.....since 20020201
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やあっ。談話室の皆っ。こんにちは。あ、いや、こんばんはかな。それともおはようか。 まあいいや。僕の名前は鈴木太郎。ありきたりな名前だろう。この99人の最終電車にふさわしい。 僕は浅草で最終電車に乗りこんだ。これで僕は99人の最終電車の住人だ。 周りの乗客は誰も僕の事に注意を払わない。僕に気が付かない様子だ。 なぜなら僕は、妖精だからだ。 妖精と言っても、容姿は人間とそんなに変わらない。ちょっと耳がとがっていることと、出し入れ自在な羽根が生えていること、それに、髪の毛が緑色ってこと…違いはそれくらいかな。どれもみんな些細なことだろう? まだ誰も僕に気付く様子はないけれど、僕にはちゃんと実体がある。手すりをつかむこともできるし、吊革をつかんで揺らすことだってできる。そうそう、中吊り広告を破くことだってね。 あ、この広告、はじっこが少し破れてる…。もう少しだけ破いたら、誰か僕のことに気付いてくれるだろうか。 僕は思い切って中吊り広告を破いてみた。 分厚いコート紙は、びりりっと低い音を立てて簡単に破れた。 ――と、破ったその向こうには異世界が広がっていた。 何と、そこにもうひとつの最終電車があったのだ。 どうやら向こうは浅草行きの最終のようだ。みんな疲れた顔をしている。 僕は破いた広告の切れ端を向こうの世界へと投げ入れてみた。 切れ端はひらひら舞って、入り口近くに居た女性の足下に落ちていった。でも彼女はちっとも気が付いていない。 僕は何となく悲しくなった。僕の事、誰も気が付いてくれないのかなぁ? 電車の中を見回してみると、1人だけビックリ目で僕の事を見てる人がいる。あの人は僕が見えているのだろうか? でもなんでビックリ目? あっ、そうか。僕って電車の天井から覗いてるんだ。なんて考えている内にその人はこっちに近づいて来た。 それにしても、この人どっかでみた事あるぞ…。 あっ、そうだ! この人、斉藤地星子さんだ! …って、あれ? 何で僕は、彼女を知ってるんだろう。 どこかの世界で会ったことがあったのかな? またこれとは別の最終電車か、あるいはその中の一部屋とか… ――などと考えている間に、彼女は僕の目の前にまで近付いてきている。 いざとなって、情けないことに僕は慌ててしまった。 気付いてもらったところで、何をするのか考えるのをすっかり忘れていたからだ。 さて、どうしようか? すると、僕が悩んでいる間に、彼女の方から声を掛けてきた。 「す、鈴木…クン?」 彼女のそのひと言に、僕までもビックリ目になった。 どうして僕の名前を…。 彼女の目に映る僕のビックリ目と、僕の目に映っているであろう彼女のビックリ目。まるで鏡みたいだ。 僕は天井からするりと抜け出して、彼女の前に立った。 「鈴木…鈴木太郎クンでしょ?」 彼女の表情が、少しだけ和らいでいる。 「ど、どうしてそれを…?」 僕は彼女に問い返した。 地星子さんは不思議そうな、そして不安そうな顔をして、 「あれ? 私どうしてあなたの名前知ってるのかしら?」 はあぁぁぁ? なんで? なんでって僕が知りたい。彼女はまだ考えている。 「そうよ! あなた談話室に居たでしょう!」 と、急に僕の手を握りしめた。そんな事すると僕の心臓が機関車から新幹線並のスピードに跳ね上がるじゃないか。 「だって、もぐさんが言ってたから!」 僕、ますます訳分かんない。 「あの〜もぐさんって?」 地星子さんは自分が読んでる小説サイトの話をし始めた。ふんふん。なるほど、ここはその小説の舞台に良く似ていて、そこの談話室に僕に良く似たキャラクターの奴が居る訳だ。そして彼女自身もどうしてココに自分が居るのか分からない…と。 話をしている内に彼女も落ち着いてきたらしい。 地星子さんは相変わらず僕の手を握ったままでこう言った。 「誰か他に知ってる人が乗ってるのかしら?…でも、そうだとしたら、どうやって探したらいいのかしら」 すると、その時、電車が田原町の駅に停まった。 ピンポンピンポンという音が鳴り響き、それと同時に、シュウ、と蒸気に似た音がして引き戸が開いた。 地星子さんはホームに立っていた長身の男を見て、小さく「あ…」と声を上げた。扉を導く溝をぼうっと眺めていたその男は、地星子さんの声に反応して顔を上げる。 「斉藤さん…斉藤地星子さんじゃないですか!」 「さる編さん!」 「やだなぁ。今は西尾です。西尾琢郎・本名ですよ」 「あらぁ、ごめんなさい」 西尾と名乗ったその男と、何人かの客を吸い込んで、電車はまた走り始める。 「お仕事でしたの?」 「ええ…相変わらず残業です」 グレーの三つ釦スーツに深いマホガニーレッドのネクタイ。ネクタイには小さな林檎の刺繍が施されている。西尾さんと僕の趣味はなかなか合うかも知れない。妖精はみんな林檎が好きだ。当然、僕も。 「あの…ところで…そちらの方は…もしかして……」 仕事が長引いて少し疲れた顔をした西尾さんは、僕の顔をじーっと見ている。穴が開くほど見つめられて、僕は思わず後退りそうになる。 「あ、あなたも僕を知ってるんですか?!」 僕は西尾さんに尋ねた。なんて陳腐なセリフなんだろう。もう少し聞き方ってモンがあるだろうに。だって林檎が…。 地星子さんは少し首を傾げて僕と西尾さんの顔を交互に見ている。西尾さんの林檎のネクタイが電車に合わせて揺れる。 「勿論ですよ、鈴木太郎さん」 と西尾さん。 「この電車に乗っている人は、全員、あなたを知っていますよ」 「何故?」 僕は何だか視点が定まらなくなってきたみたいだ。 「何故、僕の事を知っているんです?」 「あなたも読んでいるんでしょう?『99人の最終電車』を。ここにいる人たちはみんなあの電車の乗客を捜しに来てる人たちなんですよ」 「あら! そう…なんで…す…?」 地星子さんの声を聞き終わらないウチに、僕は電車の床に倒れ込みそうになった。そういや、朝からご飯食べてなかったっけ。 その時「ホレッ」と誰かが僕に向かってペットボトルを投げたのが視線の端に見えた。「林檎の天然水」だ! 神様、仏様感謝します! 僕は誰がそれを投げてくれたのか確認しないままキャッチして、すぐ一気に飲み干した。林檎が切れたら羽根と耳が出てしまう。誰が…? 一息ついた僕はペットボトルが投げられた方向を見た。 僕より先に西尾さんが言った。 「あれ? かぶさんじゃないですか」 「やあ、どうも。こんばんは、さる編さんに斉藤さん」 そこには、帽子をかぶり人懐こそうな顔をした男性が立っていた。 「あら、こんばんは、かぶさん」 「こんばんは。でも、今はさる編じゃなくて西尾ですよ」 地星子さんと西尾さんは挨拶を返した。 「あ、そうでしたっけ? すみません。で、鈴木太郎さん、大丈夫ですか?」 話を振られた僕は、とりあえず先程のお礼を言うことにした。 「はい、もう大丈夫です。ありがとうございました。本当に助かりました」 「いや、お礼なんていいですって。みんなに気が付いたら、ちょうどあなたが倒れそうになってたんだから」 ??? 何だか良く分からないけど、まあいいか。 それにしても、さっきからの不思議な感覚はまだ消えない。 皆が僕のことを知っていて、僕も皆のことを知っているらしい、ことは分かった。 でも、それと同時に皆のことを『知らない』ような気もするんだよなぁ。 これってまるで……。 などと僕が考え事をしている向こうで、 「ところで、今のこの状況って、まるでオフ会みたいね」 と地星子さんが言った。 ああ、何となくそんな気がする。 すると、西尾さんが答えた。 「オフ会、ですか……それなら、オンライン上でのオフ会と言うべきかな?」 かぶさんは、このセリフにウケたらしく、 「あはは。メタな感じがしていいですね。さすがです」 と言った。何とも奇妙な会話をする人たちだ。 あ、そういえば……最初に乗っていた渋谷方面の電車、あっちはどんな状況なんだろう? 僕は、こっちの電車とあっちの電車をつないでいるであろう天井を見た。 一見すると、ただの天井のように見える。が、目をこすって良く見てみると、ゆっくりと波紋が広がるように、あっちの車内の光景が現れる。 あっちは、こっちよりも若干空いている。僕がこっちに移動したことに誰1人として気付いてくれなかったことは淋しいけれど、なにしろ僕は妖精なんだ。妖精………。 そう……だ…よ。そうだ。はっきり言って、僕のことを見えてるこの人たちの方がヘンなんだ! 「鈴木さんは『あっち』からいらしたんですか?」 かぶさんが、僕と一緒に天井を見上げている。蛍光灯が眩しい。 「ええ…でも、わからないことだらけで……」 「?」 「……どうして皆さんは、僕の姿が見えるんです?」 僕のその問いに、西尾さんが良く通る中低音の声で笑う。いい声だけど、失礼な人だ。長身の人に頭の上から笑われるのって、あまり気持ちのいいものじゃない。僕同様に、いまひとつ事情が飲み込めていないらしい地星子さんだって、ちょっぴりムッとしている。 「簡単なことですよ。一度でも談話室に書き込んだことがある人同士は、見えるんです」 西尾さんの言葉に、こくこくと頷くかぶさん。 「そゆことです。例え『誰』であろうと、見えるんです。書き込んだことがある人なら、例え透明人間でも、妖精でも…ね」 かぶさんの台詞に、僕は手のひらに汗が滲むのを感じる。かぶさんは涼しい顔で更に続ける。 「見えてないのは、談話室に書き込んだことがない人たちってワケですよ。談話室を覗いたことはあるけど、足跡は残してない…っていう」 なるほど…と納得する地星子さん。 「書き込んだことがない人たちは、私たちのことが見えない…とゆーワケですかぁ」 地星子さんの言葉のリズムはゆったりと流れるようで、思わず僕まで納得してしまいそうになる。でも、ちょっと待って。 「ってことは、この電車はいったいどういう電車なんだ? さっきっから言っている談話室ってなんだ?」 突然かぶさんがキタキタ踊りを踊り始めた。ひーらりひらりらひひらりらー。 地星子さんは言った。 「それならわかるわ。この電車は平行宇宙なのよ。私達は談話室という所を接点にして平行宇宙であるこの電車に入りこんでいるの」 「平行宇宙?」 僕は驚き、呆然とした。 かぶさんは踊り続けている。ひーらりひらりらひひらりらーりらひーらりひらりらひひらりらー。 「…そろそろ終わりだな」 「はい?」 西尾さんの呟くような言葉に、僕は思わず聞き返す。西尾さんはそれが意外だったように、その大きな目を見開いて僕を見る。 「いえ、何でも…ありませんよ」 何でもないはずはない。絶対に。妖精はとっても耳が良いのだから。 でも、西尾さんは素知らぬ振りでかぶさんの踊りを眺めている。もしかして僕は、聞いてはいけない台詞を聞いてしまったのだろうか。 「本当にお上手ですねー」 地星子さんが手を叩いてかぶさんを褒める。ぱちぱち…という乾いた音が車両に響く。 「かぶさんがこの踊りを始めたら、銀座が近いという合図なんですよ」 電車の揺れにも負けず続いているかぶさんの踊りに苦笑しつつ、地星子さんにそう告げる西尾さん。いったい西尾さんは何を知っているのだろう。 そうか…銀座に着いたら、このオンライン上のオフ会は終わりなんだ……。 「い、いやだ。もう終わりなんていやだ。こんな楽しい事が、もう終わってしまうなんてー」 僕はそう言って、うちひしがれた。 すると、かぶさんがやおら踊りを止めて、どこからか取り出したのか怪しげに光る緑の粉が入ったビンを取り出した。 地星子さんがそれを見て言った。「かぶトナーライトね」 西尾さんが言った。「そう、かぶトナーライトだ」 「そしてこれも必要だ」 そう言ってかぶさんはどこからかの空間から、中に自転車の入ってる大きな球体を出した。 「さあ、このかぶトナーライトをセットするのだ。そして自転車に座ってこぐのだ」 西尾さんが言った。 「そうすれば過去に行けるんだよ」 かぶさんが衝撃の発言をした。 「か、過去にっ? どうしてっ」 「平行宇宙同士には時間の規則性は無いの。だからそれを利用すれば時間を行き来する事ができるのよ」 地星子さんはさらりとよくわからない事を言った。 「?…どういうことだ?」 電車は減速し始めた。 「さあ、もう銀座に着くわ。迷っている暇なんて無いのよ」 地星子さんが急かした。 そ、そうだ、仕組みなんてどうでもいい。急がなくては。 僕はかぶトナーライトをセットして球体の中に入り、自転車にまたがった。そして猛烈なスピードで漕いだ。 球体の中から外の様子が見える。球体の外の風景が目まぐるしく変わっている。 どうなっているんだろう。これが時間を移動しているという事なのか。 やがて、僕は漕ぐのに疲れて、そしてもういいだろうと漕ぐのを止めた。 僕は球体から出てみる。 そこは電車の中だった。でも、かぶさん達を含め、今までの乗客は誰もいない。 ここはいつなのだろう? 車内を見渡してみると、そこにはある驚くべき人物が乗っていた。 それは99人の最終電車を思案中の井上夢人、本人だ。 「鈴木太郎君…だね?」 井上さんは膝上に置いたノートパソコンから視線を上げることもなく、そう言葉を発する。とても優しくて穏やかな声だけれど、その発音はどこか機械的に感じられる。 「は…はい……」 僕は居心地の悪さを覚えながらも、無理矢理な笑顔で頷いてみせる。がらんとした車内に僕の声だけが響く。きっとひどく強張った笑顔だろう。無遠慮な地下鉄の騒音さえ僕の耳には届かない。 「君は…談話室の掟を破ってしまったんだよ」 「……え?」 シートに1人座ったまま、ゆっくりと僕を見上げる井上さん。車内の蛍光灯が井上さんの眼鏡に反射して白く輝き、瞳の表情が読めない。 僕は井上さんの台詞の意味がわからず、噛み締めるように言葉を反復する。 「談話室の…掟?」 「そう…君は本当に自分自身が妖精だと信じているのかい?」 「妖精だ…と…?」 僕が相変わらず井上さんの言葉を理解出来ずにいると、井上さんはぱちりとノートパソコンを閉じる。 「君は、自分が妖精だと信じ込んでいるだけ…いや、信じ込まされているだけなんだ」 「信じ込まされている?…それはいったいどういう意味ですか?!」 僕は妖精だ。生まれた時からずっと。ずっと…ずっと……え?…生まれた…時?? 「談話室は西尾君が作り上げている空想の世界なんだ。住人たちは自分の意志で書き込んでいると思っているだろうが、実は違う。全ては西尾君の想像の産物なんだよ」 車内の蛍光灯がちらちらと瞬き始める。接触が悪いのか、停電なのか。ひとつひとつ、車両の端から蛍光灯の明かりが消えてゆく。 「君は西尾君のことを失礼な人だと思っただろう? たまに出来の悪い住人が生まれてしまうんだよ。管理下におけない思考を始めてしまう、君のような住人が…ね」 出来の悪い住人? 管理下におけない? 僕のような住人? いったいどういう意味なんだろう。 「もともと君は、西尾君の長身に憧れる、自分を妖精だと思いこんでいる小男としてプログラミングされたんだ。まぁ、言ってみれば、ちょっとしたバグがあったんだろうね」 微笑んでいるかのような口元。ノートパソコンを撫でる手が奇妙に青白い。 「コントロール出来ない住人は、削除するのが管理人の務めだ」 井上さんの眼鏡の縁が銀色に輝く。その瞬間、車内の全ての明かり消える。 暗闇とともに、僕の意識も薄れてゆく。僕は…鈴木…太郎…………。 再び開かれるノートパソコン。液晶の青白い光が眼鏡を照らす。 「……そして……その西尾君もまた……ボクの……」 <FIN> |