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第十五章;「N」
小雨の降りしきる中、急いでいた。傘はなく、空は白濁した色を湛えていた。見慣れない町の坂道を足早に駈け降り、それから一軒の古い家へと入った。門はなく、庭には何人かの子供がいた。庭の奥の物干し台の先にNが立っていた。こちらを一瞥すると「ああ、着いたの」と云った。なぜかNは裸で、縁側越しに見える家の中を見ると、Nの家族なのだろうか、それぞれが皆、裸で歩いていた。何であんな格好を?と云おうとしたら「ねえ、何でそんなかっこしてんの」とNが不思議そうな口調で云った。自分はスーツを着ていた。おまけに雨に濡れ、袖口からシャツが手首に纏い付いて気持ち悪かった。「入れば?」と云われ、裸のNの後に続く。Nは思ったより小柄だった。肩にかかる髪が揺れるのを見ていたら「あんたはデカいね」といきなりNが振り返ってそう云う──まるで心の中が読めるみたいじゃないか。考え事をしないように歩く。いきなり現れたスーツの人間に子供達がぽかんとこちらを見ている。畳には白黒の猫が何匹かじゃれあっていた。部屋の中央の円卓に誘われ、畳に座る。Nは黙々と食事を家族に振る舞う。ああ、こんな暮らしをしてたのか、と黙って静かに眺める。スッと腕が差し出され、手には茶碗に炊きたての白米が盛られていた。慌てて受け取る。それから、焼き魚と煮物を皆が食べるのを遠慮がちに見守る。「さっさと食べないとなくなるよ。ウチは家族多いんだからさ」とNは云う。だが、裸が気になって、食事どころではない。俯いてなるべく見ないようにする。「これ、終わったらTくん迎えに行くから一緒に来て」とNに云われる。ああ、わかった、と自分は返事をする。食事を済ませ、Nと共に町を歩く。町は坂道と電線だらけだ。雨はもう止んでいる。「電話貸して」とNに云われたので、スーツの内ポケットからケータイを取り出し、手渡す。「うん、うん、そう。もうすぐ着く」とNが喋っている。柔らかい口調だった。その姿を背後から見下ろす。裸の背中を見下ろしながら、これは何かがおかしいぞと考える。何処かで見た事のある身体だと思った。それはNが見せてくれたデッサンの裸体そのままだということに思い当たり、自画像をいつも描いていたのかと納得する。突然Nが肩を掴み、為す術もなく階段に倒れ込む。Nがこちらを見下ろして「ほら、上見て。船が来たよ」と指差す。Nの肩越しの空に一隻の飛行船がゆっくりと進んで来るのが見えた。「あれに乗る。Tくんの所に急がないと」とNは僕の身体から飛び降りた。慌ててNを追う。途中、ケータイが地面に落ち、靴の先で蹴ってしまった。掴み取ってそのまま走り出そうとする。──が、Nの姿はもうそこにはない。
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