い雪煙を巻き上げ、そして吹雪の中に見えなくなる。
「あんたをこのまま返してやってもいい。ティファも連れてな。
それでいいから、俺たちで戦うのはもうやめにするんだ」
左手のシールドで天使の翼のガンダムを押しとどめるように制すると、そのガンダムの戦う構えは完全になくなった。
カリスが言う前に、相手の陣営から声が飛ぶ。
「ちょっとぉー!そこで逃がしちゃってどうするのよ、何のために私たち出てきたのよ!?」
「文句があるんだったら俺が相手になってやるぜ」
大型の高速機に乗っていた少女の声は、彼の迫力に押されて止まる。次に問いかけたのは、地上にいる赤いモビルスーツの少女。
「シェイド、どうしたのよ」
「分かるだろ、こいつと俺たちが戦っちゃいけない。レイチェルだってそうしようと思ってたはずだ」
レイチェルと名を呼ばれた少女も言葉を止めた。強化人間は自らの意志で戦いを止めなければいけない。そうしなければ、他に彼らの戦いを止める者は誰もいないのだ。強化人間とは戦うために作られた存在なのだから。
「行くんだ」
「いいんですか……!味方を裏切ることに……」
「俺の仲間にこんな事でとやかく言う奴なんかいない。それに、お前だって俺達の仲間だ」
「仲間……ですって……!」
「同じ強化人間の仲間だ。
俺はラナロウ・シェイド。ラナロウでもシェイドでも、どっちでも好きに呼んでくれ」
「僕は……カリス・ノーティラス」
シェイドはただそれだけを理由に、二人がもう互いに通じ合っているような言葉をかける。だが、カリスにはまだそれが本当の事なのか分からなかった。
互いの名を確認し合うと、カリスはベルティゴを翻し、フォートセバーンの街に向けて飛び立った。背後からの攻撃はなかった。攻撃があったとしても、カリスはそれを回避できるとは思わなかった。
ニュータイプである自分が完全に圧倒され、打ちのめされた。だが、それはいいのだ。相手も同じ力を持ち、人数が多く、ベルティゴよりも優秀な機体に乗っていたのだから。
カリスの心をより強く苛んだのは、相手はニュータイプの力を持った戦士と戦う経験を、すでに豊富に積んでいたということだった。カリスはまだ自分の他にニュータイプと呼ばれる人に会ったことがない。コックピットに同席しているティファが、カリスにとって初めてのニュータイプの仲間であるはずだった。
それが、相手はすでにニュータイプ同士の戦い方、そして付き合い方を学んでいた。たとえ敵同士の陣営に属して出会ったとしても、最後の最後には戦ってはいけないということを。
そんなカリスの横顔を、ティファは無言のまま見つめていた。
先発したモビルスーツ部隊が陸上戦艦オブリージョンに戻ると、当然の事ながらシェイドは非難の視線に包まれることになった。ティファを取り戻すために出撃したというのに、作戦を自分から放棄してきたのだ。それも、他のパイロットたちにまで強制して。
「えーっ、なにそれー!つまんないよ〜、次は私がいくって決めてたのにぃー!」
カチュアは久しぶりに乗ることになったザンスパインのコックピットに、今度はショウを連れ込んでいる。そのショウはくるくると回転しながら宙を華麗に舞うカチュアの戦いぶりに付き合わされる事態から解放されて、ほっと胸をなで下ろしていた。カチュアがキッと鋭い視線で背後を振り向き、ショウは私と一緒に出たくないの、と睨み付けるが、さすがにショウも吐きそうになるほどの運転に付き合わされたくはない。
「ニュータイプと戦うという話だから、久しぶりに主力を揃えてみたというのに……。
まあ、クレア中尉の攻撃をかわせた事だけは褒めてあげるべきでしょうか」
ハイドラガンダムのコックピットで、記録された映像や計測された数値を見直しながらユリウスがつまらなさそうにつぶやく。一応モビルスーツのコックピットに座っているものの、自分が出撃する可能性があるとは全く考えていない。
ウィングゼロのコックピットから降り立ったシェイドに対して、言わずもがなの叱責を誰が言うのか……それは大人の責任であるが、シェイドの表情に浮かんだ固い決意を見ては、そうは言い出せるものではない。形式の上では作戦に背いた、子供の我が儘だとしても。
そのため、ブリッジに戻って来るなりシェイドの方から口を開いた。
「悪いな艦長、もう一度ティファを助けに行けって言うなら今すぐ行くぜ」
「営巣行きで出撃からしばらく外すという処罰は考えなかったのかね」
話を振られたゼノンは苦笑するしかなかった。仮にそうしたとしても、シェイドは営巣の扉を蹴破ってフォートセバーンに乗り込み、カリスを伴って帰ってくるだけだ。それでは結果は同じではないか。マークやショウもそうだが、どうしてこの部隊はこんな人物ばかりなのか……。
あらためてゼノンは、シェイドをどう扱えばいいのか考えながら溜息をついた。そしてフリーデンからの通信が入ったのを幸いに、この話を先送りにすることにした。
「オブリージョンのゼノン・ティーゲルだ」
『こちらはフリーデンのジャミル・ニートだ。救援に心から感謝する。
しかし、ティファの救出はこちらに任せてもらいたい』
少し戦力を見せすぎたな、とゼノンは思った。こちらが好き勝手に行動してしまえば、フォートセバーンの街を丸ごと消滅させる力さえ十分にある。こちらが意図しているわけではないが、独力でティファを奪還してフリーデンに返さないという可能性もなくはない。力を持ちすぎるということは、友軍の目にさえ脅威に映るものだ。
「了解した。こちらはフリーデンの支援をするために随伴している。今回の作戦も、あくまで主力はフリーデンであるつもりだ」
作戦と言ったが、それがどのようなものであるかは行き当たりばったりだ。ただフリーデンに同行して支援するという事しか決まっていない。そしてフリーデンがここで何をしようというのか……現状ではティファ・アディールを救出するという事になったのだが、もしフォートセバーンが先制攻撃を仕掛けてこずにティファが捕らわれることもなければ彼らはいったいどうするつもりだったのか、ゼノンは知りもしなければ考えてもいなかった。
そして、主力という言葉は皮肉な響きで捉えられたようだ。戦力差に加えて、フリーデンのモビルスーツはそれぞれ損傷を受けており、今すぐに救出作戦を行える状態ではなかった。ジャミルがそれを理由に待機を依頼する口調も、いくらか苛立ちが見えていた。
『モビルスーツの改修と対ニュータイプ戦の訓練を行う間、フォートセバーンからの攻撃に備えていてもらいたい』
「了解した」
改修か、とゼノンはジャミルの言葉を頭の中で繰り返した。
「こちらの作業員を支援に向かわせたいが、よろしいかな。余剰物資があれば手配できるかもしれない」
まともな軍隊なら拒否されるのが当然の申し出だった。技術や機密を盗みに行きたいと言っているのと同じだからだ。そこに返ってきたのはジャミルの言葉ではなく、今し方フリーデン側のブリッジに飛び込んできたガロード・ランの声だった。
『ちょっと待って!それよりさ、そっちにはニュータイプがいっぱいいるんだろ!教えてくれよ、どうやったらニュータイプに勝てるのか!』
ガロードの表情は真剣そのものだ。ティファを自分の手で助けるための方法を求めて、曲がったところは何一つ無い純粋で純真な若者の顔。それを見たゼノンは、技術や機密を盗まれる危険と技術交換のメリットのどちらをジャミルが選ぶか値踏みしていた自分に苦笑した。こう真正面から教えを請われては、ニュータイプ相手の戦闘技術という重大な機密も教えてやらないわけにはいかないではないか。
「うん、分かったよ。……僕は行ってもいいでしょう、艦長?」
相手に即答してから、ジュナスが問いかける。ジュナスが乗っていたアルトロンガンダムは火炎放射器攻勢で機能停止に陥り、今は代わりの機体が本部から届くのを待っている状態だ。
「よっし、私たちも行こうよ?」
クレアがエリスとレイチェルの肩を両手で抱きしめ、あっちにはどんな娘がいるのかとサエンが勝手な期待を口にして、私も遊びに行きたいとカチュアがショウを捕まえてごね始める。こうなると戦地に赴いたニュータイプパイロットたちもピクニックを待ちわびる子供たちだ。ゼノンは溜息をつきながら、受け入れる準備があるかどうかジャミルに尋ねた。答えはイエスだ。子供たちの歓声がブリッジを満たし、そんなに大勢来るのかとガロードが逆に驚く顔が見える。
「……じゃ、俺はおとなしく謹慎してるかな」
シェイドが軽くつぶやいてブリッジから退出していくが、ゼノンはやはり溜息をついた。信用できるはずがない。ラナロウ・シェイドがこんな休暇の混乱を見逃す人物であるはずがないのだ。
「え〜!?ニュータイプって、何人いるんだよ〜?」
ジュナスに続いて小型艇から下りてきた人数の多さに、ガロードはあらためて驚きの声をあげた。フリーデンにいる他の乗員も驚きは同じだ。
「たとえ敗れても屈せず、修行をして強くなる!それでこそ男だ、ガロード!」
力説するアキラ・ホンゴウはニュータイプではないが、ジュナスのあとにはエリス、クレア、レイチェルが続き、さらにその後ろにはショウの腕を引っ張りながらカチュアが、さらにシスが無言で降りてくる。
「シェイドは?来てないの?」
ガロードは覚えている名前を挙げてみた。彼を合わせると八人。マーク・ギルダーを入れれば九人ものニュータイプがいる事になる。宇宙世紀であっても前代未聞の陣容と言えるが、この戦後世紀ではそれよりもはるかに異常な事態だ。ジャミルはそれを見せられ、深く考え込んでしまった。これほどの人数が……しかも先の大戦で戦っているはずがない年齢の若者や子供たちがニュータイプの力を持ち、戦艦オブリージョンにいる。どこでそれほどのニュータイプが生まれたのか。彼らを保護しているというオブリージョンの背後には何があるのか。彼らの戦闘経験は戦後に培われた事になるが、どこでそんな戦闘が起きたのか。彼らはいったい何者なのか。彼らがフリーデンに協力する意図は何なのか。只者ではないとしか、今はジャミルにも分からなかった。
それから、私らはニュータイプじゃないからと軽く手を振りながらケイとミンミが姿を見せる。この二人は整備の手伝いだ。
「あんまり細かいとこまで触って欲しくないね」
ちょうどケイとミンミの中間ぐらいの歳の子供がぼやきながらモビルスーツデッキに二人を連れて行く。それは機密保持という面もあるのだが、自分が手がけた仕事を途中で他人に邪魔されたくないという誇りと責任感が言わせたことだ。このキッド・サルサミルの態度に共感したのか、ケイは楽しげに作業を眺め、口を挟むのはガンダムXの強化案だけにしていた。
「ちょっと離れたところまで殴れる武器があるといいよ?」
「ハンマー用意してあるんだけど使わねえんだよな、ガンダム坊や」
「うーん、拡散ビーム砲よりは連装ミサイルかなあ」
「せっかくビーム砲あるんだからさあ、使ったっていいだろ?ミサイルは補給が大変だしよ……」
「ま、とにかくサテライトキャノン外すのは賛成だね」
「そこは決定だな」
次第に話が合っていくキッドとケイの姿を遠くに見ながら、本題であるガロードに向かってレイチェルが呼びかける。
「で、具体的に練習ってなにやるわけよ」
「ま……一応、オールレンジ対策のシミュレーションってのをジャミルが用意してくれたんだけどさ」
「よおっし、さっそくプレイ!」
ガロードが指さしたシミュレーターはまるでゲームコーナーにでも置いてありそうな外見で、まずクレアが飛びつき、後ろからレイチェルとエリスが覗き込む。
「お、おいちょっと!俺がやらないと駄目だろ!」
「あ……。あの娘たち、ああなったら動かないから」
ガロードは抗議の声をあげるが、サエンが肩をすくめてみせる。それを眺めながら、ロアビィ・ロイが残念そうに小さくつぶやく。
「話しかける間すらなし、か。残念なことだねえ、まったく」
「ああ見えて変人ばっかりだから、口説いてもいい返事は期待できないぜ?」
「おっと、それは口説き方次第ってやつさ」
「自信ありそうだねえ。こっちの艦にはいい娘は空いてるのかい?」
「いいや、みんなお相手はガッチリ決まってる。なっ、ガロード?」
サエンと話を続けながら、ロアビィはガロードの背を軽く叩いた。
「なんで俺に話を振るんだよー!」
「そりゃあ今回頑張るのはお前さんだからさ」
「そんなこと言ってもさ……」
ガロードはクレアたちが群がるシミュレーターに視線をやった。プレイヤーはクレアからレイチェルに変わっているが、少女たちの夢中ぶりは相変わらずだ。
「……あれ、空きそうにないし」
「モビルスーツの修理ができてから、実際に練習の方がいいかな。僕たちが付き合うからさ」
苦笑しながらジュナスが話をまとめた。それなら、今日のところは顔を合わせておくだけだ。
「それじゃ駄目なんだよぉぉ!!あーもうっ、今、何かしてないとおかしくなりそうなのに!とにかく、俺は早くティファを助けたいんだっ!!」
真正直に叫ぶガロードに、横で聞いていたサエンも呆れ顔を浮かべた。
「この艦、いつもこんな感じなのか?ティファティファティファって」
「ああ、二十四時間ずっとこうだぜ。まったくよくやるぜ」
「ガロードは見ての通り、艦長だって似たようなもんだしな」
ウィッツとロアビィは声を細めることさえしない。そんな事はしなくても、今のガロードには聞こえていないだろうという顔だ。
そんなガロードの素直さを、カチュアが羨ましそうに眺めていた。
「いいなあ、そんな風に頑張ってもらえて〜。ショウもガロードくらい言ってよぉ?」
カチュアはショウの頬を指で挟んで横に引っ張り、慌てて弁解しようとした口を封じる。シスも言葉には出さないが、同じような視線をショウに向ける。
「あ……あんたらが、ショウと……」
「カチュアだよ〜★」
男の子の頬を引っ張ったまま振り返った女の子の顔を、ガロードはまんじりと覗き込んだ。戦場で小さな子供と言葉を掛け合ったことがあるのは覚えていた。しかし、さすがにこれほど幼い子供たちがモビルスーツに乗って戦っているとは……しかも優秀なパイロットの一人としてガンダムXを操っているとは、想像していなかった。
「ろ、ろうも、ひゃひめまひれぇ」
頬を引っ張られたままおかしな発音で挨拶するショウに視線の向きを変えると、ガロードは素直に感嘆の息を吐いた。
「すっげえなあ……。やっぱり、あんたたちもニュータイプ?」
「うんっ、そうだよ〜★」
「ニュータイプだと、こんなちっちゃい子がパイロットできちゃうんだよなあ……」
そこまで言って、ガロードはごくっと喉を鳴らした。大真面目な顔でカチュアとショウに顔を寄せ、小声で話し始める。
「な、なあ、ニュータイプって、相手がどう思ってるのか分かるんだろ? そ、そのさ、す、すっ、好き、とかさ……!」
小声で話しているとは言っても、口調がこれでは後ろで聞いている者たちにも内容は簡単に分かる。ジュナスとサエン、ウィッツとロアビィは顔を見合わせて、もう呆れる気にもならないという表情を浮かべていく。
「分かるよ、それぐらいだったらすぐ★」
「そっ、それならさっ、ティファも俺が思ってること……! そ、その……!」
カチュアがあっさりと認めてしまい、ガロードはうわずった声を大きくしてしまう。もう、声を小さくしていたことさえ頭の中から消えてしまっている。
「あー、ニュータイプっていいなあ!俺もニュータイプだったらティファがどう思ってるかいつでも分かるのに……!」
「分かることは分かるけど〜?」
ぎゅぅぅっ、と頬を強くつねりながら、カチュアはショウの顔を正面から覗き込む。シスも横から同じような視線を向ける。
「心で分かるぶんだけ行動が減ってる気がするんだけどなぁ〜?」
「ひょっ、ひょんなほこっ、あ、ああああっ」
「今でもときどきプルのこと考えてるしぃ〜?」
「え、えっ、ひょ、ひょれふぁ、ひょほぉっ」
瞳の端に涙を浮かべてもがくショウを見て、ガロードははっとしたように上気した肌を冷やしていく。
「そ……そっかあ、ニュータイプって浮気したらすぐバレるんだ……。
い、いや、俺は一生ティファ一筋だからっ!」
ぐっと両手を握って誓いを新たにするガロード。そんな彼を包む周囲の視線は、そんな心配をする必要はもともと無い、という呆れ顔だった。
そんな少年少女たちから少し引いた位置で、ジャミル・ニートは腕を組んで考え込んでいた。
「若すぎる」
疑問の一つを口にする。それを継いだのはフリーデンの軍医、テクス・ファーゼンバーグだった。
「どう見ても15歳あたりか、今ガロードとしゃべっている子たちはもっと幼い。
つまり、あの子たちは戦後生まれというわけだ。前の戦争で戦ったニュータイプの生き残りなら、君と同じくらいか、それより上の歳だからな」
数秒待って、ジャミルからの返事がないことを確かめると、テクスはさらに言葉を続けた。
「戦争が終わったというのに、若いニュータイプたちが戦っている。我々が知らないどこかに、戦場があるということだ」
「繰り返されていると言うのか、あの愚かな戦争が」
ジャミルが小さくつぶやくのと同時に、戦慄のような空気が周囲を走った。ジュナスとサエンの二人も、ショウを弄って遊んでいたカチュアたちも、はっとしたようにジャミルを振り向く。
レイチェルは遊んでいたシミュレーターから手を離した。スコアはガロードたちが出した最高点をはるかに上回っていたが、それ以上続けようとは思わなかった。
「私、帰るわ。あとは好きにしといて」
「レイチェルがそう言うんだったら、私も帰ろうかなー。行こ、エリス」
「ええ……」
話に加わっていなかった少女たちが真っ先に踵を返し、異様な雰囲気に押されながらもロアビィが呼びかけに入る。彼女たちがシミュレーターに飽きたら話しかけようと狙っていたはずなのだ。
「ち、ちょっと、どうしてそんな突然」
「どうしてか分からないんだったら気安く呼び止めないで」
レイチェルの剣幕に、ロアビィは肩に置こうとしていた手を引いた。無言のまま歩き去る少女たちを、ジュナスたちも止めようとはしない。ただ、同じように暗く沈んだ顔を見合わせながら、小型艇に乗り込む後ろ姿を見送るだけだ。
「なんで……?」
「さあ……」
ロアビィとウィッツは呆然としていた。ガロードも、ジャミルも同様だった。
「ど、どういうこと?」
「……ごめん、僕からも説明はできないけど……。機体の修理が終わったら、また来るよ。じゃあね、ガロード」
ジュナスは短く言うと、サエンと共に小型艇に戻った。ショウたちもアキラもそれに続いた。
レイチェルたちの声が聞こえないように、急いで扉を閉める。
「ああもうムカつくったら。何様よあれ」
「自分のしてきたことが正しいとは思わないけれど……あんなに嫌な気持ちになるなんてね……」
「リリーナと会った時でもこうはならなかったんじゃない?」
そう言ってもしょうがないよとなだめる言葉と、エルンスト隊長が最初に感じたのはこの事だったのかと思い出す言葉が、同時にジュナスの心に浮かぶ。
あの愚かな戦争。ジャミルが口にした言葉からジュナスたちが想起したのは、彼らが生を受けた時代のそれぞれの戦争のことだった。
宇宙移民が圧政に対して立ち上がった戦争があった。
ニュータイプたちが心の光を全人類に示した戦争があった。
ガンダムファイターが愛と勇気の力で地球を救った戦争があった。
エリスにとっては、自分が地球の文明を滅ぼした戦争のことだった。
それらの、それぞれを……あるいは全てを十把一絡げに……否定、あるいは侮蔑されたような、名状し難い嫌悪感を覚えたのである。愚かさが全く存在しなかったとは言わない。そもそも戦争とは愚かなものだと切り捨てることもできよう。だが、自分が生まれ生きてきた時代を馬鹿にされた感覚を受けてそのままでいられるはずがなかった。ジャミルに食ってかからないのは、まだしも冷静さが残っていた事の証である。
「それでも……ガロードには、関係ないよ」
ジュナスは言葉を選びながら口にした。
それだったら、とレイチェルが低い声で続ける。
「あのシミュレーターじゃ役に立たないって伝えといて。すぐパターン見つけられたから。あれなら一日中でもいけるわよ」
「うーん、そうなんだ……。じゃあやっぱり、僕らが教えないと……」
「大丈夫、カリスになら絶対勝てるから。あっちのパターンを見つける方が楽だったわ」
「……凄いね。さすがはレイチェルだよ」
ジュナスは苦笑して肩をすくめた。
夜を見計らって、ガロードは密かにフリーデンから抜け出した。ティファを助け出したいという気持ちが大きくなりすぎ、ガンダムXの改良も対ニュータイプの練習も飛ばして動き出していたのである。
「よう、ガロード。待ってたぜ」
それを待っていたように、雪上にエアバイクが待機していた。驚くガロードに、シェイドは軽く手を振って招き寄せる。
「フォートセバーンに行くんだろ? 乗せてってやるよ」
「サンキュー、助かるぜ!
……でも、なんで俺が来るって分かったんだ? やっぱりニュータイプの力なの?」
「お前なら行くだろうってのはニュータイプでなくても分かるぜ。
ここで待ってたのは偶然だけどな。俺が一人で行こうと思ってたら、たまたまお前が来るのを感じた」
「シェイドもフォートセバーンに?」
「ああ。じゃ、行くぜ」
そこまで言うと、シェイドはエアバイクを浮かせて雪原を疾走した。
「警備兵は巡回してるが、この向こうにはいないな。行くなら今のうちだ」
ティファとカリスのイメージを求めてやってきた建物の外壁に近づき、シェイドは壁を見上げて高さを確認する。
「ここを登っていけば早いぜ……ガロード、手を」
ガロードは言われるままに、シェイドが何をするのか知らずに手を差し出した。壁を登るためのワイヤーでも持ってきているのかと想像していた。
「手を離すなよ」
短く言うと、シェイドはその場で跳躍した。数メートルの高さを跳び、手を伸ばして外壁の縁を掴むと、ガロードの手を握っている左手を振り上げる。
「え……!?」
ガロードは一瞬、体重の感覚を失った。シェイドの手で簡単に体を宙に放られ、浮き上がった体の下に外壁が見える。さらにはるか下に地面が見えた。恐怖をはっきりと感じるよりも前に、慌てて外壁の上にしがみつく。両手と両足でしっかりと体を固定した格好から、外壁の上に座るように姿勢を変えていき、あらためて地面への距離を見たガロードは息を呑んだ。それから、軽く登ってくるシェイドを見つめて唖然とした。
「あ……あのさ、これもニュータイプの力ってやつ?」
「これは違う……。
さ、降りるぞ。しっかり掴まってろよ」
ガロードの手を握りなおすと、壁の内側に向かってシェイドは飛び降りた。空中でガロードを抱きかかえて衝撃から守りながら、何事もなかったように着地する。あらためてガロードは壁を見上げて、道具もなく簡単に飛び越えてきたのが信じられないという顔をした。
「ど、どーなってんだよ、これ……」
「改造されたんだよ、体を。こういう事ができるようにな」
絶句したガロードを地面に降ろすと、シェイドは灯りが付いている窓の一つを見上げた。
「……あっちだ。あそこにティファがいる」
「よしっ、行こう!」
妙な疑問を持つより、まっすぐティファに向かって走っていく。そんなガロードの姿勢が有り難いと、シェイドは思った。
部屋の中にいたティファとカリスは、彼らがやってくることに気付いた。そして互いの予見が本当に確かなことなのかどうか、顔を見合わせて、信じられないという顔つきになった。しかし、二人が見た未来は確かなものだった。それが常識では考えられない光景であっても。
固く閉じられていた窓の蝶番が外から打ち壊される。無理矢理に窓がこじ開けられ、壁をよじ登ってきた少年の顔が姿を現した。
「ティファ……!!」
「ガロード……」
満面の笑みを浮かべて部屋に飛び込んでくるガロードを、ティファは唖然とした顔で迎えた。カリスも同じく、信じられないという顔をするだけしかできなかった。
彼らが窓から侵入してくることは分かっていた。窓から姿を見せてくるところもあらかじめ感じて、予見していた。だが、地上から何メートルも離れた高さにある部屋に、垂直の壁を登ってこれるとは思わなかったのである。
「よう」
ガロードに続いて、バンダナを巻いた少年が部屋に躍り込んだ。その顔を見るのは初めてのことだったが、カリスははっきりと理解した。あの時、戦いを止めてくれた少年。ラナロウ・シェイドと言った。
「……そこを登ってきたんですか」
カリスは心の中の情景を確認するように問いかけた。片手にガロードの手を握り、もう一方の手だけで壁を掴んで駆け上がるシェイドの姿を……。自分が見た光景を間違いだと疑うわけではないが、シェイドのしてきたことはもはや人間業ではない。
「ああ。あんたはそういう強化は受けてないらしいな。
……そんなことより、用事がある」
「ティファを助けに来たんですか」
「ガロードはな。俺はあんたと話をしに来た」
「僕に?」
「仲間だからな、俺とあんたは」
戦いを止めた時にも言っていた言葉……カリスは、侵入してきたシェイドへの警戒心が起きなかった。そうしようとしても、なぜか心がそれを止めた。戦ってはならない人間だと、はっきり感じる事ができたのだ。
同じニュータイプの仲間……同じ力を持っている仲間……シェイドが言っているのはそんな意味だけではないことが伝わってくる。
「同じ、ニュータイプの力を求めた仲間……ですか」
ティファとガロードが、はっとしたようにカリスを見つめる。カリスが生まれついてのニュータイプではないということに、二人はそれぞれに驚愕を覚えた。
ガロードは、ニュータイプの力は望めば得られるものなのだという事に。
ティファは、生まれついた時から力を持っていた自分とカリスとは違うという事、そして自身は望ましく思っていないこの力を求めてやまない人間がいる事に。そんな二人に説明するように、カリスは静かに言葉を続けた。
「僕は、もとは普通の人間だった。でも、僕は力が欲しかったんです。だからノモア博士にお願いして人工ニュータイプとなった。
昔の僕は平凡でつまらない人間でした。でも、僕はこの世界の変革を願ってやまなかった……」
ガロードたちの視線を感じて、向き直って言葉を紡いだ。
「そのためには力がいる。人を超えた力が必要だったのです」
そして、カリスはシェイドの方を向いた。あなたも同じ、世界のために力を求めた同志のはずだと。シェイドはそんなカリスに、俺は違う、と返した。
「違う?」
「同じ強化人間でもな。あんたの方がずっと立派だ。俺はあんたがうらやましいぜ……。
俺は単に戦うために、ニュータイプ用のモビルスーツに乗せられるために改造されただけだ。頭の中だけじゃない、無茶な機動についていくために体も真人間とはかけ離れてる。
あんたみたいに志があったわけじゃない……強化人間にされる前の記憶は残っちゃいないから、ひょっとしたら俺もあんたと同じことを考えてたかもしれないけどな」
シェイドはカリスの顔を覗き込んだ。カリスの表情を確認すると、シェイドは続けた。
「俺を強化した連中はそんなことはどうでもよかった。ただ、ニュータイプ用のモビルスーツを作るためのテストパイロットになって、ついでに実戦でも戦力になれれば……そんなぐらいにしか、俺たちの事は考えていなかった。
俺は研究所にいた強化人間の仲間と二人でモビルスーツを奪って脱走した。それが、あの赤いのに乗ってたレイチェルだ。もう一人いたんだが、そっちは助けられなかった……結局戦場で敵として出会って、話も通じないぐらいにおかしくされちまってて……」
シェイドの話に、ティファもガロードも絶句したまま動けなかった。カリスが小さく、痛ましい犠牲です、と言う事ができた。
「しかし……その犠牲のおかげで、僕たちは偉大な力を手にする事ができたのです」
「偉大な力か……確かに、そうだな」
シェイドの言葉は自嘲気味だった。
ティファは言葉が継げなかった。そうした実験の材料とされ、死んでいたかもしれなかったからだ。二人の言葉は他人事ではない。
ガロードも次の言葉を出すまでに時間を必要とした。しかし、それは同情によるものよりも、別の考えを言葉にまとめるまでに必要な時間だった。憧れを抱いた、望めば手にする事ができると思ったニュータイプの力が、ひどく血に汚れた存在であるように思えた。そして、犠牲のうえに成り立つ力を求めて平然としているカリスに言葉を荒げた。
「ニュータイプの力って……そういうものなのかよ!それだけで済ませていいものなのかよ!?
お前一人が完成するために、多くの人間が殺されたんだぞ!?」
「君だって生きるためには戦うでしょう? 今更ヒューマニズムですか。
誰にだって経験があるでしょう。人を超える絶対的な力を手にしたいって思った事を……。僕はそれを実践したまでです」
カリスはガロードに傲然と答えた。その態度はどこか偽悪的ですらあった。
ガロードとの間に険悪な空気が流れる。しかし、カリスは引くわけにはいかなかった。彼もまた犠牲の一部となって消え去るかもしれないということを覚悟のうえで、危険な実験に志願したという自負があるのだから。その危険な実験に生き残り、望んだ力を得る事ができたのだから。そして、もしもカリスが自分を否定してしまえば、カリスが力を持つために必要な実験データの一部となって死んでいった人たちの命の価値もまた否定されてしまうのだから。
カリスは続けた。
「幸いなことに、人工ニュータイプの開発技術は格段に進歩しました。昔は記憶の錯誤や頭痛、情動の変調などが起きたそうですが、今ではほとんど問題ありません」
その言葉の一部は嘘だった。問題がないと言い切ったカリス自身、深刻な悪影響を一生背負って生きる運命であったのだ。そのうえで口にした“ほとんど問題ありません”という言葉は、死に勝る苦痛など自分にとっては何ほどの事でもないという覚悟の証だった。
「いつの日か、選ばれた心正しき者が、僕のようにニュータイプと同じ力を持つようになる……そうなれば、この世界には真の意味で平和な千年王国が築ける……僕はその大いなる計画の先兵なのです」
カリスは力強く語った。それはカリス自身を鼓舞する言葉でもあった。
しかし理想を語られても、ガロードは素直に受け入れられなかった。ティファもオブリージョンからやってきたニュータイプたちも、そんな血塗られた者たちばかりには見えなかったからだ。カチュアがショウにじゃれついているのを見た時、ごく単純に、そんな力が欲しいとさえ思った。カリスが背負っているものはそれと比べてあまりに重すぎる。どこか話が合わない。どこかに、間違いが含まれている。上手く言葉にはできなかったが、ガロードは確かにそう感じた。
「確かに、俺も力が欲しいと思った……!けど、違う!!それって、なんかわかんないけど、違うだろ!」
ガロードの煮え切らない言葉にカリスは苛立ち、嫌がらせのようにティファを指さした。
「ならば彼女も否定すべき存在になりますね?」
それはガロードにとっては理屈を超えて受け入れられない事だろう。そう考えたカリスが想像もしていなかった答えをティファは返した。
「私は……違う!」
「えっ?」
「私は……あなたとは、違う!」
ティファは怯えたように叫んだ。ティファも自分が特殊な能力を持っているという自覚はあったし、そのために狙われてきた事もあった。カリスが語った現実の一端は、ガロードが助け出してくれた、過去の暗黒の記憶そのものだったからだ。
その言葉を、シェイドが引き継いで説明した。
「ティファは俺たちみたいな強化人間……人工ニュータイプじゃない。生まれた時からそんな能力があった、ニュータイプだ。俺の仲間たちにもそんな奴の方が多い……。強化人間は俺とレイチェルと、あと一人、シスって子だけだ」
「馬鹿な!博士は、自然環境下にあってニュータイプの発生はありえないと言った!」
「そうか……」
その博士ってのに騙されてるんだな。そう語りかけようとした時、シェイドは危険を察して一歩位置を変えた。そのすぐ側を銃弾がかすめ、通り過ぎていく。
「そこまでだ」
部屋の入り口に、拳銃を構えた男と、ガロードに視線を向けた美女が立っていた。
「君は知りすぎてしまったようだ……」
銃口を向ける男の口調に、シェイドは侮蔑の視線を向けた。こいつがカリスにおかしな事を吹き込んでいる悪党だとするなら、あまりにも陳腐な小物すぎる。
「それでどうする? 撃てば当たるとでも思ってるのか?」
ガロードは身構えているが、シェイドは姿勢さえ変えずに言った。いつ引き金を引く指に力を込めるか、弾があと何発入っているかさえ手に取るように分かる。撃たれた後から動いてもかわせる自信があるのだ。叩きのめす事はいつでもできる。窓から放り出せばそれで終わりだ。
だが、それでカリスが救われるのかと言えば、そうではないだろう。ニュータイプに勝ちたいと思っているガロードにとっても。
ノモア博士が向けている銃口が、シェイドの胸ではなく顔に向いた。威圧しているつもりだろうが、的が小さくなって当たりづらくなっただけだ。それと同時に、シェイドはもうひとつ異変を感じ取った。
「ガロード、帰るぞ」
「えっ? お、おいっ、ティファはどーすんだよ!?」
「もう一度来ればいいだろ。なんなら、カリスが連れてきてくれてもいい」
「僕が?」
「こっちに遊びに来いよ。みんな歓迎してくれると思うぜ」
ガロードもカリスもあっけにとられてしまい、シェイドが何を言いだしたのかよく理解できなかった。そして、次に誰かが動くよりも早く、部屋の前にはモビルスーツが着地し、窓に向けて手をさしのべていた。
「迎えに来たよー。もう話終わった?」
コックピットのハッチが開き、少女が手を振って明るい笑みを向ける。無事だったかどうかの心配などまるでしていない様子だった。
「カリスって可愛いのねー!プルツーが男の子になったみたい。カトルやデュオとどっちが可愛いかな?」
クレアはカリスの顔をまじまじと見つめ、カリスは展開についていけずに狼狽した。少なくとも、相手は拳銃で狙われているはずなのだ。
なぜそんな態度でいられるかは分かった。カリスの心の中に、ノモア博士が発砲してもクレアには当てる事ができず、シェイドに向かって撃とうとすれば引き金にかけた指に力を込める前に弾き飛ばされる未来が見える。当たらなければどうという事はないとクレアは楽しそうに言うだろう。
「馬鹿なこと言ってるんじゃねえよ……。
さ、帰るぜ、ガロード」
ガロードはティファの方を何度も向き直り、逡巡したが、やがてペーネロペーの手に向けて身を躍らせた。
「ティファっ!待っててくれよ、俺……絶対、カリスに勝ってみせる!勝てるようになるからっ!」
ガロードは去り際に、自信に満ちた表情を見せた。街の警備隊がモビルスーツを動員して追撃していくが、スキーで追いつける熱核ギガブースターではなかった。
「僕にモビルスーツ戦で勝って……堂々とティファを取り戻す、というつもりでしょうか。ガロード……」
口調は淡々としたものだったが、カリスは内心、そんなガロードのことを格好いい、どこか羨ましいとさえ感じていた。
ノモアはそう感じなかった。銃を降ろすと、冷笑を浮かべて言った。
「愚かな奴だ。努力でニュータイプが超えられるわけがない」
カリスはその言葉を聞いて、沈黙のまま深く考え込んでしまった。
ガンダムXの修理と改装が終わると、ガロードはすぐに慣らし運転を始めた。ディバイダーと名付けられた新兵器のテストをひととおり済ませ、“ブラック・ジェネレーションズ”に訓練を申し出る。
「僕がやれればいいんだけど……」
そう頭を垂れるジュナスの機体は、火炎放射器の集中攻撃を受けた機体内部の損傷が修理不可能なまでに悪化していた。代わりの機体はサイコミュを使えるνガンダムを予定していたが、それはまだ前線に届けられていなかった。ジュナスに代わってガロードの練習に付き合うのはレイチェルのサザビー。シェイドやシスのウィングゼロはファンネルを装備しておらず、クレアのペーネロペーやカチュアのザンスパインが装備しているサイコミュ兵器は性質の異なる武器だったためである。
「いいっていいって!それよりさ、早く始めようぜ!」
拳を固く握りしめて気合いを入れるガロードに、レイチェルはファンネルを放出しながら、肩の力を抜いて、と言い含めた。サザビーの背から飛び立つ物体を見たガロードは、口内の唾を飲み込んで身構える。
「最初はファンネルの動きについていく事からね?
サザビーのは赤いから雪の中だと目立つけど、本番は白いのだから。今より難しいわよ」
「わ、わーってるって!だから練習するんだろ!」
ガロードは何度も、自分に向かって落ち着け、落ち着くんだ、と繰り返す。その周囲を飛び回る赤く小さな物体は、目で追える動きをしてはいなかった。視界の中に残るものは二つか三つ。一つだけになると、そこに的を絞る事が可能だからだ。その中には時々、一歩踏み込んでビームサーベルを振るえば当たりそうな距離に飛ぶものが混ざる。ビームサーベルを使えばいいのかビームライフルを使えばいいのか、考えをまとめる事が難しくなるからだ。案の定、数分してガロードは天を仰いだ。
「だああー!駄目だ、どうしていいか全然わかんねーよ!」
高速移動が可能になったので包囲を突っ切って陣形を崩す、広域攻撃が可能なディバイダーでビットの軌道を薙ぎ払う……など思案はあったのだが、それさえ思い出せないほど混乱させられていた。ただ飛んでいるだけでもこの有様では、そこからビームが飛んでくればひとたまりもないだろう。
「それはそうよ。分からなくするためにやってるんだから」
「慣れろって言っただろ!」
「今のに慣れたら、こっちは見やすくなるわ」
短く言うと、レイチェルが動かすファンネルの動きが変わった。三機のファンネルが一組となり、横列編隊を組んで移動する。小さい点にしか見えなかった物体がガロードの中で記号に置き換わり、次にどの方向に移動するのかの予測も立てやすくなる。三機がまとまって移動するため、ファンネルの総数が三分の一になったのと同然だった。
「これなら、どう?」
「こっちは……練習すりゃ、なんとかなるかもしれないぜ?」
「カリスの癖はこうなの。たぶん、あまり多くのビットを一度に動かせないのよ。だから三つまとめて動かしてるの。
それと、ビットの動きにパターン性があるわ。誰でもあるんだけど……わざわざ列を作ってるから見つけやすかったわね」
ガロードはもう一度、唾を飲み込んだ。今度は希望を胸に抱いてのことだ。
「それじゃ、もうしばらく動きを見てて? 慣れてきたら模擬戦に行くから」
「よおっし!どんどん来てくれ!」
レイチェルも説明したように、サザビーのファンネルは赤く、雪原では目立ちやすい。その数は六機で、三機で編隊を組むとふたつのチームになる。これがカリスとの戦いでは白いビットは雪の中で保護色になり、数も倍に増える。まだまだ勝てるようになるには遠いはずだが、レイチェルはガロードの飲み込みの速さに驚いていた。三日あれば勝てるか、それとももっと早くなるか……急速に強くなる才能にかけては、ガロードはこれまでに見てきたどのパイロットよりも優れた資質を持っていると、レイチェルは思った。
カリスは同じ数日を無為に過ごした。
生まれついてのニュータイプであるティファと、後天的に力を得た自分とのこと。
同じように力を植え付けられたラナロウ・シェイドとのこと。
力を持たずにニュータイプに勝とうと奮闘しているガロードとのこと。
様々な事を考えながら、確固としたひとつの結論を見いだせないままでいた。
「さて、もうそろそろ行きますか」
もうそろそろ、ガロードは自分より強くなっただろう。そんなイメージが頭に浮かぶと、カリスはベルティゴに向かう。彼の後ろで、ティファが同じイメージを心に抱き、カリスを止めた。
「行っては、駄目……。貴方はガロードに勝てない」
「そうでしょうね。でも、僕は」
勝つために行くんです。勝算はあります。負けるはずがありません。負けるわけにはいかないのです。
負けると知っていて行くのです。負けても構わないと思っています。負けて、死のうと考えているんです。
言葉の続きが様々に思い浮かんだ。どれかひとつを口にする事はできなかった。その全てが同時にカリスの心にあり、何かを口に出してしまうと、他の意図を言葉に込める事ができないからだ。
それを全て内包した意識を、ティファは感じた。それこそがニュータイプと呼ばれる力である。
「貴方は……」
「ティファは、ガロードの勝利を祈っていてください。行きましょう」
カリスはティファを連れると、ベルティゴに乗り込んだ。様々な思いを胸にしながら、カリスの顔に迷いの色は浮かんでいなかった。
「あれ……。あのニュータイプのお兄ちゃんが来るのかな?」
ベルティゴが接近してきた事に気付いたのはカチュアだった。一緒にいたショウとシスも頷き、伝え聞いたユリウスがブリッジに知らせた頃には、ジュナスたちも感知していた。最後に、レーダーにベルティゴの反応が確認される。
「一人でやってきたか……!ならば、これはガロードの戦いだ!」
アキラは腕を組んでフリーデンに鋭い眼差しを送る。彼自身が出撃する気配は全くない。それは他のパイロットも同様である。
「邪魔が入らないように、誰か待機しておいた方がいいかもしれないがな」
マークはそう言ってみたが、そのために動きだそうという者は誰もいない。ガロードが出撃していくところが見えたが、フリーデンから出たのもその一機だけだった。クレアは満面の笑みを浮かべてスクリーンにかぶりつき、その後ろにアキラと子供たちが立っている。他の面々は椅子に座って眺めていたが、シェイドは一人目を閉じていた。
「さて、始まるね。片方ガンダムじゃないけど……」
「ガンダムファイト!!レディィィィッ、ゴォォ────ッ!!!」
アキラの声を合図にしたかのように、ガンダムXディバイダーとベルティゴは猛烈な勢いで突進した。
「ティファぁ……!今っ、助けてやるからなぁ!!」
ガロードは叫び、宙を駆ける白い機体を凝視する。そう言われたカリスは、傍らのティファに、戦う前に降りるかどうかを尋ねた。ティファは無言のまま首を横に振った。
ティファは信じているのだ。そうカリスは思った。
危なげなくカリスが勝つ事を?ガロードが勝つとしてもコックピットに直撃する未来は来ないという事を?危険な展開を迎える前に双方が引き下がる事を?どれなのかは分からなかった。脳裏に浮かぶ予見の中にそれが見えてこないことを、カリスは天に感謝した。
ガロードのビームマシンガンが来る。そう感じてベルティゴをさらに上方に浮き上がらせる。予見の通りに、輝く銃弾がベルティゴのいた場所を通り抜けた。
「それでパワーアップのつもりですか!子供騙しな!」
カリスはベルティゴを回転させながら、ビットを四方に放出した。ガロードは武器をディバイダーに持ち替え、ビットが舞い踊る空間に向けてビームを放つ。点ではなく、面を制圧するタイプの武器でビットに対抗する様子が見えた。
「予定通り、予定通り」
レイチェルはコーヒーを口に運びながら、スクリーンの真正面に陣取って大騒ぎしているクレアの後ろ頭に向かって溜息をついた。戦局が悪いわけでもないのに、こううるさくてはゆっくり観戦もできない。
「勝てるはずの戦いをきっちり勝つのは、なかなか難しいんだよ」
ジュナスはそう言うが、レイチェルは自分が出来るからこそ言っているのだとは分かっていた。問題はガロードにできるかどうかだ。そちらの心配も、レイチェルはしていない様子だった。
「ああ……!そっち、後ろに来るっ! ああ、もっと動いてよ……!」
必死に応援しているのはショウだった。もしもガロードにニュータイプの力が備わっていたら、その声は的確な指示として伝わっていただろう。隣にいたユリウスは、そんな声をうるさげに手で制しようとした。
「そんなに言うなら、君がやってくればいいじゃないですか」
言葉に出してみて、ユリウスは確かにそうだと、自分の言葉に得心した。
今度の旅はガロード・ランの戦いを見守ることが目的だと言う。だが、ガロードの役をショウにやらせれば、どんな相手でも楽勝だろう。カリスも、フロスト兄弟も、今後に現れる敵パイロットも、ショウの足元にも及ばないだろうに。
この世界の旅の果てにはニュータイプの真実が待っていると言う。それがどうしたというのだろう。誰が何を言うのか知らないが、真実を素直に感じ取り体現する力の持ち主として、ショウ以上の存在がいるとは思えない。
ユリウスはそこまで考えが進むと、それは暴論そのものだと、内心で苦笑した。ショウに聞いてみたら、ショウ以上の人物の名を十指に余るほど並べるだろう。マークやシス、そしてエリスと比べてみたら、ショウとどちらが強いのか判断がつかない。
それでもユリウスは、そういう思考に達した事は自分の中で大事にしていこうと考えた。
ガロードの放ったビームマシンガンの一発がビットに命中し、爆発を起こした。次いで脇の二機が連続して被弾する。
「よおしっ!」
気合いを高め、ガロードはさらに攻撃を続けた。
カリスは攻撃の癖を読み取られている事には気付いていなかった。ビットは数機をまとめて移動させること。周囲を飛び回らせる時はばらばらに動くが、ビームを撃ってくるのは決まった方向からだけで包囲攻撃をかけてこないこと。
さらに三機が落とされ、半数になったところでカリスはビットをベルティゴの周囲に集め、態勢を整えた。だが全てのビットが一つの方向に集まれば、攻撃はそこからしか来ない。ガロードにとっては回避が容易になっただけだ。
「そんな……!」
カリスは思うようにいかない戦局に焦りだした。さらに悪い事には、彼の思考の中に聞こえてくるのだ。フリーデンの隣にいる戦艦の中から、ガロードを応援するニュータイプたちの心の声が。あの凄まじい戦闘能力の持ち主たちが、カリスと戦う時にどうすればいいかガロードに教えていたのだ。
ベルティゴの周囲を守るように集めたビットの群れがディバイダーにまとめて薙ぎ払われる。これで、残りは三機。ガロードにとっては、それは最後の一機も同然だった。
「僕が……負けてる……? 人の力を超えたはずの僕が……!」
カリスの呟きは小さな慟哭だった。
ニュータイプ。人の革新。人類を超えた、新たな時代を開く力。その言葉にどれほどの夢と希望を抱いただろう?どれほど多くの者がその夢に命をかけて、そして死んでいっただろう? それが、ガロードのやっているように、修行次第で乗り越える事ができるようなものであったら。またティファのように、犠牲を出さずとも生まれながらに得られるものであるのなら。死んでいった者たちの夢も命も、全ての犠牲が無駄なものになってしまう。
そして、もしもそうであったなら。ガロードやティファの方が正しいのなら。ガロードの言うとおり、カリス自身が無駄な力のために多くの犠牲をかけて成り立ってきた存在という事になってしまう。結果論に過ぎないとは言え、ニュータイプの力を求めた事は間違っていた事になるのだ。
「あと…… ビットは残り三つしか……!」
最後に残された武器をどうすればいいのか。カリスはもう分からなくなっていた。自分は負けるのだろうと予感していたことばかりが心の中で大きくなっていく。自分自身で、自分自身の存在価値を否定しようと心が動いていた。心に聞こえてくるのは、ガロードの優勢を喜ぶニュータイプたちの声ばかりだ。
(カリス…… カリス、聞こえるか)
そんな声の中に、ただ一人、カリスの名を呼ぶ声を感じた。ラナロウ・シェイドだ。
「シェイド!?」
(残った三つのビットを全部別々に動かすんだ。それだけでガロードは対応できなくなる)
「あなたは……あのニュータイプたちの仲間じゃなかったんですか!?」
(言っただろう、俺はあんたの仲間だ。あんたが、俺の仲間だったと言うべきかもしれないな)
いつしか、カリスの周囲からは雪原の風景が消え去り、星空が浮かぶ宇宙の中にいた。座っていたベルティゴのシートの感触も消え、シェイドと二人、刻の流れさえも消えた感覚を感じていた。
「あなたと僕が仲間……それはティファのような本当のニュータイプと、僕たち人工ニュータイプとして、ですか?」
(そうじゃないつもりなんだが、そういう事なのかもしれないな。俺たちは世界からの嫌われ者だからな……)
カリスはその言葉にゾッとした。そして、シェイドの語った言葉こそが、今の自分が置かれた立場ではないかと悟った。
しかし、シェイドはそんなカリスになおも語りかけた。
(ガロードに勝てよ、カリス。俺はあんたが負けるところなんか見たくない。もしあんたが負けるなら、この世界は間違っているんだ)
その言葉を最後に宇宙空間の光景は消えた。カリスの前には、再びベルティゴのコックピットがあった。そして最後の攻撃を仕掛けるガンダムXディバイダーの姿が。
「もう終わりだ!」
「いいえ!これからです!」
カリスは叫び、残されたビットを三方向に飛び散らせた。編隊を組むのをやめたビットは、一組から三機に事実上の数を増す。そして隊列から次の動きを予想していたガロードは、個別の動きを読み取る事ができなくなった。
「こ……これっ……! 今度は、どーやって見切るんだよ!」
混乱したガロードの背後からビットのビームが直撃する。機体が大きく揺らぎ、前のめりに雪原に沈みかけていく。
「うわあああああ!!」
とっさに両手を地面に向けて突き出し、完全に転倒することだけは防いだ。だが、そのためにビームマシンガンもディバイダーも手から離れてしまった。背中を見せたガロードに三機のビットが殺到する。
「ガロード!後ろっ、来るよ!」
「わーってる!!」
ショウの声に叫び返すと、ガロードはバーニアを全開にして突撃した。カリスの位置は見えていない。そのあたりにいるはずと心に決めて無我夢中に直進する。ビットから放たれたビームは先ほどまで倒れていた位置に雪煙を舞いあげるだけの結果に終わる。見えていないままビームサーベルを抜き放つ。そして機体の向きを整え、前方を確認する。
「いた……!ティファ……!!」
「ガロード……!!」
ベルティゴは目の前にいた。ビームサーベルの光刃が交錯する。
コックピットにはティファが乗っている。そこに当たらないように。
ガロードは無意識に確認しながら、ベルティゴの左腕を斬り落とした。ベルティゴは雪原にゆっくりと倒れていったが、爆発は起こさなかった。
「やった……!勝った、勝ったよ、ティファ────っ!!」
ガロードはコックピットの中で両手を掲げ、快哉を叫んだ。頭の中はティファの事でいっぱいになり、突然ショウの声が聞こえてきた事は気に留めなかった。
その一瞬が過ぎると、カリスは大きく息を吐いてシートに背を預けた。
「これでいいのです……人工ニュータイプの僕が、力の限り戦って普通の人間に敗北する……」
シェイドが言っていた言葉の意味が心に深く沈んでいく。代わりに、全身から力が抜けていくような気がした。最初からこういう事だったのだと。
コックピットがまだ生きている事を願いながら、ハッチを開けるボタンを押す。扉が開き出すと、ティファを迎えにガロードが飛び出してくる姿が見えた。
「あの時、僕は市長の心を感じた。そして全てを知ってしまった……。僕はただ市長の憎しみを晴らすための道具にすぎないと……」
ラナロウ・シェイドと同じであったのだ。理想を信じて立ち上がった結果は、ただモビルスーツを動かす部品の一部でしかなかった。そして、それ以上に強く感じていたのは、自分のこれまでの人生はガロードという勝者を讃えるために用意された、歴史の部品の一部に過ぎなかったという実感だった。自分の信念は嘘を信じ込んでいただけで、得ていた力も紛い物だった。正しいのはガロードで、本物はティファだ。カリス・ノーティラスは二人の輝きを際立たせるための、星空の背景となる暗闇の一部であったのだ。
コックピットからティファが駆け出し、ガロードの腕の中に戻っていく。目を閉じていたが、その光景ははっきりと見えた。二人を祝福する心からの歓喜の声の輪も。
もう自分は死んでもいいんだろうな。カリスはそう考えていた。もう、この舞台に役割など何もないはずだ。
「なあ?」
声がかけられた。シェイドとは違う声だったことにカリスは驚きながら、閉じていた目を開いた。
カリスに声をかけたのはガロードだった。勝者として自分の前から去っていくはずの。
「今からどうするんだ? 俺たちと一緒に来ないか?」
「いえ……」
「やっぱ、帰るのか? あの街に……」
フリーデンの一員として旅の仲間に加わる事は想像もできない。しかし、鬱屈していた気持ちがガロードの声で少しは晴れてくると、まだ自分が担うべき役割があると考える余裕が生まれてきた。
「はい。僕には全てをフォートセバーンの市民に知らせる義務があります」
自分は未来への希望などではなかったのだと。立場を失う事になるのだろうし、自分にすがる事で生きる希望を見いだしてきた人々の心の光を閉ざす事になるかもしれない。しかし、そうであってもそうしなければならないのだと、カリスは自分に言い聞かせた。そして事件の元凶となったノモア博士に、危険な野望を捨てるよう話してみるつもりだった。
そんな様子が映し出されるスクリーンを眺め、ニキはごく冷静な口調でゼノンに訊ねた。
「これからどうなるでしょう、艦長」
「ティファは取り戻した。カリス・ノーティラスは仲間になるつもりはないと分かった……一区切りはついたな。
あとはフリーデンの出方次第だが」
「フリーデンは、カリスを手に入れるためにフォートセバーンを陥落させるでしょうか」
「まさか、そんな事はするまい。カリスが嫌だと言うならあきらめるだろう」
「それならフォートセバーンと戦う事はもうありませんね。
とは言え、友好的でもありませんから、物資の補給のために接触するのも難しいですね。
ここに留まる理由はもうないと判断すれば、また別の目標に転進する事になるでしょう。あちらの戦力は今のベルティゴが最後でしょうから追撃してくる余裕はなさそうですね」
「うむ……。何事もなければ、これで終わる。何事もなければな」
ゼノンの予想が裏切られたのは、カリスが街に帰り着いた直後のことだった。
轟音が響き、大地が揺れた。オブリージョンの艦内に警報が鳴り響く。
「なんだ!敵襲か!索敵どうなっている!」
マークが叫んだ。カリスが来た時はレーダーよりも早く来襲を察知したニュータイプたちも、今度の事態には狼狽していた。誰も敵襲を感じ取っていなかったからだ。
「オブリージョン周辺には敵反応ありません!」
「フォートセバーン市が、大型モビルアーマーに攻撃されています!」
マリア・オーエンスとラ・ミラ・ルナが口早に答える。大地を揺るがした振動の発生源は、もはや戦うことはないだろうと予想していた街の中心にあった。
「なんだ……あれは……!」
「ゾディ・アックに相当する機体と思われます」
「……まるでデビルガンダムだ……!!」
終戦を迎えたと思われた都市を再び戦火の中に沈めようとする異形の巨体を指して、ゼノンの呻きに、ニキとアキラは別々の回答を出した。機体のシルエットはニキの言葉通り、宇宙世紀に存在した大型モビルアーマー、ゾディ・アックに瓜二つである。しかし機体から大量に伸びた触手の先から無差別に放たれるビームの嵐は、ネオジャパンの新宿で戦ったデビルガンダムを彷彿とさせた。
「フリーデンはどうしている!」
「出撃準備を整えているようです!」
「通信開け!モビルスーツ隊は出られる者から出撃!」
「はい!」
パイロットたちが走る。炎上するフォートセバーンを映したスクリーンの一部に、ジャミルの険しい顔が現れる。
「こちらオブリージョンのゼノン・ティーゲル。あの大型機について、何か分かることはあるか」
『亡霊だ……!』
「なに!?」
『戦争の亡霊が取り憑いている……。奴の目的は、全地球人類に対する復讐だ』
宇宙革命軍が送り込んだ、地球制圧作戦の生き残りが再び動き出そうとしている。そのジャミルの話に、ゼノンは狂気の沙汰だと答えた。ジャミルはそれに無言で頷く。
再び戦争の惨禍をもたらそうというのも狂気であるなら、まずその標的として自分の足下から焼き尽くそうという者が正気であるはずがない。あれほどのモビルアーマーが補給も修理もなく動こうとするのであれば、フォートセバーンを壊滅させた時点で作戦行動能力は途絶えてしまうだろう。何者か知らないが、敵はそんな事さえ頭が回らなくなっているようだ。
「無視して帰っちゃったらどうなるんでしょうか」
「人道上、それはできんな」
ゼノンはユリウスをたしなめるように言うと、軍事上の理由は思いつかんがね、と付け加えた。フォートセバーンとは今の今まで交戦していたのだ。休戦状態になったとは言え、義理ができたわけでも恩を感じたわけでもない。軍事的に考えれば、最優先されるのは自軍と無関係な戦闘による損害を避けること……つまり、ユリウスの言うとおり、無視するのが正しいのだ。
無理矢理にでも理由を探すとしたら、カリス・ノーティラスがあの街にいる事ぐらいだろうか? それならこうなるのだと、ゼノンは飛び立つウィングゼロの背を見て思った。
「シェイド!どーすんのよあれ!」
「ペーネロペーで一気に懐まで飛び込めるか!」
「そのあと袋叩きに遭うのを覚悟の上なら」
「そんな感じだな……!」
パトゥーリアの周囲で暴れ回る有線ビーム砲はその数三十門。クレアのペーネロペーなら一直線に突っ切る事はできるだろうが、攻撃を回避しながら戦う事はできそうにない。
「石破天驚拳を撃ってみるか?」
「やめろ!あれを動かしてるのはカリスだろう……!」
「な、なにッ!?」
「あれを動かせるようなパイロットがもう一人いるんなら、最初から出てきてるはずだ。あれは……カリスだ」
そう確信してアキラを止めるシェイドに、レイチェルが横から話しかける。
「だったら、危険なことになってるわね……。あの有線ビームの動き、あの子の癖を感じないわ。操られてる」
「まさしくデビルガンダムだな……!許すわけにはいかんッ!!」
アキラは力強く叫び、拳を握り直す。
「で、どうするの!?ファンネルで遠くからちょっとずつ削る?」
「正面からねじ伏せりゃいい!!」
シェイドは決断すると、ウィングゼロをバードモードに変形させて突っ込んだ。クレアの声が裏返る。
「袋叩きに遭うって言ったじゃないー!?」
「まとめて叩き潰せばいいだけだッ!!」
その言葉を残して、ウィングゼロは突撃していく。かつて宇宙世紀の敵軍がシェイドを形容した“白い弾丸”の名をそのままに。
飛来するウィングゼロを有線ビーム砲が察知し、迎撃のビームを放っていく。その中に、かすれるようなカリスの思考が混じる。
(来ないで…… 来てはいけません……)
「やっぱりカリスか!待ってろ、今助ける!」
一直線に飛ぶウィングゼロはビームを避けようともしない。放たれる数だけのビームが機体を削り、焦がしていく。だが、ウィングゼロはそれで揺らぐ機体ではなかった。使い手として相応しい者がその機体を操れば、不死身に等しい防御性能を発揮するのだ。
カリスの見ている未来の光景に、シェイドがビームの嵐を蹴散らすかのように突撃してくる姿が映る。だが、それでもカリスは救いの手を拒絶していた。
(来ないで……ください……)
カリスは薄れゆく意識の中で、もはやこのまま消え去ろうと考えていた。
(このパトゥーリアは、僕の力を吸い取ってあなたたちを攻撃していく…… 僕のニュータイプの力を使って……)
その言葉を聞いたシェイドの脳裏に、すぐにノモア博士の顔が浮かぶ。カリスに会いに行った時、銃を突きつけてきた男だ。
「あの野郎……!!あの時殺しておくべきだったぜ!!」
パトゥーリアのすぐ側にまで接近すると、今度は真上に向かって上昇する。全ての有線ビーム砲がウィングゼロを追い、空中に向かって触手を伸ばす。
「さあ来い!もっとまとまって来い!」
シェイドはパトゥーリアの真上で、ウィングゼロをモビルスーツに変形させた。ツインバスターライフルを構えて狙いを定める動作で停止すると、有線ビーム砲もウィングゼロを追って上昇し、周囲を完全に包囲する。その先に、ノモア博士の狂気の表情が見えた。
「戦力を潰して……カリスを助け出してから…… 貴様は殺してやる!!楽しみにしてやがれ!!」
シェイドはツインバスターライフルを左右に開いた。両手に一門ずつ、ウィングゼロの左右に向けると、巨大な光の奔流を噴き出していく。そして機体を回転させ、噴き出し続けるビームを剣のように使って周辺に集まりきっていた触手を一気に薙ぎ払った。
「これでビーム砲は全部潰した……!あとは本体だけだッ!!」
パトゥーリアの巨体に向かって、ウィングゼロが降下していく。そこに、さらにカリスの声が響いた。
(もう、いいんです……。僕が力尽きて……息絶えればこれは止まるでしょう……。それでいいんです……)
「カリス……!?」
(僕がいけなかったんです……。ニュータイプの力を求めたりしたから……こんな結果になってしまって……。力を求めた罰が下ったんです……)
「それは違う!!」
シェイドは勢いを緩めることなく、ウィングゼロをパトゥーリアに着地させた。それはまるで蹴りを入れるようだったが、巨大なモビルアーマーは態勢を維持して飛行し続けていた。
ビームサーベルで装甲の一部を切り裂き、シェイドはそこからパトゥーリアの中に飛び込んでいく。カリスが囚われているクリスタルケースが置かれた操縦室には、あの時部屋にいた二人……ノモア博士と、エニル・エルが残っていた。
ノモアが構えた銃口が何度も火を噴く。銃弾は全て外れた。エニルも銃を手にしたが、それをシェイドに向ける事はできなかった。彼の周囲に、怒りがそのまま噴出したかのような光が溢れているのが見えたからだ。シェイドは彼らを一瞥すると、透明なケースに閉じこめられたカリスを見下ろした。
(シェイド……。ここまで、来て……)
「カリス……。確かに、俺たち強化人間は戦争のためにニュータイプの力を植え付けられただけかもしれねえよ。
戦争が終わって平和になっちまえば、お偉方の頭の中じゃあ俺たちはいらない人間だ……。平和とか正義なんて言葉が大好きな連中に言わせれば、俺たちみたいな奴がいるから戦争が起きるんだとさ……」
シェイドの目はカリスだけを見ていた。その意識も、カリスに語りかけるために全てを費やしていただろう。にも関わらず、エニルは銃を抜く事さえできず、ノモアが弾を撃ち尽くした銃は空しく床に転がっていた。誰もが動きを封じられ、シェイドの語る言葉を心にそのまま送り込まれていた。
「だがな……今の俺はシスや、ショウや、カチュアみたいなガキ共を戦争に行かせないためにニュータイプの力を使ってる。そのために強化人間になった意味が、確かにあるんだ。俺が最強の兵士であれば、俺より弱い奴らが戦いに行かなくて済むようになる。
カリス、お前だって同じじゃないか?
お前がニュータイプの力が欲しかったのは、誰かを見下して威張りたいからじゃないだろう。こんな荒れ果てた世界で、力がないばかりに死んでいく人間をこれ以上見たくないから、そんな人たちをニュータイプの力で救いたいんじゃなかったのか!!」
シェイドは拳を振り上げ、クリスタルケースに向けて振り下ろした。
「俺の手を掴めカリス!! お前は間違ってなんかいない!!!」
全力を込めた拳が硬質ガラスを打ち砕く音が操縦室に響く。そして、ケースの中のカリスを見たシェイドは驚愕した。
シェイドが外から殴りつけた位置と同じ場所に、ケースの内側から、カリスの拳が叩き込まれていた。
「カリス……お前……」
透明なケースに大きなひび割れが走る。その線に沿って、カリスの体を封じていた機械が粉々に砕け散った。
「…………そうでした」
二人は手を握り、寝かされていたカリスがゆっくりと体を起こす。
「間違ってなどいない。僕も、あなたも。……シェイド」
衣服についたガラスの破片を軽くはたき落としながら、カリスはノモア博士に視線を向けた。ニュータイプを失った事でパトゥーリアは機能を停止しかけており、護身用の銃は弾を使い尽くしている。ノモアは錯乱したように、何事か譫言を呻き続けていた。
「……脱出しましょう」
カリスはノモアに背を向けた。憎悪を剥き出しにしていたシェイドも、無言でウィングゼロに戻った。
パトゥーリアからウィングゼロを飛び立たせ、狂気の元凶を見下ろす。そこからエニルが脱出していくのが見えた。そして、有線ビーム砲を全て失ったパトゥーリアの周囲に、すでに友軍の機体が集まっていた。
ノモアの眼前に巨大な光が迫っていた。その光の力の源は、連邦軍でも宇宙革命軍でも、宇宙戦争でも……ましてや、ニュータイプの力によるものではなかった。
「ばぁぁぁく熱ッ!! ゴッドォッ!!フィンガァァァ─────ッ!!」
黄金に輝く右手が迫り来る最中にも、ノモアはそれが何なのか理解する事はなかった。ただ圧倒的な力に飲み込まれ、遺言も遺体も残さず消滅していく。それがノモア博士……元宇宙革命軍、ドーラット博士の最期だった。
戦いが終わると、フリーデンとオブリージョンは次なる目的地に向けて旅立つ事になった。やはりカリスが仲間に加わる事はなく、フォートセバーンに逗留し続ける理由もなかったからだ。戦火を交えた間柄にしては、その別れは意外なほど綺麗な心で迎える事ができていた。挨拶に向かったシェイドとガロードを前に、カリスは笑顔を浮かべて、街はこれから平和になると語った。
「街も大きな被害を受けてしまいましたし、ベルティゴもパトゥーリアも壊れてしまった。残された戦力で、戦後世界を救いに立ち上がろうとするよりは、まず街を復興させる方が優先だと……市民も分かってくれたのです。
それに、別の希望を持つ事ができましたから」
カリスの笑顔の意味を測りかね、シェイドとガロードは顔を見合わせる。カリスに抱いていた希望や、パトゥーリアの威力、自分たちが戦後の世界を鎮定する先兵であるという野望……フォートセバーン住民の生きるよすがは全て絶たれたはずなのだ。
「別の希望……?」
「あなたたちの事ですよ。僕の他にも、世界にはニュータイプたちがいると。
今回はこうして戦いになってしまったけれど、手を取り合う事ができればきっと大きな力になる。それがこの街の人たちの、新しい明日への希望なんです」
「そうか……」
シェイドは言葉に詰まった。自分やカリスの選択は決して間違っていない。しかし、それが他人に希望を与えるようなものであるとは考えていなかった。少しくすぐったそうに、シェイドも苦笑いを浮かべた。
「それは、なによりだな」
ガロードの笑みはもっと単純だ。戦う事が無くなった、ただそれだけで笑顔の理由になる。
「そうそう、もう戦うのやめようぜ? お前、強いもん」
カリスに勝つ事ができたとはいえ、それを自慢げに語る様子は全く見られない。自分に力があるかどうかとは全く無縁な、純粋な笑みがそこにあった。ふと思い出したように、その表情が変わる。
「そうだ、一つ言っておくけど」
ガロードは真剣な顔つきになった。カリスの顔を正面から覗き込み、声を落として話を続ける。
「……ティファにはちょっかい出すなよ」
「え?」
カリスはその言葉に面食らった。これまでにガロードが見せたどんな表情よりも真剣な眼差しだ。ニュータイプの話よりも、強化人間の話よりも、ガロードがニュータイプの力を打ち破るという戦いの時よりも。
腹の底から沸き上がる笑いをこらえきれずに、カリスは体をくの字にして笑い転げた。
「ぷっ……くくくくっ、あ、あははははははは!!」
「なっ、なんで笑うんだよぉ!?大事なことじゃないかー!!」
ガロードは顔を真っ赤にして叫んだ。ニュータイプは遠く離れたところでも心で会話できるのだ。知らないうちに口説かれてしまわないか、真剣に不安だったのである。
「い、いえその、失礼。あんまりおかしくって……」
「なお失礼だっつーの!!」
「わ、分かりました、約束します」
カリスは顔を上げたが、まだ苦しそうにひきつった笑いを浮かべていた。そんな表情を見たシェイドは、そうして心から笑っていられるようになったカリスに、同じように明るい笑みを浮かべてみせた。
「カリス、またどこかで会おうぜ。今度みたいに、俺たちの力を戦いに使うような時が過ぎたら……」
「ええ。僕たちのニュータイプの力を、高らかに謳いあげられる日に」
シェイドとカリスは、固く手を握り合った。
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